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今回はアーチェリーをするお猿さんの話です。
しかし彼の存在を知る人は多くはありません。
完全にアーチェリー界からは抹殺されてしまった話なので、
資料もほとんど残っていませんでした。
このサイトでは、彼の栄光と挫折に迫ってみようと思います。 彼がどこで生まれたのか、詳しいことは全く分かっていません。 オリバー氏のペットとしてタトゥー市長杯に出場したのが、 彼のアーチャ−としての歴史の始まりでした。 初試合の上、猿ながら個人成績3位で入賞し、注目を集めました。 市長杯運営責任者ボブ氏曰く、 「バブルスとか書いているからてっきり人間だと思っていたから、ビックリしたよ。 みんなが唖然としている間に、なんだか流れで結局試合に出場してしまったんだが、 彼が射ちはじめたらみんな別の意味でビックリしてしまっていたよ。」 バブルスの射形はその時代のトップアーチャ−の素晴らしいところを集めたような、 完成度の高い射形でした。その美しさに皆言葉を失いました。 「私はアーチェリーが好きで、よく試合にバブルスを連れて行ったものだった。 トップアーチャ−の射つ姿を見ているうちに、射形を覚えてしまったのだよ。 まさしくサルマネというやつだな。」と、飼い主のオリバー氏は語ったそうです。 ただ骨格の問題上、押し手は曲がっているように見えました。 (今日の「猿腕」という言葉は、このバブルスが起源だという事です。) 皆にアーチャ−として認められたバブルスは、様々な大会に出場し、 優秀な成績を収めるようになってきていました。 「バブルスに次のように言い聞かせたんだよ。的の真ん中の黄色はバナナだ、バナナの色だ!ってね。 バブルスはバナナが大好物だったから、効果はてきめん。点数が飛躍的に伸びたよ。 猿だから射つとき全然緊張しないし、将来がたのしみだよ」(オリバー氏) しかしバブルスがアーチャ−でいられる時間は、そう長くはありませんでした。 猿がアーチェリーをやっているということを聞いた動物愛護団体が抗議を開始し、 また猿にアーチェリーをやらせる危険性も問題になりました。 バブルスはアーチェリー界を追放されてしまいました。 「アーチェリーを辞めたバブルスは、しばらくするとただの猿に戻ってしまった。 初心者へのアドバイスや、試合のときの紳士的な立ち振る舞いは、 未来のトップアーチャ−を予感させるものだったんだがなぁ・・。」(オリバー氏) |