指先でグリップ 続き




1967年11月2日 タイ新聞夕刊

事件は公開練習で起きました。 上の写真は当時の新聞です。 公開練習一射目で彼は競技続行不可能となってしまいました。 その理由を彼は次のように語っています。



「結局小指グリップは完成しなかった。一点で押せるどころか、安定の欠片も無くなったからだ。 試合前日になっても問題は解決しなかった。 人差し指を鍛えて無かったため、元のグリップに戻すことも不可能だった。仕方が無いので、公開練習はグリップに小指の入る穴を空けてみた。 まさに苦肉の策だが、大失敗射った瞬間に突き指をしてしまった・・。」
(Archery scope 1968年七月号より)



万事休すかと思われましたが、結局彼はその試合で大会新を出して優勝します。



普通のグリップに直して射ってみたら、自己新が出た。 優勝できたのは嬉しいが、はっきり言ってショッキングだ。
私が今までやってきたことは一体何だったのか・・・。」
(Archery scope 1968年七月号より)



彼は数々の記録を打ち立てた後、1980年のタイ国体を最後に引退しました。 一番大事なのは基本・・彼の言葉の中に
真実はきっと存在していたのでしょう。






TOPへ