解離とは

解離は「意識、記憶、同一性、又は環境の知覚といった通常は統合されている機能の破綻」
と定義されています。
解離には普通の人でも日常に使われる能力(非病的なもの)と、
外傷によって引き起こされる病的なものとがあります。
■非病的なもの
話しながら車の運転が出来る
何かに集中し過ぎて周りの出来事や話しかけられた事に気付かない
白昼夢
ぼーっとする、ぼーっとして時間の経過に気付かない など
■病的なもの
自分の身に起こる事が他人事のように感じる(離人感)
痛みを感じない(感覚の解離)
気付いたら知らない場所にいて、過程の記憶がない(解離性遁走)
何か行動した形跡があるのに記憶がない(解離性健忘) など

病的な解離は、危機的状況に耐えられそうもないような時に、
それを回避するための防衛手段として引き起こされるものだと考えられています。
自我が解離する事で、意識せずにすんだり注意をそらすことができたりします。
しかし、この対処が障害を引き起こすことになるのです。
特に幼い頃の解離体験の方が障害を引き起こす可能性ははるかに大きいと言われています。
身体化障害、精神分裂病、パニック障害、外傷後ストレス障害・急性ストレス障害
などの精神障害の状況でも起こる事もしばしばありますが、
他の精神障害の経過中に解離性障害が生じる場合、解離性障害の単独診断を行う事はできません。

■関連する症状
抑うつ症状、個人的・職業的関係における障害(職業の喪失など)、性機能不全、不安、恥辱感や罪責感
■重症の関連特徴
解離性健忘と解離性同一性障害における自傷行為・自殺念慮・自殺企図

おまけ…精神病と神経症の違い

最近では精神病と神経症の区別をなくし、双方を「精神障害」と呼ぶようですが、
二つを区別するのであれば、解離性障害は「神経症」の一部に属します。
そこで、一般に言う「精神病」と「神経症」の違いについて説明します。
精神病と神経症はまったく別のものです。
精神病とは脳の仕組みや神経伝達物質(神経間で信号を伝える物質)に異常があるもので、
(つまり『身体的要因によって生じる心的障害』。本人に精神病という意識はないor薄い)
統合失調症や躁鬱病などがその代表です。
最近の凶悪事件の発端となることも多い「思考過程異常」(たとえば支離滅裂な思考)や
「幻覚・妄想」といった症状は通常、精神病、特に統合失調症に頻繁にみられます。
もちろん、多くの患者さんは治療によって通常の社会生活がおくれますが、
中には症状が進行し長期の入院を強いられる方もおります。
一方、神経症では脳に物理的な異常はなく、脳の(心の)働き方に問題があります。
(『心的要因によって生じた心的障害』。「苦しい」という意識が強くカウンセリングで治る)
社会構造の複雑化によって近年増えているのは神経症のほうです。
個人の欲望は一般社会にはそのままでは受け入れられ難く、欲望を抑えることにより発生する
「不満」や「葛藤」を解決する方法として自ら神経症症状を作り出して、
自分の心を防衛しているのが神経症と考えられています。
しかし、このような心の働きは健常人にもごく普通にみられ、
神経症か否かの判断は、えてして微妙なものです。
欲求を長い間抑圧すると、意識下に緊張や無力感が生じて環境への不適応に悩むことになりますが、
そうした欲求がうまく芸術やスポーツに転化されれば天才として評価されます。
公衆の場に出ると息が苦しくなるパニック障害や、
ばかげた考えだとわかっていても抑えることのできない思考に自ら苦しむ強迫性障害など、
さまざまな神経症に悩む患者さんがいらっしゃるとは思いますが、
共通しているのは、そうした症状が自分の気持ちから出ている症状だと認識されていることで、
この点でも精神病と区別できます。
簡潔にまとめてしまえば、上に書いたことの繰り返しですが、
精神病=『身体的要因によって生じる心的障害』で本人に精神病という意識はないor薄い
神経症=『心的要因によって生じた心的障害』で「苦しい」という意識が強くカウンセリングで治る
というわけです。
つまり解離性障害は「身体的要因」ではなく「心的要因」で起こっているもの、ということです。