「こころ」について

俺達の「こころ」は常に動き続けています。
ココで取り扱っているのも「こころ」の病についてです。
でも、「こころ」って目に見えないものですよね?
身体の病気と違い、心の病気はレントゲンや血液検査では解らないものです。
一体「こころ」って…?という事を少しお話したいと思います。

■心の「正常」と「異常」

まず「正常な心」とはなんでしょう?
一般には「防衛操作が行える人」のことを正常と言います。
「防衛操作」というのは以下の4つの機能を言います。
@抑圧
受け入れられない記憶や感情を意識から追い出したり心の中に深く押さえ込む事で、
その行き場は無意識です。
(抑圧された内容は、神経症症状の元となることがあります)
A知性化
知恵を働かせて納得すること(欲動に対してその欲動と情動をコントロールしようとすること)
知性化の課程が欲の代理満足をもたらします。
B合理化
つじつまが合うように考えて解消すること。
C昇華
理想化あるいは社会的に高く評価される方向に向かうこと。
人間はこの4つの防衛操作を使い、不安や不満の軽減を行います。

今、「正常な心」について書きました。
では、正常と異常の境界線はどこにあるのか?というところですよね。
テストの赤点みたいなものは簡単に線が引けます。
でも最初に書いたように、心は常に動いており目に見えないものです。
それに、その時の状況によって、心に変化があることは当然のことですから、
境界線はなかなかひけないのです。
では、どんな尺度で境界線を引くのか、という事を話します。
境界線を引く尺度は、@量、A質、B調和という3つの秤を使います。
え?心は測れないって?
ですよね(笑)そうなのですが、一般の「正常」を定規と見立てて医師は測っているのです。

@の「量」について。
例えば…大事な人やペットなどが亡くなってしまったら誰だって落ち込んでしまい、
事実を受け入れられずに、呆然としたり、仕事や勉強など何も手につかなくなったり、
人と会いたくなかったり、逆に人に一緒にいて欲しかったり…
というのは当たり前のことですよね。
でも、日が経つにつれてそんな悲しみからも立ち直り、事実を受け止められるようになり
仕事に復帰したり、たまに寂しい想いになっても乗り越えられたりするものです。
これが「正常」な反応ですよね。
ただ、それが何ヶ月も仕事場へ復帰できなかったり、何年も落ち込んだままの状態だったり
それを苦に自殺を図ったり…となると、どうでしょう?
これは決して正常ではありませんね。
異常は正常の延長線上にあるという捉え方が出来ます。
また逆に、全く悲しまずにいる人というのも異常な反応だと言えますよね?
正常な感情の「量」が多すぎても少なすぎても「異常」になるということです。

Aの「質」について。
例えば、仕事に失敗したり、失恋したりしたときなど、気が滅入ってしまい
「誰かがバカにしているんじゃないか」とか「笑われているんじゃないか」
というような被害妄想的な感情を抱いた事はないでしょうか?
こういう原因があっての一時的な妄想などというのは、時間が経過するごとに消えていき
自分の考えすぎだったな〜、なんて思うことはよくあることです。
正常な人と言うのは、その程度の「妄想」止まりですね。
ところが、「異常」とされる人は、妄想や幻聴などを常に(もしくは頻繁に)感じています。
「野良猫が自分をバカにしてる」とか「歩いているとみんなが自分の悪口を言う」
というような誰にも聞こえない音がその人だけに聞こえてくるのです。
「質」というのは正常心理の延長線上ではなく、あるかないか、という尺度みたいですね。

Bの「調和」について。
例えば、ひとつひとつの言葉はおかしくなくても、話を聞いていくうちに
「常識からずれていておかしいな」と感じることは多いと思います。
日常でもよくあると思うのですが、それで生活に支障がなければ…という考え方もあります。
あまりにも悪い方にずれてしまうと(犯罪を肯定したり)「異常」となるようです。

なにはともあれ、正常か異常かという線を引くのはあくまでも医師です。
心の病の診断がなかなかつかないのは、このような尺度で医師が観察しているからなのでしょう。

■「うつ」「不安」「恐怖」の正常・異常

@「うつ」
最近「うつ病」の名前をよく耳にしますが、「うつ」とはどんなものなのでしょう?
抑うつ状態というのは、心が晴々とせず、何もやる気が起きない状態です。
考えることもおっくうになり、意欲・関心・興味の低下した状態を「うつ」と呼びます。
つまり、気分が沈んだ状態です。スランプの時や失恋したときの状態といえるでしょう。
しかし、いつとはなく自然と元気が回復してくる復元力を持ってるのが普通です。(=正常)
これがいつまでも回復しない状態(=異常)がうつ病や抑うつ神経症と呼ばれるものです。
病気については別でお話をしようと思いますが、「うつ状態」には正常な人でも陥ります。
それが発展すると誰でも「うつ病」「抑うつ神経症」になりうるという事を忘れないで欲しいです。

A不安
不安を感じた事がない人はいないですよね??(いたら教えてくださいw)
だから、そんなどうこう言う事でもないかも知れないのですが、一応…
生物学的には「ノルアドレナリン」とか「セロトニン」とかがあるみたいですが、
そんな難しい事は俺には解らないし、「こころ」というテーマなので、放置します(笑)
漠然とした、よくわからないおそれを不安と言い、恐怖とは別のものと定義されます。
「恐怖」(後で書きます)が外的なものを対象としているのに対し、不安は内的な矛盾から生じます。
「悪い事態に対するおそれに支配され、落ち着かない様子」と言えるでしょう。
不安は人間にとって、避けることのできない心理現象です。
しかも、自己保存本能からくる危険信号の役割を持っていて有用です。
不安は多かれ少なかれ身体的に症状が出ます。
動悸や胸が締めつけられる感じ、発汗などのいわゆる自律神経症状となって出てきます。
ここまでは「正常」な不安ですが、いくら人体に有用な信号でも、これが増えすぎると困ります。
その場面場面に合わないようなところで不安が反復してあらわれてくると病的不安と言います。
病的不安にも生理的なものと心理的なものがあります。
生理的なものとしては、うつ状態に見られる焦燥型の不安・不安神経症やパニック障害などがあり
心理的なものには、欲求不満や内的葛藤が適切に処理できないことから発する不安があります。

B恐怖
恐怖が不安と違うのは、その原因が内的なものではなく、外的にあると言うことです。
しかも、はっきりと限定され葛藤のない脅威に対しての反応です。
(不安には葛藤が見れれます。)
不安が覚醒度を上げる信号であるとともに、恐怖もまた、覚醒度をあげる信号です。
しかし、不安が慢性的であるのに対して、恐怖が急性的であるとも言えます。
恐怖の症状としては、目と口が大きく開き、目尻が上がり、心臓が早く打ちます。
心臓がせっせと働いてるからといって、全身に血液が回っているわけではありません。
失神の前兆のように皮膚は蒼白になり、冷や汗がでてきたり、筋肉が震えたりもします。
恐怖は例えば命に危険が生じた時などに特に見られますね。
刃物や拳銃を持った人が家に侵入してきたりすれば、誰だって恐怖におののきます。
地震や雷などの自然現象でも、命に危険があると思えば恐怖を感じるでしょう。
このような恐怖は至って正常なものです。
しかし、何でそんなものが怖いんだ?と思うようなものに恐怖を感じてしまう人がいます。
これが恐怖症というもので、例えば対人恐怖だったり社会恐怖だったりします。
本人も何故そんなに恐怖を感じているのか解らないことが多いそうです。
強迫観念的な恐怖は異常と言えるでしょう。