1th down:
 高校の入学式の日、父さんは僕のガボガボの制服姿を見て、しみじみと呟いた。

 「…瀬那も、もう高校生なんだなあ…早いもんだなあ…。」

 …そういうこと言ってるのが年寄りの証拠だってさ?
 だからその歳で前髪が後た(自主規制)するんだよ…父さん…。

 ピットが何か欲しそうに足元ですりすりしてくるので、食べかけのパンに牛乳を染ませてあげた。

 「瀬那!ちゃんと食べないと駄目でしょ!」

 母さんに入学式当日早々怒られてしまった。
 …昔から食が細いから、パンの2枚目は最後まで入らないんだよ…。
 さっき、目玉焼きとりんごも食べたし。
 残りの牛乳を流し込んで、急いで鞄を取りに2階へ走った。

 「もう!この子は〜!」
 「まあまあ、食べられない量を食べさせても身体に良くないんだから、いいんじゃないのか。」
 「あの子、昔から小食だから背が伸びないのよ!姉崎さんのとこのまもりちゃんよりも背が低いんだもの…。はあ…。」
 「…はは……。」



 「…瀬那が高校生か……。こうやって大きくなって…いつかこの家を出て行くんだろうなあ…。そうなると寂しくなるなあ…。」
 「……あなた…まだ子離れできてないの…?」
 「小さい頃の瀬那は可愛かったなあ…。よく女の子に間違われてなあ…『お父さん、お父さん』て一生懸命走って後ろ追いかけてきてなあ…。」
 「………瀬那、早いトコ自立してちょうだい……。」


 小早川美生、明後日の方向を見ながら語る夫にちょっと頭を抱えた。






16th down:
 高校に入学してから、息子の顔つきが違う気がする。
 今までは、学校へ行くのが苦痛なようで遅刻ギリギリにならないと家を出ようとしなかったのに、
最近では朝早くから出かけるようになった。
 友達が迎えに来るようになったのも、我が家では大革命に近い。

 聞けば部活に入ったというではないか。
 その時の驚きと言ったらなかった。
 あの子が部活に入ったことなど小・中学校を通して一度となかったからだ。
 特に取柄もなく(通知表では反復横飛びだけが評価されていたようだ)、自分に似たのかおどおどした性格や、
幼い顔立ち、明らかに標準よりも小さい身長のせいで色々あったらしい。
 薄々感づいてはいたので、それとなく尋ねてみたことはあったが、はぐらかされた。
 きっと、心配させたくなかったのだろう。
 昔から変なところに気を使う子だった。

 だから、早朝はつらいだろうに、それでも何処か生き生きした顔で家を飛び出していくあの子を見ると、心なしか顔がほころぶ。



 だが、それと同時に子供が親の手を離れていくという、雛が巣立った親鳥の心境にもなるのである。






番外編:初めてピットが家に来た日

 職場の人が、猫を飼わないかと言ってきた。
 どうやら雌を飼っていたら、外で種をもらってきてしまったらしい。
 余り増えると飼えなくなってしまうし、保健所に頼んで殺処分というのも可哀想な話だ。



 …瀬那が、喜ぶだろうか。


 小さい頃から、ひ弱そうな外見と内気な性格が災いして、あまり友人の出来なかった瀬那を不憫に思い、一匹もらうことにした。
 仕事を定時で切り上げ、猫を一匹もらい受けるため、共に飼い主の自宅に向かった。
 生まれて間もない仔猫は頼りなく、触るのにひどく躊躇した。
 それでも、害がないと判断したのか一匹が私の手に擦り寄ってきたので、その猫をもらうことにした。
 白黒の、小さな猫だ。

 それを抱えて電車には乗れないので、飼い主が車で送ってくれた。
 家に入ると、瀬那ももう帰っていたようで、小さな靴が玄関に転がっている。

 『瀬那、新しい家族だよ』

 そう言って、小さな家族を瀬那の前に差し出した。
 瀬那は、あどけない顔をほころばせて手を伸ばしてきた。
 その手に仔猫をそっと渡すと瀬那は、大事に、大事に優しく抱き寄せた。



 その時の瀬那の嬉しそうな顔を、私は忘れないだろう。

 いつも浮かない顔をしていたあの子に笑顔をくれた、小さな新しい家族に心から感謝した。





18th down:

 部活で試合があるからとかで出かけたのよね。
 でも高校生の試合がナイターっていうのも珍しいと思ったんだけど。
 で、その試合が終わった頃にいきなり電話がかかってきてそのままアメリカに合宿に行くとかで。
 部活の先輩も一緒だし、まもりちゃんも一緒だって言うからまあ、大丈夫かと思ってそのままほっといたわよ。

 そしたら2日後くらい?にまた電話がかかってきて。
 国際電話は高いからすぐ切られちゃったけど、何でも夏休み中アメリカで合宿するから日本に帰れないとか。
 唐突過ぎてぐうの音も出ないわよ。
 でも瀬那はもう向こうに行っちゃってるわけだから、帰ってきたらしこたま説教してやろうと決めたけど。
 とりあえず、宿はどうするのって言ったらヒッチハイクだって。
 …たくましくなったものね。あの子も…。

 そんな電話をしていたらお父さんったら後ろでアワアワしながら何か言ってたけど軽く無視してやった。
 瀬那だってもう高校生なのよ。
 少しくらい荒波にもまれたっていい年頃なのよ。
 それをまだ子供なんだからとかどうだとか。
 獅子は我が子を何とやらって言うじゃない。
 お父さんに電話代わったら長くなるから、そのまま気をつけてなるべく時間があったら連絡くらいしなさいとだけ言って電話を切ったのよ。

 そしたらお父さん、隅っこでいじけてたわ…。
 瀬那、帰ってきたら少し親孝行してやって頂戴…。

 とりあえず、生きて帰ってきなさい。
 今はお母さん、それしか言わないから。






21th down

 夏休みも終わり、また制服を着て朝早くに登校する瀬那を見送る。

 アメリカでヒッチハイクしながら合宿と聞いた時は仰天したが、帰ってきた瀬那の顔は、見違えるほどいい面構えになっていた。
 親が居なくても子は育つというのは、本当なのかもしれない。
 アメリカに行って、40日間の合宿で何か大切なものを掴んだのだろう。

 帰りも遅く、母さんは勉強しなさいと言うけれど、今はそれどころじゃないのだろう。
 朝が早くても、くたくたになって晩くに帰ってきても、それでも辛そうな顔をしないのは、きっと今部活が楽しくて仕方ないのだろう。

 あれだけ、学校に行くのをしぶっていた瀬那が、楽しそうに学校に行くのだ。
 後から勉強の遅れを取り戻すのは大変だろうが、今は好きにさせてやりたい。
 やっとあの子は見つけたのだ、自分のやりたいことを。

 だから、叱り役は母さんに任せて、父さんは影から応援することにするよ。


 頑張りなさい。瀬那。

 そして、いつかお前が試合に出る時はちゃんと教えてほしいんだ。