第29話だっぴょ〜んの巻。
電車で2駅。
加護が向かった場所は大きめな神社だった。
昨日ケーブルTVに映し出されたCMにはその神社の宣伝が流れていた。
そこは今年初詣しに来た神社だった。

「神頼みもええやん、たまには信じたってええやんか。」

神様なんか居ない。
今までそう思ってきた。
でも、自分じゃ辻にしてあげられることは今は無い。
ただ合格を祈る事。
それだけしか出来ない。
何かできるとしたら、ここでお守りを買って届ける事。

「すんません、これください。」

加護のチョイスした物はピンク色のお守り。
辻は以前にピンク色が好きだと言っていた。
そのお守りを持って、賽銭を投げて合格祈願をしたあと、
松工大駅へととんぼ返りをした。

「ちょっと会えればええ。ただ渡したいだけ…。」

松工大駅から辻の家に向かう最中
辻の携帯に電話をかける。

『こちらはBLTサンドです、現在、電波のとどかない…』

しばらくぶりに電話をかけた。
最近は邪魔になるだろうと電話をかけて無かっただけに
電話に出てくれるのを楽しみにしていたが。

「しゃあないな、アポなしで。」


ピンポーン。

呼び鈴を鳴らして最初に出てきたのは辻姉だった。

「お、加護ちゃん、いらっしゃい。」

「あ、文子さん、のの居ます?」

「えっとぉ〜…昨日から家に居ないよー。
明日受験でしょ?でね、京都の大学の近くのホテルに泊まってるよ。
えっと、何て大学だったっけ…、えーっと…。」

気が遠くなった。
また自分は彼女に何もする事が出来ないのかと。
手に持った袋がつぶれていく。
辻姉の記憶力の無い言葉などもう耳に入らなくなっていた。

「泊まってるホテルはね、『身体がホテル』だよ、これ電話番号。そこの。
良かったら電話かけてやってよ。のの携帯忘れてっちゃってさ。」

渡された紙を受け取ると、軽く頭を下げて辻の家を後にした。

「なんもでけへんやんか…、ウチ…。」

手にした紙は、旅行代理店チラシの切り抜きだった。
気休めの一言でも言おうか、なんて思ったりもするが
話してしまえば、より自分の無力さを感じる事になると悟った。

「携帯忘れるなんて、ののらしいな…。」

寂しい笑みが少し漏れた。

「のの…ウチあかんなぁ…。ののに何もしてあげらへんくて…。
ごめん…。」

無力感が、雫を頬に伝わらせた。
止められないこの流れは幾筋もの雫を生み出していく。

そんな時だった。

「おーい、加護ぉ〜〜。」

振り返るとそこには矢口と石川が居た。

「あのさ〜おね……どした?」

「加護ちゃん!?どうしたのっ!?」

面を食らった矢口と石川。
なぜなら、加護の涙など付き合ってきて一度も見たことが無い。
そんな彼女が今、目の前で泣いているのだから。

(今しかあらへん…、チャンスは今しかない…。)

「矢口さん!!お願いあんねん!!」

「は?…はぁ?お金なら無いよ…ってか、100円貸して、
ライターガス欠っちゃってさ。アハハ。」

「そんなん払ったる、せやから、ウチの願いを聞いて!!」

「あ、…えっと…なに…?金目の物なんてもってないよ…ヤグチ…。」

鬼気迫るその顔は、嫌とは言わせなかった。

「ウチを今からSIGERUで京都まで連れてって!!」

「………はい…?」

「タダでとはいわへんから、ガス代も負担するしメシ代も、それにこれ!!
矢口さんが欲しがっとった秀樹のフルスタンプカード2枚あげるから!!」

「…偽物じゃないよね…?」

「ホンモンやって!!」

「う〜ん…。」

「加護ちゃん急用なの…?おじいちゃんとかおばあちゃんとかあぶないとか…?」

ろくな事を言わない石川であったが、
この加護の状態を見るとそう思うのもおかしくは無い。
ちなみに矢口は1度、秀樹のスタンプカードに騙されているので
即答はしづらかった。

「ちゃう…ののに…届けたい物があんねん…、一生のお願いやから。
聞いて…おねがい…。」

「ん…わかった…、じゃあ、後もうひとつ…加護んちの
アブトロニックくれ。」

「…そんなもんやったら幾らだってくれたる!!せやから早く!!」

「…よし、載れ!!」

「おおきにっ!!」

交渉即決で、矢口と加護は近くにあったMACCO SPに飛び乗り
颯爽と去っていった。

「あれ…ヤグチさぁ〜ん…石川置いていってますよぉ〜ぐすん…。」

手荷物一杯で立ち尽くす石川の姿だけ、その場に残った。


MACCO SPは轟音を撒き散らしながら、東三商店街を駆け抜ける。
歩道では手を振る人たちが居たが、人格の変わったヤグチは気にも止めなかった。

「生きてるか!?」

すでに30分が過ぎた頃、ヤグチは加護に話し掛けた。
いつもは後ろに石川を乗せている。
その石川は家からトイズまでの10分程度でいつも失神していた。

「余裕やで、こんなん。」

返事は、予想外だった。
なぜか後ろにいた加護はいつもの加護ではない気がした。
この走りが慣れているかのようだった。

「そうか、じゃあ、あと50km/h上げるぞ。」

すでに90km/hは超えていた。
一般道を軽々対向車も交わしながら走るヤグチは
やはり黄金の流星。
パトカーなど何台追跡を諦めただろう。
警視庁から名前が県警に変わった頃
MACCO SPは徐々にスピードを落としていき、ついに止まった。

「どないしたん?矢口さん。」

「ガス欠。ヤグチも。」

幸いな事に、目の前にはファミレス『グアシト』とGS『上毛』があった。
上毛にMACCO SPを置いて満タンを頼むと、その足でグアシトに入った。


「えっと、ウチはグアシトラーメン。矢口さんは…?」

「はんばーぐ!!」

満面の笑顔でこぶしを突き上げ、そう言う矢口は
いかにも、お出かけ先レストランの子供のようだ。

「…セットで。後ドリンクバー二つで。」

『はんばーぐ』発言にニガワライを漏らす店員を見ながら、
矢口は改めて、加護の真意が何であるかを問いただした。

「加護、何で京都行くわけ?辻がどうとか言ってたけど。」

「えっと、今、のの京都のホテルに泊まってるんです。
で、届けたい物があって。」

「ふーん…、忘れ物かなんかなわけ?」

「えっ…まぁ、そんなもんかな…。あ、矢口さん何飲みます?
コーラ?スプライト?えっと、オレンジジュースもあるかな。」

「あ、じゃあ、コーラ。」

触れられたくも無いと言わんばかりに、話をすり替え、席を立った加護。
コップと氷を探している加護の後姿を見つめながら、矢口はつぶやいた。

「誰にだって…触れられたくない事はあるよな…。」


オーダーした物が届いてから、年頃の女の子が食事するとは思えないほどの
静かさがしばらく続いた。

「矢口さん、ほんまおおきに。」

「ん?なにが?」

「京都まで乗せてってくれること。」

「ああ、いいよ。食うもん食わしてもらってるし、秀樹カードはあるし。」

「奈良通る?」

「奈良?どうだろ?通るかなぁ?」

「……ちょっと寄ってもらいたいところあんねん。」

「そう。」

それ以降、グアシトでの会話は無かった。
加護はいつに無く複雑で感情のつかめない表情をしていた。
悲しいのか、懐かしいのか、矢口には加護がどういう心境で居るのか
わからなかった。
腹が満タンになった二人は満タンになったMACCO SPに乗って、
目的地に向けて走り出した。


MACCO SPは不満を言わず走り続けた。
言ったとすれば、空腹による飯の要求。
夜中になっても走り続けた。
休みを入れるたび、矢口にねぎらいをかける加護に
矢口は無言で手を横に振って笑った。
ソレを繰り返し、何台もパトカーを振り払った。

最初の目的地は奈良のある国道だった。
何処にでもありそうなカーブを指差し、「そこに止めて欲しい」と加護は言った。
視界の悪いそのカーブのそこにはガードレールにひっそりと添えられた花が
疲れ果てて萎れていた。
加護は学校バッグから、何かを取り出しその花の傍に置いて手を合わせた。
その様子を見ながら、寒さに悴む手を温めて矢口は聞いた。

「誰か死んだの?知り合い。」

手を合わせていた加護が閉じた瞳を開き、立ち上がって答えた。

「…うん。ウチが愛した最低な奴。」

「そっか…。」

「もう言うてもええかな…、聞いてくれる?」

「いいけど、ここ寒いからさ、あそこにファミレスあるじゃん。
そこで休憩がてら聞くことにするよ。ね。」

「うん。」

本日2回目のファミレスでは1回目より、はるかに重い空気が漂っていた。
「ウニーズセット」なんて定番な物をオーダーした。

「で、聞くよ、話。」

「…うん、あのな…東京来てから、この事話すの矢口さんが2人目かな。」

「一人目は辻?」

「うん。」

「だよな。親友だもんな。」

以前、雷鳴轟く豪雨の中で辻に打ち明けた秘密を再び、
今度は矢口に語りはじめた。

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