アインシュタインの相対性理論

パクト=ペラン=マリエル「こちらの本ですか? こちらは、相対性理論についての本です。
 難しいイメージの強い相対性理論ですが、出来る限り簡単に書いてありますので、どなたでも気軽に読めるかと思いますよ」
パクト=ペラン=マリエル「ただ、この本は、我々の部屋とは違い、上から順番に読んでいく事を前提として、書かれております」

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相対性原理と相対性理論特殊相対性理論の大事な2本柱
光速度不変の原理、とは?光の速度が絶対ならば、何が起こるのか?
時間が長くなる。その証拠は?「ウラシマ効果」とは?
『重さ』とは何ぞや?一般相対性理論の大事な2本柱
重い物の周りでは、空間が歪む!やや余談。ブラックホールとは?
空間がゆがむと、何が起こるのか?重力で光が曲がる証拠!
「重力で光が曲がる」のわかり易い考え方余談2。何故ブラックホールから抜け出せないのか?
補足。何故光速を超える事は出来ないのか?補足2。何故光は光速で飛べるのか?
まとめ


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相対性原理と相対性理論
アインシュタインの相対性理論についての説明の前に、「相対性原理」と言うものについて説明しましょう。
相対性原理とは、ガリレオがうち立てた、極々当たり前の(そして当時の人々にとっては衝撃的な)理論です。
これは、一言で言ってしまえば、「物が動いているか止まっているかは、決めることが出来ない」と言う理論です。
詳しく説明しましょう。
例えば、止まっている電車の中で、ボールを落としたとしましょう。
そうすれば、当然ボールは自分の足元に落ちます。
では、動いている電車の中ではどうでしょう?
加速している場合は別ですが、同じ速さで走っている場合、やはりボールは自分の足元に落ちます。
このように考えると、今自分が乗っている電車が止まっているのか動いているのか、知る手がかりはありません。
「外の景色を見れば動いてるかどうかわかるのでは?」と言うような気もしますが…意外と、そうでもありません。
例えば、あなたが新幹線ひかり号(時速240km)に乗っているとします。
その時、新幹線のぞみ号(時速270km)とすれ違ったとします。
ではこのとき、あなたから見たら、のぞみ号は時速何kmで走っているでしょうか?
全くの別の視点から見れば、のぞみ号は時速270kmで走っていますが、ひかり号から見た場合、のぞみ号は
240+270=510
つまり時速510kmで走っているように見えるのです。
このような速度の事を、「相対速度」と言います。
では、次の問題。
あなたが今、停車中の新幹線ひかり号(時速0km)に乗っているとします。
その時、新幹線のぞみ号(時速510km)とすれ違ったとします。
ではこのとき、あなたから見たらのぞみ号は時速何kmで走っているでしょうか?
答えは、時速510km。当たり前ですね?
ここで重要なのは、自分が時速240km、相手が時速270kmで走っていても、
自分が止まっていて相手が時速510kmで走っていても、どちらにしろ相対速度は同じ、と言うことです。
駅で、隣に止まっている電車を見ていて、その電車が動き出したとき、
「自分の乗ってる電車が動き出した」と思ったら、動いていたのは向こうの電車だった…と言う経験がある方は、すぐにわかる事でしょう。
そして、この時速○○kmと言うのは、全て地面を基準にして測っています。
つまり、この地面その他を頭の中から全て取っ払ってしまえば、自分の速さを決める事は出来ません。
自分にわかるのは、相手の速さ、つまり相対速度だけ、と言うわけです。
結局、いかなる方法を用いても、自分が今現在どのように動いているのか、或いは止まっているのかは、知ることが出来ない、と言うわけです。
これが、ガリレオの打ちたてた相対性原理、と言う物です。
この相対性原理に絡んだ有名な話は、地動説と天動説。
「果たして、動いているのは地球か、太陽か?」
今は、「地球が太陽の周りを回っている」と言うのが常識として染み付いていますが、これがわかる前は、誰もが太陽が地球の周りを回っていると思っていました。
何故ならば、自分が動いているかどうか、知る手がかりが無かったからです。
身近な事についてはピタリと当てはまるこの相対性原理(※)。
ところが、動く速さが光の速さに近くなったり、ブラックホールの周りなどでは、当たり前のような相対性原理が使えなくなってしまうのです。
そんな場合でも使えるよう、ガリレオの相対性原理を発展させた(見方を変えた)のが、アインシュタインが発見した「特殊相対性理論(特殊相対論)」と言う物なのです。
※)先にここからの内容に言及することになってしまいますが、全ての物体は、光より速く動く事が出来ないとされています。
しかし、例えば、秒速20万kmで走っている物と、秒速20万kmで走っている物がすれ違うとき、
この場合、「相対性原理」で行くと、お互い、相手が20万+20万で、秒速40万kmで走っているように見える事になります。
しかし、光の速さは秒速30万kmで、全ての物体はこれを超えることが出来ません。
そのため、「相対性理論」に登場する公式を使って計算すると、この2つの物は、お互い、限りなく秒速30万kmに近い速度で走っているように見えるのです。

特殊相対性理論の大事な2本柱
アインシュタインの相対性理論には、「特殊相対性理論」と「一般相対性理論」とがあります。
まずは、特殊相対性理論について説明しましょう。
特殊相対性理論には、2つの大きな柱があります。
1つ目は、「特殊相対性原理」
2つ目は、「光速度不変の原理」です。
特殊相対性原理とは、に書いたガリレオの相対性原理を少し発展させたもので、
「どのような速さで動いても、自然の法則は同じように成り立つ」
と言う法則です。
もう1つの光速度不変の原理とは、
「どのような速さで動いても、光速は変わらない」
と言う法則です。
特殊相対性原理は、上を読んでいただければ、それで十分です。
ここで言う「自然の法則」とは、物の落下を含め、ありとあらゆる法則です。
化学反応や核反応を起こしたり、物を燃やしたり(まぁ、これも化学反応ですが)、電気を流したり、力を加えたりした時起こる現象は、それが動いていても止まっていても全く同じだ、と言っているわけです。

光速度不変の原理、とは?
特殊相対性理論に置ける2本柱2本目。光速度不変の原理。
これは、「誰にとっても、光の速さは同じ」と言うものです。
光の速さは、秒速29万9792.458kmとされています(と表記される)。
つまり、おそよ秒速30万kmです(真空中の場合)。
この速さは、どのような人にとっても変わらない、と言いたいのです。
詳しく説明しましょう。
例えば、今あなたが光速(秒速30万km)で移動するロケットに乗っているとします
(実際には、いかなる物体も光速になる事は出来ないので、正しくは『光速に近い速度』になります。
なりますが、いまは細かい事は気にしないでください)。
その横を、平行して光(秒速30万km)が飛んでいるとしましょう。
さてこのとき、あなたから光はどのように見えるでしょうか?
普通ならば、自分と同じ速度で走っている物を見れば、それは止まっているように見えます。
時速30kmで走っている自動車の横を時速30kmで走っている車が走れば、お互いにお互いが止まっているように見えます。
しかし、光は違います。
なんと、ロケットから見ると、光は秒速30万kmで飛んでいるように見えるのです。
つまり、1秒後には光ははるか30万km先のかなたにある、と言うわけです。
ここでもっと不思議なのが、次の現象です。
例えば、地上から宇宙へ向けて、物体Aと光を同時に光速で発射したとします。
物体Aも、光も、発射と同時に秒速30万kmとなります。
そして1秒後、物体Aからみて、光はどこにあるでしょうか?
実に不思議な話ですが、秒速30万kmで飛ばされた物体Aから見ると、光は更に30万km先、地上から60万kmの所にあるのです。
しかし、カンのいい人ならここであることに気が付きます。
「光速は30万kmなのに、光が1秒で地上から60万km地点に到達するのは、おかしくないか?」
全くもって、その通りです。
ここが、光の不思議な所。
なんと、地上にいる人にとっては、物体Aも、光も、同じ地上30万kmの所に存在しているのです。
物体Aから見ると、光は地上60万kmのところにあるのに、地上から見ると物体Aも光も地上30万kmのところにある。
なんとも矛盾した話ですが、少なくとも理論上は、こうなってしまうのです()。
アインシュタインのすごいところは、このように、「誰から見ても光の速度は変わらない」と気付いた点です。
その当時、光のこの特殊な性質がまだ知られていなかった頃、多くの科学者が光の速さに変化を見つけようとしました。
もしも光の速さが有限ならば、観測者によって光の相対速度は変わるはずです。
しかし、どんなに詳しく調べても、その相対速度に変化は見られませんでした。
これはどういうことかというと、今まで当たり前だと思われていたガリレオの相対性原理と矛盾する物体がある、と言うことです。
そして、これは大変だ、と言うことになり、アインシュタインも光速で走ったら光はどう見えるか、と言うことに頭を悩ませました。
するとついに、アインシュタインは悩んだ末に、ある結論にたどり着きました。
すなわち、
「どんなに詳しく調べても光の速度に変化が無いのならば、いっその事どんな場合でも光の速さは変わらないと言うことを認めてしまえ!」
と言う結論です。
聞いてしまえば、大してすごい結論に思えませんが、当時の人々にとってはとてつもなく大きな衝撃でした。
そして、アインシュタインは、
「もしも光の速度が絶対ならば(誰にとっても秒速30万kmならば)、果たしてどのようなことが起こるのか?」
と言うことを突き詰めて考えていきました。
これが、「相対性理論」なのです。
ちなみに、この「光速度不変の原理」と言うのは、証明された訳ではなく、観測に基づいてはじき出したデータ。
そのため、これからもっと研究が進んでいったら、「光速度不変の原理は間違いだった」と言う事になるかも知れません。
そしたら、この「相対性理論」は、根底から崩れ去る事になります。

光の速度が絶対ならば、何が起こるのか?
では次に、「光の速度が絶対ならば、一体どのようなことが起こるのか?」アインシュタインの出した結論を見て見ましょう。
単刀直入に言うと、光の速度が絶対なら、物体は未来へ行くことが出来ます。
もちろん、人も、です。
ここでは、「光時計」と言うものを考えて見ましょう。
光時計とは、光が出るところと鏡が向かい合わせになっていて、光が出て、鏡で反射して、また戻って来たら、丁度1秒になる時計のことです。
光の速度は秒速30万kmですから、この時計の高さは実に15万kmにもなってしまい、実際に作ることはできませんが、とりあえず、想像してみてください。
と言うわけで、深くは考えずに、頭の中にこの時計を思い描いてください。
ちなみに、何故こんな時計を使うかと言うと、
「時間を計る」というのは、「一定のペースで繰り返し起こる出来事の回数を数える事」と同じ、と考えられます。
振り子時計は振り子の振れる回数を、原子時計は原子の揺れる回数を、それぞれ数えています。
相対性理論の場合、光を基準にしているので、このような時計を使用します。
さて、ではここで、その光時計が、動いている電車の外と中にある、としましょう。
電車の外にはAさんと、光時計A’が、電車の中にはBさんと光時計B’があるとします。
Aさんが光時計A’を見ていれば、光一往復でジャスト1秒です。
Bさんが光時計B’を見ていれば、光一往復でジャスト1秒です。
ここまでは、当たり前のことで、どこもおかしいところはありません。
しかし、電車の外のAさんが、電車の中の光時計B’を見ると、とてもおかしなことが起こります。
なんと、Aさんの見える1秒と、Bさんの見える1秒の長さが、ずれてしまうのです。
光時計の高さは15万km。
Bさんから見れば、光は30万kmを進んだことになり、ジャスト1秒です。
しかし、「光速は誰にとっても絶対だ」と言う「光速度不変の法則」を当てはめると、Aさんが光時計B’を見た場合、こうなります。
まず、B’の底にある、光の出るところから、光が出ます。
光は光時計の上へと向かっていきますが、Aさんから見れば、光時計は動いています。
すると、光は真っ直ぐ上に上がらずに、電車と同じ速度で横にも同時に動いている、つまり斜め上に上がっているように見えるのです。
そして、上にぶつかった光が、また底に戻るためには、斜め下に下がる必要があります。
そうすると、光は30万kmより、少し長い距離を飛ばなければなりません。
しかし、ここで出てくるのが「光速度不変の原理」。
30万kmより少し長い距離を飛ぶためには、1秒より少し長い時間が必要とされます。
そのため、Aさんから見ると光時計B’の1秒は、光時計A’の1秒より若干長くなるのです()。
これは、AさんがB’を見た場合だけでなく、BさんがA’を見た場合にも当てはまります。
とにかく、ここで言いたいのは、
「移動している人の時間は、止まっている人の時間より長くなる」
と言うことです。

時間が長くなる。その証拠は?
そもそも、「他人より時間が長くなる」と、どうなるのでしょうか?
他人より時間が長くなると言っても、自分自身は、何も変わったように感じません。
変わったように感じるのは、自分が他人を見た時か、他人が自分を見た時です。
「長くなる」と言うより、「伸びる」として説明しましょう。
「他人より時間が伸びる」と言う事は、他人が自分を見た場合、自分の1秒が、グーンと伸びて見えるのです。
つまり、他人から見ると、自分の時間がゆっくりと進んでいるように見えるのです。
当然、自分から他人を見ると、他人の時間がものすごく速く進んでいるように見えます。
すると、自分は1時間しか経っていないのに、相手では2時間も3時間も経っている、と言う風になるのです。
これを極めれば、自分は1秒しか経っていないのに、相手は1年も時が進んでいる…
つまり、自分から見れば、たった1秒で1年後の世界に行ける、つまり「未来に行ける」のです。
そう言われても、ちょっと信頼できません。
が、実はちゃんとした証拠があるのです。
「ミューオン」と言う物体が存在します。
これは、素粒子と言う物質で、全ての物を作っている「原子」を、作っている物です。
まぁ、平たく言えば物を作ってる小さな粒です(詳しくは、中学で習います)。
このミューオン。とてももろい物体で、すぐに壊れ、電子とニュートリノと言う物質に変わってしまいます。
その時間、わずか0.000002秒。
ところが、ものすごいスピードでミューオンを飛ばすと、この時間が長くなるのです。
これは、速く運動しているときには時間が遅くなる、と言う証拠です。
他にも、様々な証拠があります。
1971年に、物理学者ジョー・ハーフェルと、リチャード・キーティングがある実験を行いました。
その実験内容は、原子時計(原子の振動により、時間を刻む時計。ものすごく正確)を2つ用意し、片方は地上、もう片方は飛行機に積みます。
そして、その飛行機はそのまま、世界一周旅行をしたのです。
ではその時、時計はどうなったか?
なんと、飛行機内の時計の方が、地上の時計よりも若干、遅れていたのです。
その遅れはわずか0.000000059秒(10億分の59秒)でしたが、この値はアインシュタインの理論が予測した大きさとピッタリ一致。
こうして、「未来に行ける」ことが証明されたのです。

「ウラシマ効果」とは?
未来に行ける、と言うことは、こう言うこともある、と言うことです。
その現象の名前は「ウラシマ効果」。
どんな効果でしょうか?
例えば、同じ年齢の人間が2人、いたとします。
その片方が宇宙船に乗り込み、光速に近いスピードで宇宙を旅し、数十年後に地球に帰ってきた、とします。
先ほど説明したように、光速に近いスピードで運動する物質は、時間の進みが遅くなります。
すると、地球上では数十年経っていても、宇宙船の中では10年程度しか経っていないことになります。
そうすれば当然、宇宙船に乗った方と、地球に残った方では、年齢差がうまれます。
これが、「ウラシマ効果」です。
ただしこの「ウラシマ効果」。もっと不思議なことがあります。
一番初めに、「相対性原理」と言う物を書きました。
これが、このウラシマ効果にも、当てはまるのです。
つまり、この
「宇宙船が、光速に近いスピードで地球を旅立ち、再び帰ってくる」
と言う工程は、同時に、
「地球が、光速に近いスピードで宇宙船を旅立ち、再び帰ってくる」
とも取れるのです。
このように考えると、止まっているのは宇宙船で、動いているのは地球。
つまり、この2つが再び出会う時、地球では10年程度しか経っていないのに、宇宙船内では数十年も経ってしまっているのです。
当然、前者と後者は明らかに矛盾します。
この矛盾の事を、「双子のパラドックス」と言います。
ただし、これは、「宇宙船(又は地球)が、再び戻って来るまで、ずっと光速で飛び続けた場合」の話です。
アインシュタインの特殊相対性理論は、ずっと同じスピードで動いている場合にしか使えません。
だから、“特殊”相対性理論、なのです(と言うことはつまり、一般相対性理論はあらゆる場合に使える、と言うことです)。
ちなみに、今回の「双子のパラドックス」。
一般相対性理論で考えると、結局は、宇宙船に乗った方が若くなるんだそうです。
何故なら、宇宙船の方は、動き方が一定ではないため。
地球は、ずっとほとんど一定の動きをしていますが、宇宙船は、まず地球から飛び出すときに加速します。
そして、方向転換する際に減速し、また加速します。
先にここからの内容に言及する事になってしまいますが、実は、加速・減速をした時にも、時間が伸びるのです。
車や電車、ジェットコースターなどで、加速・減速をした際、ググッと押し付けられるような感じがします。
あの時、実は時間が少し伸びているのです。
宇宙船がいくら加速・減速しても、地球上の人はググッと押し付けられるような感じはしません。
そのため、宇宙船の人の方が時間が伸び、結局、宇宙船に乗った方が、若くなるのです。

『重さ』とは何ぞや?
では、ここで特殊相対性理論の説明は一旦終え、一般相対性理論の説明に入りましょう。
基本的には、直前に書いたように、
「速度が一定で、重力が無い場合のみ使える相対性理論が特殊相対性理論で、
 速度の変化や重力があろうが無かろうが使える相対性理論が一般相対性理論」
です。
では、その一般相対性理論の説明に入ろうと思いますが…。
その前に、一般相対性理論にとって重要な、『重さ』について説明しましょう。
『重さ』と言うと、体重や、物の量(グラム)を考えてしまいますが、この場合は違います。
例えば、エレベーターで上がり始めた瞬間は、体が重くなるような感じがすると思います。
他にも、車や電車が急に加速する時、ググッと後ろに押し付けられるような感じ(後ろによろける様な感じ)もします。
そして、スペースシャトルの打ち上げ時などに、よく「G(ジー)がかかる」と言う表現を聞くと思います。
これは、重力の単位で、「Gがかかる」と言うのはつまり、重力が強くなる(ように感じる)=体が重くなったように感じる、と言う意味になるのです。
では、こんな場合はどうでしょうか?
例えば、あなたが真っ暗闇の箱の中に閉じ込められているとします。
そこがもし地上ならば、重力を感じる事が出来るはずです。
では、仮に、箱の周りが宇宙空間で、箱は単に加速しているだけだった場合、あなたはどう感じるでしょうか?
おそらく、全ての人が、移動方向と反対方向に重力を感じているはずです。
ではこの時、この2つの重力を区別する事は出来るでしょうか?
結論から言うと、出来ません。
何故ならば、どちらの場合も、人間が体に感じる重さは全く同じだからです()。
この2つの「重さ」。
感覚的には全く同じ物ですが、正確には(物理学的には?)、全く違う物です。
ところがアインシュタインは、
「実際に区別が出来ないんだから、いっその事同じ物って事にしちゃえ!」
と言う考え方を示したのです。
光速度不変の原理」と同じく、この考え方は、当時の人々に衝撃を与えました。
ちなみに、何故加速すると「重さ」を感じるかと言うと、これは「慣性(かんせい)の法則」と言う法則で説明する事が出来ます。
「慣性の法則」とは、
「止まっている物体や、同じ速さで動いている物体には、そのままでいたがる性質がある」
と言う法則です(この性質の事を「慣性」と言います)。
つまり、その場でピタッと止まっている物体は、周りから触られない限り、ずっと止まっているし、
ずっと転がっているボールは、誰も止めようとしなければ、永遠に転がり続ける、と言う事です
(実際にボールを転がしているといつか止まりますが、あれは地面との間に「摩擦(まさつ)」と言う力が生じるからです)。
そして、止まっている物体を動かそうとした場合、あるいは、ずっと動いている物体を止めようとした場合、この「慣性」に逆らう事になります。
その時の「抵抗」…つまり、外から突然加えられた力に対し、
「動くもんか、こんチクショウ!」「止まるもんか、この野郎!」
と物体が働くため、それが「重さ」として感じられるのです。
ですので、先ほども述べたように、地球のいわゆる「重力」と、加速による「重さ」は、まるで別物なわけです。
で、結局、一般相対性理論で言う「重さ」とは、この「重力による重さ」と「加速による重さ」の2つの事なのです。

一般相対性理論の大事な2本柱
さて、「特殊相対性理論」には、「大事な2本柱」と称した、2大原則がありました(こちら参照)。
これは、「一般相対性理論」にも言える事で、一般相対性理論には、また別な2本柱が存在します。
1つ目が、「一般相対性原理」。
2つ目が、「等価原理」です。
一般相対性原理とは、「誰に対しても自然の法則は同じように成り立つ」と言う原理です。
ここで言う「誰に対しても…成り立つ」と言うのは、
「動いている人だろうが、止まっている人だろうが、加速している人だろうが、減速している人だろうが、何をしている人だろうが」
誰がいついかなる状況で自然の法則を試したところで、全く同じ結果が出る、という意味です。
例えば、地球上に立っている人が、9.8mの高さからボールを落とした場合、ボールは1秒後に地面に落ちます。
そして、地球上を高速で移動している人が、9.8mの高さからボールを落とした場合も、ボールは1秒後に地面に落ちます。
これは、その人が加速していようが減速していようが、(一般的な地球上の環境である限り)自然の法則は変わらない、と言うことです。
これが、「一般相対性原理」です。
2つ目の「等価原理」と言うのは、上で述べた事そのまんまです。
すなわち、
「重力によって感じる『重さ』と、加速によって感じる『重さ』は同じ物である」
と言うことです。
詳しくは、を読んでいただければ十分です。
この2つの柱を打ち立てたことで、加速や重力にまで関わる事が出来なかった「相対性理論」は、
晴れて「一般相対性理論」として、加速や重力にまで関わって、今までよりも更に広い視野を持てるようになったのです。

重い物の周りでは、空間が歪む!
くどいようですが、一般相対性理論では、特殊相対性理論では考慮できなかった「重力」の問題も、考慮する事が出来ます。
では、重力があると果たして何がどう変わるのか?
例を挙げて説明しましょう。
ここに、巨大なトランポリンが1個、あると思ってください。
そして、このトランポリンは、この世界の「空間」だと思ってください。
その上に、1人、人が乗りました。
トランポリンは、わずかにゆがみます。が、それほどではありません。
次に、このトランポリンの上に、100人が乗りました。
すると、トランポリンは、1人の時よりもよりゆがみます。
そして、この100人が、ギュウギュウに押し合い、中心に集まり、100人揃ってコマのようになると、どうなるでしょうか?
100人全ての重さが1点に集中し、トランポリンは激しくゆがみます。
ついには、ゆがみ過ぎて真ん中が一気に破け、100人は地面へと叩きつけられます。
空間は、このトランポリンに似ていて、質量の大きい物(=重い物)があると、その周りがグニャッとゆがむのです。
ちなみに、最後に100人が地面へと叩きつけられましたが、あれも、ちょっとした例えです。
やや余談になりますが、このように空間が捻じ曲がり、最終的に全ての物質が地面に(=空間中のほんの1点)に集中した物が、世に言う「ブラックホール」の正体なのです。

やや余談。ブラックホールとは?
ブラックホールは、ものすごく重い星が死を迎え、自分の重さ(自重、と言う)を支えきれなくなった時に、発生します。
自重を支えきれなくなった星(を形作っていた物質)は、中心めがけて一気に落ちます。
すると、ものすごく小さいのに、ものすごく重たい星が生まれるのです。
そして、このブラックホールの周りでは、先ほどの例えの中の、100人が1点に集中した場面と、同じ事が起こります。
つまり、ブラックホールの周りでは、空間がゆがむのです。
「トランポリンが破けた」となれば、そのゆがみは尋常ではありません。
もし誤って足を踏み入れてしまえば、一巻の終わり。
滑って地面へと叩きつけられてしまい、2度と這い上がれなくなります。
この「ここまで来たら、一巻の終わり」と言う範囲の事を、「シュバルツシルト半径」と言い、
言ってみれば、ここが「ブラックホールの表面」です。
ただし、「半径」と言えど、普通の円の半径とはわけが違います。
円の半径は、中心から円のフチまでの長さです。
円はちゃんと「○」と線が引いてありますから、どこからどこまでが円か、すぐにわかります。
しかし、ブラックホールの場合は、そんな生易しい物ではありません。
身近な例で言えば、磁石を思い浮かべていただければ良いでしょう。
ものすごい強力な磁石を、鉄に近づけて行きます。
初めは離れているので、鉄は全く動きません。
しかし、徐々に近づけていくと、磁力に引かれ、鉄は磁石に少しずつ近付いていきます。
さらに磁石が近付くと、鉄が磁石に近付くスピードは上がり、限界まで行くと、一瞬で磁石にくっ付いてしまいます。
外から見れば、どこが限界か、鉄の動きからなんとなくわかります。
しかし、鉄にとっては、初めから磁石に引かれているため、どこから抜け出せなくなったのか、わかりません。
わかるのは、磁石に引かれていた事と、いつの間にか磁石にくっ付き、取れなくなった事だけ、です。
この時の「限界」が、「シュバルツシルト半径」なのです。
そして、これの内側に入ってしまうと、あとは永遠に出る事が出来なくなってしまいます。
ちなみに、太陽と同じ質量のブラックホールですと、このシュバルツシルト半径は約3kmになります。
つまり、太陽の中心から3km未満のところまで行くと、2度と帰れなるのです。
が、太陽の半径は100万km以上。落ちる前に、焼け死ぬのがオチです(ダジャレではない)。
ですので、太陽が半径3km未満にまで縮まれば、十分ブラックホールとして成り立つのです。
ただ、普通のブラックホールは質量が太陽の10倍前後。
シュバルツシルト半径は、約30kmになります。
ちなみに、地球の重さは普通のブラックホールの330万分の1。
つまり、普通のブラックホールは、半径30kmのところに、地球が330万個も詰まっていることになるのです。
それと、ブラックホールと言うと、掃除機のように「何でも吸い込む」と言うイメージがありますが、実際はそんなことありません。
もちろん、このシュバルツシルト半径に入れば、何人たりとも脱出できないのですが、
このシュバルツシルト半径外ならば、どんなに近づいても(理論上は)脱出可能なのです。
もちろん、あまり近づきすぎると、光以外は脱出できない、と言うような状況になってしまいますが。
それと、もし仮に太陽がブラックホールになった場合。
地球の軌道が劇的に変わるかと思えば、実はそうではありません。
何故なら、太陽がブラックホールになっても、太陽の引力は変わらないし、3kmまで近づかなければ絶対に安全だからです。
ちなみに、この地球の「シュバルツシルト半径」は、99分の1ミリメートル。
つまり、地球が99分の1ミリメートルまで縮むとブラックホールになり、
同時に、地球の中心から99分の1ミリメートルまで近付くと、もう抜け出せなくなる、と言う事です。

空間がゆがむと、何が起こるのか?
単刀直入に結論から述べますと、特殊相対性理論同様、「時間が伸びる」=「未来へ行ける」と言う事です。
詳しくは、これからゆっくり話しましょう。
まずは、空間のゆがみからです。
「3次元のゆがみ」を考えることは、かなり難しいことですから、とりあえず、「2次元のゆがみ」を考えて見ましょう。
2次元とは、早い話が紙の上。平らな平面の上の事です。
3次元の世界では、「上下、左右、前後」と3つの軸がありますが、
2次元の世界では、「上下、左右」「上下、前後」「前後、左右」のように、2つの軸しかありません。
一番考えるのが楽な、「前後、左右」で考えてみましょう。
まずこの前後左右しかない2次元の世界に、直線を引いてみてください。
引ける直線は、真っ直ぐないわゆる「線」。何の変哲もありません。
問題は、空間がゆがんだ時です。
「ゆがんだ空間での直線」と言うのは、傍目には「曲線」に見えます。
が、見えるだけで、曲線ではないのです。
そもそも、「直線」の定義は、
「2点間を結ぶ、最短距離」
です(正確には、これは「線分」の定義なのですが、ここではわかりやすいように、「線分」を「直線」と言っています)。
わかりやすく言うと、
「家から駅までの最短ルート」
が直線なのです。
間にある家や人を全てなぎ倒し、真っ直ぐ歩き続ける。これが、最短ルートであり、「直線」なのです。
では、ゆがんだ空間ではどうなるでしょうか?
ゆがんだ空間では、そもそも空間自体がゆがんでますから、直線の定義はそのままでも、形は変わってきてしまいます。
言葉では説明しにくいので、紙とペンを用意してください。
紙に、適当な直線を引いてください。 そして、その紙をグシャッとゆがめます。
その時そこにある線が、「ゆがんだ空間での直線」になるのです。
見る角度によっては、それは明らかに「曲線」ですが、その「紙上」と言う「空間」の中では、それは立派な「直線」なのです。
が、空間自体がゆがんでいるとは言え、本来ならば最短距離である「直線」が、「曲線」に変わるわけですから、2点間の長さは、長くなってしまいます。
さて、ここで、だいぶ上の方でやった光速度不変の原理が再登場します。
光の速さは、秒速30万km。これは、何があろうと、真空中である以上、絶対に光は秒速30万kmで進みます。
これは、空間がゆがめられても同じ事
そして、2点間の距離は、ゆがんでいない時よりも伸びているので、
光が2点間を移動する時間は、空間がゆがんでいない時に比べ、ゆがんでいる時の方が、やや長くなるのです。
光が2点間を移動する時間が長くなると、どうなってしまうのでしょうか?
実は、「光の速度が絶対ならば、何が起こるのか?」と全く同じ事が起こります。
つまり、空間のゆがみが激しいところの方が、同じ2点間を移動する時間が長くなるので、その分、時間が遅くなるのです()。
この事は、こんな実験で実証されています。
そもそも、今回の話は「重い物の周りでは、空間が歪む!」から来ました。
空間がゆがむと、時間が遅くなる。つまり、重い物の周りでは、空間がゆがみ、時計の進み方が遅くなるのです。
いくつかの実験で実証されていますが、ここでは2つ、挙げましょう。
まず、地球から金星に向けてレーダーを発し、反射してきたレーダーを捕らえる、と言う実験。
この時、地球と金星の間に、太陽がある事が条件です(つまり、地球から見て、金星が、太陽の向こう側にギリギリ顔を出している事が条件)。
もし、重い物の周りでも空間がゆがまず、光の移動距離が変わらないのならば、
地球から出たレーダー(電波)は、真っ直ぐ金星に進み、また真っ直ぐ戻ってくるはずです。
光の速さと、金星‐地球間の距離はわかっていますから、レーダーが戻って来るまでの時間は、計算で求める事が出来ます。
ところが、実際にやってみると、計算結果よりも長い時間かかって、レーダーは戻ってきます。
これはつまり、重い物=太陽によって、空間がゆがめられている事の証明につながるのです。
しかも、その遅れる時間は、一般相対性理論の計算どおりなのです。
もちろん、レーザーが戻って来るのが遅れた理由が他にある可能性もありますが、少なくとも、一般相対性理論の否定は出来ない、と言う事です。
もう1つの実験は、地球上で行われた実験。
1959年にハーバード大学で行われた実験で、
高さ22.5メートルの塔の一番上と、一番下で、ものすごく厳密な時間測定を行いました。
その結果、ものすごく短い時間ではありますが、わずかに、塔の頂上の方が、時間が早く進んだのです。
そして、もちろんその結果は、一般相対性理論の計算どおりでした。
また、この時、「時間が早く進んだ」と言う事は、
「塔の頂上にいた人は、ほんのわずかながら、地上の人よりも早く時を進む事が出来た」
つまり、「未来に行けた」と言う事が出来るのです。
ちなみにこの「未来に行き具合」は、もうわかると思いますが、重い物の近くほど早く未来に行けて、離れれば離れるほど遅くなります。

重力で光が曲がる証拠!
さて、直前まで空間が曲がると光が曲がる=重力で光が曲がる、と言う話をしてきました。
理論的には曲がるようでも、実際のところ、本当に曲がるのでしょうか?
わたし達の普段の生活では、目で見てわかるほど光を曲げるような重い物には、あまり接しません。
しかし、宇宙ならごまんとあります。
そして、実際に「光が曲がっている!」と確認できた事例もあります。
アインシュタインが一般相対性理論を発表したのは、1915年。
その直後の1919年にちょうど日食がありました。
太陽はかなりの質量があるので、その周りでは、わずかに空間がゆがんでいるはずです。
もし一般相対性理論が正しければ、太陽の向こう側にある星から来る光は、太陽の重力によってゆがめられ、
実際の星の位置とは違う位置に、星が見えるはずです。
普段は太陽が明るくて観測できませんが、日食の時なら、観測は可能です。
そして、実際に観測した結果、星の位置がわずかにずれている事がわかりました。
本当にあるべき位置よりも、若干、太陽から遠い場所に、その星が観測できたのです。
この時、本当に一般相対性理論の計算通りに光がゆがんでいたので、世界中が大騒ぎになったそうです。
また、観測対象の天体Aと、地球との間に、ブラックホールがあると、
天体Aから発せられた光がブラックホールによりゆがめられ、ゆがんだ映像が地球に届く事があります。
さらに、光の進み方では、1つしかないはずの天体Aが、2つ観測される事もあるのです。
本来、真っ直ぐ進めば地球にやってくる事は無かった光が、途中のブラックホールによって、軌道を変えられてしまいます。
そのため、地球から見れば左右反対方向に飛んでいったはずの光が、レンズで曲げられたかのように途中で突然地球を目指し、結果として、地球で2つの天体Aが観測できるようになるのです()。
こう言ったいくつかの観測や実験で、重力で光が曲がると言う事が証明されました。

「重力で光が曲がる」のわかり易い考え方
それと、本当は最初にでも書くべきだったのですが、「重力で光が曲がる」と言うのは、こんな形で考える事も出来ます。
例えば、ここに1台の(光を通す)エレベーターがあるとします。
エレベーターは真っ直ぐ上に上がっていきます。
その時、エレベーターの真横から光を飛ばすと、光は真っ直ぐと進み、エレベーターを貫通して、向こう側へ抜けて行きます。
これをエレベーターの外から見ていると、光は真っ直ぐに進んでいるように見え、エレベーターは上に上って行く様に見えます。
では、これをエレベーターの中から見ると、どうなるでしょうか?
言うまでも無く、光は下向きに曲がっていくように見えるでしょう。
何故ならば、エレベーターは上昇しているのに、光は真っ直ぐ進行。
光がエレベーターに入って来た時と、出て行った時とでは、光の高さはわずかに後者の方が低くなるからです。
ところで、一番初めに、相対性原理について、説明しました。
「今現在、自分がどのように動いているか(止まっているか)は、自分にはわからない」
と言うものです。
エレベーターの中にいた場合、(外が見えれば話は別ですが、)自分が上っているのか、止まっているのか、自分にはわかりません。
そして、仮にエレベーターが上昇しているとしたら、中の人は、加速によって重力を感じるはずです。
しかし、仮にエレベーターが地上で止まっているとしても、中の人は、地球による重力を感じているはずです。
つまり、どちらの場合でも、エレベーター内部には重力が生じているのです。
そして、光は加速による「重力」の中で、その進行方向を変えました。
つまり、光は物体の引力による「重力」の中でも、その進行方向を変える=曲がるはずなのです。
他には、こんな考え方があります。
「光は、目的地まで最短かつ楽な道を選んで進もうとする性質がある」
と言う考え方です。
A地点から、B地点まで行く時、最も早くつく方法は? と聞かれれば、誰もが「真っ直ぐ進む」と答えるでしょう。
そして光は、「最短ルートを選ぶ」のですから、光は「真っ直ぐ進む」と言えるわけです。
では、もしA地点とB地点の間に、深い落とし穴があったらどうでしょうか?
真っ直ぐ進むとなれば、Aを出発して、1度穴に降り、また這い上がって、Bまで行かなければなりません。
これは、非常に面倒ですし、時間もかかります。
光は、こういう面倒な事を嫌い、とにかく「最短で楽なルート」を選びます。
ですので、ちょっとぐらい遠くても、落とし穴を迂回して、平坦な道を選んで、Bまで行きます。
ここで言う「落とし穴」。これこそが、空間の「ゆがみ」なのです。
この項目までの説明がよくわからなかった方は、今の例えを頭に入れてもう一度読み直してみれば、なんとなくわかるかも知れません。

余談2。何故ブラックホールから抜け出せないのか?
さて、最後に、余談的な事を書きましょう。
ブラックホールの話のところで、「落ちると2度と出てこれない」と言うような事を書きました。
さて、これは何故でしょう?
もちろん、全ての原因は、その途方もなく大きい質量です。
質量が大きいと言う事は、当然重力も大きいと言う事。
そして、重力が大きいと言う事は、そこでの空間のゆがみも非常に大きくなり、時間のゆがみも大きくなります。
重力が大きいと、時間がゆっくりと進む事は説明しました。
ブラックホールは途方もなく重力が大きいため、理論上、時間の「ゆっくり度」は無限大になっているのです。
「無限大」とは、どう言う事でしょうか?
ここでは、具体的に説明しましょう。
例えば、誰かがブラックホールに落ちたとします。
このブラックホールに落ちたEさんを、あなたが外から見ているとしましょう。
ブラックホールに落ちていく、と言う事は、時間が段々引き延ばされる事になるので、
外から見ると、Eさんの動きが段々と遅くなっていきます。
そしてそのまま落ちていくと、Eさんの動きはどんどん遅くなり、ついには、停止してしまうのです
(実際には、ブラックホールに落ちた人を見る事は出来ませんが、「見れる」と仮定すると、こうなります)。
では、逆に、Eさんから見ると、どうなるのでしょうか?
ブラックホールに落ちると、時間が段々引き延ばされるので、外にいるあなたの動きが、段々速くなっていきます。
この速さは次第に増して行き、1秒で数時間が、1秒で数年が、1秒で数十年が…と、ものすごい速さで、外の世界が流れていきます。
そして、ブラックホールに着地した瞬間、理論上、外の世界では無限の時間が流れ過ぎ、Eさんは過去の世界に取り残されてしまうのです。
この「無限の時間」が流れた後、何が訪れるのかは、わかりません。
しかしともかく、理論上は、ブラックホールの底では、時間が停止(あるいはほぼ停止)してしまいます。
そしてそのため、1度ブラックホールに落ちてしまうと、二度と出てくる事が出来なくなってしまう、と言う事なのです。

補足。何故光速を超える事は出来ないのか?
ここまでの説明の中で、「光速を超える事は出来ない」と言う表現があったかと思います。
既に何度か述べたように、光の速さはおよそ秒速30万km。
全ての物体は、これ以上速くなれない、と言っているのです(水の中など、条件が揃えば、光より速く進む事は出来ますが、秒速30万kmの壁を超える事は不可能とされています)。
では、何故超えられないのでしょうか?
E=mcと言う、有名な公式があります。
Eとはエネルギー(単位;J〔ジュール〕)、mは質量(単位;kg)、そしてcは、光速=30万km/秒です。
この公式が意味するところは、
「ある物体が持つエネルギーは、その物体の質量と、光速の二乗(=30万×30万=90億)をかけた物になる」
と言う事です。
さて、ここで言う「エネルギー」とは、実に様々な物を含みます。
そのうちの1つに、「運動エネルギー」と言うものがあります。
「運動エネルギー」とは、「運動している物体(=移動している物体)が持つエネルギー」の事。
例えば、殴られた時痛いのは、動くこぶしが持つ運動エネルギーのせいですし、車にはねられると重症を追うのは、走る車の持つ運動エネルギーが、とても大きいからです。
そして、運動エネルギーとは、基本的にその動きが速ければ速いほど大きくなります。
つまり、ある物体を加速させればさせるほど、ものすごい大きな運動エネルギーを持つ事になるのです。
ところで、この式の意味。実は、先ほど述べたのは正確ではなく、正しくは、
「物体のエネルギーと質量は、互いに関係している」
と言う意味になります。
つまり、物体が重くなれば重くなるほどエネルギーが増すし、エネルギーが増せば増すほど物体が重くなっていくのです。
では、ここで、ある物体Xを加速し、光速を超えさせようとしたとします。
初めは順調に加速を始めた物体Xですが、次第に変化が現れてきます。
加速させるためには、後ろから押すなど、何らかの力=エネルギーが必要になります。
段々、加速させるために必要なエネルギーが、増えてきたのです。
軽い物体と重い物体。どちらの方が、動かすのが大変でしょうか?
考えるまでもなく、重い物体です。
速さが増す、と言う事は、エネルギーが増すことであり、それは同時に質量が増すことに他なりません。
質量が増すと、その分、加速させるために必要なエネルギーは増えていきます。
段々と物体が速くなり、その速度が光速に限りなく近付くと、加速に必要なエネルギーは、莫大なものになります。
そして理論上、その物体を光速にするためには、無限大の力が必要になるのです。
当然、「無限大の力」なんてものは存在しませんから、光速を超える事は、理論上絶対に不可能、となるわけです。
ただ、「もし超えられたら…」と言う理想(?)から、「タキオン」と言う架空の物質が生み出されました。
「もしも物体が光速を超えるとどうなるのか?」その、「光速を超えた物体」として、「タキオン」を生み出したのです。
さて、その計算の結果は?
実は、「タキオン」は、光速より速く動ける代わりに、光速より遅くなる事は出来ない、と言う結果になったのです。
また、「タキオン」は、「過去に突き進む物体になる」とも言われています。
何故でしょうか?
これは、先ほどの理由と全く同じ。そう、タキオンを光速より遅くするためには、無限の力が必要になるのです。
物体の運動を止めるためにも、エネルギーが必要になります。
タキオンの場合、光速ギリギリまで遅くする事は可能ですが、光速にするためには、無限大の力が必要になるのです。
また、過去に突き進む理由ですが、これは、「タキオンが光より速い」と言う事を考えてもらえば、すぐにわかります。
光だとわかりにくいので、音で説明しましょう。
例えば、あなたが超音速(音よりも速い速度)で走っているとします。
そこで、遠くにいる友人に向かって、「あ、い、う、え、お」と叫んだとします。
普通なら「あいうえお」と聞こえるのですが、何しろあなたは超音速で疾走中。
あなたの発した「あ」の音は、あなたに追い抜かれる事になります。
すると、「い」と発音した時、この「い」の音は、「あ」よりもあなたの友人の近いところにあるのです。
同様に、「う」は「い」より友人に近く、「え」は「う」より、「お」は「え」より友人に近いところにあるのです。
すると、友人の耳には、あなたが「お、え、う、い、あ」と叫んだように聞こえます。
タキオンでも、これと同じ事が光で起こります。
地上100mから、あなたに向かって、タキオンが降って来たとしましょう。
地上100m地点で、タキオンからあなたに向かって、光が発されます。
しかし、タキオンは光より速いので、この光が地上90m地点に来る頃には、タキオンはそれよりもっと低い位置に来ています。
そして、あとは、先ほどの音と同じ事が起こります。
つまり、あなたの目には、「タキオン地上1m地点の光」「タキオン地上2m地点の光」「タキオン地上3m地点の光」…と言う順番で、光が飛び込んでくるのです。
すると当然、あなたには、タキオンが空から降ってきたのではなく、自分の目の前から空高く昇って行く様子が見えます。
本当は落ちてきているのに、目には昇って行っている様に見える…。
ここから、「タキオンは過去へ突き進む物体になる」と言われるのです。

補足2。何故光は光速で飛べるのか?
「全ての物体は光速を超える事は出来ない」と、何度も述べました。
しかし、実際には、光速になる事すら、不可能なのです。
では、ここで1つの疑問が浮かびます。
「何故、光は光速になる事が出来るのか?」
物体が光速になれない理由は、「無限大の力が必要だから」と説明しました。
ここで、もう一度、その時出てきた公式E=mcを思い出していただきましょう。
何故光は光速になれるのか? その答えは、この公式をよく見てもらえれば、わかります。
先ほど、「物体の速度が増すと、エネルギーが増す」と言うような事を述べました。
しかし、実はこの説明は正確ではないのです。
正確に説明すると、こうなります。
質量(重さ)のある物体の速度が増すと、エネルギーが増す」
上の公式を見ていただければ、それがわかると思います。
物体の持つエネルギー量は、その物体の「質量」と、「光速の二乗」をかけあわせたもの。
ならば、もし「質量ゼロ」の物体があったら…?
ゼロは、何をかけてもゼロのまま。それが90億と言う莫大な数字でも、同じ事です。
つまり、質量ゼロの物体は、エネルギーもゼロなのです。
エネルギーがゼロと言う事は、加速させるために必要なエネルギーも、ゼロ。
そして、全ての物体が光速を超えられない理由は、「無限大の力が必要だから」でした。
もうおわかりですね?
そう、光が光速になれる理由、それは、
「光には質量が無いから」
なのです。
実際には、ここで言う「質量」とは、「静止質量」の事を指します。
静止質量とは、止まっている状態での質量の事。動き始めたら、質量があるかもしれない、と言う事です。
微妙な言い回しですが、質量ゼロのはずの光にも、「エネルギー」は存在します(「光エネルギー」と呼ばれています)。
電子レンジで物が温まるのも、太陽の光が暖かいのも、リモコンでテレビが操作できるのも、全ては光エネルギーのおかげ。
この矛盾を解決するために、「静止質量」と言う言葉を使うのです。
つまり、「少なくとも止まった状態では質量は無い。しかし、エネルギーがあるのだから、動き始めたら質量を持つのかもしれない」と言うような意味合いなわけです。
また、「光には質量が無い」と断言してしまいましたが、正確には、まだあるかないかはわかっていません。
つまり、「光が光速になれる以上、光に質量がないと考えなければ、理論的におかしい」と言う事なのです。

まとめ
さて、ここまで相対性理論について、長々と語ってきましたが、結局、相対性理論とは何なのか?
難しく考えずに、ちょっとまとめてみましょう。
普段、日常生活で多く発せられる、「時間」と言う言葉。
学校の登校時間、電車の時間、バスの時間…と、時間と言うのは世界共通の物のように思われがちです。
しかし、実はそれは大きな間違い。
「時間」と言うのは、全ての物体(もちろん人も)がそれぞれ個別に持っているもので、世界共通の時間なんて、存在しないのです。
世界共通の時間、と言うのはつまり、「絶対的な時間」です。
いつどこで何があろうが、絶対に変わらない時間。それが、「世界共通の時間」と言えます。
しかし、実際この世界にあるのは、全ての物体がそれぞれ個別に持っている時間です。
共通の時間が「絶対的な時間」ならば、個別の時間は「相対的な時間」です。
そしてその通り、個別の時間は、それを計る相手によって大きく異なってきます。
ブラックホールの近くにいても、自分自身は、普段通りの速度で動く事が出来ます。
しかし、外の人から見れば、ブラックホールの近くの人は、ものすごくゆっっくりとした動作をしていることでしょう。
逆に、ブラックホールの近くの人から、外の人を見れば、ものすごく速い動作を見る事が出来るでしょう。
「時間は相対的である。人は皆、その人個人の時間を持っている」
それを証明したのが、この「相対性理論」なのです。
つまり、相対性理論とは、一言で言うと、
「時間とは一定ではなく、変化する」
と言う理論なのです。
「相対性理論」はもちろん、物理学の話であり、公式もたくさん存在しますし、もっと複雑な話もたくさんあります。
しかし、相対性理論の基本中の基本は、とにかくこう言う事なのです。

参考文献;「ぼくだってアインシュタイン」シリーズ(福江 純・文)
タイムマシンをつくろう!(ポール=デイヴィス・著/林一・訳)

2005年2月24日・カウント開始