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続・マナーは「不携帯」のケータイ文化

 通勤時間の地下鉄の電車内。私が利用している東京急行電鉄では、マナーモードへ切り替える奇数車両と、電源を切る偶数車両とに分けて、携帯電話利用者への協力を呼びかけている。
 しかし、いつも私が乗り込んでいる偶数車両でも、相変わらず携帯電話の画面をのぞき込んで、一心不乱に何かを入力しているのを目にする。特に新しい機種が目に付くが、おそらくiアプリのゲームか何かで遊んでいるのだろう。地下では電波が届かないことが多いから、メールの確認をしているのではないのだろう。

 デフレ・不況といっても、携帯にはお金をかけるのか、新機種が出るたびに本体を買い換える人も多いと聞く。その一方で、キャリア各社のマナー啓発活動なんて申し訳程度であるためか、今もマナーなんてどこ吹く風と車内での通話、通信に熱中する人がなかなか減らない。
 これは私の主観だが、そういうマナー破り利用者は圧倒的に女性が多いように見える。もちろん、実際にはマナーを破っている人間は老若男女すべての世代・性別に見られるが、いずれにせよ彼・彼女らは人々の顰蹙の対象になっていることに変わりはない。

 地下鉄がトンネルを抜けて地上に出ると待ち兼ねたように、すぐに携帯でメールチェックしている姿は、まるで何かに取り付かれたようでもある。ミヒャエル・エンデの「モモ」の中に「時間泥棒」という言葉が出てくるが、現代の時間泥棒が「ケータイ」であることは間違いないだろう。いつも時間が足りてない私には時間の浪費のようにも映るのだが。(そういえばパソコンゲームやゲーム機のゲームに時間をとられるのがイヤだからゲームはしない、と妻が昔言っていた)
 「携帯中毒」という言葉が頭に浮かんだ。「アル中」などと同じく、正確にはこういう場合に使うのは用法として不適切だが、「ニコチン中毒」「ゲーム中毒」などと同じく、「それがないと我慢できない」という意味の「中毒」である。

 「携帯中毒」である利用者に、それをやめさせるのは至難の業である。タバコを吸う人が、タバコをやめたくてもやめられなかったり、身体に悪いのを知っていてもやめられないのと同じである。そうなると早道は携帯を使おうにも使えない状態を作ってしまうことである。利用者へマナーを呼びかけてもあまり効果がないのだから、携帯の騒音や電磁波を避けたい人々と共存するため、もうこれはしょうがない。
 無線LANやBluetoothなどの近距離通信の技術が実用化されているので、これらを使って自動的にマナーモードへの切り替えや電源OFFする機構が標準搭載されないものだろうか。Bluetoothを使って、乗り込んだ車両が利用禁止車両なら、携帯の画面に「この車両では電源OFFしてください」などと表示されるようにするのは簡単なことだと思うのだが。

 ところで私は最近、通信費の節約をするために携帯を解約した。使用頻度が低かったので、解約してもあまり不便を感じないが、それとは別に発見したことがある。携帯を持たないことにより、不思議な開放感が得られたのだ。これまで外出時には忘れずに携帯電話を持ち歩かなければならないという義務感のようなものを感じていたのだが、それから開放されたような感じだ。また、電車などに乗るときもマナーの心配をしないですむのも気分が軽い。なるほど、こういう風に私は携帯電話に束縛されていたのだと、解約して初めて知るに至った。

(2001.09.28)
(2002.05.30; 一部修正)

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