◆メール会報I 2003年1月25日


 皆さん、こんにちは。藤懸久明(ふじかけ・ひさあき)です。ついに平成15年もスタートしました
が、いかがお過ごしですか?

 この時期、3年生と4年生の中には、就職活動で苦労されている方も多いのでは?
 私はと申しますと…、平成17年度以降(もっと後になる可能性もあるらしい)、関西方面から
教員としてお声を掛けていただいております。正式契約に結び付けられるかな???


 でも、それまで時間があるので、障害者施設に絞って、就職活動をしています。様々な兼ね
合いがあり、昨年の11月からやっと就職活動をさせていただけるようになりました。でもね〜、
「障害者施設の就職活動」と言っても、空きが無ければ求人が無いのですよね〜。結構、苦
労をしています…。そうは言っても、就職活動を始めてから2ヶ月ちょっとしか経過していない
ので、いきなり良い結果を期待しても仕方ないのですけれどね…。「果報は寝て待て」と言っ
たところでしょうか???

 就職活動も去る事ながら、「卒業が決定するかどうか、心配だ〜!!」と、不安がっている
4年生も多いはず!!私も大学生の頃は、そんな学生でした(笑)。
 でも、皆さんが協力をしてくださっている、法学部4年生の聴覚障害学生の筒井亮輔君
は、10月に早々と卒業が確定的になっていました!!!スゴイ!!!おめでとう!!!

 そんな筒井君から、昨年の10月29日に皆さん宛てのメッセージを預かっていました。本当
はもっと早く公開すべきだったのでしょうが、何かと忙しくてHPを更新できずにいました…。ゴメ
ンナサイ…。
 筒井君が書いてくれたメッセージを公表しますね。いかんせん、10月に書いてくれた文章な
もんだから、季節感がずれちゃっています…(冷汗)。

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 満山紅葉の頃、いかがお過ごしでしょうか?札幌学院大学法学部四年の聴覚障害の筒井亮
輔です。皆さんお久し振りです。遅れましたが、卒業が事実上決定したことを皆さんにお知らせ
したくて、この場を借りて報告したいと思います。
 実際、卒業要件単位も残すところあとゼミの単位のみとなりましたが、ゼミの先生からOKを
頂きましたので卒業確実となりました。これもノートテイカーの皆さんのお陰だと思っておりま
す。
 大学入学当初は、ノートテイク制度とは縁遠く、講義保障さえも知らない状況下で、自力で受
講してきました。しかし、法学部の講義は想像以上に難しく追試験もなくて留年の多い学部な
ので、講師の発言が聞こえない状態で単位を取ろうなど無理なことは火を見るより明らか、成
績は芳しくなかったです。

 二年目からようやくノートテイク制度を設けて以来、テイカーを通じて講師の発言内容を初
めてと言って良い程知りました。それは想像以上に濃い内容で、ノートテイクを受ける以前
まで何も聞こえていなかった自分が悔しかったです。これが健聴者と難聴者のギャップ
のだと痛感しました。ノートテイカー付きの講義を受けてから単位も徐々に取得していくことが
出来、今では来年(=年が変わって、今年)に卒業を迎えることが出来る自分があります。

 また、ノートテイクを通じて、人間的にも成長したと思います。例を一つ挙げるとしたら、ボラン
ティアについてです。酪農大学や浅井大学にはノートテイカーに対する報酬がありますが、札
幌学院大学にはありません。つまり、ボランティアという形になっていますが。そんな条件下で1
講義90分間もしくは45分間テイク作業を毎回続けることはいかなるものか、毎日テイクを受
ける側にある私は知っています。それでもテイカーの誰もが自分の受け持つ講義を最終回ま
で続けてくれたのですから、その姿勢に感服させられました。それに対し、私はテイカーに何
をしてやれるのだろうか、こんな他力本願な立場から抜け出したくて日々悩み続けてきた
ものです。

 テイカーの誰に聞いても「単位を取ってくれればいい」「ノートテイクが好きだからやって
いる」「勉強になる」「自己目的の為にやっている」など、ほとんどがそういった返答でした。
 このわかるようでわからない返答に私が出した答えは、とにかく最高の単位を取ってテイカ
ーに報告するということでした。これが正しい答えかどうかは今でもわかりませんが。こうして
三年間共に歩んできたテイカーから色々な事を教えられました。

 現在就職活動をしていますが、朗報はありません。面接の時は必ずと言っていいほど「ノ
ートテイカー」の話しを持ち出しています。なぜかというと大学で勉強してきたことはノートテイ
カーあってこそですから。今まで私のノートテイク担当をしてきて下さった48名の方々に心
底ありがとうと言いたいです。就職が決まったらまた報告したいと思います。
 それでは皆さん、お元気で。。。。。

                 10/27  筒井 亮輔

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 筒井君も、他の学生と同じ様に就職活動には苦労をしているようです。そんな中でも、つねに
ノートテイカーの皆さんへの感謝の気持ちを忘れない筒井君のことを考えると、「協力して
いて良かったな〜」という思いにかられます。就職活動のときも、私達のことを言ってくれてい
るなんて、感動的ですね。
 今でも、彼と初めて会った日のことは、忘れられませんね。笑顔もなく、本当に成績に困って
いたために、全く顔の表情のない男の子でした。それが今、心の底からの笑顔で、一緒に入学
したみんなと、一緒に卒業できる喜びをかみしめています。

 当時、手話の全く分からなかった筒井君と一緒に、札幌の中心街にある手話勉強会に行っ
ていました。
 筒井君は成績に困っていましたが、私は「学生が企画運営する情報保障をどうすべき
か?」に悩んでいました。「学生なんかに、できる訳が無い」と、あちこちで言われ、精神的
にまいっていました。

 そんな中、その勉強会の時に、向かいの建物に入って行く女の子を頻繁に見かけました(筒
井君は、覚えているかな?)。その女の子は、真っ黒に日焼けして、とても真面目そうで
…。その女の子こそ、今の子供達や若い人達なら誰でも知っている「カントリー娘」の下積み
時代だったのです。
 その頃、カントリー娘は、メンバーが交通事故で他界したり、スキャンダルで脱退したりと、
「苦悩の時代」を送っていました。「もう、こんなグループはダメだ」と言われながらも頑張って
いるカントリー娘の姿は、当時の自分や筒井君の姿とダブってしまい、「カントリー娘も頑張って
いるんだから、自分も頑張ろう!」と思ったものでした。

 現在、成績優秀者として、笑顔で卒業していく筒井君を見ると、あの頃の事は「偶然見た、
悪い夢」だったのだろうかと思ってしまいます。そして、筒井君の今の笑顔が、日本中の聴覚
障害学生に広がって行けば良いな、と感じていますね!!


 さて、このような感動的なことばかりではなかったのが、今年度の私達の団体の残念なところ
です。もうご存知の方も多いでしょうが、私達の活動のいくつかは、「学外」にお引越しをしまし
た。そして、現在は様々なボランティア事業を行なっております。私個人も、大学組織からは脱
退して、個人として学外でボランティアの企画運営を行なっております。
 札幌学院大学のノートテイカー制度は、もともと日本のトップレベルだったのですが、私の脱
退で大学単位としては、(現場学生以外のフロント面で)かなり衰退をしました。(註:2007
年現在、札幌学院大学のバリアフリー委員会は有効に機能し、多くの大学
の研修を受け入れるほどになりました。日本の大学の中で、トップレベルの
情報保障団体と言って差し障りありません。このメール会報を書いたときの
大学担当教員は、その後すぐに札幌学院大学を辞めました。)

 脱退理由としては…、色々あります。私が自分で借金をして作った団体だったんですけど
ね〜。

 私の恩師の松本祥志(まつもと・しょうじ)教授(国際法の専門家)が、「世界で一番
難しいことは、他人の意見を聞くこと。それができないから、
戦争がおこる」と、講義で頻繁に言っています。
 戦争で罪の無い人々が死んで行くのは、絶対に見たくはありません…。


 色々なつらいこともありましたが、私が学外に拠点を移しても、ボランティアの皆さんが私に
ついて来てくださっているのは、本当に感謝しています。そして、私が学外へ出たことにより、
結果的には私達の活動を必要としている様々な皆さんに対して、私達の活動を提供することに
なりました。これまでとは違う対象者に、情報保障を提供することになったのです。
 活動拠点を学外に移した事により、今まで以上の広い視野で聴覚障害者に対する情報保障
を進められるようになりました。そして、今まで面識のなかった皆さんからも、「是非、この分
野にも!!」と依頼を受けるようになりました。
 このことに関する詳しいことは、次回にお知らせをする事にしましょう!!

 「塞翁が馬」とは良く言ったもんで、今では心の底から「学外に出て良かったな!!」と思っ
ています。そして、私がいつも考えていた、「筒井君の笑顔をみんなに広めたい」という目的
も、少しずつではありますが達成されつつあります。


 ボランティアや社会保障というものは、「一元主義」ではいけません。日本政府も厚生労働省
だけではなく、様々な社会福祉協議会、NPO法人、福祉の会社組織を認めています。そういっ
「多元主義」でなければなりません。「一元主義」が、どれだけ無力で効果が無いかを私達
は多くの共産主義国、社会主義国の失敗や崩壊を見て知っています。
 日本の多元主義的な社会保障を担うためにも、私達の活動はもっと重要になってくることでし
ょう。

 平成15年も、「情報保障ボランティア」の年にしますよ!!皆さん、よろしくね!!!


 それでは、いつも通り写真の紹介に行きましょう!!

 まずは、昨年の9月7日に行なわれた、鷹巣町の岩川町長講演会でのノートテイクの模様
です。
 この鷹巣町は、「住民参加による福祉のまちづくり」をモットーにして、デンマーク型のまち
づくりを行なっているのです。(鷹巣町は2005年3月22日、近隣市町村と合併して北秋田市とな
りました)。

 岩川町長自身もデンマークに行って勉強してきた事を鷹巣町で行なっているのです。よく、
「デンマークの福祉」と聞くと、「税金は高いけど、福祉は充実」というイメージを持つでしょう。
確かにデンマークの税金は高額です。でも、日本の税金だって、決して安いものではありま
せん。世界的に見ると、税金の高い部類に入ります。
 「日本だって、その気になれば、いくらでも充実した福祉はできるぞ!!」ということを実
践を持って教えてくださった講演会は、本当に有意義でしたね。確かに、鈴木宗男に見られる
ような、税金の無駄使いを無くせば、できるのですよね。私も北海道に住んでいて、誰も使わな
い高速道路などを見ると、「無駄だな〜。特に冬場の除雪などの維持費を考えたら、もっ
たいないな〜」と思ってしまいます。

 ちなみに、この講演会で初めて、札幌学院大学、浅井学園大学、酪農大学の「混成テイカー
部隊」を結成しました。ノートテイクを受けている中央が、北海道東海大学の聴覚障害学生で
ある大塚君、右が浅井学園の大学院生の星野恵さんです。
 大塚君の夢は、北欧に留学することです。彼なら将来、立派な研究者として羽ばたいてくれる
ことでしょう!!お互い、頑張ろうね!!




 次の写真は、昨年10月12日、札幌大学での大学祭です。私達は2日間にわたって、「障
害を持つ学生に対する理解を深めるため」ということで、札幌大学の大学際イベントに呼ば
れたのでした。私達の団体の大学祭出張は、平成14年に2度ほどありました。私達の活動が
広がりを見せてきたということで、本当にうれしいですね。
 私達を呼んでくださったのは、「ハッピー企画」というイベント・サークルでした。会場にはたく
さんのお客様が詰め掛けてくださり、本当にうれしかったし、楽しかったな〜。
 左から、ハッピー企画の林さん大塚君、浅井学園大学のあやさん、そして久し振りに
登場の「ゆーかさん」でお馴染み、有香さんです。




 3枚目の写真は、次の日の10月13日に行われた、「ミス・ハッピー嬢」という、札幌大学の
ミス・コンテストです。なんと、宍戸さんは厳正な審査の結果、グランプリに輝いたので
す!!!おめでとう!!!その時のインタビューの写真です。HPを見てくれていた、ハッピー
企画の林さんからは、「宍戸さんって、ファッションモデルなんですよね〜」という質問も飛ん
でいましたよ。うれしいですね〜。
 右端は、ハッピー企画のメンバーである、札幌学院大学2年のオキモト・アイさんです。有香
さんは2日続けて手話通訳として頑張ってくださいましたよ!!そしてあやさんも、「綺麗な聴
覚障害者のお姉さんだ〜」と、かなり人気者になっていましたね。




 そして4枚目が、終了後の全体写真です!!イェ〜イ!!




 次からは、交流会の写真になります。昨年の10月29日に行なわれ、場所はもちろん聴覚
障害者のマスターが頑張ってくださる「へんみ」です。私が学外に拠点を移してから初めての交
流会だったのですが、30人以上の皆さんが集まってくださり、うれしかったし、楽しかったな
〜。



 聴覚障害者バスケットボール・チームの監督を務める坂本君、中華帽をかぶっている私で
。これからも、宜しくお願いしますね。




 とってもかわいい女の子が参加をしたので、男の子達が「自分のものにしよう」と必死
(?)だったのには、驚いてしまいました〜(笑)。みんな〜、ムキにならないでね〜(笑)。

 右端は、森さんです。森さんファッション・ショーのデザイナーとしての活躍を紹介した事
がありましたが、覚えていますか?彼女は、「さらに上を目指す」とのことで、4月から再び服飾
の勉強を仕事と両立させながらする事になりました!!頑張るね〜。将来は、プロのファッショ
ン・ショーで、森さんの作品が見たいですね!!



 大変優秀な、パソコン部隊の3人です。頑張ってくれていますよ〜。
 ダンス手話もお馴染みです。ダンス手話は、交流会でのみ公開中です(笑)。




 札幌大学のイベントは、左のパソコン通訳メンバーが橋渡しとなってくださいました。本当に
ありがとう。




 楽しそうですね〜。




 坂本君と、聴覚障害学生のお母さんです。お母さん、交流会の出席、本当にありがとうござい
ます!!以前から坂本君に会いたいとのことで、交流会に参加をしてくれたそうです。




 14枚目は、我が情報保障ボランティアの「プッチモニ」です。かわいらしく撮れていますね
〜(笑)。この日、お姉ちゃんは参加が出来ず、残念でした。右の女の子は、現在お仕事を頑
張っているそうですよ!!


 「アイドルみたいに撮ろうよ〜」と言うと、すんなり応じてくれた方と、「別にイイよ〜」と照れ
ている方が対照的で面白かったな〜。




 この日は、あやさんの誕生日もみんなでお祝いをしたのですが、彼女は本当に喜んでくださ
いました!!みんなでアメリカ手話を使った「ハッピー・バースデー」を歌ったのが良かったみ
たいです(笑)。本当に、おめでとう!!
 中村さんは、今回初参加です。「HPを見て、あやさんにあこがれていたから、会いたかっ
たの〜」とのこと。中村さん、夢が叶って良かったね!!



 何が起ころうと、僕達の結束は永遠に不滅だ〜、とやっているのですね(笑)。真ん中は、私
です。ちなみに、手話表現は、向かって左から「グッド」「アイ・ラブ・ユー」「松浦あ
や」です(笑)。あやや〜(笑)。




 そして、この日の全体写真です。後ろの女の子の妙なポーズが、気になる…(笑)



 これで終わりにしようと思ったのですが、まだ写真があるのです…。ごめんなさい…。もう見
飽きたかな???



 この交流会のちょうど1ヵ月後の11月29日に、坂本君送別会があったのです。坂本君は、
このお正月からインドネシアに留学をするので、そのための会でした。
 皆さんもニュースなどでご存知でしょうが、現在インドネシアはテロが頻繁に起こっています。
それだけに、本当に「無事に帰ってきてくれ!!」という祈りも込めた送別会でした。

 左は、パソコン部隊企画運営担当の山口君です。このパソコン部隊は卒業論文に「パソコン
通訳のマニュアル」を作成してくださいました!!



 左は、酪農学園のノートテイカーさんです。交流会初参加でした!!楽しかったかな??



 「難聴児を持つ親の会」の親御さんと我らが高橋渉先生です。

 現在の日本において、ノートテイカー制度のある大学は限られています。「難聴児を持つ親
の会」の親御さんのお嬢さんが大学に進学する頃には、「聴覚障害学生も、ノートテイカー
制度を気にせずに、好きな大学に進学できる」状況を私達の手で作っていかなくてはならな
いでしょうね。

 2人とも、坂本君の繰り出す手話を見ながら、「そうか〜、本当に治安の悪化しているイン
ドネシアに行っちゃうんだ〜」と、難しい顔をしています。





 みんなの心配をよそに、坂本君は明るいですね〜(笑)。坂本君、元気にやってくれていると
イイナ!




 右の女の子は、英文科でありながら、韓国語も勉強中!!このお正月は、ソウルで過ごして
いましたよ!!語学勉強を頑張っていますね〜!!私も見習わなきゃ!





 顔が引きつる、ダンス手話!!



 もう疲れちゃったの???ウタゲは、これからですよ〜。




 そして、坂本君送別会の最後の写真です。この後、坂本君の無事を祈願して、「三本締め」
を行ないました。この三本締めをインドネシアに行っても忘れないで欲しいな〜。坂本君が、無
事にインドネシアで暮らせますように…。




 最近、「藤懸さんは、どうしていつも『へんみ』で交流会を行うのですか?」という質問をい
ただいております。団体創設期のメンバーは、みんな事情を知っているのですが、これも私達
の取り組む障害者問題と大きな関係があるのです。同じ問題は、筒井君などの聴覚障害学
生が就職活動をする時に、大きく関わっているのです。
 この問題が何かに関しては、次回のメール会報で説明をする事にしましょう!!


 私達「情報ボランティア」は、このHPに載っている皆さんと、このHPをご覧になっている皆さ
んとのご協力によって成り立っています。本当に、これからも宜しくお願い致しますね。


         札幌学院大学大学院法学研究科修士課程修了
            藤懸久明(ふじかけ・ひさあき)より



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