坂本知加良君のインドネシア日記
2003年6月


2003年6月9日 “帰国”

 私はマレーシアに行っていたため、3週間ぶりに子ども達に会った。子ども達は私を満面の
絵顔で迎えてくれた。

 私がいない間、共に活動をしているEKAさん「チカラどこ?」「どうして来ないの?」と毎
日聞いていたようである。私がいるそれだけで、子ども達には大きな影響があるようだ。

 この日もいつもと変わらずDRIAMANUNGGALへ出かけることとなった。3週間も会っていな
いにもかかわらず昨日も会っていたかのように接する子ども達との関係の居心地の良さが嬉
しかった。
 今、DRIAMANUNGGALは、UNESCUPの障碍者トレーニングをホテルでやってい
るため職場は貸し切りだったが、私たちが使えるPCは1台しかなかった。
 子ども達は行き場を失った蜜蜂のようにうろうろしていたので、私が紙で、鶴や紙飛行機を作
り始めた。子ども達は飛行機に夢中になった。10分後には紙飛行機大会になり、部屋じゅ
うをいろいろなタイプの飛行機が飛びまわっていた。私も子どもに負けずと特性の飛行機
を作って飛ばすがどうも上手くいかない。前に飛ぶはずが後ろや、右へ。今度こそはと作り直
して飛ばすがやっぱり上手くいかない。
 子ども達に笑われながらも、負けずと孤軍奮闘するが、最後まできれいに前に飛ぶことはな
かった。
 子どもと大人が共に心から楽しむ、これぞ我が教育!!と笑顔を見せたもの
の、明日こそは子ども達を驚かせるような飛行機を作ってやる、と意気込んでいた負けず嫌い
の私がいた。帰り道、子ども達の飛行機は民家や校舎の屋根の上に乗ってしまい、帰ってこな
い飛行機が続出した。どうやら真っ直ぐ飛ばない飛行機は私だけのではなかったようである。
私は明日また作ろうねと落ち込む子どもを励ましながら教室へと戻った。


6月10日 “ORIGAMI”

 昨日から、彼等は折り紙に凝っている。それは事務所DRIAMANUNGGALのPCが故障して
いて使えないことと、折り紙の本を提示したときに、非常に興味を持ったこととである。

 特に何に対しても興味が強い一番年上のNAZARは、まずそのものに反応し、それからみ
んなにそのことの素晴らしさを手話で伝え、巻き込んでいく形を自然いとっていくのである。
 RICOZAKKAHESTIはそれに続くが、MARITAだけはいつも我が道を行くのである。今
日もその様子が見られた。MARITAを除く他の四人が折り紙を始めたが、MARITAだけは唯
一使えるPCを他の部屋でやり始めたのである。みんながPCをやっていた時期には、
MARITAは絵を描いたり本を読んでいて、他の人がPCをやっているのを見ているだけだっ
た。
 もしかしたら、今日のようにPCを使える日を徳川家康のようにじっとまっていたのかも知れな
い。MARITA聴覚障碍の他に軽い脳障碍がある。そのため、あまり激しい運動は禁じら
れている。しかし、知的には何の障碍も感じられない。彼女はよく他の子どもと些細なことで
喧嘩をしている。彼女は五人の中で一番口話が出来、文字も書くのが上手い。
 
 今日も言葉と絵が載った教材の言葉だけを一心にPCへ打ち込んでいた。絵を描くわけでも
ない、デザインをするわけでもない、ましてはゲームなんて全く興味を示さず、ただ文字だけを
ひたすら20列以上も打っているのである。

 このような子どもの行動を私たち大人はどう説明できるであろうか?一般的に言われ
る子どもは自分が主体的に創造し、変化していくものに興味を示すと言われている。しか
し、今回のように例外も多くあるようだ。そこにはその子の性格というものも大きく関わる
が、”子どもの心の歴史”があったのではないであろうか?友達の折り紙への誘いも断っ
て、一人部屋でPCに没頭しているMARITAの姿は今までの自分の気持ちを嬉嬉として
埋めているように感じられた。カリキュラムを組み、教えるということを常識に子どもの将
来のためと言葉を押し込んでいく今のろう教育、そのことへの疑問が私を包んだ。私自
身の係わり自体決して誉められるものではない。しかし、子ども達の表情が良くなり、自
ら物事に取り組むようになったことはどうしてであろうか?

 子ども達は今日自分が折った紙をお見上げとして持ち帰り、更にまだ折っていない折り紙を
何枚も持って家に帰っていった。これが本日の宿題となった。折り紙のような、一度覚えると大
人になるまで忘れない遊びは、私たち大人にとっても子どもの頃に戻れるものであり、代々受
け継がれていくことで、大人と子どもの架け橋になってくれる遊びであると感じた。


2003年6月11日

 今日は学校でやらなければならない課題が多く、実際の活動時間は1時間弱であった。子ど
も達はDRIAに行きたい気持ちを抑えながら課題をこなしていた。その証拠にZAKKAは朝の
時点での課題はとっても遅く終わったのに、DRIAに行く前の課題では1番最初に終えてみんな
を早く終わるように急かしていた。HESTIRICOMARITAが終わり、いつも一番課題をやる
のが遅いNAZARが終わり、それと同時に全員が教室を飛び出した。NAZARはいつもと比べ
課題を終えるのが断然早かった。

 DRIAについた5人は少しオフィス内を探索し、その後私が用意した折り紙をNAZAR
HESTIRICOが折り始めた。ZAKKAMARITAはPCを気にして、私にPCを使いたいと話を
してきた。私はあまり時間がないと思ったが、子どもがやりたいという気持ちを否定したくなか
ったので、唯一使える1台のPCを立ち上げた。ZAKKAは途中でPCをやる気を無くしたのか、
折り紙の方へ来て折り紙を折っていた。彼は本や他の人が折っているものを見ずに、自分だ
けで鳥の様なものを作ってしまった。それは鶴を変形させた様なものであった。もともと知っ
ていたのか?それとも誰かのを盗み見ていたのか?自分で考えたのか?それは私にも未だ
にわからない。
 時間が経つのも忘れ、次々に花や鳥やピアノや帽子などを子どもと共に作っていった。本を
見ながら悪戦苦闘しているEKAさんを横目にNAZARは同じ物をすでに完成させてしまった。
これがあるから、大人も只教えるだけでは済まされない。教え、教わりの関係が自然に
折り紙を通して行われていくのである。

 今日も沢山のおみやげを持って、子ども達は飛行機を飛ばしながら学校へと戻っていった。
ここの聾学校小学部の場合は、親がバイクで必ず迎えに来ることになっている。



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