「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第11回更新分

「無事に転移できたのはいいんだけど……」
 数多く存在するオリガン世界の中でも最も多いであろう系統、“宇宙世紀”の流れにある世界である。オリガン世界という視点基準で見たとき、宇宙世紀系統の世界は最も複雑且つ多くの要素が絡み合い、非常に不安定なものとなっている。しかしそれは、例えばこの場合、Cヴィックやフェリオたちのような宇宙世紀に依拠しない存在こそが大きな影響を与える可能性があるということである。他の世界でも同じことではあるのだが、特にこの場はなるべく迅速に用を済ませて脱出するのが好ましい。
 しかしフェリオとアグゼの二人を乗せたCヴィックはまだ明確な行動を取ることが出来ずにその空間を漂っていた。越境ドライブシステムの示す情報が正しければ、現在の位置はほぼ月の裏側。サイド3との中間点にある暗礁宙域のはずである。
「ねえ、アグゼは何か感じない?」
 あまりにも漠然としたことを訊かれ、アグゼは困ったように、その答えを見つけようとするように首を廻らせる。
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと弱気になっただけ…。そうね、まずはやっぱり…」
 フェリオは視線の先を凝視する。地球の青い光で輪郭を作る、真っ黒の月の姿がそこにあった。Cヴィックが時空転移を完了したときも船首は真っ直ぐに月の方向を向いていた。偶然であれ必然であれ、この暗示には頼ってみる方がいいのかもしれない。
 少し逡巡した後、フェリオは船を月へと進ませた。
 但し問題が多いこともまた充分に分かっていた。
 暗礁宙域を抜け、船体を覆うものが何も無くなった直後のことである。軍のものか警察のものか区別は付かなかったが、宙域を警邏している巡視艇に停船を迫られたのである。
「まぁ普通はこうなるか」
 操舵席でわざとらしい溜息をついた後、これもまたわざとらしく頭を抱えてみせる。アグゼも、Cヴィックの船内を照らし出そうとする巡視艇のサーチライトに不穏な空気を感じ取っているようだ。フェリオの座る椅子の背もたれに隠れ、顔だけを出したり引っ込めたりしている。
「所属と目的、それと目的地の明確な回答を求める」
 事務的な抑揚の無い声で男が通信してくる。目的地はまだしも他は答えようの無いことである。さらにCヴィックには外見的な問題もあるわけで……。
「ん? 船首のそれはモビルスーツではないのか!?」
 来た。
「え、ええ〜、こちら民間船マルミディア。船長はフェリス・マクガンです」
「そのモビルスーツはなんなのかと訊いている!!」
「ああそれですか〜、ハリボテですよ。ほら、魔除けみたいなものです」
「んん…」
 咄嗟に出た芝居にしては上出来かな、と思いつつもこの場をしのぎ切るには不足であることは痛感していた。
(格好悪い……こんなのアイツだけには見られたくないわ……)
 そんなに長く会っていないというわけでもないのに、思い出される顔がひどく懐かしく感じられる。彼女らは果たして無事で居るのだろうか。
「マルミディアといったか、そちらの船の身元は確認できない。月・第5宇宙港まで連行する」
「…従います」
 少々リスクは大きいものの、月へ行くことは出来そうである。巡視艇はフェリオたちの船よりずっと小型だったがしっかりと武装しており、機銃をこちらに向けたまま曳航を開始した。
 直後である。
 巡視艇のライトグレーの機体が突然錐揉み状に回転し、フェリオたちの見る船窓からフェードアウトしたのだ。そしてCヴィックもまた原因不明の激しい振動に巻き込まれる。
「!!……!…?」
「何!?…なんなの!」
 身体を固定していなかった二人は成す術なく室内を転げまわる。軍用的な無機質な船室だったら大怪我していたところだろうが、そうではない上下に敷かれたカーペットによってかすり傷ひとつせずに済んでいた。
(あ……)
「え……!?」
 振動が止んだ後、二人は反射的に船の外に目を向けた。
 Cヴィックの前方、律儀に全身が確認できる程度に離れて一機、金色のモビルスーツがたたずんでいた。その連続した複雑な曲線から、過去にも未来にも宇宙世紀世界には存在しない機体であることが感じられる。
「『ソウェイル』のサイライ・ゼカリアと申します。是非、貴公のガンダム・ストラテーゴスと手合わせをお願いしたい」
 通信モニターにそのパイロットと思われる人物の顔が映し出される。褐色の肌に黒髪黒瞳、先の丁寧な言葉遣いとはかなり異なる印象を受ける。
「待つつもりはありません。即刻の回答をお願いいたします」
「もし……断ったらどうするの?」
「どうもしません。ただ去るのみです」
 短時間に状況が変化しすぎている。フェリオは少し混乱気味の頭を落ち着けるため、今の状況を整理してみる。まずこの世界の巡視艇に曳航されかけて、その巡視艇を吹き飛ばしたのがどう考えてもこの金色のモビルスーツだろう。そしてそのモビルスーツに今、勝負を申し込まれている?
 断ってもどうもしないというのはとても本当とは思えない。それに、明らかにこの世界のものではない機体。迂闊な判断の出来ないことだらけである。
「………その勝負受けて立ちます」

***

 場がざわめいた。怒気と猜疑を含んだ視線がその来訪者に集中する。
「今、なんと言ったかな」
 自分の耳を疑ったわけではない。ただ事実の確認のために聞き返す。連盟側の人間としてはさすがにウィンストンは最も落ち着いていた。
「だぁーからね、オタクの」
「オタクはよせ」
「……そちらさんのWEBRING SYSTEMをダウンさせたのは、うちのボスですよ、と」
 そう言って彼は、別に彼のために用意されたというわけではないお茶請け菓子の最後のひとつを口に放り込んだ。
「分からないな。エプシロンと言ったか? 君がそれを我々に伝える真意は何だ」
「んー……」
 つまらないことを聞く、いかにもそう言いたげな表情で30以上も歳の離れた男を見返す。確かに彼に与えられた“役割”は彼ら(正確には違うが)の護衛をするということのみである。だからこれはエプシロンという人間の、個人レベルの駆け引き―――つまるところ自己満足である。
「なんていうかさ、しばらくご厄介になるわけじゃん。お互い気持ち良く過ごしたいと思わない?」
「それはそちらの知っている限りの情報を提供してくれるという、意思表示と受け取っていいのかな」
「あれぇ、あんたがそれを言っちゃっていいのかな」
「…!」
 ウィンストンは目の前の若僧に対して評価を改めた。彼らの正体が分からないという時点で対峙しているこの両者の関係は一方的に対等たり得ないということをこの青年はよく理解している。
「……しかし、それではとても協力関係を築くことは出来ない」
「うん。だからそういうのはいいんだよ。そっちがどう判断しようと俺らには関係ないんだ」

***

 深緑の双眸に光が灯り、ストラテーゴスは起動の唸りをあげた。
「い、行くよ」
 一瞬だけ気後れして、それを振り払うように思い切ってCヴィックから機体を切り離す。
「では参ります」
「!!」
 金色のモビルスーツ・ソウェイルは両腕からビームらしい攻撃を放つ。一発はコンピュータの自動防衛機能で避け、もう一発は大型のシールドで受け流した。次にはソウェイルは左手先にビームサーベルを展開させ、接近戦を仕掛けてきた。
「あなたはどういう敵なの?」
「今は戦いに集中していただきたい」
 ストラテーゴスはその重騎士風の見た目とは裏腹に機敏に動き、相手の格闘攻撃を見切る。手にしていた長槍ライフルでは応対し辛いと思った次の瞬間には、それを放り捨てて、シールドの裏から取り出したビームサーベルで応じた。
「思い切りは良いようです。しかし受け身な行動です」
 ゼカリアはストラテーゴスの性能、そしてフェリオの力量を見極めようとしているようである。しかし気を抜けば確実に撃破される厳しい攻撃が繰り出されてくる。自機のサーベルがストラテーゴスに押し切られると、ソウェイルはあっさりと手刀を解除し、再び距離を取った。そして、今度は先ほどのビーム攻撃を拡散させて無数に放ってきたのだ。
「嘘…!?」
 回避は完全に間に合わない。シールドの影に機体をなるべく隠し、ダメージを最小限にとどめる。次に同じ攻撃を受けたらシールドは持たないだろう。フェリオは考える。相手は自分を試している、そこに隙があるはず。
 そして来た。中距離からの拡散ビーム攻撃。
「その前に!!」
 フェリオは機体を全速力で敵に向けた。拡散し切る前のビームが足先とウイング・バインダーを掠めるが、気にしない。攻撃を放っている最中の敵機は動けなかった。
「うん、良い判断。それに速い」
「そんなことを…!!」
 ストラテーゴスの斬撃は確実にソウェイルの胴体に吸い込まれた。
 まだ終わっていない。直感的にそう思った。注意深く制動して、相手の機体を観察する。ソウェイルは全くの無傷であった。いや、ビームサーベルで斬りつけた部分の装甲が白く発光している。
「我がソウェイルの崩壊装甲には多少の攻撃では傷をつけること適いません。とはいえ……」
 白色の光は徐々に収まり、本来の金色の装甲へと戻っていった。
「悪ふざけはここまでにしておきましょう。本来の任務、あなたがたの護衛に移らせていただきます」

***

 無機質なハッチを開くと、そこには月面都市フォンブラウンが広がっていた。薄暗い非常通路から侵入したこともあって、明るすぎるように映ったその景色にはどこか書き割りのような軽薄な印象があった。
 それにしても、と思う。自分の前を歩く女性、サイライ・ゼカリアと名乗るこの人物は本当に信頼に足るのだろうか。自分より頭ひとつ背が高く、そして恐らく年上だろう。しかしそれ以外のことは読み取れない。確かに彼女の手引きによって驚くほど円滑に月に降りることが出来たわけだが、そのことにしたって疑うには充分の要素である。
 アグゼはといえば目に映るすべてのものが物珍しいようで、はしゃぎ回りたいのを必死で堪えているようだ。彼はゼカリアに対してそれほど警戒心を見せていない。
「モビルスーツも船もそう長くは隠しておけないでしょう。用件は手早く済ませるべきかと思います」
 相変わらず似合わない丁寧口調でゼカリアは言う。
「それは、そうだけど………」
 フェリオは整然とした月の都市を見渡す。
 ここに“何か”手がかりはあるのだろうか。