「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第13回更新分

少女は闇の中、立っていた。

「計画どおりかい?」

その少女の背後に男は現れる。
黒いスーツに紅いタイをシングルノットで締めた、清潔感あふれる格好。
だが、『男』、と言ったがその姿、身長や顔立ち、そして声のトーンからすると少年のほうが正確であった。
しかし彼は紛れもなく『男』である。
男に対して少女は背を向けたまま答えた。

「計画どおり...と言いたいところですけれども、あの方たちの行動が思いのほか早すぎましたわ。」
「...サルター、君の悪徳はその浅はかさだね。」
「私をその名前で呼ぶのは止めていただけます?私の名前はダンセです、ムッシュゼロ。」

ダンセもまたその男をムッシュと呼ぶ。

「ああ、そうだった。まあ、名前はともかく、私は失敗を一度しか許さない。どういう意味か解かるね?」
Bien sûr , Monsieur Zero.[もちろんですわ、ゼロ。] 私が次に失敗をする時は、踊りが終わる時です。よろしくて?私の美徳は無。あなたが与えてくださった徳ですわ。期待どおり、全てを無に返して差し上げます。」

聞いてゼロ、つまり支配者は口元をつり上げた。
それはやはり少年のようなあどけなさが残る、可愛い笑顔だった。

「期待しているよ、マ・スィンクエム。」

支配者は乾いた笑い声を闇に残してその姿を消した。
しばらくしてダンセもその空間から消える。
―彼らは一日にして百五十億年を旅し、百五十億年をかけて一日を旅した者。
―時空遺児、自らをそう呼んだ。

***

少女は、草のベッドの上で目覚めた。
痛みはない、ただ、なにかが足りない。そう感じた。
少し湿った風が頬を撫でる。
空には星々が燦然と輝く。

「目が覚めたか、スキュル」

おぼろげな目で少女は声の方向を見やる。
覚えのある顔立ちに一瞬で押し流されそうなほどの記憶が、彼女の頭に湧き出した。

「 」

奴はそんな名前だったか。
でも、今思い出せる名前なんてそれしかない。
エータは一瞬苦笑して続けた。

「久しぶりだな、スキュル。だが、その名前はもう使ってないんだ。」
「どういう、いみだ?」
「今はエータと名乗っている。」

スキュルは体を起こそうとした。
それを見てエータは彼女の背中を急いで支える。
そうしなければ、彼女は起きることができない。

「なあ、エータ。さっきからみぎうでがうごかないんだが。」

スキュルが起きたことを確認して彼は左手を退いた。その手で無言のまま、彼女の頭を撫でる。
そして次に小気味よい音をたてて、その頭を弾いた。

「いい加減起きろ、そして現実を見ろ。」

スキュルの虚ろな目はやがてしっかりと光を取り戻し始めて、自分の右腕を見た。
見て、一つ彼女は溜息を吐く。
痛みはすでに無かった。
傷口は綺麗に塞がっており、ただ感覚がないだけで肩と前腕のみ残っていた。
エータたちアンチナンバーズが腕にする銀色のそれは血止程度の治療をする機能までついていた。
ない機能といえば、パンを焼くことと、辞書機能程度である。

「今時義手のほうが便利だからな。」

そうスキュルは切り払った。
同調してエータもまた笑みをこぼす。
いつの間にか二人の間にあった重苦しい空気は月の光と共に拡散していた。
数年ぶり、正確な年数は覚えていないが、随分と会っていないはずだ。
話は積もる。

「随分だって?」

そんな言葉で片付けられるものか。
なんせエータは時空を漂い、宇宙の始めから最後だって見たことがあるのだ。
それを言うと今度はスキュルが声をあげて笑った。
全くの笑い話だ、と。
二人の会話は月が沈んでもなお続けられた。

そして日が昇り始めた。
仲の良い猫のように並んで眠るリンとオロールをスキュルが起こす。
当然の如く、その起こし方は凄まじいものだった。

「私のオロールとなにしてんだっ!起きろコイツ、今すぐ起きろ!」
「お、お姉ちゃん大丈夫なの?そんなに暴れちゃ...」

未だ寝ぼけるリンへ拳骨を落としてスキュルは力強く妹に、大丈夫だ、と言った。
頭に熱い痛みを感じて、やっと目覚めたリンは口をパクパクさせている。
―最高のシチュエーションじゃないか、妹よ。
残った左腕を腰へ、スキュルは朝日を背に、リンとオロールに叫ぶ。

「さあ、この島を出るよ。」

***

「カッコつけて倒れるとは...」
「よかった、いつものお姉ちゃんだ。」
「やっぱりオロールは酷いこと言うな。」

貧血で目を回したスキュルを三人は覗き込んで口々に言った。

「しかしこれで本題に入れる。」

エータは言ってオロールとリンを見据えた。
すでに二人からの警戒感は感じられない。
スキュルを救ったことで信用は得られたのだ。

「スキュルを本格的に治療するには、ここじゃ無理だ。」
「でしょうね、無人島ですし。そうだよね、オロール。」

オロールは大きく首を縦に振った。
しかしエータは僅かに口を歪める。そして腕の銀球から、今彼らがいる世界の情報を表示させた。
それをリンとオロールに見せながら彼はさらに続ける。

「そういう意味ではなくて...今我々がいるのはヒトが住んでいない地球だ。」
「...は?」
「この世界、この時間軸にはヒトはほとんど地球に住んでいない。年表にあるとおり、百年以上前にこの地球は第一級保護惑星に指定されている。つまり地球全体が自然公園になってしまったわけだ。当然国もなければ満足な設備のある施設もない。スキュルを治療するには月へ行かなくてはならないんだ。」

リンとオロールはお互いに顔を見合わせる。
地球にヒトがいない。
つまり、ほとんどの人類は宇宙へ出てしまったということだ。
そんな世界、ウェブリングでも見たことがない。

「ああ、そうだな。確か君が管理するウェブリングシステムでは直接行くことのできない世界だ。」

しばらくリンに言葉はなかった。
オロールは心配そうな目でエータとリンの間を行き来している。
エータもまたリンが納得するのを待った。
そしてリンが溜息を吐くと、エータはまた話を始める。
自分の無知さを認めることが、リンにとっての納得であった。

「それでだ。私のウルで運んでもいいのだが、何分設備が最小で君たちを乗せていく余裕がない。つまり...」
「私たちはここに残らなきゃダメ、と。」

エータが、悔しそうに下唇を噛んだ。
彼なりに責任は感じている。
自分がもう少し早く来ていれば、スキュルは腕を失わずに済んだ。
彼女は笑い飛ばしたが、その笑顔に僅か、曇りを感じた...ような気がしてならない。

「あれ、なんとかならないかな?」

顎に手をそえながらふと、オールは言った。

「あれ?」
「ほら、リンちゃんなら知ってるでしょ。島の裏の小人さん。」
「小人...ああ、あのガラクタ。無駄だよあれには起動パスが必要で...」

エータが目を細めてリンとオロール、二人の会話を聞いていた。
この世界の地球にモビルスーツがあるなど俄に信じ難い。
しかし。
もし本当だとすれば、それは超小型、かつ半永久機関をもったモビルスーツの可能性が高い。

「起動パスって、どの段階で必要なんだ?」
「一応マシン自体の起動はできるけど、操作は無理って感じ。それにオートバランスだって壊れてるんだよ?」
「コンピュータ側のパスならなんとか解読できるかもしれん。オートバランスなら大体壊れてるのはセンサだろう。それなら交換がある。」

最後にエータは、相手が量子コンピュータでなければよいが、と付け加えた。
もしそうだったのならばその時は流石に負けだ。
とにかく宇宙に全員で出ることができたなら、可能なことは確実に増える。
不純物が少ないから空間転移もより精度の高いものができる、つまり正確にあの世界へ。
連盟のある世界へリンを連れていくことができるのだ。
半分忘れていたが、当初の目的はそれだった。やっと動き出す。

「では、そのモビルスーツのところへ。作業は数時間で終わらせてみせよう。」

と、エータは自信に満ちた笑顔を二人に見せた。