「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第14回更新分

「どうだ、あの女は役に立ちそうか?」

 リュウエは司令に呼び出され、正式に、アリスの監視役を命じられていた。
司令は肉厚の革張り肘掛け椅子に沈み、美しい装飾の施されたマホガニーの机の天板を、ゆっくりコツコツと指で弾いている。

 リュウエはその前に、真っ直ぐに起立しいた。
リュウエには、司令の声が、やけに遠くに聞こえていた。
今、彼の脳は、木目美しい天板の上に置かれた<推薦状>に集中していた為、他のことがどうでもよくなっていたからだ。

「リュウエ、あの女はいわば、君の免罪符だ。大切に、間違いなく、ここに引き留めておけ」

司令はゆっくりと身を乗り出し、机に肘をつき、両手を組んで、その上にアゴをのせた。

「……まかせてくれ」

リュウエの声は掠れていた。極度の緊張で口の中がカラカラだった。
返事をしている間も、彼の視線は<推薦状>に釘付けだった。
そこには、ちゃんとミュナの名が記されていた。

 彼らが今、祖国を愁い、戦い続けられるのは、隣接するマカリア共和国の援助があるからに他ならない。
そのマカリア共和国でも有数の学舎、ハートリブ学院初等科への転入を約束するパスポート。
それがこの<推薦状>であった。

 司令は眉を寄せ、組んでいた掌を解く。
「私は、この大事な任務を、君に任せても大丈夫だろうか?」

ゴクリと、リュウエの喉が鳴る。

「本当に、大丈夫なのかね?」

 ここではじめて、リュウエは顔をあげ、司令を見た。
少しトゲのある台詞とは裏腹に、司令の表情は、聖母の如く、慈愛と懇意に満ちたものだった。

机上に放たれた司令の両手が、カサカサと這い、<推薦状>をつまむ。
司令は、スーッとそれを持ち上げ、彼らの眼前にかざした。

「もし、君がうまくこの任務を遂行できなければ──」

司令が言葉を途切ると、ビリリィ! と紙を引き裂く音と共に、<推薦状>がヒラリと宙を舞う。

 視界から<推薦状>が消え、目をむき、全身総毛立つリュウエは、遂に思わず姿勢を崩し狼狽えた。

 ヒラヒラと落ちる書類を追い、机の上に突っ伏す。

しかし、よく見るとどこも破れていなかった。

そんなリュウエの頭上で、再びビリリィと音がした。

見上げると、司令の尖らせた唇の下の剥いた歯の隙間から、紙の破れる音がしていた。

 リュウエの視線に気付くと、司令は声帯模写をやめ、「私を失望させないでくれよ、リュウエ」と言って、ニヤリと笑ってみせ、ポンポンと、強くはないがしっかりと抱くようにリュウエの肩を叩いた。

 呆然とするリュウエの、速くなった動悸に震える溜息が、ハハっと笑うように漏れた。



 その翌日、ミュナは早速、すでに反政府軍により開放された地区にある空港から出発することになった。

 彼女自身は、無鉄砲な兄の身を案じ、この件には否定的であったが、兄の彼女を想う気持ちに負け、最終的には折れることとなった。

 リュウエは勿論、アリスもそれを見送りに空港まで来ていた。
別れの挨拶をするミュナが、アリスには「兄がバカをしないよう、子守りをよろしくお願いします」と、彼女との抱擁のなかで囁いた。

しかしそれは、すぐ傍にいたリュウエにも聞こえたらしく、「そりゃ逆だっての」とぼやいたのを皮切りに、小さな兄妹ケンカが勃発した。

汚い言葉の応酬が幾つか繰り返されたあと、別れを惜しむように抱擁する二人。
「バカやって、私を心配させたりしないでよね!」
「オマエこそ、しっかり勉強して偉くなって帰って来いよ!」



 リュウエとアリスは、空港ターミナルの屋上で、ミュナの乗ったジェットを見送った。

感慨深そうに、ジェットを目で追うリュウエに、「ちゃんと向こうに着くまで、心配?」とアリスが聞くと、彼は満足気に、「大丈夫さ。あれを見ろよ」といって、ジェットの飛び行く先の空を指さした。

 そこには、肉眼では小さくて判別しづらいが、水牛のような角と、長い腕を持つ黒っぽい人影、否、目測で考えると確かにMS大の機影が、ジェットの向かう空で静止していた。

やがてジェットがそこへ到達すると、即かず離れず並行して飛んでいった。

「隣国の、マカリア軍の傭兵で、うち(反政府軍)のオブザーバーでもある<調停者>ヒュメド・ポワソンさんと、その<概念>ガラムマサラがついてくれるからな。なにも心配ない」

 *

 リノリウムの床をコツコツと鳴らす数人の足音が、ドアの向こう側で止まる。


 ウィンストンの執務室は、カーペットも敷かれておらず、事務用のスチールの机と凭れる度にギシキシ軋む肘掛けすらついていない椅子の他に応接セットがあるだけの殺風景なものだった。
 そのうえ、金がかかっていなかった。
殊更、応接セットのソファーも、ウィンストンが器用にも、廃材を利用して一から組んだものだった。
テーブルの天板もどこかの廃業した老舗旅館の看板を再利用しているので、裏返せば、堂々とした草書体で「韓遂閣」と彫られているのが未だに残っている。

 この部屋に一つっきりの窓を背に軋む椅子に浅く腰掛け、机に肘をつくウィンストンと部屋に一つっきりのドアとの間に置かれた、ソファーにふんぞり返っているエプシロン少年をなだめすかしつつ、彼は今日も情報収集に余念がなかった。

 たとえ、エプシロンでなくともうんざりするほどの懸命さで執拗にウィンストンは質問を繰り返すのだった。 

 エプシロンは、流石に話し疲れたのか、それとも飽きてきたのか、次第に無駄口を減らした。
席をたつなどの反抗的な態度は見せなかったが、供述は、「ノーコメントだ」「さっきもいったじゃねぇか」「それは関係ない」などの非協力的なものばかりになった。

 そんな頃合いだった。
部屋に、ドアをノックする音が響いた。

 ウィンストンが「どうぞ」というと一拍おいて、「失礼します」と聞き慣れぬ声がした。
ドアが開き、コツコツと床を鳴らして、大きな黒いスーツの男が二人、部屋になだれ込んできた。

 この見知らぬ男達の入室にウィンストンは驚いた。
「どうやって、ここに入ってきた」「衛兵はどうした」などの質問が、頭に浮かびはするが、声に出すのを遮るほどの衝撃と威圧感だった。

 しかし、それを遙かに凌ぎ、大口を開け、目を見開き、ソファーから転げ落ちて驚いているのがエプシロンだった。

 彼は、大慌てでソファーの後ろに身を隠し、ゴキブリのように床に這いつくばって、入ってきた二人を大回りにかわし、ドアへと逃げ延びた。

 が、そこにもう一人、先の二人と揃いの黒いスーツ、白いシャツに赤いネクタイを窮屈そうにしめ、その上に長く蓄えられた美しいアゴヒゲをなびかせた、赤ら顔の一際大きな巨漢に行く手を遮られた。

 大きな掌がペチっと音をたて、怯えたエプシロンの顔をすっぽりと覆うと、ゆっくりと部屋の中へ押し戻し、自らも部屋に入った。

 そしてさらにもう一人、先の三人に比べれば小さくみえる男が、その手に幼い少女を引きずるようにして連れ入ると、うやうやしくドアを閉めた。

 赤ら顔の男は、エプシロンをつかんだ手を、ポンと押し出し、放した。
エプシロンはフラフラとよろめき、ソファーにドスンと沈む。

 ウィンストンの机の前に、大男三人が、右手を左手で覆い腹の前に置き胸を張り綺麗な姿勢で並んだ。
最後に入ってきた少女連れの男はドアの近くに姿勢正しく控え、少女は、落ち着けなさそうに、伏せた瞳で床ばかり見ていた。

 部屋はもともと広くなかったが、今では更に、狭く感じられた。

 「お約束も無しに、突然伺いまして申し訳ありません」

 先頭を切って部屋に入ってきた岩のような男が、声量豊かで重厚なバスの声音で、そう言って軽く頭を下げると、黒ずくめの一同がそれに倣った。

「先ず……」
と、どうにも落ち着かないというに言葉を途切らせ、大きな体を縮ませてはいたが、その内に秘めた大きな力は、滲みだし、ウィンストンを圧した。

「この度、こちらの世界へ、我々の世界の人間が侵攻したことを深くお詫び申し上げます」

 その言葉を合図に、一同が深々と頭を下げると、静まりかえった部屋に衣擦れの音が広がった。

 ウィンストンは面食らった。
エプシロンの怯えようから、彼らが恐らくナンバーズの重鎮達であろうと推していたのだが、想像していた者とはあまりにかけ離れた第一印象に、戸惑いすら感じた。

 ふと、ソファーの中のエプシロンを見ると、それまでウィンストンと接していた態度からは、想像もつかぬほど、怯え、震え、両手で膝を穿つほど握り締めて固まり、うつむいて、テーブルの木目を数えてでもいるかのように凝視していた。
 黒ずくめの男達が静かに頭を下げている数秒の間、カチカチと、エプシロンの奥歯を鳴らす小さな音が、十分の一秒を、刻んだ。

 ウィンストンは、エプシロンが感じるほどでは無いとしても、威圧される息苦しさで、なにも声に出せなかった。

 頭を上げた岩のような男が目配せすると、赤ら顔の男が踵を返しドアヘと向かった。
男は、エプシロンの前を通り過ぎると、静かに肩を揺らした、笑いを堪えるように。

 岩のような男は、赤ら顔の男が動き出すと、軽く咳払いし、改めて姿勢を正すと、「申し遅れましたが、私はグラスド・ビアンドゥと申します。恐らく、そこにいる<ロストナンバー>からは、もうお聞き及びかとは思いますが、ナンバー1と呼ばれております」と名乗った。

 岩のような男、ヘビー級ボクサーを思わせるナンバー1は、次々と部下を紹介しはじめた。

 赤ら顔に美しいアゴヒゲのナンバー2は、ヴォード・フォン。
柔道重量級の選手のような体型で、この部屋を世界から隔離するかのように、ドアの前に立ち塞がっていた。

 それと入れ違いに、少女を引きずるように連れて、ウィンストンの前に進んできたイケ面が、ヴィヨン・メソンコ。
浅黒い肌のナンバー3は端正な顔立ちをしているが、よく見ると、左眉が無かった。代わりに古い傷跡が、そこに這っていた。
他の男達に比べると小さく、また、バランスがいいせいかスマートに見える。
ただ、筋肉の鎧をまとう強靱な肉体は服の上からでもうかがい知れた。

 パトリオティック・ダンセはナンバー1に次いでこの部屋に入った男だった。
<管理者>ナンバー4、猪首の上の大きく四角い顔はずっと、苦虫を噛みつぶしたような表情のまま寡黙に、ナンバー1に寄り添い続けていた。

 トゥイレッティ・ダンセ<殲滅者>ナンバー5は、ナンバー3が連れた少女だった。

 ウィンストンは、あの時の少女が、よもや目の前にいる少女だとは思えなかったが、その瞳が、前髪越しに彼を睨みつけているのを見ると、納得した。

 ウィンストンの見立てでは、ワンが三十代半ば、ツーとスリーが二十代後半、フォーが三十代後半といったところだった。
 年齢だけで言えば、彼らは全員、間違いなく目下である。
ウィンストンには、それが彼らの礼儀正しさを徹底させてでもいるように感じられた。……ナンバー5の少女を除いて。

 ウィンストンの部屋にいるナンバーズ達の紹介は、終わったかにみえたが、ナンバー1グラスド・ビアンドゥは続けた。

「本日はもう一人、ナンバー6<調停者>ヒュメド・ポワソンも来るはずでしたが、彼は現在、要人警護の任に就いているところでありまして、ここには呼べませんでした」

 ここで一気に欲しい情報が手にはいるのでは、と思われるほど、話はスムーズに進んでいた。

 礼儀知らずで軽口のエプシロンから、散々苦労して手に入れなくとも、と振り返ると、妙にやるせない気持ちになったが。

「我々ナンバーズは、その六人で全てです」

というナンバー1グラスド・ビアンドゥの言葉に、彼は弛みかけた緊張を、今一度引き締めた。
エプシロンから得た情報と完全には一致しない部分が生じたからだ。

 それと同時に、ナンバー5の少女ダンセが舌打ちをしたのを、他のナンバーズ達が眉をひそめて見下ろす。

 ビアンドゥが微かな溜息と共に、ウィンストンの瞳を覗き込むと、申し訳なさそうに、打ち明けた。

「実は、あと一人、ナンバー7<断絶者>と騙る者がおりまして……行方不明なんですがね」

 ビアンドゥは、詰まらない話に時間を割いたと、自嘲気味にニヤリと首を傾げ、鼻で笑った。
確かに、ウィンストンはナンバーズの人数については知り得ずにいたが、ナンバー7の存在は、彼にとって今は重大な事ではなかった。

「全てと仰いましたが、ゼロについてまだ何も窺っておりませんが?」

 ウィンストンがようやく放った問いに男達は動じず、ただ、不思議そうな顔でお互いを見合わせた。

しかし、少女ダンセとエプシロンだけが、「ゼロ」の名にピクリと反応したのを、ウィンストンは見逃さなかった。

 それを問い質そうとウィンストンが言葉を選ぶ機先を制して、ビアンドゥが話した。

「我々に、ゼロの存在を質すというのは、あなた方の世界に神は存在するのか、と私が問うに等しいことです」
「信じる者にのみ、それは存在すると?」

 ビアンドゥが、「その通りです」と言わんばかりにお辞儀をした。
つまり、ゼロを信じているのが、ここでは少女ダンセとエプシロンだけだと主張するようでもあった。

 心の中で、何かが引っかかるのをウィンストンは感じた。
しかし、エプシロンを詰問していたときに比べれば、かなりスッキリとはしてきていた。
しかし、充分ではない。

「それで、今回の件に関して、詫びるとの事でしたが……弁明はお聞かせ願えますかな?」

「ええ、その前に……」

 ビアンドゥが、すぐ傍に侍していた、ナンバー4<管理者>パトリオティック・ダンセに目配せした。
すぐさま、ナンバー4がウィンストンの目の前に進み……

 ──ウィンストンの目の前で、とんでもない事が起こった。
あまりにも突然の事だったので彼は、冷静さを失い、思わず立ち上がり大声で叫び散らしていた。

 それに呼応してか、それまで低く静かに話していたナンバー1ビアンドゥも、声を荒げた。

「お静かに! 落ち着かれください! これは、我ら、我らの世界、紅天(ホンティアン)では当たり前の習慣。まさか、こちらでは、このように驚かれるとは、これは当方の落ち度、申し訳ありませんでした、どうか、お静まりください!」

 ウィンストンの目の前で、ナンバー4<管理者>パトリオティック・ダンセは、スーツの内ポケットから出した、銀色の筒らしき物を両手に握り、アゴの下に押し当てた。
 「ぢゅ」という音と共に、パトリオティック・ダンセの大きな体がガクリとヒザをつき、顔面をウィンストンのスチールの事務机に激しく強打させ、そのままズルリとくずおれた。
 途端、部屋に、すえたようなむせかえる匂いが充満した。

 ウィンストンは、あまりにも突然の事だったので、冷静さを失い、思わず立ち上がり大声で叫び散らし、窓に振り返り、慌てたせいでカーテンがブチンと鈍い音をたてたのにも構わず、大急ぎで窓を開け放った。

 それからしばらくは、怒鳴り合いだった。

 責めたてられるビアンドゥの曰く、

「子の責任は親が。これは、我々の世界における、欠くことのない風習であり、掟なのです」

「何人たりともこれを覆すことなどできません」

「どうかお許しください」



 この混乱に乗じて、開け放たれた窓へ、エプシロンが駆けた。
しかし、ナンバー3が、信じられないスピードで、ダンセの手を握ったままエプシロンの先へ回り込み、これまた信じられないことに、ダンセをまるで三節棍ででもあるかのように振り回し、イチかバチかで突進していたエプシロンに、カウンターを浴びせ、窓から部屋の対面のドアまで吹飛ばした。

 ナンバー2は、足下にうずくまり咳き込むエプシロンはゆっくりと引き起し、立ち上がらせた。
少年の肩に両手を置いたまま、何事かを耳元に囁きニタリと笑むナンバー2。
片やエプシロンは、頭から氷水でもかぶったかのようにガタガタと震え、うつむいて爪先ばかり見ていた。

 エプシロンの行動はまるで、ナンバーズのトップ達が「とてつもない戦闘能力を有している」と、ウィンストンに知らしめる為だけのデモストレーションにさえ思われるほどだった。
「黙って話をきかないと、私もああなるとでも?」
静けさを取り戻した室内で、ウィンストンは顔面を引きつらせつつ、映画俳優のように片眉をあげて、そう小さく低く唸った。

 「まさか、とんでもない。……」
ウィンストンのつぶやきに、ビアンドゥは本当に驚いたように、目を丸くした。
「……あれは、聞き分けのない子供に、体罰も時には辞さないというだけです」

 ウィンストンは眉間を指でさすりながら、静かに席に戻った。

 そこからは静かに、小一時間ほど、ビアンドゥの口供が続いた……



 「あなた方にも、我々と彼ら、どちらの言い分が正しいのか、判断を迷われるかと思います。

我々は即断を求めません。
もし我々が、そうであったなら、我々もそれを望んだでしょう。ですから、

期日はこれより十日。

十日後、我々は再びこちらへ伺わせて戴きます。
その時には、あなた方がどちらの側につかれるのか、お聞かせ願いたい。

勿論、そこから即戦争などとは我々も考えてはおりません。
交渉による解決を第一にしたいですから」

 そう言って、ナンバーズたちは去った。
<ガンダム>がなければ無力なトゥイレッティ・ダンセとエプシロンを残して。

 彼らは何も言及していなかったが、エプシロンの乗っていたエオローを回収し、上空へ舞い上がったところで、どこへともなく消えた。
ウィンストンの部屋の窓から、それが見えた。


 ビアンドゥは言っていた。

 ナンバーズからあぶれた<ロストナンバー>たちはテロリストと化し、姑息にも、少女ダンセのように、ナンバーズのメンバーをもたぶらかし、試作最新鋭MS<概念>を六機の内、四機も強奪し、クーデターを企てているのだと。

 彼ら<ロストナンバーズ>は、空間を、並行する世界間を隔てるものを破壊し、口八丁手八丁、連盟の世界から戦士を集い、ナンバーズに対抗しようと目論んでいるのだと。

 連盟の信頼を得ようと、少女ダンセをナンバーズとして連盟本部に仕向け、両組織を互いに反目させようとしていたと。

 確かに、これまでの、少女ダンセやエプシロンには、芝居の下手なアジテーターのようなところがあった。

 今回の本部襲撃によって、連盟が受けた被害は、案外少ない。
大破したMSも幾らかあるが、それでもパイロットは全員無事であった。

 それに対し、侵攻してきた側、敵勢MSは、少女ダンセの概念を除いて、全て大破している。
当初、それは少女ダンセの形振り構わぬ攻撃による余波で、吹飛ばされたと思われたが、現場のパイロットたちの報告によれば、敵MS軍団は自ら玉砕、というより自爆したに近かったようだ。

しかし、それも、機密保持の為とは到底考えられないもので、連盟本部技術局が回収、調査によると、残されたパーツ類から得られた技術は、ミラージュをはじめとする連盟量産機へフィードバックし、改良するのに申し分ない資料になるというのであった。

 少女ダンセが放った武装も、よくよく調べれば、燃料気化爆弾であったと、すでに判明していた。
 ウィンストンも、あの時は動転して核兵器だと口走りもしたが、落ち着いて思い返せば、それほどのものではなかった。
もし本当に核爆発と同等のものであったなら、この程度の被害では済まなかっただろう(とはいえ、燃料気化爆弾でも核に次ぐ相当な威力を有するのだから侮れないが)。

 ウィンストンにとって、ナンバーズ側の言分は、エプシロンのそれとは違い、納得のいく内容だった。
少女ダンセの襲撃から、今に至るまでの彼女とエプシロンの不可解な言動行動が、まるで、ジグソーパズルのピースのように、ピタリとナンバーズ側の言分の中で、正当性を見せ始める、と彼は考えていた。

 少女ダンセがナンバーズを裏切る理由も、ナンバー4、父への反抗からくるものだとすれば、彼女の年頃では考えられなくもない。


 だが、しかし……と、逡巡するウィンストンであったが、およそナンバーズ側の意見を肯定している節が、少女ダンセには感じられた。
 すると、彼女は誰にも見咎められることのないようにひっそり、ニタリとほくそ笑んだ。


 「トイレット・ダンセにエプシ──」
「失礼ですわ! 侮辱ですことよ! 私(わたくし)の名はトゥ・イ・レッ・ティ……」
少女の抗議は、ウィンストンのかざした右掌に吸い込まれていくように消沈した。

 ウィンストンは一つ、厳粛に咳払いをし、話を続けた。
「ともかく、君たちは罪人と決まった訳ではないが、容疑も晴れてはいないのでな」

 エプシロンが舌打ちをしたが、ウィンストンはそれに構わない。
「そこで……それなりの拘束は受けてもらう」

「っていうか、俺たちを子供だと思って、バカにしてんのか?」
ナンバーズの重鎮が部屋を訪れていた時とはうってかわって、生気を取り戻したエプシロンが、いきりたった。

「あの連中が大人だからってだけで、奴らを信用するってんじゃないだろうな?」

 ウィンストンは最早、エプシロンを賓客とは考えていなかった。
彼の言葉などに、全く聞く耳を持たず、自らの用件だけを次々と済ませる。

「君らは、子供扱いされるのは嫌だろう?」
この問いには、二人とも激しく肯定の意をそれぞれに表した。

 とにかく、この件は、アリスとリンの参謀たちとも協議しなければなるまい。
と、ウィンストンは、内線で副官を呼びつけると、今後の手順を指示した。
早急に、アリエンスとウェブリングの参謀を招集することと、少女ダンセとエプシロンの拘束とを。



 エプシロンはトゥイレッティ・ダンセとは別に連れ出され、小さな取調室で、身につけているものを全て奪われた。
口腔内は勿論、体のありとあらゆる場所(あな)を調べられ、白い清潔そうなパジャマに着替えさせられた。

 まだ、彼が敵であるとは思っていないが、潔白であるとも言い切れないのだから、疑われたからといって恨むなよ、と独房まで案内した係官は言った。

しかし、エプシロンにしてみれば、これは何よりも屈辱的だった。

 ふと、少女ダンセのことを思いつき、その、人なつこく、この仕事には到底むいていなさそうな係官に尋ねた。

 係官は、困惑顔を露わに、言いにくそうに答えた。
「あっちはあっちで、全員女性の係官だから、心配するな」と。

 身の毛もよだつ身体検査のことは、思い出したくもなかった。
しかし、何もしない、出来ないでいると、嫌でも頭に浮かんでくる。
 エプシロンは簡易ベッドの中で、さっき自分が受けた屈辱を、そのまま少女ダンセに置き換え、気を紛らわせた、股間を熱くさせ。



 リューネルトは連盟本部施設を遙かに臨む山の中腹を覆う森の木陰から、双眼鏡でその様子を探っていた。
 勿論、施設の建物の中までは見通せないが、野ざらしだったエオローに彼女らの仇敵が近づき、Exeシステムでどこかへ飛んだのを目撃した彼女は、おおよその現状を察した。

 エプシロンが乗っていたエオローも、本来の主(あるじ)、ナンバー3のもとに戻ってしまった。
 エプシロンとは、はぐれていた彼女の<概念>アンスールは、不幸中の幸い、見つからずに済んだが、エオローを失ったのは痛かった。
彼女は溜息をつき、次の行動を思案した。