「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第15回更新分
地上とも宇宙船内のものとも違う、月の重力を、アグゼは、喜々と跳ね、フェリオに着せられたレースとフリルの集合体のようなドレスをフワフワと泳がせた。
ひとしきり楽しむと、考え事とサイライ・ゼカリアと名乗る謎の女性に注意力を奪われているフェリオの手を離れ、辺りの散策に取り掛かった。
フェリオは、前を歩くゼカリアの心中を背中越しに透視でも試みようとするかのように睨みつけている。
何かが、頭の中でくすぶり、彼女を苛立たせる。
おかしいとは思っていても、それがはっきりとせず、心を乱した。
彼女は一度、自身を落ち着かせようと、深く呼吸をした。
その気配を察したゼカリアが、何言かフェリオに声を掛けたが、それには構わず、フェリオは意識を内へ内へと沈ませていった。
キセアナビで、アグゼが、気まぐれにせよ、指差したのは『G12』の世界に通じるゲートであった。
CヴィックのOGPS(オリガンポジショニングシステム)も、不鮮明ながら『G12』を指し示していた。
だがしかし、ここは明らかに違った。紛れもなく宇宙世紀である。
先の巡視艇も、ストラテーゴスを見てMSと確かに言った。
(では、ここは一体? キセアナビに、キセア不在の影響がでているのだとして……)
フェリオは、あるひとつの世界に思い当たった。
ただ、それにしても、全てにおいて納得のいくものではなかった。
視界の端で、アグゼの姿を捉え、彼女は意識を現実に引き戻した。
「アグゼ、それ、どうしたの!?」
と、フェリオが慌てた様子で問いただしたせいで、アグゼは背中に電気が走ったかのように、ビクリと体を硬直させ、思わず、手にしていた新聞をグシャリと抱きしめてしまった。
驚かせてしまった事を詫びながら、アグゼの腕の中で皺だらけになった新聞を、彼女は奪い、大きく広げて目を通した。
新聞の日付は宇宙世紀○○八三年十二月四日。
一面トップの大見出しは「ティターンズ結成」とあった。
誌面の半分を占め、フェリオもこれまでに何度か見たことのある、ジャミトフ・ハイマンの演説の写真が、今までに見た他のどの資料よりも臨場感を伴わせ掲載されていた。
アグゼが抱きしめてくしゃくしゃになってはいたが、そこには組織を統べる長の、鋭気と機知、それと理想を追う野心に満ちた力強い眼差しがあった。
誌面を繰ると、片隅の小見出しに「火星コロニー自衛軍アレスにもティターンズ派兵!?」とある。
フェリオの予測は的中した。
やはりここは、『GUNDAM in Mars』(以下『G.i.M』)に違いなかった。
キセア不在の影響がキセアナビシステムに出ているのであろう、わずかにズレが生じているようだ。
OGPSのソフトウェアには、Webリングとキセアナビにリンクされた世界しかデータ登録されていないため、船で見た表示がぶれていたのはその為だったのだろう、とフェリオは一人ごちた。
しかし、そうしたところで、年代と舞台の違いが気にかかった。
この世界のリンクは、火星の、年代もこれより少し以前に繋がっていたはずだった。
確かめるしかないと意を決したフェリオは、ポケットから眼鏡ケースを取り出し、パクっと開いて、愛用の黒縁伊達メガネをつまみあげた。
フェリオは、実は意外とアガリ性だった。
メガネを掛け、別人になったのだという自己暗示によってようやく、強気の交渉にでられる。
メガネを取り出したフェリオを、ゼカリアは落ち着かない様子で眺めた。
その 顔色や物腰が、にわかに強ばりだし、フェリオの猜疑心に油を注いだ。
突然、フェリオに襲いかかるゼカリア。
もみあい、フェリオの叫びがあがる中、壊れるメガネ。
薄暗い通路に、乾いた音を響かせ、左の可動部分が折れてバラバラになったメガネがゆっくりと床に落ちると、ピンと張られた凧糸が切れる時にたてるような、曇った音も、フェリオの耳の奥で響いた。
と次の瞬間、フェリオの体が素早く沈み、ゼカリアの視界から消える。
そのまま、フェリオは、ゼカリアの脇をすり抜け、その背後へ互いの背を向け合い、一歩踏み込むと同時に、全身のバネで跳ね上がり、体当たりをした。
死角からの攻撃に、ゆっくりと飛ばされ、よろめきながら壁にうつ伏せたゼガリアの背に、続けて衝撃が走る。
体当たりのあと、すかさず繰り出したフェリオの中段後ろ蹴りが、低重力下でも力を逃がさず、杭のように、壁に行き場を奪われた、ゼカリアの背中に突き立てられていた。
ゴンと、ゼカリアのアゴが壁を打つ鈍い音とともに、蛙がつぶれたような呻きをあげ、彼女はゆっくりとくずおれる。
昔、フェリオが連盟少女に採用される以前に、ゲームセンターで熱中した3D格闘ゲームの中の格闘家と同じコンボを、彼女は知らず知らずのうちにマスターしていた。
今回、彼女の怒りが頂点に達し、我を忘れ、そのうちの一つが、ここに再現されたのだった。
フェリオは、アグゼが新聞を拾った部屋、警備員室らしき場所へゼカリアを運び、部屋にあった椅子に座らせ、備付けられたテレビを破壊して手に入れたケーブル類を使い、慣れた手付きで器用にゼカリアを拘束した。
──耕せば耕すほど、石ばかりが掘り起こされる痩せた土地は、<石生みの大地>と呼ばれ、そこに暮らす人々は、もれなく貧しさに悩まされていた。
ゼカリアはそんな国で普通に生まれ、普通に育ち、劇的な恋をし、愛情に充ち満ちた結婚をし、この国に住む誰とも違わぬ、つましい生活を送っていた。
そう、それが本当の姿だった。
そして、ナンバー3たる男は、彼女の夫である。
忘れもしない、左眉の傷は、いつか彼女を護る為に負ったもの。
見た目には分からないが、触ると、その眉の奥にある骨の形が左右で違ってしまう程の怪我。
だが、彼はもう彼女を憶えていない。
たくましさは増したが、その愛は消え、優しく彼女に微笑む彼はもういない。
──ブほッ!
水飛沫をほとばしらせながら、ゼカリアはむせた。
嗚咽をあげ、咳き込み、顔を伝い落ちる大量の雫を拭おうとした時、身体が椅子に拘束され、指一本動かすことが出来ないでいることに気付いた。
「あなた、『ここ』で何を企んでいるの? あぁ、でもその前に一つ聞かせて……」
ゼカリアが気を失っている間に、部屋の机の引き出しで見つけたセロハンテープで応急処置したメガネがずれ落ちるのを、何度も指で押し上げながら、フェリオがゼカリアを覗き込んだ。
「なんで、私のメガネ壊したの?」
声は優しいが、眼が完全にキレていた。
「そのメガネが、貴方のパワーアップアイテムであると、聞き及んでおりましたから……思わず、防衛本能が働いたと申しましょうか、何ともはや……」
ゼカリアは、決まり悪そうに、フェリオの視線から顔を逃がしながら答えた。
「なにそれ、信じらんない。……いっときますけどね、あなたがメガネを壊すから、ついこうなっちゃっただけで、私は元々、暴力を振るうつもりはなかったんですからね」
「貴方の格闘能力があれほど高いとは迂闊でした。MS操縦はそれ程でも──」
「ちょっと、あなた──」
フェリオの一喝と共に、無抵抗のゼカリアの言葉は、両頬を片手で鷲掴みされ、途中からヒュゴヒュゴと言葉にならない声で、タコの口から発せられた。
アグゼが、その音に反応を示し、興味深そうに近づいて、二人の女性の顔を見比べた。
「ストラテーゴスが本調子なら、私のウデで、あなたのあのナントカカントカぐらい、軽く叩き落とせてたわよ!」
フェリオの有り余る気迫は、アグゼを怯えさせた。
と、彼女は急いでメガネを外し、猫なで声でアグゼをなだめ、部屋の隅にある冷蔵庫を指さし、あれこれと説明をはじめた。
「……で、あそこにお菓子とかジュースとかが入ってるから、好きなの一つだけ選んで持っておいで」
アグゼが冷蔵庫に向かっている間に、フェリオはセロハンテープでグルグル巻きのメガネを掛けにくそうに、掛け直すと、再度、尋問を開始した。
「余計なことは言わなくてイイからさぁ、知ってること全部、はけ」
僅か十余年の人生しか歩んできていない少女のものとは思えない、凄味のある声音に、目上であるはずのゼカリアもが、背筋を凍らせるほどだった。
アグゼが心躍る足取りで、板チョコを手にし戻ってくると、フェリオは、それを恭しく受け取り、綺麗に銀紙を開封した。
先ず、最初の一列を折り、ゼカリアの口にねじ込む。
しばらく様子を見て、怪訝そうに、次の一列を自身でほおばり、残りをアグゼに返した。
アグゼはスンスンスーっと鼻を鳴らしてチョコの香りを胸一杯吸ったあと、にっこりと、うれしそうに口へ運び、少しずつかじりとっては、うっとりとその甘さを堪能した。
「さぁ、先ずはここのことから説明してくれる?」
ほおばったチョコで話し難そうに、フェリオが言い、同じくゼカリアの供述が始まった。
それは、連盟本部でWEBRINGが異常をきたしたのと同じ四日前、Exe開発試験中の出来事だった。
システム完成の産声と共に起きた爆発によって、ゼカリアたちはここに飛ばされたのだった。
その時、この『G.i.M』世界の時間は止まっていたが、彼女たちが訪れたことで、なぜか、急激に動き出したという。
彼女たちには、それは好都合だった。
元居た世界や他の世界より早く時間が過ぎ、他所での四日が、ここではもう四年になる。
この四年の間に、彼女らは多くのExeを生産しつつ、多くの同胞や兵器を得る為の工作を企て実行してきた。
昨日、フェリオがアグゼを村から連れ出してからこれまでの間ですら、この『G.i.M』世界では四百日余り経過していることになる。
フェリオはその四年間のことを全て聴き出したいと思った。
他の仲間たちと違う時間を生きるということの淋しさを語り出したゼカリアをフェリオはいなして、本題に戻らせた。
ゼカリアたちが暮らしていた世界に、<ゼロ>と名乗る長い黒髪の男が現われ、「僕の組織に入りなよ、何とかしてやるから」と老若男女、誰彼構わず住民を口説き歩いた。
「飢えも病も退けて、優遇してあげる。健やかなる土地も与える」と。
貧しさに喘ぐ人々は、喜んで彼に従った。
ゼカリアとその夫も、手に手を取り合って喜び、皆に倣った。
そこは彼女らのような貧しい民や、孤児で溢れかえっていた。
その人々の中から、選抜されたナンバーズは二十四人。
ゼカリアはナンバー22として選ばれた。彼女の夫もナンバー21として選ばれていた。
それからしばらくは記憶がハッキリとしないが、彼女らは何度も検査と投薬を繰り返させられた。
そして、大半は、病人か死人になった。
「てことは、あなた達は強化人間てやつ?」
ゼカリアが話を詰まらせたところで、フェリオが素っ頓狂な声を入れると、ややくたびれたようにゼカリアがつぶやいた。
「あなた方、他の世界の人がこの話を聞くと、誰もがその言葉を口にするが、あなた方の世界では頻繁に行われるものなのか?」
フェリオは慌てて否定したが、「頻繁なんて、とんでもない!……ん? でも、頻繁といわれれば、頻繁かな……」
考え直し、自嘲気味に肩をすぼめて見せた。
やがてナンバーズとされた人々の内から、数人、別人として振る舞いだすものが出た。
ゼカリアの夫もその一人であった。彼らは即座に別の施設に移された。
そんな中、ラストナンバーの老人が音頭をとり、残ったナンバーズを引き連れそこから逃げ出した。
ゼカリアは最初、夫を残してはいけないと抵抗したが、必ず彼らも世界も、全て取り戻す為の、一時的な撤退なのだと老人に諭され渋々承知したのだった。
逃避行の間も、脱ナンバーズは次々と死んでいった。
生き残ったのはゼカリアと老人を含め、僅かに五人だった。
「その、ラストナンバーだった老人アリアーがExeを完成させたのだ」
「そのアリアーって何者?」
「それは……。我々の中には、名前の思い出せない者もいる」
「その老人は?」
「ゼロが開発中だったExeの生成法と、それに関わりのある人間だったということしか思い出せないそうだ」
「ここにいるの?」
「ええ、我々はここを拠点に反撃の機を狙っています。実を申すと、あなた方にもその手助けをしていただけないものかと……」
なるほど、出会い頭に決闘を申し込まれたのも、お手並み拝見という訳だったのだろうとフェリオは思った。
「でも、私たちにそんな義理を果たすいわれはないでしょ?」
「騙されつづけている民を、なんとか救ってやりたいのでございます」
と、ゼカリアはさめざめと泣いた。
アリスたちならいざ知らず、フェリオには、ゼカリアの涙の訴えを鵜呑みにさせられる程、他人に対しての情の深さを持ち合わせていなかった。
「あなたの旦那さんを、でしょ?」
ゼカリアは沈痛な面持ちで、がくりと項垂れた。
「それは、我々を救ってはくださらぬということですか?」
「さぁ、それに関しては、私の一存で何とも言えませんから」
フェリオは一度、溜息をついて間をおいた後、続けた。
「私たちには取急ぎ、あなた達に引き起された事故のトバッチリを何とかしないといけないから」
ゼカリアが急に顔をあげたのを、フェリオは少し驚いて、身体を思わずビクリと反応させた。
「それならば、我々はもう、お手伝いさせていただいている」
「キセアたちがどこにいるか知っているの?」
フェリオの表情が一変し、険しくなったのを見て、ゼカリアは慌てて首を振った。
「否、我々の内の一人が、キセア殿をはじめ、皆様方を捜索してはいますが、消息をつかんだという連絡はまだ……。なにしろここは、時間の流れが速いので……」
「で、残りの二人は?」
「OGF本部の警護に」
「警護?……そう言えば、あなた最初に、私たちを警護するって言ってたわよね?」
「……はい……」
ゼカリアの返事は震えた。
彼女の感情によるものでも、地震などの揺れでもなかった。
揺れ震えているのは、フェリオ自身だった。
慌てて、アグゼに目をやると、彼も震えていた。
それもまるで、映像処理(エフェクト)で彼女らだけがブレているかのようである。
「どうなってるの?!」
「……判りかねます。……しかし、……恐らく、……考えられるのは……キセア殿が目覚め……いや……このま……していかな……で……」
今やその身と一体となった椅子を、泣きそうな顔で、がたぴしを揺らすゼカリアだった。
フェリオを立ちくらみが襲った、ほんの一瞬ではあったが、気を失いそうになった。
そして、フェリオはアグゼと並んで、Cヴィックのリビング兼操船室に立っていた。
窓外に齢十二の月と、冬至へ向かう地球が浮かぶ。
「夢?」
彼女はそうつぶやいてみた。
が、アグゼに袖を引っ張られ、彼を見下ろすと、そのつぶやきが的を射ていないと知る。
彼の手に握られた板チョコは、彼女の船に積んでいる物とは銘柄が違っていた。
それに、彼女の、鼻にずり落ちたメガネは、セロハンテープでグルグル巻きだった。
*
「……本日、豪州(オーストラリア)時間未明、月面基地フォンブラウンの沖合十一万キロの宇宙に、突如反応を現わした輸送船RBC級1A13型ですが、交信は未だ通じておらず、搭乗者の安否などの詳細は未だ判明しておりません。
只今ご覧いただいている映像は、先程、ハッブル3で確認された、漂流中の輸送船の現在の映像です。
なお、連合政府の発表によりますと、現在、サカマタ級巡視艇<フリーウィリー2>を現場に急行させ、濠州時間の明日午前にランデブー予定とのことです。
輸送船RBC-1A13は昨年、十一月に国際宇宙ステーション6号から月への航行中に忽然と消息を絶ち行方不明となり、現在までその安否が……」
バスローブ姿のジェニィは、ベッドの上に腹這いになり、両手をアゴの下で組んでテレビを眺めていた。
頭にタオルを巻き、顔には白緑色のパックを塗って。
「随分と形が変わっちゃってるんじゃない?」
隣のベッドで、ジェニィ同様の格好をしたイリスが話し掛けた。
「そうね」
ジェニィは、テレビ画面の、中継映像の左隅に小さく区切られた、スタジオのキャスターの前に置かれたRBC級1A13型の模型と見比べながらウットリと答えた。
彼女のエステティシャンが、薬油を手に彼女のたくましく、しなやかな脚を優しくしごいていた。
「あ、そうそう、これ用にサジタリウスがスタンバッてるって」
イリスは言って、くすぐったそうに身をよじらせた。
彼女の方は、ちょうど、足の裏から足指へと、担当の指が忙しげに動いていた。
「へぇ、レイチェルが出るの?」
テレビ画面から視線を移し、ジェニィはゆっくりとイリスに顔を向けて言った。
「もし、何かあったらね」
そう言いながら、新しい物好きのイリスは最新型の端末を手に白緑色の顔を微笑ませた。
「そっかぁ、レイチェルはこれが初出動よね」
ジェニィたちより先に、アダムによる実戦を経験したイリスを羨ましがっていた時の、レイチェルの顔を思い出しながら、彼女のチャンスへの祝福と、自らの羨望との間で苦笑いを浮かべるジェニィだった。
イリスは、ハッとした。
「あ、そうか。サジタリウスは初任務になるのか」
「え、レイチェルからじゃないの?」
そう言って、ジェニィがイリスに手を伸ばした。
イリスはその手から携帯端末を守ろうと、エビ反りになって腕を高く上げた。
「え!? いやその……」
「ピート少佐? いつの間にメアドゲットしたのよ?」
「いいでしょ」
ひととき、部屋は四人の女性の軽やかな笑い声に満ちた。
と、テレビの中継画面の中で、何かが光った。
*
窓の外を不思議そうに眺めていたアグゼが突然、昨日の今日にしては上手に、無重量の中をフェリオに向かって飛んだ。
飛んだままフェリオの肩をつかみ、そこを軸にして身体をスイングさせて彼女の背中に隠れるように潜り込んだ。
フェリオが操作卓から顔を上げると、目の前にハリネズミのようなネイビーブルーの砲撃戦特化型MSが浮かんでいた。
その機体の姿を見て彼女はひとまずホッとした、資料で見知っている、この世界のどれとも違う、見たことのないMSであったことに。
そして、溜息まじりで「またかよ」とぼやいた。
彼女は再び操作卓に向かい火器管制を呼び出す。
船の両舷側に後付けされた武装コンテナはどちらも正常に起動した。
「これも使ったとして、今のストラテーゴスで勝てるかしら」
彼女が、先の対ソウェイル戦での不調を含め、思案しているのを、アグゼが不安そうに見ていた。
「逃げるが勝ちってのもありよね」
「へぇ、もうお帰りですか?」
背後でした声と笑い声に驚き、振り返ったフェリオは、フワリと体が浮いたのを、慌てて操作卓の角を掴んで抑えた。
「なんてネ」
フェリオの背後に、どこから紛れ込んだのか、マッチ棒のように細長い女が、左手で腰から尻の辺りをさすりながら立っていた。
「……あ、アロア?!」
「『さん』をつけなさいよ、『アロアさん』って。やっぱ、キセアの方がお行儀がいいわ」
そう言って、アロアは二つに束ねた長い髪をフワフワと踊らせ、ゆっくりと前へ、フェリオの背から恐る恐るのぞくアグゼに微笑みかけながら、その横を通り過ぎ、窓へと歩いた。
「何言ってンのよ、勝手に人の船に忍び込んでるのは棚上げして! それより、キセアに会ったの? ここにいるの? どこ!?」
「もうココにはいないわ、残・念・でし・た!」
アロアは振り返り、悪戯っぽくウインクしてみせる。
「私(ここ)のリンクを使って、どっか行っちゃったわ」
「どっかってどこよ!」
苛立ちを露わに、バンと操作卓に手をつきフェリオは叫んだ。
その反動で、フェリオの、アグゼを背負った身体は少し浮く。
「連盟籍の船なら、このまま反転すれば、ここのリンクに辿り着くから。どっかに飛んでってくれる?」
フェリオの苛立ちをほくそ笑みながら、アロアは再び窓外を眺めて、また左手で尻をさすった。
「キセアの居場所を言うなら、すぐに出ていってあげるわよ」
「そんなの自分で探しなさいよ。その為の船なんじゃない?」
おもむろに、アロアは窓の外を指さし、「私だって忙しいのよ」と微笑んで消えた。
「取材は許可できない。R0808JFBS、直ちに管制の進路変更プラグラムを以て帰投せよ」
スピーカーから無作為に放たれる無線の声で、スライダーは目覚めた。
<概念>と呼ばれる機体の中で、まどろみのない目覚めだった。
痛みが、吐き気が、まどろむことを許さなかったのだ。
スライダーが自身を見下ろすと、右腕はヒジから下が無くなり、 その断面は黒く炭化し、所々赤く血が滲んでいた。
それだけではなかった。
右脚も、フトモモの付け根からヒザまでが無くなっていた。
そのスネから下が、フットペダルの上に浮かんでいた。
右手だけでなくコクピットも、右手に近い部分が灼かれ、溶け、消炭と化していた。
さらに、警報が鳴り響く。
安全装置が働いて、ジェネレーターが完全に停止していた。
「一体、……?! あのExeとかを連続で使ったからか!?」
スライダーは右手のあった場所、Exeというアクセサリー然とした半球を身につけていた場所を睨みつけた。
「……畜生! こんなことなら一時撤退など……」
怒りに振り上げた右腕の、その断面から、小さな飛沫が、ゆっくりと、彼を囲むモニターに吸い寄せられるようにして、そこに赤い染みとなる。
「くそ、バッテリーとプロペラントの残量は……」
スライダーは残った左手の指をコンソールで踊らせた。
「な、何だ、これは!?」
コクピットシートの左側のコンソールは生き残っていたが、そこに、虫の触角のように長い二本のオサゲを垂らしたマッチ棒のような女の小人が立っていた。
言葉を失っているスライダーに、その小人は「パイロットスーツも着てないの?」と冷笑した。
「ここは何処だ?」
咄嗟に、スライダーの口をついて出たのは、そんな言葉だった。
馬鹿げているとは頭では判っているはずなのだが、環境適応能力が高いのか、姿無き者、異形、なんであれ話せるのであれば会話を試みるのが彼だった。
「宇宙空間って所ね」
「ふざけるな!」
「なによ失礼ね、偉そうに!」
そう叫びながら、小人が何度もたたらを踏むと、その下のコンソールがそれに合わせて音をたて、スライダーを慌てさせた。
「そもそも闖入者はアンタの方よ、勝手に人の縄張りにやって来て──」
コクピットハッチが一瞬の警報と共に開いた。
小人は、言葉の終わらぬうちに、スライダーの焼き切られた右足と共に外へ吸い出された。
その刹那、スライダーが透かさずコマンドを解除していたのでハッチは全開の手前で再施錠された。
予備のエアが音をたて充填される中、彼は大きく肩で呼吸していた。
と、その左肩に、小鳥のように小さな足が留まった。
スライダーはそれを左手でつかもうとしたが、叶わず、小人はクルリと跳上がり、体操選手のごとき軽やかさで、フロントパネルの上縁に、スライダーに背を向け着地を極めた。
が、すぐに身体を折り、痛そうに左手で尻の辺りをさすった。
「お前は何だ? 俺は幻覚でも見ているのか……」
小人は首を傾げ、振り返り、右手の人差指を立てて左右に振った。
「違うわ。私はアロア。ちゃんと『この世界』に存在するもの……(ただ、『ここ』にしか存在しないけど)」
この言葉の後ろ半分は、小さく消え入り、スライダーには聞こえなかった。
「……でもまぁ、確かに、この世界のどこにも存在しないとも言えるけどね」
「理解できないな」
アロアはその細い両腕を広げ、溜息まじりに「やれやれ」と肩を落とし、両手を腰にあてて、鼻を鳴らした。
「お前、あの時のアイツか?!」
「……なに訳の分かんないこと言ってるの? それから、私に『お前』とかいうな」
首を傾げたアロアが、スっと左手を前に伸ばし、スライダーに向けて指を鳴らすと、彼の額に衝撃が走った。
仰け反り、ヘッドレストに頭をバウンドさせたスライダーは目を白黒させて小人のアロアを見た。
スライダーは、彼にExeと<概念>を与えた、姿無き男と同じような匂いをアロアに感じていた。
声も何も、まるで違うのだが、どことなく、何かが似ている気がするのだった。
「とにかく、あなたにも、早くどっかへ退場してもらわないとね。って、……」
急にコクピットのモニターが輝度を増し、アロアはモニターに視線を戻した。
正面に、右半身を白く照らされた人型が現われてた。
虫のように細い手足、腰から伸びた巨大なフライパンのような円盤。
擬人化された足長蜂。
「……ど、どっから出てきた?! 一体なんなんだ!?」
「サジタリウスよ。光速移動してくるなんて! 厄介なことになってきたわ」
二人はほぼ同時に叫び、互いに相手が何を言ったのか理解できなかったが、特に彼にとってはそれどころではなかった。
スライダーはそそくさと、左手の全ての指を忙しく踊らせ、コンソールを打った。
「片腕でも制御できるはずだ」と。
「えぇ〜、まさかあなたこの状態でやり合うつもり?」
アロアは、スライダーの右半身をのぞき込みながら怪訝にそう問い、「場合によっては、そうなる」と真顔で答えたスライダーに失笑した。
スライダーがSE顔負けのスピードでシステム変換を終えた時、ゆっくりと距離を詰めていたサジタリウスは、右手を<概念>の突き出た胸に伸ばしていた。
スライダーは、その手を、同じく右手を出させて受けた。
両機が腕っ節を、比べでもするかのように掌を合わせる。
いつの間にかノイズすら拾わなくなっていたスピーカーから、聞き慣れぬ言葉が曇った音で響きだした。
きょとんとするスライダーの肩に舞い戻ったアロアが、耳元で解説した。
「今、ピート少佐が、『あなたの権利について』を唱えているところ」
「なんだそれは?」
「まぁ、つまり、簡単に訳すと、捕まえるから観念しろってことね」
「くだらん!」
そう言って、スライダーは、既にビームサーベルを装備していた左手を、サジタリウスに突き出した。
が、その暴走気味のビームの切っ先は、瞬きもしない星々が見えるだけの宙に突き立てられていた。
正面のモニターには、白いサジタリウスの姿はなく、それは後方を映しだすモニターの中にあった。
スライダーの<概念>がビームサーベルで突く瞬間、サジタリウスは、ダンスパートナーを翻すが如く、いとも容易く、<概念>を操った。
スライダーは二度三度と、繰り返し斬りつけたが、どれも同じようにかわされた。
「チィッ」と大きく舌打ちした彼は、次に、自機の右腕を斬りつけた。
ヒジから下を失う代わりに、相手の呪縛から解き放たれると、砲撃を加えた。
「ほぉ」とアロアが感嘆をあげた。
スライダーの放った六つの砲撃は、全て命中した。
更に間髪入れず続けて放った砲撃は、目標の回避行動を予測し、わずかに散らした。
その二斉射目の内の何発かは、確実に外れるものであるはずだった。
だが、全弾命中。
しかも、それにかかわらず、目標に傷ひとつつける事すら出来なかった。
「どうなっているんだ?!」
思わず身を乗り出し、目を細め、首の角度を変え、食入るように、スライダーはモニターを眺めたが、そこには、塗装されているのかはともかく、塗装のハゲすら見つからなかった。
「流れ弾を出したくないから、どんな攻撃も受け止める。……みたいな。光速移動を自在に出来るのは、ピート少佐とレイチェルのサジタリウスだけだから……」
「洒落臭ぇ!」
「シャラクセ〜??」
どことなく愉し気なスライダーを胡散臭そうに見ながら、アロアは落ち着きのない彼の肩から振り落とされまいとやや腰を落とし、足を肩幅に開いた。
スライダーは自棄気味に、<概念>に備えられた兵装の、いまもてる全てを四方八方へまき散らした。
最早、目には留らない、動きの見えない、サジタリウスの機体を挺した盾に無力化されていくスライダーの攻撃は、両者の間合いを引き離す事には成功していた。
スライダーから少しずつ遠ざかりつつある、サジタリウスの行動に変化が現われたのは、このでたらめな攻撃の幕切れ近くになってであった。
庇いきれなくなった二つの攻撃を、サジタリウスは攻撃によって相殺した。
サジタリウスが腕を伸ばすと、その掌からキラキラと光が瞬き、その先に飛び荒ぶスライダーの放った凶弾が爆ぜた。
遙かに浮かぶ、青い三日月型した、テニスボール大に見える地球を背景に、アッという間に飛び去る二つの軌跡の先で、線香花火のような無数の赤い小さな火花が散った。
そしてその小さな火花は、より小さな火花へ次々と分散し、消えていく。
「光速の動きだか何だか知らんが、人が乗っていることには違いないらしい……奴もバテはじめたようだ」
「そうかなぁ……でも、こっちも弾切れじゃん。まだ、とっておきのが残ってるの?」
「プロペラントがまだ残っている」
「なにそれ?」
「ビームサーベルも後、一撃なら保つ。奴はもうバテて動けまい。俺にはもう逃げる術はない」
そういって、緑の瞳をぎらつかせるスライダーを、石膏で固められた振りをして、右のヒジとヒザを折ったアロアが「どのみちその体じゃ、最初から何したって無理だったんだって」となだめた。
「あんた結構面白いからさ、いい先生を紹介してあげるわ」
アロアの提案が始まるのと、スライダーがスロットルを全開にするのと同時だった。
さらに、彼らの遙か後方で、フェリオたちの宇宙船が光の中に消えていくのも。
加速がスライダーをシートに埋める。
アロアは、そのヘッドレストを地にしてしゃがみ、両手で彼の左耳を持って叫んだ。
「彼女のとこに行けば、そのくたばりぞこないの体も、このロボットも治してくれるはずよ」
サジタリウスは、動かなかった。
宇宙船が消えたのと、スライダーの吶喊とに対し戸惑うように。
しかし、それはマタドールの英雄のように華麗に、猪突する<概念>をかわし、その背に幾本もの光の矢を突き立てた。
推進剤もバッテリーも使い切り、減速することも出来ないまま、スライダーの駆る<概念>は四散した。
「彼女は、……『セレナ』は連盟少女選考会の後、たぶん、ヒマしてると思うし、フェリオを困らせるんだ、って言ったらきっと喜ぶから」と、アロアの声が、その後ろに微かに獅子の咆哮を伴いながら、スライダーの薄れる意識の中へ滑り込む。
「まぁちょっと、ツンケンしてるけど、根は良い人だし、しっかり鍛え直してくれるはずだから、がんばんなさいよ」
スライダーと、バラバラにされた<概念>は光の中へ消えた。
セレナの元へ……彼女のいる世界へ。
*
場面:『G12』五万年前。謎の研究室。
舞台中央奥が一段高くなり、その上に歯科医にあるような診察台がある。
その奥、上部に窓があり、その奥に、両腕に余るぐらいの大きさの三日月が浮かんでいる。
診察台からは、舞台全体に様々な太さ、形、材質、色のケーブルの類が這いひろがっている。
そのコードの海に浮かぶ島々のように、様々な四角く白っぽい機械がまばらに七つ列んでいる。
幕が上がった時、中央診察台の上にキセアが頭を上手にして横たわっている。
それを囲む七名の白尽くめの密閉服の人々。
その内の一人が、キセアの胸元に手をさしのべている。
キセアは、眠ったまま、呻きとも喘ぎともつかぬ小さな声をたて、両手足を突っ張っているが、やがて、絶頂を迎えたかのように脱力して静かになる。
手をさしのべていた機密服の人が、キセアの胸をたたみ、閉める仕草をし終えると、ふぅと肩をなで下ろし、他の機密服の一同に目配せをして、順次、寝台の置かれた段の上手側を降ていく。
全員が降りるのを待ってから、またゾロゾロと列をなし上手へ退場する。
コツコツという時の刻みが徐々に聞こえだし、またやがて消えていく。
キセア:
(目を覚まし、上体を起すと、少しうめいて苦しそうに両手を胸へやる)
何か変。この高鳴る鼓動は?
(両手は胸に当てたまま上半身を客席側へひねり、うっとりと)
もしかして恋?
(真顔に戻り)そんな訳ありませんネ、と……
(上半身を戻し、うつむき、ぐっと縮こまり)
とりあえず、システムチェックしてみます。(と目を伏せる)
(何度か深呼吸をした後、はっと顔をあげ、中空に視線を泳がせ)
わかりました。バッテリーの電圧が少し高すぎるみたいです。
(戸惑い気味に)ええっと……
下手よりアロア登場。
コードだらけの舞台を抜き足差し足、キセアに気付かれないように、舞台の所々に無造作に置かれた機材の影へ隠れながら、舞台手前を上手へ横切っていく。
これです。
(再びうつむき)
……ふぅ、もう大丈夫。
(もう一度深呼吸したあと、ゆっくりと顔をあげ、周りを見渡して)
OGPSによると、ここは『G12』らしいのですが、なんだか、OGPSがはっきりしませんね。
とにかく、親切な誰かが、バッテリーを交換してくださったらしいですが……
アロア:
(舞台中央の段を上手側から昇り、診察台の奥を下手にまわって、キセアの前に屈み込み、元気よく)
よ!
キセア:
(驚いて)アロアさん!?
(うなずくアロアを見ながら)
やっぱり! 連盟少女選考会で落選なさったアロアさんですよね。よかったぁ……
アロア:
(にわかに顔色を曇らせて)何がヨカッタ、よ失礼ね!
(興奮気味に、呆然とするキセアに背を向け下手側へ大股で歩きながら)
何気にムカツクこと言うわね、あなた! もう、たすけるのやめる!
キセア:
(泣きそうになり、アロアを追うように診察台から腰を浮かせ)
ええぇ、ゴメンナサイ。気に障ったこと言ったなら謝りマすぅ。
アロア:
(ピタリと足を止め、深呼吸して、踵を返し)まぁいいわ。機械に怒ってもしかたないし。
キセア:
えエぇ、それって、結構キズつくんですよ……(と再び診察台に腰をゆっくりと落とす)
アロア:
(愉快そうにキセアに近づく)お互い様よ!
キセア、愛想笑いを顔に浮かべる。
それより具合はどう? もう大丈夫?
キセア:
(真顔で)ありがとうございます。もう、基本的にはよくなって……
(眉を寄せ)て、私、一体どうしてしまったんでしょう? 確か、連盟本部に呼ばれて……
それとここは、『G12』ですよね、アロアさんもいますし?
(肘掛けに手を置き、キョロキョロと辺りを見回す)
(窓の外にある月の大きさに気付き)
宇宙船か何かの中ですか?
アロア:
(診察台の奥を上手側へまわりながら)
まぁ、だいたいそんなようなところね。連盟本部でどうのこうのってのは、私は知らないけど。
キセアはアロアを絶えず見つめている。首をひねり、上半身をひねり、アロアの動きを追う。
アロアが背もたれの後ろに達すると、キセアは姿勢を変え、客席側に上半身をねじる。
(しゃがみこみ、診察台の背をあげながら)
気が付いたら、あなたがこの船に紛れ込んでて、しかも壊れ…
…いや、気を失ってた?
(背もたれはほぼ直角に、上がりきったが、そのまま立ち上がらず、そこに身を隠すように)
そう、気を失ってたのよ。
キセア:
アロアさん、お気遣いは嬉しいですが、別に無理しなくて良いですよ。(と苦笑する)
アロア:
(同じく苦笑して、立ち上がり)そう? ゴメンね。(と診察台の手前を下手にまわる)
それで、それからは……(客席側に向かい腕を組んで考え込む。間。)
『アダムの心臓』に交換されたの。
キセア:
アダムの心臓?
アロア:
(キセアに向き直り)
そう……とはいっても、ここはまだ最初のアダムが完成する何年も前の世界なんだけど……
(大きく腕を前後に振り、勢いをつけて一番近くにあった四角い機材の上に飛び移りる)
(クネクネとバランスをとりながら、驚き、心配そうに見るキセアに笑顔で応え)
永久機関はもう存在していてね。私たちにすればもう、完全に魔法の領域なんだけど。
あなたに搭載されたのは、この……
(フラフラとしたまま、左手を握り、キセアに向けて伸ばす)
握り拳大の、ほんの小さなもので、アダムのに比べたら、ホント、何億分の一にも充たない出力だけど、あなたを稼働するには充分──
バランスを崩し、機材の上からその陰に落ち、ドスンと尻もちをついたアロアが甲高い悲鳴をあげる。
キセア:
(慌てて診察台から降り)アロアさん! 大丈夫ですか!?(とアロアに駆け寄ろうとする)
アロア:
いててて。(機材に右手をつき、左手でダブダブの服の上から尻をさすりながら起き上がる)
(下手側から診察台のある段を降り駆け寄った心配そうなキセアを機材についていた手を挙げて制し)
あァ、だいじょうぶ、大丈夫。(と苦笑する)
キセア:
(失笑し)もう、気を付けてくださいよ、(アロアの肩を担ぐ)アリスさんじゃあるまいし。
アロア:
(キセアの降りてきたのを二人で辿りながら)今頃、きっと、クシャミしてるわね
お互いに顔を合わせ笑うが、つとキセアは表情を曇らせ、うつむく。
どうしたの? あ、アリスさんたちのことが心配なのね。
キセアが顔をあげ、小さくうなずく。
じゃ、そろそろお別れね。
キセア:
(不安そうにうつむいて)それなんですけど……確かに私の電力は充分なんですけど……
システムにアクセスできないですし……
アロア:
(診察台に辿り着き、そこへ慎重に腰掛けながら)電源以外にも機能障害があるのね。
キセア:
(うつむいたまま)そうみたいです。
アロア:
とりあえずはさ、私がリンクで飛ばしてあげる。ホントはここにはリンクとかないんだけど……
ちゃんとキセアアンテナに飛べるかどうかは……ま、何とかなると思う。
キセア:
(まだ少し不安そうに)ありがとうございます。でも、大丈夫なんですか?
アロア:
大丈夫。このあいだ、チャーリーとガニメデに行った時、すごいの見つけてきたから。
(そう言って舞台奥の窓を指さす)
窓の外を、大きな三日月をバックに、頭の縦に長いライオンが上手より、宙を駆けてくる。
客席側へ向きを変え近づくと、その長い顔は豊満な女神の半身像であると判る。
キセア:
スフィンクス?
アロア:
みたいでしょ。氷の下に埋まっていたのを見つけたの。
なんか、力が有り余ってるって感じで、色々と使えるみたいだから、きっとうまくいくわよ。
キセア:
へぇ……。(改まって)本当に色々とありがとうございます。
アロア:
いいのよ、あなたは嫌いじゃないから。
キセアは、不思議そうに首を傾げる。
あなたがフェリオだったら、あっさり見捨てちゃうモンね。(と、せせら笑う)
キセアは怪訝そうにたたずんでいる。
(少しして、落ち着くと)
ここから飛ばすのは初めてだし、どうなるかわかんないけど。
ま、多分大丈夫だと思うから。じゃ、元気でね。
キセア:
ええぇ〜、そんなぁ〜、多分って!
獅子の咆哮と共に、一瞬だけ、全ての照明を瞬かせた後、舞台は暗闇になる。
キセアは舞台装置でパッと床の中に消える。
アロア:
(暗がりの中、声だけで不安そうに)うまく飛んだかしら?
場面:『G12』五万年前。謎の研究室。──幕──