「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第18回更新分
目を覚ますと硬いベッドに横たわっていて、独房のような薄汚い部屋の中にいた。
「何度目だよ・・・」
自分では名を持たない男は、壁の向こうの気配を探りながら身を起こす。体には何も纏っていない。
ほんの少し、違和感があった。千切れ飛んでいたはずの右手足があったのだ。
「・・・本当に、何度目・・・だ・・・・・・何度目?」
その自問をした時、違和感がわずかに和らいだことに違和感を覚えた。しかしそれは彼にとってはただ『どうでもいいこと』でしかなく、たとえここで深く考えようとも答えの得られるものではない以上、それは本当に無意味なことだった。
ザザッ、という微かな雑音。ベッドの頭の方にあった小さなディスプレーに光が点る。
「起きた?」
眼鏡をかけた金髪の女性の映像が正面を向いたまま話しかける。その通信、映像は双方向ではないようだ。
「お前は?」
「動けるならこっち来なさい。まとめて話すから」
映像が切れる。説明不足な状況だが、男は何を悩むこともなく部屋を出た。
暗い廊下が続いていた。ぺたぺたとやや情けない音を立てながら廊下を歩いていく。同じような部屋のドアが一定間隔おきにいくつもあったが、先の方にひとつ、ランプの灯っているドアがあったので迷うことなくそれに向かった。
ドアを開け、その部屋に入る。アルミ色の簡素なカウンターデスク、そして簡素な椅子。その椅子に先ほどの女性が脚を組んで座っていた。
「俺は」
「まず言っておく事があるの」
その女性は強い口調で男の言葉を遮った。
「あなたは、ここへ来た代償を払わなければならない。ここにいる代償を払わなければならない。そして、ここから去る代償を払わなければならない。いいかしら?」
「何を言っているんだお前は」
「ああそう、私はセレナ。あなた、お名前は?」
セレナは男の反応にはまるで構うことなく続ける。男は、通常なら苛立ちに身を震わせているところだったが、何故か自分でも不思議に思うほど落ち着いており、この女の話し方に合わせてやろうという気になっていた。
「どうとでも呼べ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・リース・・・ベルベド」
捨てたはずの名前。それがなぜか、スムースに脳裏から蘇った。
セレナは一度だけ、数秒ほどリース―――スライダーの顔を眺めるとデスクへと向き直る。ペン型の入力装置でデスクを突つくと画面が表示され、キーボードで何か作業を始めた。スライダーは無言で、全裸で突っ立ったままである。
そのまま五分ほど経った。
「おい」
「何?」
キーボードを操作する手を止める。
「状況を説明しろ」
「友人に頼まれたから、あんたと、あんたのガンダムを直しているの。以上」
そう言うと再び作業に手を戻す。
「金など無い」
「心配しなくても他からいただくわ」
そして、また沈黙が続く。一度まわりを見渡して、自分の行動目的となる物がほかに無いことを確認すると、スライダーはその部屋を出た。
角を曲がると外の光が見えた。
しばらく彷徨っているうちに、ここがかなり大きな建物の中だということは把握できた。外に出ると、そこは非常用通路らしき細いベランダだった。目下には深い緑の森林が広がっている。見上げると、遠目だがそこにも緑色が広がっている。
「コロニーか」
明るい光の下で、右腕が若干自分の肌の色と違うことに気付く。
木々を眺める。焦点を定めずにただそうしていると、頭には何も浮かんでこない。自分の空虚を思い知ってしまう。
ああ、そうだ、戦場が無い。戦場が足りない。
「・・・・・・」
緑に飽きて建物の中へと引き返す。
明るさに慣れた目に、通路の奥の方で角を曲がってゆく小さな影が見えた。スライダーはそれを追ってみることにする。すると、横合いに動くものの気配を感じた。機械とも生物とも見分けのつかないような、サルのような形をしたものがこちらに向かって跳ねてきたのだ。
そのサルもどきはスライダーの目の前で停まる。畳まれた白い作業着のような服を背負っていた。
「馬鹿馬鹿しい」
その服をつまみ上げる。サルもどきは通路の曲がり角のところまで跳ねて行って、そこでまた停止した。
ドアがノックされる。セレナは招待した覚えのないその客を無言で迎え入れた。
「彼を返してほしいな。今はまだ僕の手駒だから」
黒のスーツにやや着られている印象のある少年は、折り目正しく挨拶した後にそう切り出した。セレナは椅子に座ったまま、少年に対し斜めに構えて、目だけを真っ直ぐ見据えた。
「あの胡桃割り人形、まさか迎えにわざわざ出て来るほどお気に入りなの?」
「まあね」
「そう。じゃあ・・・・・・交換条件」
楽しげに口の端を上げ、そして眼鏡の奥の瞳を細める。少年もそれに倣うように微笑む。
***
月都市の最下層に、アンチナンバーズの隠れ家は隔壁の構造をわずかにずらして、他の人間には覚られないようにひっそりと存在していた。ナンバーズに対抗するために必死になってかき集めた戦力も、こんなひっそりとしたスペースに収まってしまうほど微々たるものだったのである。
その大部分を陣取っているExe基幹システムの前で、二人は神妙な面持ちで会話していた。
「『概念』でもって出ていった者たちからも連絡が途絶えている。我々も、もはや持たんのかもしれない」
小柄な老人、アリアーは念仏でも呟くように言った。それを聞くゼカリアは更に表情を曇らせる。自分のミスのこともあり、何も言い返せないでいた。
「それで、本題だが・・・・・・」
老人は言葉を詰まらせる。
「?・・・なんです?」
「・・・いや。時空の波が不安定になってきている、らしい。Exeによってソウェイルを別世界に渡せるのはあと一度・・・・・・それも今日明日のうちかもしれないのだ」
途中で咽てしまうのではないかというほど歯切れの悪い口調で、その事実は発せられた。
「それは本当・・・」
『それは良いことを聞いた』
突然、大音量で響いてきたその声は外からのものだ。そしてその直後に、隠れ家の壁の一面が崩れ落ちる。
粉塵と衝撃に慄きながらもゼカリアはその先を睨んだ。そこから覗いていたのは、間違いなく自分の愛機ソウェイルであった。
「そんな!? 誰です!!?」
『脱落者は始末するのが常であるが、我の温情だ。この世界でゆっくりと朽ち果てよ』
「あっ・・・ナンバー1」
ソウェイルが浮き上がる。その衝撃波が伝ってゼカリアは視界を奪われる。
「なんとっ、Exeが勝手に」
後方でアリアーが叫んだようだ。
吐き気を催させるような振動と音が響き渡る。ゼカリアも何事か叫んだのだが、自分でも何を叫んだのか分からないほどの不可聴領域の音量に飲み込まれ、平衡感覚が麻痺していた。
しかしその狭められた意識の中で、ゼカリアは確かに見ていた。
『ナンバー24であった者よ。貴殿は確実に、潰しておく』
ソウェイルの腕が伸びて来て、すぐ横を掠め、後ろにいたものを握り潰す様子を。聴こえないはずの耳で、確かに聴いた。そのなにか嫌な音を。
***
コロニーの気象管理システムが降らせる人工雨の音が、部屋の中をより一層静寂にしていた。
その静寂に調和するように、落ち着いた口調で少年は話を続ける。話し始めて数分しか経っていないのだが、その内容は一生を以ってしても足りないはずの事実の凝縮であり、それを聞く者に悠久の時間を錯覚させるものであった。
「・・・それで、二度目の僕は自らに対抗した。老人の役というのはなかなか難しかったよ」
「なぜそんな事をしたの?」
それまでただ話を聞いているだけだったセレナが口をはさむ。
「それは・・・」
顔をわずかに伏せて、少年は押し黙ってしまった。それは悪戯を咎められて、あるはずのない理由を必死に探す子供の様子に似ていた。
「それにしても、あの『生け簀』で育てた部下だけで充分すぎる気もするけどねぇ」
沈黙の時間が訪れる前に、セレナは少年の答えを待つつもりもなく話題を変えた。
「あれは一度目の僕のものだよ。今ではもう、勝手に動いているだけさ」
途端に少年は饒舌を取り戻し、話し出す。
「そして今は三度目の僕さ。僕は、都合よく書き換えられる未来に、飽きた。だから彼女たちにとってはこれからが本番だよ。そのために・・・今の僕にも少し手数が必要なんだ」
「ふぅん、それだけ聞ければもう充分よ」
セレナは椅子から立ち上がって、初めて真っ直ぐ少年の方を向いた。
「でもまだ。私には果たす約束があるから、彼をすぐに返すわけにはいかないの」
「返していただければそれでいいです」
少年は、来た時と同じく礼儀正しくお辞儀して、ドアから退室した。
スライダーはサルもどきに連れられて、モビルスーツ2,3体が収容できるほどの広さがある整備ドックに出た。一見すると何も無かったが、手摺りのところまで来て下を覗くと、そこに自分の乗っていた機体が横たわっているのが見えた。機体にはそれぞれ微妙に色の違うサルもどきが数十匹張り付いていて、修理を行っているようだった。
後ろに人の気配を感じて振り返る。
「派手にやられて・・・というか、ほぼ消滅寸前ってとこだったのよ」
セレナはスライダーの横に並んで、同じようにその機体を見下ろす。
「そんなものが直るはずがないだろう」
「そうしてもよかったけどね。ちょっと面倒だったからメインモジュール以外、中身は別物」
「・・・・・・」
「・・・?」
一度、視線のやりとりがある。
「いや、世界がここまでふざけていれば、マトモにでもなるものか」
男は言ってしまってから自らのその言葉に戸惑った。なぜ問われてもいないことを口走ったのか。
「案外、能天気ね。あなたには、今の自分にちゃんと手足が付いているように見えるの」
セレナはスライダーの方は見ずに言う。間抜けに思いながらも、スライダーは改めて自分の手をまじまじと見直した。
「本来なら」
口調は変えず、しかし若干の感情がこもった様子でセレナは話す。
「本来なら世界の絶対量は決まっているもの。行き来するなんてことも問題外。あなたはその意味を充分に理解して、自分のことをよく考えなさい」
体にうまく力が入らない。いや、それ以前にすべての操作機器の反応が重過ぎる。
「くそがっ!何だこの機体は。幼児玩具の方がまだマシだ」
濃紺であった『概念』は、たまたまあったモビルスーツ『ガードラスト』のパーツによって新生した。しかし運動性能の多くがガードラストに依拠しており、その特徴である、空を漂う風船を従えるような整然性のない操作にスライダーは苦心していた。
『概念』と『Exe』はふたつで1セットのもの。Exeを失っている今は、『概念』のシステムは生かされずただのモビルスーツとしての性能しか発揮されない。しかしマシンスペック自体は上がっているのだ。結局のところは兵器でしかない『概念』、単に意思の流れを受け付けなくなったからといって、兵器そのものとしての威力が変わることなどない。
訓練用のドローンがスライダーを嘲笑うかのように飛び交う。
「聞いたほど根性無いわね」
「黙れ」
軽く、腕を振ってライフルの照準を合わせようとする。その動作だけで機体は激しく左右に振り回される。
この世界においては、彼がこの機体を乗りこなせるようになるには、もうしばらく時間が掛かりそうである。