「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第20回更新分
「……セクター109に急行せよ!」
ヒステリックな、悲鳴にも似たオペレーターのアナウンスが館内にくまなく響き渡る。
「繰り返す! セクター109南館連絡通路において負傷兵多数。医療チーム各位は現場に急行せよ!」
どん、と机の天板に握り拳を振り下ろし「チクショー!!」と絶叫するフィリス。
「なんなのよ、このざまは! なんでこうなるのよ!」
フィリスの指示によって、包囲網は確実に逃亡者を追い詰め、ついにセクター109南館連絡通路で挟撃にする、大詰めを迎えるはずだった。
が、その現場は、包囲網を形成する追跡班の重体四、重傷九、軽傷三の大惨事に取って代わられていた。
発砲許可を得ていた兵士達は、狭い通路で、誤って同士討ちしたのだという。
これらの報告の中には、実際に現場で逃亡者を発見したともあったが、確保、もしくは射殺したというものはなかった。
「仕方ありませんよ、兵員たちは皆、にわか仕込みの素人同然の者ばかりなんですから」
ボソリと愚痴をこぼすウィンストンを、フィリスは横目にギロリと睨みつけたが、彼は既に彼女の視線から逃れようと書棚に向かい、緊急時のマニュアルでも何でもいいから何かないかとファイル群の背に指を走らせていた。
フィリスは、怒りに任せて机をひっくり返そうと試みたが、彼女の腕力ではガタガタいわせることしか出来なかった。
更に高まる怒りは、はけ口を求めて手当たり次第に引き出しを引き放ち、中身を辺りにぶちまけるという行為に至った。
そこで一丁のありきたなオートマチックの拳銃を見つけるや、すぐさま手に取り、慣れた手付きでマガジンを確認し、安全装置を外して初弾を装填しながら、大股に部屋を横断した。
「どちらへ?」
彼女を、肩越しに目で追いながらウッソリとウィンストンが尋ねた。
それには、まるで耳にしていない様子で、フィリスはヅカヅカと部屋を飛び出していった。
*
薄暗い独房で、エプシロンは外の騒ぎに胸を躍らせていた。
ドアの鉄格子越しに、彼の面倒をズットミテいた係官を、つかまえて事情を聞き出そうとしたが、係官はエプシロンの独房の施錠を再確認だけし終えると、吹き出す汗を飛び散らせながら、エプシロンが突き出した腕を楽々かいくぐり、そそくさと立ち去ってしまった。
敢えなくエプシロンは何の情報も得ないまま独り取り残される格好になった。
独房内で彼は、そわそわと落ちつきなく右往左往を繰り返していた。
そんな自分に気付き「なんだよ、まるでこれじゃ、俺は、動物園の檻の中のクマじゃねぇか」
とつぶやいた刹那、遠くで銃撃戦の音が、まるで迫力のない乾いた音の協奏曲が二三秒鳴り響いた。
「おいおい、どうしたんだぁ? ちくしょう」
頬をドアの鉄格子に押しつけ、必死で外の様子をうかがおうとしながら独りつぶやいた。
「大丈夫かよ、ダンセちゃんはよぉ? まったく無茶してくれるぜ」
ガンガンとドアを叩き、蹴り、体当たりをした。ガタガタと鉄格子を揺さぶりもした。
だがやはりビクともしない。
エプシロンは途方に暮れ、ドアを背にしゃがみ込み、頭を抱えた。
「まったく、やってくれるぜ、畜生!!」
髪をかきむしり、叫んでみるが、外に人の気配はない。
「あのクソどチビのむっつり女めぇ!!」
「それはワタクシのことでして?」
突然の、ふてくされたような声に、エプシロンは息を呑み、文字通り跳上がって退き、ドアを睨む。
「は?」と間抜けな声をもらし、それに後悔しながら、そろそろとドアに近づき、鉄格子から外を覗きこむと、ドアの向こうに少女はいた。
トゥイレッティ・ダンセ。
彼女は、引きちぎられた袖からほつれにほつれた、まるで旧石器時代のモードを彷彿とさせる血まみれのボロをまとい、自身が半裸であることを恥ずかしがるでもなく、悠然と仏頂面をエプシロンに向けていた。
仏頂面ではあるが、その目は睨むでもなく、怒りに燃えていた。
「このまま、あなた抜きでゲームを続行しましても、ワタクシはいっこうに構いませんでよ」
と言い放ち、プイとそっぽをむいて歩み始めた。
「オイ、ちょっと待てよ! 計画をお釈迦にするつもりかよ?!」
ダンセは振り返りもせず、
「ご自身の身はご自身で、というのがあなた方の流儀ではございませんでしたかしら?」
と意地悪に応え、歩き続けた。
言葉にならない絶叫を、詛いの雄叫びを背に、ダンセは通路を進み、エプシロンの死角に入ると、姿勢を低く構え、脱兎の如く駆けだした。
そもそも、彼を助けている余裕は彼女にはなかった。
まさか、ここの司令官と思しきウィンストンとかいう老人が、こうまで的確に包囲網を張る才覚を有しているとは思ってもいなかったからだ。
ここの武装集団が、まだしも精鋭部隊ならば戦いようもあり、先の挟撃の場面ですでに何とか脱出を果たしていたかもしれなかったが、同士討ちをも厭わないデタラメな攻撃に、奇襲を狙っていたはずの彼女が逆に奇襲されたような形となり、危ういところを何とか切り抜けたばかりなのだ。
(こうなったら……アレをやるしかありませんことよ)
唇をかみしめ、彼女は自身に言い聞かせるように、心でつぶやいた。
彼女がやって来た……
否、戻ってきたのは、彼女のいた独房。
その床には未だに死体が横たわっていた。
ダンセは、彼女の期待通りそこに残っていた、糸の切れたマリオネットのようにグニャリとくずおれた遺体に向かって、これもワタクシの日頃の行いの賜物ですわね、とほくそ笑む。
ここへ戻るまで、辺りに人の気配はなかったが彼女は警戒を怠らず、まるで、エサを見つけた野生動物のように、ゆっくりと用心深く、死体へと近づき、その肩の辺りにひざまずいた。
それから、グラマラスな女性に男性がするように、死体となった女の身体を見定めた。
(レーンとか仰いましたっけ、こうしてよく見ると、なかなか悪くありませんわ)
*
「おい、ホントに行っちまったのか?」
エプシロンの問いかけは、虚しく通路に薄れて消えるだけだった。
彼は、奥歯を砕かんとばかりに、ひとしきり音もなく唸り、鋼鉄の扉を拳骨で殴りつけた後、その拳の傷みをもって、冷静さを取り戻そうとするかのように、沈黙した。
ドアの鉄格子から漏れる明りのなか、ゆっくりと独房の中を見渡す。
床に足を固定された、スプリングのへたれたベッド。
今は窓ガラスの代わりに鉄板がはめ殺しになっている、以前は普通の部屋だったことを物語る大きな窓。
それ以外には、彼自身だけ。
大きく深く、溜息に似た深呼吸を何度もくりかえしながら、彼はベッドへと向かう。
「なにが、ご自分のことはご自分でございますですよ、だとんなろ馬鹿野郎!!」
ギシギシとスプリングを軋ませながら、ベッドが震えた。
エプシロンは、力任せにベッドを床から引き剥がそうと、体が悲鳴をあげるのも構わず、がむしゃらに、ウェイトリフティングさながらのポーズで気張った。
絶対に誰にも見られたくない、生き残る為とはいえ、足を床に固定されたベッドを相手に重量挙げしている姿など。
しかし、他に選択肢が思い浮かばなかった。
「ち・く・しょ〜」
手足がつりそうになる刹那、ベリベリと床材が裂け、ベッドの四本脚のうち二本が浮いた。
次にエプシロンは、そこへ尻から潜り込み、背で押すようにベッドを持ち上げはじめた。
残りの脚二本は比較的簡単に床から剥がせた。
ガシャンと音をたて、ベッドを床に卸し、しばらくのあいだエプシロンは肩で呼吸した。
息が切れるのを無理矢理抑えつつ、彼はドアの鉄格子越しに人の気配を探ったが、エプシロンの起す騒ぎには誰も駆けつけて来そうになかった。
深呼吸を再開し、エプシロンはドアと窓を見比べた。
彼はこの鋼鉄製のドアが、錠も蝶番も強固に設えられていることを、これまでに悟っていた。
残るは窓。ベッドの最小断面が易々と通る大きな窓。
鋼鉄の厚板をはめ殺しにしてはいるが、そのサッシはアルミのごくありふれた普通の一般的な製品だった。
エプシロンはベッドを担いで背負い、鋼鉄の窓を突くようにベッドを投げつけた。
二度、三度……鉄同士がぶつかり合い、激しい音を、そして時に火花を散らしながら、ようやく六度目にして、サッシは鉄板ごと窓枠から外れた。
外れたサッシと鉄板は窓枠から離れ、外へ落下するかと思いきや、そうとはならず、そこに止まった。
何かにつかえているのだ。
外れた鉄板と窓枠の隙間からの日差しに目を細めつつ調べると、鉄板の窓の外にも鉄格子が設置されていた。
彼は、再び窓が枠にはまってしまわないよう慎重に鉄の窓を室内に引き込んだ。
薄暗かった部屋は突然溢れ出した光で狭くなった気がしたが、そんなことに長く感傷することなく、エプシロンは次の行動に移った。
まるで除夜の鐘でも突くかのように、外した鉄板で窓の外の格子を何度も何度も打ち据えた。
生じる騒音は益々増すばかりで、普通に考えれば脱走をするという行為にそぐわなかった。
焦りと運動とで、汗が彼の全身を覆い、まとわりつく囚人服が疲労を促す中、先刻のベッドで窓を叩いていた時に比べれば、今回はその一打一打にかなりの手応えを彼は感じた。
打ち込むこと十数回、明るい兆しが見え始めた。
ビルの外側を覆うタイルがパラパラと剥がれ落ち始めたのだ。
そしてついに、鉄格子は壁から剥がされて落ちた。勢い余った鉄板も道連れにしての落下だった。
窓から改めて見おろすと、エプシロンの部屋は四階にあり、地上からはMSの腹にあるコクピットほどの高さだった。
部屋の下は駐車スペースになっているらしく、何台ものエレカが整然と並べられていた。
うまくエレカの天井に落ちれば、それが緩衝材の役を少しはしてくれるだろうが、無事に済むような高さではなかった。
疲労と高さとで目眩が起きそうになるが、彼は休まず黙々と仕事を続けた。
後ろ脚二本を窓枠に掛けてベッドを窓の外へぶら下げると、彼はそれを伝って降りはじめた。
ベッドの先端からぶら下がり、裸足の両足をビルの壁に着けると、エプシロンはそこで踏みしばり、ベッドを揺すって窓枠に掛けた脚をはずした。
落下しながら彼は、腕でベッドを引き寄せ、アクロバティックな身のこなしで、空中を踊るように自身とベッドの姿勢を制御し、空飛ぶ絨毯よろしくの姿勢で落下を続け、ベッドの上で身をまるめ、落下の衝撃に備えた。と、あっという間の出来事だった。
落下点はエレカの真上とはいかなかった。
ベッドの三分のニがエレカの天井から外れたせいで、その天面が斜めとなり、エプシロンは落着と同時にそこから転がり落ち、いやというほどアスファルトを転がさせられた。
だがそれがかえってエネルギーを分散させる働きとなったのは怪我の功名だったのだが、いざ立ち上がると、左の足首がいうことを利かなくなっていた。
痛みは忍耐可能なものだったが、思うように歩くことが出来ない。
「畜生!」
つぶやくごとに幸運が訪れると盲信するかのようにブツブツと繰り返しながら、彼はエレカの列ぶ方へ這った。
途中、彼より先に落ちてきていた鉄格子を拾い、それを杖代わりにして立ち上がった時、遠くで銃声が鳴り響いた。
エプシロンは反射的に辺りを見回したが、彼の居る場所は人の気配もなく安全そうだった。
数秒に及ぶ掃射音がまばらになり、ついに止んだ。
エプシロンは、ひしゃげた鉄格子の杖をして一番近かった黄色い二人乗りのエレカに近寄り、無事な右足を軸に、手にした得物を振り回し遠心力と共に、その左窓に叩きつけた。
ガラスの砕ける音と同時に、再び銃声が単発で二回鳴り響いた。
「とりあえず、銃声が続いてるってことは、ダンセちゃんはまだ生きてるってことだよな」
エプシロンは割った窓に手を差しロックを解除して乗込み、まるでアクション映画のように手際よく、キー無しでモーターを起動させた。
彼は車窓からビルを振り返り、改めて自身が落下した高さを確認すると、軽く苦笛をならし、ニヤリと笑った。
「さて、自分の事は自分で片付けな、てな。ダンセちゃんお先に失礼するぜ!」
運転席側の窓が閉められない事を除けば、エレカは静かに快適に始動した。
快調に飛ばすエレカの、アクセルペダルを踏む裸足の感触も、何かしらの達成感に満ちた今、彼には心地よかった。
*
セクター006
追い詰められた獣のように猛進するダンセを、フィリスの率いる班が、見事に仕留めたのがセクター006だった。
十二挺のアサルトライフルの斉射の中であってなお進行を止めない少女に、隊員達は恐怖した。
フィリスでさえ鳥肌を立てたほどのダンセの吶喊は、弾倉を撃ち尽くす寸前に止まったが、それでも少女は倒れなかった。
全ての弾丸が撃ち尽くされたが、畏怖した隊員達は再装填すら忘れてただすくみ上がっていた。
誰かがつぶやく。「ライカンスロープ」
ダンセの姿はまさに<獣人>を思わせずにいられなかった。
剥き出しの犬歯、同年代の、否、人間のそれとは思えないほどたくましい四肢。
フィリスも資料で知っていたのだが、ダンセは見た目は柔な少女であったはずだ。
報告にあった、囚人服の袖を引きちぎって自殺を偽装したというのは、何かの間違いではと疑念も抱いていたが、ここにきてそれは、甚だ当たり前のように思えてならなかった。
ただ、こんな無茶はいくらなんでもやりすぎだ、と心でぼやいた。
全身を覆う血と銃創が、ダンセをより怪物じみてみせていた。
フィリスの指示で、遺体を回収しようと隊員が二名、仁王立ちのダンセだったものに近づいた矢先、全身を赤黒く染めた不格好なまでにマッチョな少女の死体が、動いた。
目にも留らぬ早さで隊員を薙ぎ払う、後の死んだで二人の隊員は即死だったとされる。
隊員が皆、慌てて引き金を引くも、再装填されていない銃は火を噴かなかった。
唯一、フィリスのハンドガンだけが、正確にダンセの眉間に初弾をたたき込んだ。
続けざまにもう一発、フィリスは正確に、ダンセの眉間に次弾をたたき込む。
ダンセは後頭部を爆ぜ、ついに倒れた。
フィリスはゴクリと唾を呑むも、それ以外の動揺をひた隠しにして、隊員達に発破を掛け次々と指示を撒いた。
*
ダンセのいた独房にレーンが倒れていると報告を受けたウィンストンは、数名の部下を伴いレーンの安否を確認しに来ていた。
独房の床に倒れたレーンを見た瞬間、ウィンストンをはじめ、クオンたちの心臓は凍りついた。
ウィンストンは呆然とする頭で、恐る恐る彼女に近づき、顔の辺りにヒザをついた。
脈を診ようと指を伸ばした時、彼女が小さな呻きをあげた。
その場にいた全員が、固唾を呑んで見守る中、ゆっくりと彼女は目を覚ました。
「ゆっくり……ゆっくりでいい。大丈夫か、レーン?」
レーンは、再び呻き肩を揉む仕草をし「首がちょと、痛いだけですわ」と応えた。
一斉に吐き出される溜息のあと、場は歓声に包まれた。
皆が皆、互いに握手したり抱き合ったりして、レーンの無事を喜んだ。
感極まった同僚達にエスコートされながら、念の為にと医務室へ向かう途中、レーンは、誰にも気付かれないようにさりげなく、何度かウィンストンを見た。
「何事もなければ、口頭ですぐに報告を受けたいから執務室まできてくれ。勿論、充分に休息してからで構わない」
皆を促して医務室を後にする時、ウィンストンがそう言った。
それにレーンは震えるように小さく何度かうなずき返すだけだった。
医務室に残されたレーンは、ベッドの中で、誰にも見咎められることなく、えづくように声をかみ殺して笑った。
しばらくして、レーンは上体を起し、自身の乳房を両手ですくい上げ、揺すってはニンマリと微笑むのだった。
「これこれ、これですわ。やっぱり女はこうでなくてはいけませんことよ」
思春期の乙女がいきなり手に入れた豊満な胸に悦ぶといった風なこの姿は誰にも見られはしなかった。
が、
彼女の言葉遣いの変化には、やがて皆が気付くところとなった。