「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第21回更新分


 連盟本部の没落後、世界は徐々に変化していった。それは実にゆっくりとした変化であったために、人々は気付くことも、対抗措置を取ることも大きく後手にしてしまい、後悔する暇も後回しの日々が始まったのだった。
 すでに地上は、正体不明の数機のモビルスーツによって総ての反抗的な動きを押し殺され、人員を数字で呼び合う奇怪な集団によって監視されていた。ナンバーズと仮称された彼らは世界を支配するでも、管理するでもなくただ監視しているだけのように振る舞っていた。また世界各国も、実質的に連盟以外に被害をもたらしていない彼らについて、その危険性を認識しながらも対応を保留にしていた。


 月の地下に、密かに建設されたその基地は、名付けられることもなくただ『新連盟』と呼ばれた。かつての連盟を構成していた主要メンバーはほとんどいない。空間転移システムも無い。最下層に安置された2体の巨人……いや巨神のみが、再びここに集った者たちの心の拠り所であった。
 まとめ役には、経験者の序列でクオンとオーフェンの二人が就いた。これは仕方の無い選択でもあった。全面降伏という隙を突いて本部から脱出できた人数は全体の半分に満たない。その時間を稼いで動きの取れなかった幹部クラスの人間はほとんどがそこに留まったのだ。それでも実務面でオーフェン、号令役でクオンと分担することで不足な力量を補い合い、何とか指揮官として立ち回っている。そうして連盟本部を奪還できる機会を窺い、それができるだけの力を蓄えるために静かに潜伏しているのだった。


 モビルスーツ格納庫では、日々シミュレータによる戦闘訓練が行われている。そしてその日課の一部になりつつある喚き声が今日も響く。手近な機材が手当たり次第に投げつけられ、けたたましい音が立つ。
「ラーグロ、またお前か」
新規パイロットたちの訓練を指導していたクオンがすぐに駆け寄り、当り散らす男の腕を押さえる。
「うるせえ!! 毎日こんなお遊びばっかだ。実戦はやんねーのか、早く実戦はよ」
「そう言うなら一回でもそのお遊びで俺を捕らえてみろと、言っているだろう」
「聞き飽きたってんだよ」
「ああ俺もだよ」
しばらく揉みあった後、抵抗を止めたのをみて腕を離す。
「今日はこれで解散だ。全員、ゆっくり休め」
その言葉で、周りを取り囲んで傍観していたパイロットたちがぞろぞろと格納庫から退去してゆく。
 軍令を敷いていない現状で、この閉鎖的環境にある集団の統率は困難であった。連盟内でそういったことに長けた人物が何人かはいたが、今この場にはいない。もともと連盟にいた者たちはそれでも何とか従ってくれていたが、新たに集った者たちの手綱を引くのには骨が折れた。
「モビルスーツの調達、人員の調達、訓練、整備、訓練、整備。やってることは、以前とそんなに変わんないのにな」
クオンの、不意に漏れ出た愚痴ともつかない呟きを、後ろでレグナムのソール部を蹴り付けようとしていたラーグロは聴いていた。クオンが退出するのを見届けてから、思い切り蹴り付けた。


 クオンが工場区画に立ち寄ると、すでに先客が担当官と話し込んでいた。
「オーフェンよぉ、たまにはこっちにも顔出してくれよ。用兵だってお前のほうがずっと上手いんだ」
脱力したようにオーフェンの、自分より少し広い背に縋りつく。
「腐るなよ。お前が頑張ってくれて、助かってる」
オーフェンは疲れの見えるクオンを気遣い、きつく思わせない程度に突き放して席を立つ。
「新型は?」
「目途が立つまでもう一歩ってとこだと」
一段下がった工房の奥には、まだ装甲材の色が剥き出しの無骨なモビルスーツが棒立ちしている。その頭部は紛れもなくガンダムタイプの意匠で作られている。
「……敵のモビルスーツ奪ってさ、それを基にこうやって新型作ってるんだ。なんかすげえ、ガンダムしてる感じだよな」
ずっと見つめるクオンは、面白いというよりはやや無感情気味に言った。
新型のすぐ横には、ウルと呼ばれる敵方の機体がユニットごとに分解されて吊り下げられている。その光景は、まるで悪魔の儀式のようにも見える。細切れにされる悪魔の血肉で、新たな悪魔の命が芽吹こうとしている。
だが、それに伴なった人命の犠牲は多大であった。
「名前、付いたんだっけ」
「……ああ、“ウルスラ”だ」
「縁起悪いよな」
「まあな」


 基地内に警報が轟き、厳戒態勢が敷かれる。未だ敵側の動きは不気味なほど見られないが、それでも人の出入りには細心の注意が払われた。狭い港口を通って、小型のトランスポーターが降り立つ。衛兵数人とともにオーフェンがそれを出迎える。
「フィリスさん、よく戻ってくれました」
出てきたのはフィリス一人だけだ。フィリスはいつもの不機嫌そうな表情で、オーフェンの顔を見返す。
「どうか……?」
「……何でもないわ。ちょっと手土産が多いから、さっさと降ろして」
貨物ハッチを開け、2,3人で中にあった2メートル四方のコンテナのようなものを運び出した。彼女の指示のもと、それは医療センターまで運ばれた。
同行するエレベーターの中でオーフェンが訊く。
「これが言っていた切り札ですか?」
「それはついで。切り札は、こっち」
フィリスは答えると、持っていた小さなデータディスクのようなものを投げ渡す。
「まあ、ちょっとした爆発物ね」
何気なく付け加えられた一言に、衛兵たちは動揺して体を強張らせた。オーフェンは、それは何かの比喩表現だろうと思って受け取る。フィリスは、この場ではまだそれについて説明しなかった。
 医療スタッフ、それに数名の技術者が集められ、コンテナが開かれる。入っていたのは鉄の、棺桶のような箱であった。技術者たちによってさらにそれの開封が試みられる。
 遅れて、今日の訓練指導を終えたクオンがやってくる。そのすぐ後に棺桶のふたは開かれた。
姿を現したのは、二人の、同じ顔をした少女だった。
「何だよ……これ」
その場を代表するようにクオンが率直な感想を漏らす。
「スキュル・エアとオロール・エア。連盟総主候補だった姉妹……なにかの役には立つかと思ってね」
「そんな、物みたいな言い方して」
フィリスの不遜な説明に対してやや感情的になるクオンだったが、連盟総主という言葉にフェリオを思い出して、二の句に詰まった。
「連盟総主というと、アリスやフェリオたちのような?」
言葉尻を継ぐようにオーフェンが問う。
「選考基準はまちまちだったらしいし、どんな能力があるのか、そもそも何か能力があるのか私にも分からないわ」
医療スタッフの動きがにわかに慌ただしくなる。
「……起きるみたいだな」
こんな時に、こんな時だから目覚めさせられるこの二人は、自分たちのことをどう思うのだろうか。この場にいた何人かは、その弁明を考えていた。


 それから、別段何が起こるということもなく、1年が過ぎようとしていた。地上でナンバーズの動きを見張る斥候からも、何ら重大な報告は無い。
 基地の一室では、秘密裏にあるシステムの構築が急がれていた。知らされているのはごく一部の元々連盟にいた者たちだけである。フィリスがもたらしたデータディスクの中身、それはアリエンス・リストのデータベースだった。奪われたWEB RINGシステムや正常な機能の失われたXEAに代わって、このアリエンス・リストを基に時空転移システムを新造しようというのである。
 しかしこの方法には問題があった。完全な世界の行き来を可能にするWEB RINGやXEAとは違い、もともと時空転移を主眼に考えられていないアリエンスでは接続そのものが出来ない世界と、そして世界としての成り立ちが根本的に違う場合が多く存在する。そのため、システムとして完成したところで安全に使える保障は無い(元の世界に帰ってこられる可能性が低い)のである。それでも、うまくいくならばこの上ない逆転の要素となる。リスクの高い賭けであった。
 薄暗いその部屋で、フィリスはひとり坦々とキーボードを叩いていた。誰にも、この基地の者にすら誰にも悟られないように、ひっそりと、未完成が約束されたアリエンス・システムにプログラムを書き加えていた。
「何も知らない人間は、動かし易いから困る」
彼女自身は、後ろめたい行為をしているとは思っていなかった。しかし、不愉快ではあった。その苛立ちが呟いた言葉だった。


 地上の斥候から連絡が途絶えるのは、これからさらに月日が経ってのことである。最後の報告は、『空が赤く染まった』という一文であった。そして以後、状況は急変する。