「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第22回更新分
迫り来るモビルスーツの光を見て、ラムダはアリスとリュウエをホテルの外へ連れ出した。これ以上後手に回るべきではない、と彼は言った。
ホテルを飛び出したラムダは近くに止めてあった車に乗り込み、アリスとリュウエを連れて基地方面へと走り出した。
「どこに向かうんだ!」
車を飛ばすラムダへ、リュウエが問う。かなりの猛スピードが出ていた。
「ヴィングを使う。恐らく、相手は『概念』だ」
ラムダが言う。後部座席でアリスは遠くから近付いてくる光に視線を向けていた。
単体での高速飛行能力を有したモビルスーツはこの世界では少ないようだ。ヴィングと、その技術を用いて開発した量産機がいくつかあるだけらしい。
たったそれだけの戦力でこの近辺の町を守り、政府軍の侵攻を防いでいる事を考えれば、ヴィングの力は大きい。
「ガラムマサラ……!」
サイドミラーで敵機を確認したリュウエの顔から血の気が引いた。ミュナの乗った飛行機を護衛していた、水牛のようなモビルスーツが迫ってくる。無論、アリス達を抹殺するために動いているとは限らない。
「どうしたの?」
一応、アリスは相手が概念となる可能性は考えているが、リュウエの動揺は明らかに異常だ。
「嫌な感じがする……! これは、危険だ!」
ニュータイプの直感か、相手の意思を受けてのリアクションなのか、判断できない。ただ、リュウエ自身はガラムマサラが敵だと確信しているようだった。
「あ、見て!」
「テイン……! 応戦する気か?」
アリスの言葉に視線を向けたリュウエが呟いた。テインというのが、量産機の名だった。
基地の方からいくつかの光が飛び出し、向かってくるガラムマサラの前に立ち塞がろうとする。建物の無い道路にゆっくりと着地し、量産機はライフルとシールドを構えたままガラムマサラを見上げた。
「何か言い合ってるのかな?」
ガラムマサラは町の上空で停止し、目の前に立ち塞がった量産機を見下しているようにも見えた。通信回線で何か話しているのだろう。
動きを止めている間に、車は基地の前まで来ていた。封鎖された道を強引に突っ切り、基地の敷地内へと侵入する。後輪を滑らせてドリフトしながら速度を落とし、格納庫前でラムダは車を止めた。
「あ、始まった」
どこか他人事のように、車から降りたアリスが呟いた。
見れば、ガラムマサラへと量産機が攻撃を始めている。だが、量産機の持つライフルの攻撃をガラムマサラは尽くかわしていく。
「親父さん、どうするつもりなんだ?」
「ヴィングを使い、ミュナを助ける。その後、アリスお嬢さんの迎えが来るまで敵を退け続ける」
リュウエの問いに、ラムダが答える。
「なぁ、もし、アリスが元の世界に戻ったとしたら、この世界は消えるんじゃないのか?」
リュウエの呟きに、アリスは目を丸くした。
この世界は連盟が存在した世界の延長線上にある、と言ったのはラムダだ。もし、アリスが元の時代に戻り、過去が書き換わったのならこの世界は消失してしまうのではないだろうか。そうなれば、ミュナやリュウエ、ラムダ自身も消えてしまうかもれない。リュウエ達がこの世界にあり続けたいのなら、アリスを帰すべきではないのではないか。それがリュウエの頭に浮かんだ疑問だったのだろう。
「言ったはずだぞ、リュウエ。この世界はパラレルな未来だ、と」
ラムダは告げる。
たとえ、過去の歴史が書き換わったとしても、この世界は消えない、と。未来の一つとして存在するこの世界はなくならない。ただ、目の前にいるアリスと、それに関わっていく人達の世界が変わっていくだけだ。既に一つの方向性として存在するこの世界に、連盟の存在する別の平行世界で違う時代に生きているアリスが飛ばされただけなのだ。
「じゃあ、ミュナもこの世界も消えないんだな?」
「……リュウエ、一つ聞いておく」
胸を撫で下ろすリュウエに、ラムダが真剣な表情で口を開いた。
「これより先、世界の全てが敵になる可能性がある。それでも、お前は――」
「ミュナが生きて行けるなら、人類全てが相手でも俺は戦うぜ」
ラムダの問いが終わらぬうちに、リュウエは言い切っていた。その瞳には闘志とは別の、確固たる意志があった。
「それ、無茶苦茶だと思うんだけど」
アリスが突っ込む。
人類全員を敵にしたら生きていけないだろう。
「こいつはそういう奴だ」
溜め息混じりに、ラムダがアリスの肩に手を置いた。
格納庫に入った時、ヴィングの他には量産機が三機残っているだけだった。他の機体は全て出撃したらしい。
「リュウエ! 大変な事になってるんだ!」
「解ってる! ヴィングは使えるか!」
「ティル・ヴィングへの改良も済んでる! 後はメンタルサーキットが動くかどうかだ!」
整備員と言葉を交わすリュウエを先頭に、アリスとラムダは格納庫の中を駆ける。
ヴィングは前に見た時と違っていた。両肩と腰部サイドアーマーに大型のスタビライザースラスタが増設され、腕部と脚部が一回り大きく改良されている。背部のスラスタの左右にはプロペラントタンクが備え付けられていた。
「よし、じゃあ、早速――」
「待て、リュウエ! ヴィングに乗るのはお前じゃない!」
「なんだって?」
ラムダの言葉にリュウエが目を見開いた。
「アリスお嬢さん、あなたが乗るんだ」
「え? 私?」
目をぱちくりさせるアリスに、ラムダが頷く。
「何言ってんだよ! あれは俺の――!」
「性能を出し切れないお前より、完全な適性を持つお嬢さんが乗る方がいい。奴らと戦った後、ミュナを助けるにはそれが一番だとは思わんか?」
「うっ……! わ、解った……」
ラムダがミュナの名を出した途端、リュウエは妥協していた。
ミュナを助けるためには、まずガラムマサラを退けなければならない。そのために、適性が高く性能を完全に引き出せる可能性があるアリスがティル・ヴィングに乗る方べきだ。もし、リュウエがヴィングで出撃して、前のようなエラーを起こして戦闘不能に陥ってはここで全てが終わってしまう。
言外にラムダが伝えようとした事を、リュウエはしっかりと感じ取っていた。
「私達もテインで出るぞ! いいなリュウエ!」
「ああ!」
ラムダとリュウエが頷く。
「さぁ、お嬢さん、早く!」
「あ、は、はい」
ラムダに促され、アリスは改良されたヴィングのコクピットへと駆け出す。
「ちょ、ちょっと困りますよ! 司令の許可もないのに」
「許可なんざ要らねぇよ! 司令は敵とつるんでたんだ!」
アリスの接近に慌てる整備員へ、リュウエが叫んだ。戸惑う整備員の横を、アリスはごめんなさいと一言謝って通り過ぎる。
ヴィングのコクピットに座り、システムを起動させる。モビルスーツとしてのシステムが正常に作動した事を確認した直後、通信が入った。回線が開き、リュウエとラムダの顔が映る。二人とも、量産機テインに乗り込んだようだ。
「アリス、ヴィングの操縦方法は判るか? シート裏の収納ケースにマニュアルが入ってるけど……」
「大丈夫! やってできない事はないよ!」
基本的なモビルスーツの操縦は連盟で訓練されている。この世界が連盟のあった世界の未来の一つであるなら、操縦方法に根本的な違いはないはずだ。アリスは操縦桿を握り締めた。
「……そんなんで戦闘のプロに勝てるのか?」
リュウエの不安そうに呟く。アリスはコンソールパネルを操作して武器を確認する。ビームライフル一つとビームサーベルが二つだけ、という簡素極まりない武装だった。
「もっと強力な兵器があってもいいと思うんだけどなぁ」
アリスがぼやく。やはり、この機体がオーバーテクノロジーであるが故のものなのだろう。この機体に見合った武器が開発できないのだと勝手に解釈し、アリスはコンソールに指を走らせる。
『設定パイロットと違います。メンタルサーキットの稼動のために搭乗者を設定し直して下さい』
音声メッセージが流れ、アリスは指示に従って搭乗者設定を変えた。コンソールパネルにシステムプロセスが表示され、メンタルサーキットが稼動する。瞬間、自分の身体が重くなったように感じた。
「こっちはオッケー、いつでも行けるよ!」
「うっしゃあ、じゃあ行くぞ!」
アリスの言葉に意気込んで、リュウエが機体を格納庫の外へと進ませる。ラムダ機が続き、最後にアリスがヴィングを歩ませた。
外に出た時、戦況にさほど変化はなかった。量産機テインは攻撃の手を止めており、ガラムマサラは相変わらず見下したかのように上空で動きを止めている。ただ、住人達はパニックに陥り、逃げ惑っていた。
「フィーヴル司令、これはどういう事ですかな?」
通信回線から、声が聞こえてきた。ガラムマサラのパイロットの声らしい。リュウエの話では、確か、ヒュメド・ポワソンだったか。
「約束と違う! まだ我々は何も得ていない!」
対応する声は基地の司令のようだ。
「それはあなた方が遅いだけでしょう。私達は忙しいのです」
「利用するだけ利用したら渡す約束だっただろう!」
あくまで丁寧に応じるヒュメドに対し、フィーヴルと呼ばれた司令は怒声にも近い大声を出している。
「だから状況が変わってきたのです。あなた方にはマイナスになるような事はないでしょう?」
「我々と貴様では事情が違う! 手の届く場所にプラスになる事があるなら、それを失うのはマイナスになるのと同じだ!」
「つまり、彼女の存在は私と手を切る事にも値すると?」
「そうは言っていない! もう少しだけ待ってくれと言っているんだ! 我々には技術が必要なのだ!」
司令は必死なようだった。
「……底が見えたな」
リュウエが小さく呟いた。
「リュウエ! 何故お前がテインに――!」
「悪いな、司令。あんたとは手を切らせてもらうよ」
溜め息混じりに、司令の言葉を遮ってリュウエが告げる。
「何だと! どういうつもりだ! 何故、奴がヴィングに――!」
「妹に手を出した事、後悔するんだな」
冷たく言い放つリュウエの言葉に、司令が息を呑んだ。静かな声だった。しかし、その声には抑え込まれた怒りを感じるには十分な程の冷たさがあった。
「行くぞ、アリス!」
「うん!」
リュウエの言葉に頷いて、アリスは操縦桿を倒す。その場から地面を蹴って跳躍するテインと違い、ヴィングは数歩助走を付けてから跳躍した。あっという間にリュウエのテインを追い越して、ヴィングはガラムマサラの前へと飛び出す。
「……ちっ。こっちでも予定が狂っているのか」
微かに焦ったようなヒュメドの呟きを、アリスは聞き逃さなかった。その言葉に、リンやフェリオが無事であるのだと確信する。
「しかし、手間が省けたのも事実か……」
ヒュメドの声に、アリスは殺気を感じた。
来る、と感じた瞬間にはガラムマサラが動いている。テインを寄せ付けない機動力で、ガラムマサラがヴィングへと向かってくる。長い腕が更に伸び、ヴィングへと振るわれた。
反射的に身を退いたヴィングの目の前をガラムマサラの腕が空振りする。もう一方の腕が横合いから振るわれた時、アリスはヴィングの高度を落としていた。腕が頭の上を空振るのを感じつつ、アリスはライフルをガラムマサラへ向ける。
「……追加パーツなど提供するべきではなかったか」
小さな呟きが聞こえる。
「何だろ、この感じ……」
胸の奥に妙な感覚があった。ヒュメドの意識がアリスに向けられてから、今までに感じた事のない違和感を抱いている。ただ、それが何なのか判らない。その感覚が、ヒュメドの言葉が聞こえる度に一瞬だけ強くなる。敵意や殺気とは少し違うようにも思えた。
奇妙な感覚に気を取られ、アリスは引き金を引くのを忘れた。
「食らえっ!」
ヴィングの後方からガラムマサラへとビームが放たれる。リュウエとラムダだ。
ガラムマサラはそれをいとも簡単にかわし、手の爪の間からビームで反撃する。ガラムマサラの手には、三本の爪しかなく、その間にあるビーム砲が主な射撃用兵装らしい。武器を持つようにはできていないようだった。
「邪魔だ」
ヒュメドが呟いた。リュウエとラムダに視線を向け、ビームを連射する。
その時の声には、妙な感覚を抱く事はなかった。アリスは暫し、戦闘中だという事を忘れていた。他人事のように、ビームをかわす二機のテインを見ていた。的確に打ち込まれるビームを、リュウエはかわし、ラムダは盾で防いでいる。
「何やってんだアリス!」
「あ、ごめん!」
切羽詰ったリュウエの声に我に返り、アリスはガラムマサラに目を向けた。ガラムマサラは首の左右、背中や肩の付け根に近い部分から大きな角のようなものが張り出している。長い腕はある程度伸縮する機能があるらしく、爪が主な近接武器らしい。
アリスが放つビームを、ガラムマサラは回避していく。その合間にもリュウエとラムダが射撃を続けるが、一向に当たる気配はない。
「お前らも何してんだ! ぼーっと見てるんじゃねぇ! 手伝え!」
アリス達の戦いを見上げているテインへ、リュウエが叫んだ。その言葉に促されて、テイン達が武器を構える。
「面倒だな……」
ヒュメドが呟く。瞬間、ガラムマサラがヴィングへと急接近する。アリスの反応が一瞬遅れ、後退するも、ガラムマサラの推力はヴィングを超えていた。長い腕がヴィングへと振るわれた直後、ガラムマサラの目の前をビームが閃いた。
「何っ……!」
ヒュメドが驚いたように声を上げる。ガラムマサラが停止し、ビームの放たれた方向へ機体を向ける。
「くそっ、外した!」
「リュウエ!」
アリスは目を丸くした。ビームを撃ったのはリュウエだった。高速で移動するガラムマサラの動きを読んでの射撃だった。ただ、少しだけ撃つ位置が先だっただけだ。
「そうか、奴が……」
ヒュメドが呟き、一度だけガラムマサラをヴィングに向ける。いや、アリスへ向けたというべきか。
「えっ……?」
瞬間、アリスを眩暈が襲った。ちゃんと景色は見えているのに、視界がぐるぐる回っているような感覚がある。頭がくらくらしているような、妙な虚脱感と自分の位置の認識がずれたような奇怪な感覚。操縦桿を握っているのに、ヴィングは失速し、地面に尻餅をつくように座り込んでいた。
「おいアリス! どうした! 何やってんだバカ!」
リュウエの声がどこか遠くに聞こえる。誰がバカよ、と言い返したかったが、声が出なかった。
「ヴィングさえ無力化すれば、貴様等など敵ではない」
アリスの目の前で、ガラムマサラが背を向ける。アリスの始末の前に、邪魔な量産機を片付けようというのだろう。
ガラムマサラがサーベルで斬りかかって来たテインにクローを叩き付ける。胸部を抉られ、コクピットを潰されたテインが横合いに吹き飛び、建物を盛大に破壊してくず折れる。
背面のバックパックらしいものが稼動し、ガラムマサラの頭と胸部を包み込む。それこそ、水牛のように上半身が変化し、ガラムマサラが一機にテインへ突撃する。テインはビームライフルを連射するも、放たれたビームはガラムマサラを逸れて行った。Iフィールドのようなものが角から発生しているのだ。Iフィールド・バリアを発生させるために可変したと考えるべきだろう。
そのままガラムマサラはテインに突進し、一方の角で機体のコクピットを貫いた。突き刺した瞬間に停止したガラムマサラに、テインが慣性で吹き飛ばされる。街中に落下し、テインは建物や道路を粉砕した。
「ビームが、弾かれた……?」
リュウエが愕然とする。
次々とテインが撃墜されていくのを、アリスは何も出来ずに眺めていた。身体に力が入らない。
「メンタルサーキットを再起動させるんだ、お嬢さん」
ラムダの声が聞こえた。
アリスは震える指でコンソールパネルを操作する。その間も、テインは撃墜されていく。唯一、リュウエとラムダだけがガラムマサラの攻撃を凌いでいた。ただ、それは二人がガラムマサラに直接狙われていないだけだ。テインの性能ではガラムマサラに太刀打ちできない。
「あと二機か」
ヒュメドが呟く。
メンタルサーキットが停止した瞬間、アリスの症状は消えた。再起動が始まり、プロセスが流れていく。
「そっか、これが原因だったんだ……」
アリスは呟いた。
実際に、メンタルサーキットをシャットダウンして解った。強烈なプレッシャーによって、メンタルサーキットがオーバーフローを起こしたのだ。メンタルサーキットというサイコミュが拡張したアリスの意識や感覚が逆流させられたに違いない。しかし、ただのモビルスーツにそんな事はできない。
つまり、ガラムマサラもサイコミュを搭載していると考えるべきだ。
「くそっ、速いっ! まだかアリス!」
リュウエが叫ぶ。
「ニュータイプか、厄介な……」
ガラムマサラの攻撃がリュウエの機体を掠めていく。装甲が剥げてはいるものの、命中はしていない。全て、ぎりぎりでかわしている。
「俺はなぁ! 死ねないんだよ!」
リュウエが叫ぶ。ビームライフルを投げ捨て、サーベルへと持ち替えたテインが地面を蹴って跳躍する。
ガラムマサラが角を前面に回し、Iフィールドを発生させる。テインのサーベルからビームが消えた。しかし、テインはサーベルを投げ捨てる。そのまま二つの角を掴みガラムマサラの下腹部に蹴りを打ち込んだ。ガラムマサラの攻撃が掠めて装甲が剥げていた脚部が拉げ、千切れ飛ぶ。右膝の間接が火花を散らし、破損した脚部が建物に突き刺さった。
「くっ、ガンダムにこんな攻撃をするとは、正気か貴様……!」
「ミュナを助けられるなら狂ったって構わんっ!」
ヒュメドの言葉に、リュウエが叫ぶ。
ガラムマサラが強引に機体を振り回し、リュウエの機体が吹き飛ばされる。背中から建物に突っ込み、瓦礫に埋もれた。
「やっぱり、ガンダムなんだ、それ」
アリスは小さく呟いた。
「……!」
ガラムマサラの動きが止まり、ヴィングへと視線が向けられる。
「ねぇ、私が元の世界に戻る方法って、知ってる?」
アリスは問う。
きっと、目の前にいるガンダムのパイロットはこの世界の人間ではない。何故なら、この世界にはガンダムという言葉が存在しないのだから。ガンダムという言葉を知っているヒュメドは、この世界の人間ではない。機体にはガラムマサラという名前がある。そちらではなく、ガンダムと言う言葉を使ったのが何よりの証拠だ。しかも、ニュータイプという言葉も知っていた。
「あなたはどうやってこの世界に来たの?」
元の世界に戻るためには、世界を移動しなければならない。別の世界から来たヒュメドなら、その方法を知っている。もし、ヒュメドから世界を移動する方法、もしくはデバイスを得られればアリスは連盟に戻れるかもしれない。
「残念だが、君には私と同じ方法で世界を移動する事はできない」
「どういう事なの?」
「私の道具は、私にしか扱えない、という事だ」
つまり、ヒュメドが他人と一緒に移動しようとしなければ自分以外の人間を移動させる事は不可能なのだ。そして、ヒュメドはアリスを元の世界に戻すつもりもない。
「せっかく帰れると思ったのに……」
アリスは溜め息をついた。ヒュメドを利用して帰る事はできない。となると、彼はただの敵でしかないという事だ。
「リュウエ、生きてる?」
「当たり前だ!」
通信回線から声が返って来る。建物に突っ込んだ影響で、スラスタが利かなくなったらしい。片足を失った状態では立てず、その場で身を起こすぐらいしかできていない。
「ちょっとリンみたい」
アリスは苦笑した。リュウエも、殺しても死ななさそうだ。
ガラムマサラが動く。横合いからラムダがライフルを撃つものの、Iフィールドの影響で無効化されている。ヴィングへと突進してくるガラムマサラを、アリスは見据えた。
まずは突進を横へ逃れ、大きく跳躍。ガラムマサラの背後へ回り込みつつ、距離を取ってリュウエ機の真上へ。
「リュウエ、これよろしく」
アリスは通信画面の向こうのリュウエにウィンクすると右手のライフルから手を離した。落下してきたライフルを、リュウエの機体が掴む。通信画面の向こうで、リュウエは眉根を寄せていた。
ガラムマサラの両手からビームが乱射される。
「よっ!」
掛け声と共に、アリスはヴィングを動かした。乱射されるビームをかわし、ガラムマサラへと接近していく。角を前面に突き出してIフィールドを展開したままのガラムマサラに、ラムダは射撃を止めていた。
「ラムダさん、援護お願い!」
「だが、奴にビームは……」
「いいのいいの」
笑うアリスに、首を傾げながらも、ラムダはライフルでの射撃を再開した。
ガラムマサラがヴィングに突進する。同時に、アリスは凄まじいプレッシャーを感じた。先ほどのオーバーフローを起こした時のものを遥かに凌ぐプレッシャーに、しかしアリスは耐えた。
突進を寸前でかわし、ガラムマサラの背後に回る。
「くっ……! 何故動ける!」
「こんなの気合だよ!」
ヒュメドは明らかに動揺していた。アリスの言葉に、焦ったように機体を反転させる。
意識をしっかり持っていればサイコミュはそれに応じてくれる。相手の機体がサイコミュなら、アリスの気持ち次第では影響を与える事も、精神攻撃の防御も不可能ではないはずだ。
アリスの後方に移動したラムダが援護射撃を続け、ガラムマサラのIフィールドがそれを弾き続ける。ガラムマサラがビームを乱射しながら突進してくる。
「えぇーい!」
アリスは操縦桿を倒した。ビームの隙間を縫って、ヴィングがガラムマサラへと機体を加速させる。
「何っ!」
ヒュメドが呻いた。ガラムマサラが咄嗟に振るった腕を、ヴィングは懐に飛び込み、手首を掴んで受け止めた。右腕に続いて左腕のクロー攻撃も受け止める。
「えいやーっ!」
更に、ヴィングは横一直線に伸ばした腕を軸に両足を蹴り上げる。スラスタの推力を蹴りの速度に変えて。
ヴィングの蹴り上げが角を砕いた。リュウエの時と違い、伸ばされた腕によって蹴りの位置が違う。下腹部ではなく、アリスは角を狙っていた。そして、リュウエと違う点はもう一つある。ヴィングは全ての攻撃を完璧にかわしていた。掠り、脆くなった部分はない。
ラムダの射撃が通るようになっていた。ビームがガラムマサラの両脚や肩に命中し、装甲を破壊していく。
「てぇーい!」
アリスには、何となく、ヒュメドが焦っているのが解った。
「概念の恐ろしさ、見せてくれる……!」
両腕を引き千切り、それでも突進しようとするガラムマサラの角を掴んで受け止める。ガラムマサラの機体が薄い翠色の光に包まれ初めていた。
アリスは、ただ機体の向きを少しだけずらしただけだった。そして、距離を取る。
「そういう事か……」
苦笑交じりにリュウエが呟いた。回線から声が飛び込んできたと同時に、ガラムマサラの脇腹を横合いからビームが貫いた。リュウエの攻撃だ。テインのものと違い、高出力なヴィングのライフルなら、ガラムマサラにも致命傷を与えられる。
「そんな――!」
ヒュメドの言葉はそこまでだった。貫かれた部分から火を噴いて、ガラムマサラが上半身と下半身に分離する。普通のモビルスーツよりも大きな爆発を起こし、ガラムマサラが吹き飛んだ。
いつの間にかかなり基地に近付いていたらしい。吹き飛んだガラムマサラの上半身の一部が司令室の真上に落下した。
*
ゲルマニクスの修理が終わり、月へ向かう算段は整った。色々と論争にはなったが、結局リンがエータと共にウルに搭乗する事が決まり、ゲルマニクスにはスキュルとオロールが乗る事になった。昨日までは何かと文句を言っていたスキュルがあっさり身を引いたのは以外だったが、夜にエータが説得したのだとリンは一人勝手に納得する。ここで何か言えばまた昨日の繰り返しになりそうでもあったし、何も言わずに納得した方が疲れないで済むとも思ったからだ。
「ゲルマニクスに大気圏突破能力はない。ウルで引き上げる」
エータはそう言うと、二人が乗り込んだゲルマニクスを掴んで飛んだ。
「大気圏突破ができない機体を、どうやって宇宙へ?」
「忘れたのか、この機体はただのモビルスーツじゃない」
リンの疑問に、エータが即答する。
そうだった。ウルは概念と呼ばれていたモビルスーツだ。九割以上がサイコフレーム製という、化け物のような機体なのだ。
やがて、エータが光が現れていると言った高度まで到達した。もはや大気圏突破の最中である。
「――モビルスーツ?」
ディスプレイに映ったのは、宇宙空間から地球へと捨てられるモビルスーツだった。ほとんど完成した形のまま、全く戦った形跡の無い機体が捨てられている。しかも、連盟で見た事の機体だった。ゲルマニクスとも違う系列だ。
ウルが通常のモビルスーツと異なるためか、特殊な力を発揮しているのかはコクピットからでは判らなかったが、大気圏突破も安全なものだった。ゲルマニクスも大気圏を突破し、衛星軌道上にまで到達した。
「この世界が、連盟のあった世界だという事は話したな?」
「あ、ああ……」
「ここは、二度目の世界だ」
「二度目?」
エータの言葉に、リンは眉根を寄せる。通信回線は切られており、スキュルやオロールに二人の話は聞こえていない。
「原初の流れから溢れた者達が、アリスとリンの二人を抹殺した後の世界だ」
「何だって……!」
リンは目を見張った。
エータの言う、原初の流れで誕生したナンバーズは、ウェブリングシステムを模倣したデバイスを作り出し、平行世界と時間軸を移動する術を得た。そのデバイスを使い、アリスとリンをウェブリングシステムの事故に見せかけて抹殺した。
今、リンがいるこの世界は、その歴史の上にあるとエータは言ったのだ。
「じゃあ、あの機体は?」
「ナンバーズか、連盟の残党かが、これからの行動に役立つ機体を探しているんだろうな」
捨てられたモビルスーツは、大気圏突入の影響で崩壊していく。
他のガンダム世界からコピーされた機体の中で必要無いと判断されたものが地球へ捨てられているのだ。大気圏内で燃やし、処分しているらしい。
「連盟が負けているなら、何で戦力を集める必要があるんだ?」
リンは問う。
「……ナンバーズには、弱点があるからだ」
「弱点?」
「俺も含めて、奴らは一つの存在しか持たない。類似した世界や、枝分かれした未来、過去、そのどれにも存在しないんだ」
エータは目を細め、語った。
時間軸を自由に移動する力を得たナンバーズだったが、その代償として彼らにとっての過去や未来が存在しなくなってしまったのだ。勿論、個人としての過去は記憶に残り、成長し、寿命もある。しかし、それは彼ら独自の時間軸という概念でしか成立しえない。
本来なら、過去に戻れば過去の自分があり、枝分かれした未来の一つには成長した自分自身がいるのが普通だ。しかし、他の世界や時間軸に手を出してしまったナンバーズには、それがない。自分が数年前まで存在した世界観に行っても、そこには昔の自分がいない。同時に、自分のいた世界の未来の一つへ移動しても、成長した自分自身は存在しないのだ。
「今、ここでお前が過去に戻ったとすれば、そこにはその当時のリンがいる。しかし、過去に直接手を加えてしまった時点で、お前の存在はそこで消滅したと同じになる」
エータが言う。
過去や他の世界を観測し、ただ情報などを記録するだけならば問題はない。しかし、過去やその世界を大きく変えるような行動を起こした瞬間、自分自身の存在が時間軸から切り離され、取り残されるのだ。
「ナンバーズには『今』しかない」
「つまり、殺されたら終わりって事か?」
「簡単に言えばそういう事だ」
エータは頷いた。
死んだ仲間を、殺される前に戻って助ける、という事ができないのだ。時間軸に取り残されたナンバーズは、過去に戻ってもその存在を捉える事ができない。完全に世界観や時間軸と切り離された存在なのである。ナンバーズのいた時間軸は常に可変し、固定の過去や未来が存在しない。過去に戻っても、それは『ナンバーズのいなかった近しい過去』でしかなくなるのだ。要は、切り離された存在がいる世界観に、当事者は干渉できなくなるのだ。
「奴らは、自分が生まれる前や、生まれた直後、生きていた時の時間軸に手を加えた」
アリスやリンを殺した事で、彼らの過去や未来が失われたという事だ。
「もしかして、お前も……」
「ああ、俺にも『今』しかない」
リンの問いに、エータは素っ気無く答える。
「そうか……」
「別にお前が気にする事じゃない。自分の過去を変えられないという点では普通の人間と同じだ」
助けられたとしても、それは殺された当人ではない。その人物の意識が見つめる歴史が一つしかないというのは変わらない。
ただ、組織として存在した時には違いが生じる。戦力が補充できないのだ。失われた人間を過去から助ける事もできなければ、新たな人材を求める事も難しい。それこそ、他の世界や時間軸の人間を連れて来る、もしくはその時間軸の者を味方にする以外に手はない。
「そう聞くと、あんまり深刻じゃないように聞こえるな」
「組織として深刻なだけだ。一つしか人生がないのは普通の人間と変わらない」
エータの言葉に、リンは力を抜いた。
「俺の推測が正しければ、月にはこの当時のスキュルとオロールがいる」
「それって……」
「あの二人が直接自分の過去に手を加えた時、二人は時間軸から切り離される」
「避けた方がいい?」
リンの問いに、エータは鋭く目を細める。
「俺としては、過去の自分に会う前に二人を元の時間軸に戻してやりたいが……」
エータには珍しく、歯切れの悪い言い方だった。難しい、という事なのだろう。スキュルやオロール自身がどう判断するかにもよるが、彼女達ならあっさりと干渉し兼ねないような気もする。
「あんたが私を助ける担当で良かったよ」
苦笑するリンに、エータが僅かに眉根を寄せた。
「アリスじゃ、お前の言葉を理解できそうにないからさ」
その言葉に、エータも微かに苦笑したようだった。
大気圏を突破したウルのディスプレイには、これから向かうべき場所、月が映っていた。
*
戦闘は終わり、事後処理が始まっていた。基地の人員のほとんどが駆り出され、撃破されたモビルスーツの撤去作業や、負傷したパイロットの救出作業が続けられている、勿論、巻き込まれた一般人への援助や救出などの対応も行われていた。
アリス、リュウエ、ラムダの三人は司令室のあった場所にいた。
幸い、司フィーヴル令は瓦礫の直撃を避けられたらしく、重傷は負っていなかった。ただ、瓦礫によって潰された天井によって部屋の隅に閉じ込められていたのだ。
アリスがヴィングで瓦礫をどかし、リュウエがフィーヴルを引き摺り出した。
「……あんたには借りがあったな、司令」
フィーヴルの胸倉を掴み、リュウエが淡々と告げる。
「政府軍から、人質に取られたミュナを助けて逃げていた俺を拾ってくれた事には感謝してる」
以前、リュウエはミュナを人質に取られて政府軍の兵士として戦っていた。最低限の生活は保障されていたが、外に出られずに窮屈な思いをしているミュナを放っておけず、リュウエは一人、反旗を翻した。当初からパイロットセンスを見込まれ、ESP判定まで持っていたリュウエを、政府軍は欲していたのだ。
たった一人で、ミュナを抱えて逃走を続けたリュウエは、この基地に辿り着いた。
フィーヴルはリュウエを戦力とする代わりに、ミュナを近くの町に住まわせ、生活資金も十分に支払う契約を交わしたのだった。
「ただ、あんたまで政府軍と同じ事をするとは思わなかった」
リュウエは冷たい視線で司令を見据えている。
「前々から気に食わなかったんだ。何かにつけてミュナの事を出しやがって……。俺は十分な資金とミュナの自由さえ保障してくれれば良かったんだ」
フィーヴルは強張った表情でリュウエを見つめていた。どこか怯えているようにも見える。
「お前の有り金全部寄越せ。一応、拾ってくれた恩があるから命は取らねぇ」
「ま、待て、リュウエ……。今までの倍の報酬を出す! ガラムマサラはもういないんだ、ミュナも安全だろう!」
「言っとくが、俺はお前のように裏切った奴は二度と信用しない事にしてるんだ」
冷たく言い放つリュウエに、司令は凍り付いたように身体を強張らせる。
小切手にありったけの金額を書かせ、リュウエはそれを受け取るとフィーヴルに背を向けた。
「安心しなさい、反政府軍は勝ちますよ。あなたは、失脚しますがね」
ラムダはそう告げると、リュウエに続いて司令室を去った。
ヴィングのコクピットでその様子を眺めていたアリスも、格納庫の方へと向かう。補給を受けた後、ミュナの下へ向かう予定だ。この基地にいるリュウエの仲間達とは、彼自身がこれから話を付けるらしい。
格納庫の方へと向かいながら、アリスはヒュメドと戦っていた際に感じた違和感について考えていた。
「何だったんだろ、あれ……」
明確な敵意でも憎悪でもなかった。戦場で敵にぶつけるような感覚とは少し違っているようにも思えたのだ。メンタルサーキットを通じて流れ込んできたヒュメドのプレッシャーには、大きな感情とそこから発展したような複雑で多数の感情が入り混じっているような感覚があった。
「羨望と、嫉妬……かな?」
考えた末の結論がそれだった。
強い羨望と嫉妬の感情に、そこから発展した複雑な敵意や憎悪のようにも思える。とはいえ、最も強いのは羨望と嫉妬だ。ただ、その二つの感情はとても近い。
「でも、何で?」
ヒュメドがアリスに向けた感情が羨望と嫉妬だとして、何故、彼はそんな思いを抱いていたのだろうか。同時に、何故それがアリスだけに向けられたのか。他の誰にも、そんな感情は向けていなかったように見えたのだ。
アリスには、それが解らなかった。