「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第23回更新分
side A
アグゼがリングを指し示し、Cヴィックをそのリングの中に進めた途端、彼は気を失うようにソファに倒れこんだ。フェリオが声をかけようとしたが、彼が眠っているだけだということに気がつくと彼の頬に手をそっと当てて呟いた。
「あなたには負担をかけすぎたかしら...」
キセアとフィットという人物を共有するアグゼとキセアには、お互いを感応しあう力がある。だがその力を使う――使ってしまうにはフェリオが想像していた以上に体力を使うようで、アグゼは気づくと電源が切れたかのように眠っていたのだった。
Cヴィックの時間計はアフターアーク35:143と表示された。宇宙世紀とは異なる、原初から分岐した時間軸の一つである。
「それにしても...一四三年って。またずれてる。」
アンテナからは、本来ならば八八年に到着するはずである。飛ぶ世界はデタラメに決めたがフェリオの運が強いのか、見事になんらかの『外部干渉』が起こった世界に飛べたのだ。
しかし実際は喜ばしいことではないかもしれない。その外部干渉がキセアの力なのか、それともナンバーズや彼らの敵によるものなのかは不明だからだ。
「慎重に、慎重に。」
フェリオは自らにそう言い聞かせて、心を落ち着かせる。
それから深呼吸を数回した後にCヴィックを前進させようとしたとき彼女は気づいた。ミノフスキー粒子濃度がゼロであることに。
少し考えてみれば当たり前だ。この世界は宇宙世紀ではない。そこでの常識は通用しないことだってあるのだ。
「慎重に、慎重に...」
ミノフスキー粒子のないこの世界ではレーダーはもちろん通用する。なにかしらの治安組織にこの船が見つかれば成す術がないのは前回学んでいる。思った以上に厄介な世界であることにフェリオはため息を吐いた。
『あー、えーっと、聞こえますか?現在貴船は火星連合領海を、えーっと...連合領海を無信号で航行中です。これは、えー...火星圏航行法第二十二条に違反していますので、速やかに識別信号を発信し...』
慎重を通り越して、ノイローゼになってしまったのか、そんなノイズ混じりの空耳まで聞こえてきてしまった――否、もちろんこれは空耳ではない。
「...どうしようか、アグゼ。」
未だ目を覚ます気配のないアグゼに尋ねても返答があるはずはなく、ただ繰り返される誰かの警告が船内に響いている。
それどころか、あと一度の警告で強制誘導に移行するとまで聞こえる。識別信号を出すための装置がないわけではないが、出したところでこの時代の企画に合ってるかどうかまではわからない。
「逃げるしかないよね。」
眉間にしわを寄せて彼女は決断した。
side B
『あーっ!に、逃げるよあの船!どうするのあれ!?』
『どうするって...追うんじゃないのか?』
『でも、私たちまだ予備生だし、これ以上のことは本隊の人たちに任せたら...』
『ああ、残念。今追撃命令が下りた。がんばろうぜ、ハルカ。』
ハルカと呼ばれた少女は小さく項垂れた。確かに担当領海の哨戒行動は、スクールの三回生以上の仕事の一つである。しかし見たこともないタイプの船の逃走を止めるなんてことはもちろん初めてであるし、いくらなんでも味方側が練習機二機というのは心細いのだ。
『大丈夫ですわ。私もいますし、アンリのオペレートは学年一、逃走船を止めるくらいなら簡単にできますよ。』
『...うん、頑張ろうね、アンジェラ。』
『んで、早く追わないと逃がしちまうぞ。』
次の瞬間、二機の練習機、為苑は逃げたフェリオのCヴィックを追うために全速で火を吹いた。そのスピードは外観の大きさだけで十倍以上あるCヴィックが逃げるスピードよりも速く、二機の為苑とCヴィックの距離はみるみる縮まっていった。
この世界のモビルスーツは宇宙世紀のそれとは違いミノフスキー粒子がないおかげでレーダーに映ったりミサイルなどの誘導が可能な反面、それに耐えうるために小型で小回りが利いて、さらに高出力であるのが特徴である。実に数分のチェイスで二機の為苑は見事にCヴィックを追い詰めてしまった。
『ソルジャーの権限により、貴船を拿捕いたします。これ以上の警告無視、および逃走の場合には実弾による攻撃が行われる場合もありますので、速やかに停止、投降してください。』
もう一機の為苑を駆るアンジェラは、凛として澄んだ声で最後の警告をした。
side A
眉間にさらに深いしわを作ったフェリオは、最終手段について考え始めていた。
それはつまり、ストラテーゴスによる迎撃であった。Cヴィックはこの世界のモビルスーツの機動性の前に破れたが、全オリガン界に将軍として君臨するストラテーゴスを使えばそうはいかない。
しかし体長差がストラテーゴスの約二分の一であるこの世界のモビルスーツに対して、どの程度のパワーセーブが適当なのか、それを彼女は探っていた。
「とりあえず」
アグゼを起こすことにした。ここから先は彼の命にも関わってくるかもしれないからだ。
「ねえ、起きてアグゼ。早く起きないと食べちゃうぞ〜」
誰が見ても間抜けだ、と呆れてしまうような起こし方になってしまったが、それにしては効果抜群で、それまでまったく目覚める気配のなかったアグゼが数回揺すっただけで起きてしまった。一体なにが効いたのかはわからないが、フェリオはとりあえず考えないことにした。
アグゼは目を見開いてフェリオのほうを向いた。その目で、何事かと訴える。
「いい?私はこれから少し用事があるから、モビルスーツで外に出るけど、あなたにはこの船の船長を任せたいの。私が外から通信でどうすればいいか言うから、あなたはそれに合わせて操縦して。ね、簡単でしょ?」
アグゼはなぜそんな状況になっているか理解できなかったが、フェリオの緊迫した様子からとにかく拒否はできないということは察した。
彼は大きく首を縦に振ってフェリオを見つめ返した。
side B
『逃走船の船首部に熱源...も、モビルスーツ!?』
オペレータルームのアンリは目を疑った。ハルカの為苑から送られてくる映像に映ったモビルスーツはゆうに二十メートル近くはあったからだ。そもそも彼の目には最初、モビルスーツとは思えなかった。為苑から送られたデータを解析して、データベースに照会した結果、戻された値がモビルスーツを示していたのだ。
「なんだ?」
データベースには機体名だけが登録されていた。本来ラテンアルファベット化してあるはずだが、この機体はギリシアアルファベットで表記されており、アンリには読むことができない。彼は隣でアンジェラのオペレートをこなすコーシャに尋ねた。
「なあ、コンスタンチン。お前、語学専攻は古典語だったよな。」
「ああ。ラテン語だけどな。でもってこれはギリシア語。」
「読めないのか?」
「いや、読める。俺は天才だからな。これは、えーと...バシレウス・ホ・ニーケーソーン、『勝利する王』ってところだな。」
「おお、すごい名前だな。でもさ...」
アンリは左手のモニタに映るデータベースの写真と、右手のモニタに映る為苑からの映像を比べて眺めた。
「あれ、ちょっと違うくない?」
『これはさすがに無理でしょ!?早く応援呼んでよアンリ!』
『もう呼んである。それで...司令部からの命令、応援部隊の到着まで予備生部隊は追撃を続けよ、だ。撃墜厳禁、逮捕優先。』
『えっ?なにそれ?そんな命令が私たちに出たの?』
『お、むこうは武器を構えたぞ?』
アンリの言うとおりストラテーゴスは割と小型のライフルを構え、その照準をハルカの為苑の脚部に合わせた。
ストラテーゴスのロックオンを感知して為苑のコックピット内は警告音とランプが光り、パイロットであるハルカに危険を知らせた。ハルカは納得いかないながらも操縦桿をひいて回避行動をとる。
同時にもう一機の為苑であるアンジェラは勇敢にも攻撃を開始した。
side Z
少年は火星最高峰の麓にある工場にいた。
その工場はモビルスーツを生産するための工場で、少年の目的も勿論モビルスーツの生産である。そして今彼の視界には出来上がったばかりの彼専用モビルスーツがあった。
「やっと、本物が出来上がったんだね。」
「ええ、これこそ本物です。」
少年の傍ら、つなぎにキャップというオーソドックスな格好をした男は続ける。
「これでもう失敗はないでしょう。」
少年はそう言い放った男に鋭い目つきで睨み、穏やかな口調ではあったが、明らかに苛立ちを込めて言い返した。
「君ねえ、ノーナンバーの分際で言葉が過ぎるとは思わないか?いいかい、僕は一度だって失敗したことはない。この僕はね。私は勝利しか望まない。完璧な勝利のため、そのためのバシレウスだろ。」
「全くその通りです。」
バシレウス・ホ・ニーケーソーン、ストラテーゴス・ホ・メガスと対になるモビルスーツ。外見はストラテーゴスとほぼ同じ、違うところといえば白いカラーリングと極僅かな造型の違いだった。
少年は王を見上げながらその名を呟いた。にっこりとした笑顔が彼の満足感を表している。その姿はやはり、とても愛らしい少年だ。そして笑顔を再び闇の中に収めて言った。
「さて、僕は早速バシレウスを...」
彼は急に辺りを見回し始めた。いや、見回すのではなく、まるで何か電波の感度が良いところを探すかのような素振りである。
目を細めて一瞬計り知れないほどの憎悪を現し、
「へえ。三人ともこの世界に来ちゃったのか。」
とだけ、もの悲しそうに、淡々とした表情で彼は呟いた。
side X
キセア(や、いろんな人)がスフィンクスと呼ぶそれは、キセアが感じ取ったなにかに従うようにこの世界にやってきた。キセアはまた眠るように、スリープ状態に入っており実質的にスフィンクスの判断だけで、である。
しかしこの世界に入った途端キセアは起動し、眠れる姫君からいつもの万能少女の出で立ちに戻った。彼女が普段の自分と少し違うと感じたのは少しだけ計算速度が遅いかもしれない、ということだけだった。
「ああ、この世界はたしかアンテナに...ありましたっけ?」
あったような、なかったような、とてもブレている感覚。
「おかしいですね、いつもならこんなことは...」
彼女がふと外の景色を見ると、青い星の軌道上での戦闘が見えた。物騒だな、と一瞬思ったが、しばらく眺めるうちに信じがたいことに彼女は気づいた。あの一際大きな機体、あれは。
「フェリオさん!」
そう叫んだと同時に頭痛がして、彼女の視界はなくなった。
side A
多くの弾丸はストラテーゴスを直撃している。それでも傷程度ですむのは単純な質量差だけでなく、それが『ストラテーゴスであるから』というのも理由の一つだろう。
だがそれでもストラテーゴスの攻撃は全く為苑たちには当たらない。小回りが利いて機動性が高く、なによりも的が圧倒的に小さい。直撃させようとすれば多少難易度は上がるものの、できないことはないだろうが、フェリオにとっては撃墜が目的ではなく、自分たちを追ってこれないようにしたいだけであるため、どうしても直撃は避けたいのだ。
『アグゼ、もっと左に舵をきってみて。』
フェリオは、この小人たちはどこまで追ってくる気だろう、と少し飽きを覚えてきている。同時に二機でよく頑張るな、と関心もしていた。
そのうち、一機はもう一機に比べて僅かに反応が鈍い。フェリオは当てられると確信した。このように、自分ではそのつもりはないのに、ヒールに徹している姿が可笑しい。
『ねえ、アグゼ、左だってば』
船は依然直進し続けている。フェリオは大きな不安を感じた。彼が言葉で返事をできないのは重々承知だが行動としてのレスポンスがないのはおかしい、というよりこれは――
side B
ドスン、と大きな衝撃をハルカは感じた。それまでの推進力は僅かに減り、次いでハルカがモニタを確認すると左足部損傷と表示されている。
『ハルカ大丈夫か!?』
直撃ではないにしろ左足を打ち落とされて、オペレータルームは一気に緊張に包まれた。ハルカの生体反応はあるものの、怪我をしていたり意識を失っている可能性は否定できず、アンリは本人からの報告を待つしかなかった。
『...うん、大丈夫...』
『本当か?怪我は?』
『大丈夫だよ、少し打ち身したくらい。それより応援まだなの?』
アンリが唇を噛む。予備生の自分たちには重過ぎる任務だ、と言うのが正直な感想だった。訓練として哨戒行動が有益であることは理解できるが逃走船からモビルスーツが出てきたところで深追いはすべきでなかった。やはり、何かがおかしい。
『さっき出撃したからすぐに着くはずだ。それまで...アンジェラ。』
『わかってますわ。ハルカさんをフォローいたします。』
『ああ、頼む...』
彼は目を落としてレーダーを見た。一瞬、何か、逃走船と敵機、為苑たち以外の機影が見えたような気がしたからだ。しかししばらく観察していても四つ以外の星は現れず、彼はそのまま仕事を続けた。
side Z
バシレウスは一瞬にして衛星軌道上に出現し、そしてゼロはその力によりまたもこの世界の摂理を捻じ曲げた。
時は留まった。その美しさは誰もが賛美するものだった。
side X
キセアは空中に浮き上がって、何かを受け入れるかのように佇んでいる。
side AXZ
「...!?」
それまでフェリオが相手にしてきた二機の小人は急に動きを止めた。
少なくともフェリオにはそう見える。
状況を把握しようと機体を旋回させると、少し遠くに彼女の機体であるストラテーゴスが見えた。もちろんあれがストラテーゴスであるはずはなく、彼女はさらに混乱する。すると遠くのストラテーゴスが動き、同時に声が聞こえた。
『大丈夫だよ、姉さん。』
フェリオは不覚にもその声に懐かしさを覚えた。自分のことを姉さんと呼んだ人は彼女が生まれてから今までの記憶を辿っても一人しかいない。
『フィット...?いえ、違う。あなたは誰?』
フィットなら今あの船の中に。そうフェリオが言おうとしたが、その前にまた声が聞こえた。
『いいや、僕がフィットだ。あの船に乗っているのはアグゼ。そして...彼女はキセア。』
近くまでやってきて、ゆっくりとした動きで止まった彼のストラテーゴスは右手をかざした。その先には宇宙空間であるというのに、獅子が眠っている。その獅子は彼のストラテーゴスが自分に向かって手をかざしたことを察すると、むくと起き上がり座ってその諸目から光を放った。
その光は空間中に少女の体を映し出す。
『キセア!』
目を閉じて両手で何の障りなく肩を掴んでいる少女は、間違いなくキセアであった。
『あなたは一体誰なの?』
フェリオは彼のストラテーゴスに向かって叫んだ。
『あなたの弟、フィットだと言っています。ああ、でも今は...ゼロと呼ばれることのほうが多いかもしれない。』
『ゼロ?あなたが?』
彼女がゼカリアから聞いたゼロの印象とはだいぶ違った。この声は若すぎる。少年のような声だった。
『本当に...フィット、あなたなの?』
『正確に言えば僕はフィットの一部だけど、アグゼとキセアの中では最もフィットらしいはずさ。』
すると今度は彼のストラテーゴスは大きく動いた。瞬く間にフェリオのストラテーゴスの前までやってきて、右手に持った剣を振るう。
フェリオは一瞬でそれに応え、二機は鍔迫り合いをする形となった。
『何を...!』
『大丈夫、少なくとも今は姉さんを殺す気はないよ。僕が必要なのは、アグゼだけど、今の姉さんはくれと言っても彼を絶対に渡さないだろ?』
『あの子をどうするつもりよ!?』
『ただ必要なだけだ。』
納得いかない、と言わんばかりにフェリオは剣を一度払い、再び斬りかかる。彼のストラテーゴスはそれを受けようともせずにむしろ態と懐を開いた。
フェリオの攻撃は彼のストラテーゴスの装甲手前で何か見えないベールのようなもので弾かれ、それ以上進むことはできなかった。
――いや、攻撃を止めようと思ったのはもっと前だったかもしれない。
『...姉さんには僕を殺せない。』
その通りだった。未だに表面上は声の主がフィットであることに疑いがあるが、心の底ではすでに受け入れていた。それが懐を開いた彼のストラテーゴスを攻撃することの僅かな迷いにつながってしまった。
『今はまだ、時期じゃない。アグゼは諦めるよ...でもキセアはまだ渡さない。』
『なっ!?』
『安心して。スフィンクスは僕の手におえるようなものじゃないから。』
ゼロがそう言うと、それまで宇宙空間に巨大なキセアを映し出していたスフィンクスは、その目から放つ映像ごと一瞬ぶれて、消えてしまった。
ゼロはスフィンクスごとキセアを別の世界に転送させてしまったのだった。
『また必ず会いましょう。そして...次こそはこのバシレウスと戦いましょう。』
『待ちなさい!』
腕を掴もうとしたそのときには、彼のストラテーゴス――バシレウスは消えていた。
side B
『こちらエメラルドソード指令本部。作戦終了、速やかに帰還せよ。』
『了解、為苑アンジェラ機帰還します。』
オペレータルームの面々と為苑の二人は安堵のため息を漏らした。
『それにしてもさあ...』
ハルカがアンジェラに言った。
『作戦内容がない作戦訓練なんて、変な話だよね。』
『よく言うよ、マシンぶっ壊しといて。』
『もー!アンリは黙ってて!』
『急なデブリはしょうがないですわ。』
『そうそう、今回ばかりは教官も怒ってない。天才が言うんだから間違いない。』
『バカは黙ってろ、な。』
この後四人は訓練中の私語について叱られることになって終わった。