「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第25回更新分


俺は、突然のようにそこから始まった。
後ろに何も無いことに気付いても、それに疑問を感じることは無かった。
もうじきウルの再組立てが終わる。
そうしたらここを完全に破壊し、脱出する。簡単な任務だ。


『ねえ、ねえ』


ん……何だこの子供は。


『あなたってこのガンダムのパイロットでしょ』
『!!』
『私のオロールに何するか貴様ぁー!!』
『!!?』


くそ、もう一匹……どこから飛んできたんだ、こいつは。


『スキュルちゃんだめだよ。このひとガンダムに乗るひとだよ』
『ええい黙っていろオロール。たとえ無敵超人だろうが観世音菩薩だろうが妹に手を出す輩はこの私が許さんぞ断じて』


何を言っているんだ、この娘は。致命的なのか?


『貴様っ、こっちは正々堂々名乗ってるんだ。貴様も名を名乗れっ』


何なんだその不躾な思考は。


『おっ、俺は……』


何をしようとしているんだ、俺は。
早く、排除してしまおう。邪魔だし。
ああ、こいつら、右と左で目の色が違うんだな。



――――――



 二機のモビルスーツが、月へ向かって光の尾を引いている。
「あれ? ちょっと待ってよ」
リンは咽喉の奥に言葉が詰まったような表情をして呟いた。アリスには理解できない話だなどと言ってしまったこともあって、状況をより把握するために、そしてその先を考えるために脳はまさにフル稼働状態だった。
「エータって、スキュルたちと知り合いなんだよね。それで今、月にスキュルとオロールがいるってことはさ、この時代のお前もこの世界にいるってことじゃないの」
「……それは、今は関係の無いことだ」
エータはやや暗い調子で答えて、口を噤んだ。
「なんでさ、教えてよ。私にはまだ情報が少なすぎるんだから」
せっついてはみたが、彼は態度を変えることなくコクピットに座することに集中していた。モビルスーツの足では月までまだ大分と時間が掛かる。
 エータに口を開く様子は見られなかった。リンは思考を切り替えて、姉妹に邪魔されないこの時間を有効に使うために、次に質問することを考え始めた。
「確かにこの世界に俺はいた。時間軸から切り離される前の、人間として」

その質問がまとまる前に、彼は口を開いた。言い淀んでいる風ではなかったが、ケーススタディの足しにはなるか、と前置きしたうえで話し始める。
「でも、さっき言った……」
「ナンバーズ達は自分の過去に干渉できないと言ったが、奴らはまず自分たちの過去などに微塵も興味は無いだろう。俺も、そうだった。…………時間軸から外れる前の自分がいる世界に来てどうなるのか、恐らく前例の無いことだ」
「存在の性質が全く変わってしまったわけでしょ? だったら何も問題無い……気がするけど」
「物質的にはそうだろう。それはもはや別人と言っていい。だが精神だとか魂だとか、そういうものが関係したらどうなるのか、それは考えの及ばないところだ。最悪、この世界の俺はすでに存在していない」
「存在したとして、もし出会ってしまったらどうなるのかな」
「多分どうにもならない。来るべき、時の流れから切り離されるときが来たら、今の俺に統合されるだけだ」
言い切った彼はこころなしか先程より平静な表情になったように見えた。ということは、もしかしてその前までは平静ではなかったのだろうか、とリンは思った。
 エータの言う話が全て真実なら、彼は残っていた自分の過去を消してしまうかもしれないということも覚悟して、この世界に来たということだ。この世界でスキュルとオロールに出会っていた事実さえ根こそぎ消えてしまうかもしれないというのに、リンを助けに来たということだ。
「なあ、その……仮に言っておくだけなんだが」
「何だ?」
「ありがとう」
エータは正面を見据えたままで、どんな表情でそれを聴いたのかは分からなかった。
それからしばらくは二人とも口を開かなかった。


 目前に、やや大きめのデブリが迫る。戦艦か、大型輸送船の残骸のようだ。かなりの速度で飛行していたために、そのデブリを避けるため機体の進行方向は大きく傾く。
 急な横Gに煽られて、よろめいたリンの手がエータの肩に触れた。
(……少し遅れて行こうか……咎める者などいないのだ)
そう、呟く声が聞こえた。
耳の後ろで囁かれるように、わずかに響いたそれをリンは知っていた。それは、いつかトレーニングの一環で擬似体験したことのある、ニュータイプの共感によって起こる交換現象であった。
「どういう意味?」
後先を考えず、リンは率直にそれの感想を口走った。
「どうした?」
「遅れて行くってどういうことなの」
その言葉を受けたエータは、態度も表情も別段変わるところはなかった。ただ普通に質問の意図を考えている風である。やや思考してから、
「操縦中の俺には触れない方がいい。サイコミュの影響で精神を中てられるだろうからな」
そうとだけ言った。


 爆発の閃光を見るでもなく、それを感じ取った。
リンはこのときになってこのモビルスーツ、エータの言う『概念』というものが普通ではないことを体感した。
「戦闘が始まっている」
「でも、何も見えないよ?」
エータはすぐ横を飛ぶゲルマニクスと通信を繋げた。
「オロール、少し速度を落とすぞ。分かるな」
『うん。了解』
『何だ? どうかしたのか』
「先の方で戦闘がある。俺が先行して様子を探る間、安全な距離で待機していてくれ」
月にはもう随分と近づいていた。月の地面に陽光が反射して状況はきわめて確認しづらいが、ようやく小さな爆発光が確認できる。
 それが始まってから、彼の表情は明らかに一変していた。苦悶の感情、断末魔。ウルのコクピット内で、リンも確かにそれを感じ取っていた。
「戦ってるのはナンバーズって奴らか?」
「そうだ。……ナンバーズと、この世界の連盟の残党だ」



――――――



 突然のように支配に乗り出したナンバーズに対し人々は異常なほど従順だった。そして人々は異常だった。
言われるがままに月やコロニーに住まわされ、また何割かは行方不明となった。地上から人が消え、その様子を窺い知る術が絶たれた。
 月の新連盟はこの間に組織としての安定を得たが、劇的に規模が拡大されるということもなかった。人々は世界の異様に怯えていた。何より重要だったのはナンバーズが未だ数人の組織であったということだ。故に誰も畏怖の対象然り、反抗の対象としてそれを的確に発見することが出来なかったのだ。


 警報が響く。
戦闘シミュレーションは強制的に中断され、幾つかのけたたましい騒音のひとつが消える。新モビルスーツ・ウルスラのコクピットハッチが開かれ、エンジニアの一人が駆け寄る。
「やはり無理がありますよ。限界時間は現状の6割程度に抑えて……」
「変更はいい。次にはもっと上手くやるよ」
シートに座ったまま、クオンは腰を上げようとしなかった。そのままシミュレーションを続けようというのだ。バイザーを下げたヘルメットがその疲労を蓄積している表情を隠している。クオンよりは年上のそのエンジニアは、ほんの数日で変化した彼の雰囲気に労いの言葉を掛けることも忘れた。
「何だ」
「いえ、オーフェンさんが呼んでましたから。ウルスラも後の調整が必要ですので」
「……ああ、そうか」
クオンは不満の態度を表そうと、コクピットから出る際に舌打ちでもしようかと思ったが、立ち上がって自身の疲労を感じたときにはもうどうでもよくなっていた。
 エレベーターで司令室のある階層に向かう。途中、ラーグロと乗り合わせた。
「やあ、教官。聞きましたよ、また新型でしくじったそうで」
クオンは、ウルスラの最初の試験操縦で機体を制御できずに基地を一部損壊させていた。以来ラーグロは顔を合わせるたびに一々そのことを言った。
「恐いっすよねえ、トチ狂った味方機なんかに背中から撃たれたりしたら」
「その通りだな」
目的の階に着き、扉が軽快に開く。ラーグロはそのまま残り、クオンだけ降りた。
 司令室に入るが、オーフェンの姿はなかった。代わりに居たのは、いまやその司令室をすっかり私室として定住している双子の姉妹だけであった。
姉妹には精一杯充分な生活を提供しているのだが、主に姉のほうがそれを良しとせず勝手に倉庫から物資を奪ったり、隙あらばモビルスーツを奪おうとしたりと、周囲に心を許す気配は無かった。
「ヒゲの男ならさっき出て行ったぞ暴走男」
同じ顔だが語調ですぐに分かる、姉のスキュルがぶっきら棒に言った。
「初めて口をきいたと思えば随分だな」
「馴れ合いはせん。いつまでも捕虜でいるつもりはないからな」
この双子は相変わらず孤独な戦争ごっこに興じているようだ。もっとも、彼女らにしてみれば本気なのだろう。
 オーフェンを探しに、さっさと部屋を出て行こうとしたクオンだったが、その姉が背に隠している物が目に入って踏み止まった。
「うん? こらこら危ないな。そんな刀どこから持ってきたよ」
「これはサムライっぽい人にもらった」
「…………。あー、えーと…………御大将?」
分からないことは、あるものだ。


 今度こそ司令室を後にして、オーフェンの姿を探す。そういえば最近はフィリスと二人でいるのを見かけることが多かったな、と思いながらアリエンスシステム本体を建設している中央部へと足を運ぶ。
 システム本体の装置の前に二人はいた。
「クオン、いいタイミングで来たな」
口調はいつもの通りだが、いつになく厳しい表情でオーフェンが声を掛ける。フィリスは相変わらず挨拶もなく、通信モニターを睨んでいる。
「フィリスさん、いいですね? クオン、お前に知っておいてもらいたい事がある」
「そんなに改まるほどのことか。何だよ」
「これを見てくれ。一昨日、ここにあてられた通信だ」
フィリスが通信機を操作する。モニターに見知らぬ、強面の男の顔が映し出された。
『―――最後の通告です。再三申し上げましたとおり、我々はあなた方との諍いは極力避けたいのです。もし、和平を望むのでしたら受け入れる用意もあります。―――あなた方も、事が温和に解決されることを望んでおられるはずです。全ては密な対談と深い理解によって平和に運ばれるものです。そもそもこの度の事態は発端からして―――』
歯の浮くような男の口上は長々続いた。
最後の通告、和平。その部分は殊更耳に残るように聴こえた。
「何だ? どういうもんだよ、これ」
「奴らからの電文だ。聞いての通り、しばらく前から度々送られてきたんだ」
「どうしてこんなこと黙って!!……たのか。まあ、そうか」
クオンは、動揺のわりに落ち着いていた。蓄積していた疲労のせいもあっただろう。自分の体たらくを思い出していた。
『―――新たな世界はきっとお気に召しましょう。では一週間の後に伺いますゆえ、これにて―――』
映像と音声が途切れる。
「全く虫唾が走るわ。こんな明白な挑発に乗るとでも思って」
それまで静かだったフィリスが感情的に吐き捨てた。取り合えずお約束のようにクオンもオーフェンも、充分挑発されてるじゃないか、と決して口には出さず心の中で揃えた。
「とにかく、そういうことだ。決戦は近い。今日この内容を全員に伝え、本格的に事に備える」


 暗鬱で先の知れぬ夢の中にいた。
 そこに座るたびに自分が変調してゆくのは実感できていたが、モビルスーツに乗ることが最も大きなステータスであり、且つ周囲の期待と役割がそれに合致していたのだ。クオンはそのガンダムを乗りこなさなければならなかった。
『EXAM-SYSTEM.STANDBY』
機械音声が口早に告げる。同時にクオンの視界がうっすらと赤く染まった。急激に襲い掛かる精神負荷が、脳髄を軋ませ、その危険を身体に伝えようとして見せる幻覚だ。
目を瞑りたい。
今すぐこのシートから体を引き剥がして、蹲り、恐怖が去っていくのを待ちたい。
胃液が飛び跳ね、気道を焼く。その現実的な苦痛に何とか縋り付きながら、ウルスラを奔らせた。
『クオン、隊の指揮は俺が取る。操縦に専念してくれ』
「分かってる」
オーフェンのレグナムを筆頭に十数機のミラージュが陣形を組む。
対する敵機はアンスールとエオローの二機。それぞれナンバーズのNo.4パトリオティック・ダンセ、No.3ヴィヨン・メソンコが駆る。しかしこの戦闘では、両者の間に会話の余地は無かったために、それが知られる事はなかった。



――――――



 小さいうえに見かけより硬い模擬戦用ドローンが次々に撃墜されてゆく。装備されたビーム砲が発射される暇も無い。しかしながらそれを成している攻撃はビームの熱波でも銃弾の衝撃でもなく、マニピュレータによるパンチと足先での蹴り払いである。それがセレナが、スライダーに課した訓練の内容であった。
「何んで武器を積まねえっ!!」
今までに絶対にとるようなことのなかった面倒な戦い方に、スライダーは苛立ち、吠えた。
『仕様がないの。基になった機体、なんていったっけ……ガードラスト。Iフィールドの反発だけで飛ぶ変な機体でね、ビーム兵器全般まともに使えないの。』
セレナはコントロールルームで説明しながら、片手間にドローンの動作設定を書き換え、漸次戦技レベルを上げていっている。
『あと銃弾とかは調達がめんどいから却下。あなた、あればありったけバラ撒くような使い方しそうだし』
「……うん」
次のドローンがまた数機、スライダーの新モビルスーツに向かっていく。すでに速度も精度も一機一機がニュータイプ並みである。正確に相手を殺しにかかる動きで迫る。
改修されたスライダーの機体は、幾重にも掛けられたIフィールドを制御することでバランスが保たれ、全身から飛び出ている斥力針の微細な動きで制動される。どんな機動兵器にも生じる、バーニアの噴射という過程がパスされることで、まずどんな状況においても機先を制して動くことができるのである。また、バーニアの噴射光が無いので敵からの視認性も落ちる。
 四方から編み込まれるように無数のビームが襲う。たとえ動かずとも余程の威力がないかぎりそれらが当たることは無いのだが、スライダーは周りに気を張り巡らせ、向かい来るビームの一本でも斥力に干渉しないよう躱わしていく。これもセレナの訓練の一環である。
宇宙空間ではあるが、その機体はきわめて静かに舞う。中の本人は乱雑で荒々しい操作に奮闘していることなど、その見た目からは想像できないだろう。
 スライダーはほぼ休み無くこの訓練に没頭している。決して単調ではないとはいえ、意外性の無いメニューに飽きはじめていた。
「うおぉぉらあぁ!!」
気合いとともに最高速で、モビルスーツの腕ほどのドローンを一機鷲掴み、それが放とうとしていたビームを周囲に撒き散らす。Iフィールドの干渉で軌道も威力も滅茶苦茶だが、加えて、機動力を生かして標的を追い回せば予測不可能の攻撃となって面白いほど当たる。
 しばらくはそれで調子に乗っていたスライダーだが、突然に、異質を感じて後方に飛びずさる。掴んでいたドローンが野太い閃光に消えた。
『やれやれ、その戦い方じゃあ断絶者は名折れだね』
少年の声が響く。白いモビルスーツが上天に出現していた。
「……貴様か」
『行こうか。次の仕事がある』
勘違い程度ではあるが、スライダーにはその少年の声が以前とは少し違う物のように思えた。雰囲気、いや感情のようなものが窺える。しかしそれよりもスライダーには、少年がモビルスーツに乗っていることで、『雇い主』ではなく『標的』に見えてどうにも気が逸った。