「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第28回更新分


 ミュナがいない。
 それだけでリュウエの心は崩壊しそうになった。繋ぎとめたのは、アリスだ。どうにか、自我を保っている。だが、身体が動かない。頭が働かない。
 動け。そう叫ぶ自分自身がいる。それでも、身体の神経がどこかで途切れたように、意識が全身に回らない。手を動かすことも億劫で、歩くことなど一人では到底無理だった。
 そう、一人では。
 今まではミュナがいた。両親は今の戦争によって目の前で死んだ。リュウエが助かったのは奇跡だった。
 いや、違う。確かに、リュウエは自分が助かる位置を知っていた。これも違う。自分が、じゃない。ミュナが、だ。ミュナを助けるために動いた。結果的に、自分も生き残っただけだ。否、自分が生き残らなければミュナが生き延びられないと解ったのだ。幼いミュナは一人では生きていけなかった。だから、両親の代わりにリュウエがミュナの傍にいてやらねばならなかった。
 両親が死んで、友達が死んで、家も、街も、全てを失くして。唯一残った、ミュナ。彼女がいなくなったら、リュウエには何も残らない。
 何も無い自分が怖かった。
 だから、精一杯ミュナを守った。どんな汚いことをしても、ミュナに嫌われても。全てを奪った戦争に参加することを決意したのも、ミュナがあってのことだ。
 だが、ミュナはもういない。リュウエには、もう何も残っていない。
 視界に映るのは、アリス。ピンクの特徴的な髪の、馬鹿みたいに明るい少女。
 そんな彼女が、戦っている。リュウエをヴィングに乗せて。
 アリスの瞳にはいつも光があった。
「ラムダさん! 状況が解らないよ!」
「恐らく、ヒュメドの仲間だ!」
 アリスとラムダの会話すら、どこか遠く聞こえた。
 別の時空からやってきたガラムマサラとヒュメド。アリスは彼を倒した。いや、倒せるだけの力があったということだ。ヒュメドはアリスを始末しようとしていた。ならば、ヒュメドが死んだ今、敵はアリスの存在を抹殺するために全力を投入しようとしてもおかしくはない。

 ――お兄ちゃん……。

 不意に、声が響いた。小さく、か細く、たった一言だけの、声が。
 同時に、何かが心の中で疼いた。
 ざらつき、不快感が全身を包み込む。
「何だ……?」
 リュウエは小さく呟いた。
 戦闘中にも関わらず、アリスが目を丸くしてリュウエを見つめる。
 感じた。
 ミュナの声だ。しかし、その対象はリュウエではない。いや、確かにミュナはリュウエを呼んだ。だが、リュウエは今、ここにいる。アリスと共に、ティル・ヴィングに乗っている。
 外からはヴィングのメンタルサーキットに登録されたアリスしか感じられないはずだ。無気力なリュウエより、強い意思を抱いて戦うアリスの方が存在感は大きい。
「誰だ、俺と重なる奴は……!」
 本来なら、嬉しいはずのミュナの声が、不快に聞こえた。
「リュウエ……?」
「アリス、雲の上まで飛んでくれ」
 有無を言わせぬ口調に、アリスは頷いた。
 ヴィングが黒いモビルスーツ、G・エボリューションを無視して空を駆ける。渦を巻く暗雲を突き抜けた先に、一隻の戦艦があった。
「ブリッジの前へ」
 G・エボリューションからヴィングへの攻撃が止んだ。
 ブリッジの前に飛び出した瞬間、アリスも言葉を失った。
 ブリッジの窓の奥には、ミュナがいた。それも、リュウエと共に。
 瞬間、リュウエは飛び出していた。アリスが止める間もなく、コクピットハッチを開け放つ。
 そして、ハッチから外へ自分の身を晒して、叫んだ。
「ミュナぁぁぁあああああ――!」
 瞬間、ミュナから表情が消えた。信じられないものを見るかのように、傍に立つリュウエと、ヴィングから身を晒したリュウエを交互に見つめる。
 ミュナの傍に立つリュウエは、小さく笑みを浮かべてリュウエを見る。どこか、面白いものを見るかのように。

 *

 未来への分岐を辿り、岐路となる時間への扉を開く。
 景色は一瞬で切り替わった。戦闘はなく、静かな宇宙が広がっている。
「移動できるなら何で最初からしなかった?」
 リンの第一声がそれだった。
 月へ向かう理由が解らなくなったのだ。時空移動が可能なら、先にリンを元の時空へ戻せばいいはずだ。
「俺のデバイスには限界がある」
 エータは淡々と答えた。
 敵が使う時空移動デバイス『Exe』も万能そうに見えて欠点のある道具だ。だが、エータが身に付けているのはコピーの『Exe』だ。故に劣化し、オリジナルの『Exe』よりも時空移動できる範囲が小さい。同時に、一度使用した後の冷却時間も長い。
 ただ、XEAと共振反応を起こすほどの力を備えていない。長所でもあり、欠点でもある。
「このデバイスは、オリジナルの『Exe』から影響を受ける」
 つまり、ナンバーズがいる場所へ向かうことができないのだ。離脱するだけの性能を引き出すのが精一杯で、オリジナル『Exe』からのアクセスブロックを突破する力がない。
「月にあるシステムと接続しなければ、まともには動けない」
 エータの言葉を、リンはどうにか納得した。
「じゃあ、何故あそこで二機の概念を倒さなかった?」
 先程まで、ウルは一機の概念を押していた。あのまま戦っていれば勝てたかもしれない。
「あの場で共振を起こすわけにはいかない」
 エータは即答する。
 概念同士の共振が起こす結末が、エータ達にとって不利に働く可能性は高い。ウルが破壊されてしまった時、エータの行動はかなり制限されてしまう。
「それに、概念も、敵も、一つしかない」
 区切るように呟いたエータの言葉に、リンは眉根を寄せた。
 時空から切り離された敵は、過去にあっても未来にあってもその存在は唯一つしかない。エオローの扱いはナンバーズよりもエプシロンの方が上だ。極力、味方の戦力としておきたい。
「エプシロン、失敗したのか……?」
 珍しくエータが舌打ちした。
 エオローという機体は、エータが奪い、エプシロンというアンチナンバーズに渡した。
 特殊な存在である『概念』と、時空から切り離された存在は似ている。同じ時間、同じ世界には存在できないという性質がある。同時に、全てはその一点のみでの存在となる。
 どの世界、どの時間でも一度破壊された概念は元には戻らない。概念やナンバーズがいた時間軸は閉塞されていく。概念が引き起こした破壊行為の存在を無かったことにするために概念が現れる前の時間へ移動することはできない。
「仲間か?」
「ああ」
 リンの言葉にエータが頷く。
「このまま月へ行く。今ならまだ連盟本部も移動していないはずだ」
 連盟が崩壊する前の月には本部がない。まだ、地上にあるのだ。
 リン達が宇宙へ出てから、システムの使い易い時間軸へ移動したということだ。確かに、その方が邪魔は少ない。
 文句は無かった。

 月の施設に辿り着いたリン達の前に、一人の青年がいた。
「エプシロン!」
 エータはウルから飛び降りて、その青年の下へ駆け寄る。
「いやー、まいったまいった。酷い目にあったぜ」
 軽い口調で苦笑いを浮かべつつ、青年がエータと向き合う。
「エオローを取られちまった」
 頭を掻いて、エプシロンがすまなそうに言う。
「ああ、さっきアンスールと共に見た。リューネルトはどうした?」
「わかんねぇ。エオローと一緒だったって事は、アンスールは敵側にいるってことだよな?」
 エプシロンの言葉に、エータは考え込む仕草を見せた。
 リューネルトはエプシロンとは別の意味で知力に長けた女性だ。そう簡単に殺されるとは思えない。
「……放っておこう」
「まぁ、それしかねぇけどな」
 エータの言葉にエプシロンは肩を竦めた。
 何か策があって動いているはずだ。一時的にアンスールがナンバーズ側に回っているだけと考えた方がいい。いずれ、手元に戻ってくると。
「代わりに、ネクサスは転送しておいた。俺が直接行ければ良かったんだけどな」
 苦労したんだぜ、とエプシロンが苦笑した。
 概念、エオローを失くした状態では、エプシロンに出来る事はたかが知れている。いや、ナンバーズのExeが存在していたたのだろう。物体の転送だけで精一杯だった。装着者自身はブロックされたらしい。
 リンは確保出来なかったが、アリスが飛ばされた世界にはナンバーズがいる。常にナンバーズを配置しておけば、コピーExeしか持たないエータやエプシロンの侵入は防げるのだから。
「連盟の方は?」
「滅茶苦茶ってところだな。ナンバー・ファイブが色々やらかしてる頃だと思うぜ」
「ちっ、あいつか……」
 エプシロンの言葉に、エータは舌打ちする。
 厄介過ぎる相手だ。
 早く連盟の側へ回らなければ、手遅れになる。そうなったら、全てが水の泡だ。
「予定が狂いまくりだ」
 苦々しげにエプシロンが呟いた。
 当初の予定が大幅に狂っている。本来なら、エプシロンが連盟本部を堅め、その間にエータがリンを、リューネルトがアリスを拾う算段だった。だが、アリスの飛ばされた世界には既にナンバーズがいた。故に、リューネルトはエプシロンのサポートに回ることになった。
 アリスの飛ばされた世界にナンバーズが現れる前、エータはその場に赴いていた。ラムダという協力者を密かに作り、最悪の事態に備えたのだ。同時に、止むを得ずアリスとリンが時空の彼方へ飛ばされた際にもその世界に飛ぶように細工をした。恐らくは、エータがいた痕跡から先回りされてしまったのだろう。
 幸い、リンの飛ばされた世界に派遣されたナンバーズは新入りらしく、コピーExeをブロックする方法を知らなかった。そのため、スムーズにリンを拾い上げる事が出来た。
 ただ、代わりにアリスの世界と連盟本部の世界に敵は集中しているようだ。
「なんだか、色々とやばい事になってそうな気がする」
 エプシロンの言葉に、エータも同感だった。
 尽く先回りされているような気がする。今までのプランはほとんどエータが考えたものだ。アリスやフェリオ、連盟がまだ健在であることを考えると大きな問題は生じていないようにも思える。
 ただ、何かがおかしいとエータは感じていた。まるで、エータの行動を読んで、誘導しているかのようだ。
「ねぇ、一つ思ったんだけど」
 リンが口を挟んだ。
「システムが敵の手に落ちた未来は無いのか?」
「無い」
 リンの問いに、エータは答えた。
 どの分岐を辿ったとしても、ゼロはシステムを手にしていない。
「何故? 連盟が敗れた未来も、私達が死んだ未来もあるのに?」
「それは、残った者達が最後にオリジナルのシステムを破壊しているからだ」
 エータの回答に、リンが目を見開いた。
 敗北を悟った連盟は、最後にシステムの破壊を決定した。アリスやリンなどの中心人物が全滅し、連盟本部が敵の手に落ちても、システムだけはゼロの手に渡さなかった。どんな状況であろうとも、どれだけ犠牲が出ようとも、システムは必ず破壊して来たのだ。
 もし、敵の手にシステムが渡っていたら、エータ達にも干渉が出来ない。
「完全な状態のシステムを敵は欲している」
 エータは歩き出した。
 エプシロンに視線を飛ばすと、彼はしっかりと頷いた。目の前の大きなシャッターを開くように、コンソールパネルを操作する。
「システムが破壊された時点で、戦いは意味を成さない」
 敵が欲するシステムが存在しなくなった時点で、この戦いに決着がつく。勝利者のない、敗者だけの世界として。ゼロはその度に時空を越え、戦いをやり直している。
 スキュルとオロールがリンの隣に立った。
 開いていくシャッターの向こうに、三つの影が浮かび上がる。
「こいつは……!」
 リンが絶句した。
 用意されていたのは、黒と白のG・エボリューションが一機ずつと、Gグリッターだった。
「大変だったんだぜ、持ち出すの」
 エプシロンが肩を竦める。
「G・エボリューションは敵から奪った機体だ。多少、性能は底上げしてあるが、気休め程度だ」
 エータは言った。
 概念以外の戦力として、敵はG・エボリューションを多数所有している。エータはエプシロンと協力し、白と黒、一色ずつ奪うことに成功した。いや、エータとエプシロンが敵から逃げるために奪ったに過ぎない。要は使い古しだ。
「ここのシステムを使って、連盟に戻る」
「大丈夫なのか?」
「一度だけなら、な」
 不安そうなリンの問いに、エータは言った。
 この時代の月にはExeの機能を拡張できるデバイスがある。いや、Exeの元になった、というべきか。コピーExeにも互換性があり、機能を拡張させればExeのブロックを突破して移動が可能だ。但し、その際に敵に感付かれるのは確実だ。
「で、どうするんだ?」
「俺は三人を連れて連盟の守りに入る」
「となると、俺はアリスの方か」
「頼む」
 最後のエータの一言に、エプシロンが小さく笑みを浮かべた。 
「まぁ、ちょっと連盟にゃ戻りたくない気分だったから丁度いいぜ」
「問題は、エオローがない事か……」
 アリスのいる世界へエプシロンを送っても、防衛戦力が無いのではメリットが少な過ぎる。
「心配ない、大丈夫だ」
 突然、その場に一人の女性が割り込んだ。リューネルトだ。施設の奥の方から扉を開けて現れる。
「リューネルト!」
「アンスールには時が来たら私の元へ来るよう指示してある」
 驚くエプシロンを他所に、リューネルトはエータへと言葉を投げた。
 彼女の概念、アンスールは特殊だ。簡単な自立プログラムが組まれているのだ。リューネルトはアンスールの自立機能に何かしら吹き込んだらしい。
「解除される恐れは?」
「無い」
 エータの問いにリューネルトははっきりと答えた。
「状況や情報が揃い次第、私の下へ来るように設定してある。エオローも連れて来るように言ってある」
「さすが、抜け目がないねリュー姉」
 勝手な愛称で呼んだエプシロンをじろりと睨みつけ、リューネルトは直ぐに視線をエータに戻した。
「そうか、なら、大丈夫そうだな」
 エータは口元に笑みを浮かべた。
「ああ。アリスの方は任せろ」
「俺が言おうと思ってたのに……」
 リューネルトの言葉に、エプシロンが小さく文句を言った。
「システムの使用準備は終わった。直ぐにでも行けるぞ」
「よし、飛ぶぞ」
 エータに、リューネルトとエプシロンが頷いた。
「ここからが、本当の戦いだ」
 そのエータの言葉に、リンは唾を呑み込んだ。そして、Gグリッターを見上げる。
 今まで、この世界からの脱出のみを、連盟への帰還だけを考えていた。だが、これからはリンが戦うのだ。
 連盟を管理する者の一人として。

 *

 戦艦の中のリュウエが笑みを見せた直後、彼の姿が消えた。
 数秒の間を置いて、戦艦から一機のモビルスーツが現れる。ヴィングに似た機体だった。全体的に細身のシャープな機体だ。しかし、背部には大型のフレキシブル・スラスタが左右各四基ずつあり、展開させて滞空する様はまるで翼のようだ。頭部はヴィングと違い、明らかにガンダムタイプだった。
「やぁ、兄弟」
 コクピットハッチが開き、リュウエと同じ外観の青年が口元に怪しげな笑みを浮かべる。
「お前は、誰だ……!」
 リュウエが叫ぶ。
「リュウエさ」
 余裕の笑みを浮かべる相手に、リュウエの表情が険しくなっていく。
「ただし、アリスがここに来なかった場合の、だけどね」
「どういう、意味……?」
 その言葉にはアリスが問いを発していた。
「簡単な事さ」
 青年は語った。
 アリスが現れなかった世界の一つで、リュウエは戦った。だが、リュウエの思いも空しく、ミュナは戦火に焼かれて命を落とす。絶望し、抜け殻になったリュウエを、ゼロと名乗る人物が拾い上げた。
「イマジナリー・ナンバー(虚数)なんて呼んでたけれどね」
 ゼロに言わせれば、リュウエの存在はイレギュラーだった。
 連盟のあった時代が終わりを告げ、新たに始まった世界が、ここだ。かつて、ガンダムと呼ばれる兵器が存在した世界ならば、ニュータイプの存在は不思議なものではなかった。
 だが、リュウエは異質だった。
 かつて、連盟を治め、連盟を管理する候補として挙げられた者達の血を引いている。本来なら途絶したはずの人間がリュウエだった。
「もっとも、ゼロは俺よりもミュナの方に興味が向かってたみたいだけどね」
 リュウエと同じ姿や声をしていても、話し方や言葉が違う。
 もしも、ミュナが死んでしまったまま、アリスが支えていなかったら、リュウエはこうなっていたのかもしれない。心が崩れている。アリスにはそう思えて仕方がなかった。
「ミュナに、だと?」
 リュウエが敵意を剥き出しにして自分を睨む。
「俺の血が目覚めたきっかけは、ミュナなんだよ」
 イマジナリー・ナンバーは言い放った。
 戦争に巻き込まれ、震えるミュナを抱いて、リュウエは逃げた。その時に、ミュナの思いがリュウエのニュータイプを、血を目覚めさせたのだ。
 本当は、ミュナがニュータイプだったのだ。リュウエよりも、色濃くかつての血を引く者として。
「交替してくれ、アリス」
 静かに、リュウエが言った。
「え、でも……」
「あいつは、俺が倒さないといけない相手だ」
 自分と同じ人間がいる。リュウエにはそれが酷く不快で、同時に他の誰にも触れて欲しくなかった。
 戦艦の甲板にヴィングを着地させ、アリスはリュウエを操縦を交替し、モビルスーツから降りた。
「その機体の元はこのガンダム・ハガルだ。勝てるとでも?」
 酷く耳障りに聞こえる、リュウエの声。
 アリスは、理解した。
 メンタルサーキットはサイコミュだが、普通のサイコミュとは何かが違う。違和感を感じてはいても、それが何かを特定できなかった。
 概念だったのだ。
 メンタルサーキットは、概念の技術を用いて作られたサイコミュなのだ。ただのニュータイプでは動かすことができない。イマジナリー・ナンバーは血と言っていたが、概念を操るために必要な要素といったところだろう。
 リュウエにはそれがある。だが、不完全だった。だから、適性値も百パーセントを超えなかった。
 対するアリスは、元々要素を完全な形で持つ人間だったに違いない。連盟を治める資格が彼のいう血なのかは判らない。ただ、最も近い推測のようにも思えた。
 ティル・ヴィングが甲板を蹴って跳躍した。
 虚数リュウエの姿がハガルの中に消える。
 ハガルのリア・アーマーから小型のビットが四基射出された。同時に、手首内側に収納されていたビームサーベルを引き出して両手に握り締める。
 ティル・ヴィングが一瞬で間合いを詰め、ビームサーベルを横薙ぎに振り払う。ハガルは後方へと身を退いてかわした。すかさずヴィングが右手のライフルを向ける。だが、ライフルは横合いからファンネルが放ったビームに貫かれて爆発した。
 ヴィングがライフルの残骸を投げ捨て、両手にサーベルを掴む。接近するヴィングを上下左右からファンネルで翻弄し、ハガルは右へ左へ回避行動だけを行っていた。

 遊ばれていることに、リュウエも気がついていた。
 だが、打開策は既に見つけている。
 相手が自分自身なら、やりようはある。
 自分がどう動くかを考え、それを先読みする。そのためには、ハガルができることを知る必要があった。ビット攻撃の他に、ビームサーベルぐらいしか武装は無いようにも思える。だが、メンタルサーキットはそれ以外の脅威の存在を認識していた。
 ハガルのビットが攻撃回数を増す。リュウエは自分ならどこへ向けて撃つかを予測しながらかわしていった。
「お前に、ミュナはやらねぇ……!」
 リュウエは呟いていた。
 ヴィングが加速する。手足と一体化するような感覚があった。メンタルサーキットがフル稼働している。そのサイコミュを通して、イマジナリー・ナンバーの輪郭が見えた気がした。
 表面だけの、空っぽな精神だけがある。満たされない思いと、満たそうとしない自分がある。こんなに無気力になっていたのかと自分でも思うほどに、リュウエは空虚だった。
「アリスには、感謝しないとな」
 リュウエの口元に笑みが浮かぶ。
 いかに自分が小さい人間だったのか、理解したような気がした。
 絶え間なく続くビットの攻撃を掻い潜り、ビームサーベルをぶつけ合う。弾かれては潔く距離を取ってビットの攻撃をかわし、再度接近していく。
 鍔迫り合いになっていても、ハガルは構わずビットで攻撃を仕掛けてくる。接近し続けるのは得策ではなかった。
 空虚な自分より、アリスに支えられていたリュウエの方が意識は強い。機体の性能差を埋めているのはそこだけだった。
「自分自身と対峙する事がこんなにも不快だとは思わなかった」
 ハガルから、声が聞こえた。
 瞬間、ハガルの機体表面が薄翠色の光を帯びた。
 斬りかかったヴィングの腕を、ハガルは腕部に格納して掴む。接点を通じて、薄翠色の光の膜がヴィングを包み込み、システムがシャットアウトされた。
「――っ!」
 メンタルサーキットを逆流して、敵の意識が流れ込んでくる。敵意も、憎悪も、歓喜も、悲哀も、何もない。ただ、寂しさだけが僅かに残った、スカスカの心があった。
 ハガルに乗っているリュウエは、ミュナが欲しいわけじゃない。ただ、何もする事がない。したい事がない。惰性で生きているだけだ。ただ、ゼロが彼を必要としたから。彼自身はもう死んでもいいと思っている。ならば、誰かに使われてもいい。
 もし、彼の傍にアリスがいたら、何か変わっていたかもしれない。今のリュウエのように。
 そして、リュウエの意識は真っ白になった。
 意識が途絶する瞬間、脳裏に映ったのは、ミュナだったのか、アリスだったのか、リュウエにはもう判断できなかった。

 左手でヴィングの腕を掴み、ハガルは右手のサーベルでコクピットを貫いていた。
 手が離され、ヴィングは落下していく。下方から敵機を突破してきたヴィング・Oがそれを受け止めた。
 アリスは、ただ呆然とその様子を見つめていた。
 ヴィングが負けた。
 リュウエが死んだ。
 ただ、敵の戦艦の甲板の上で見ている事しかできなかった。
 こんなにあっさりと、彼が死ぬなんて思っていなかった。いや、それが戦争というものなのだ。簡単に人が死ぬ。モビルスーツも兵器に過ぎないのだから。
 何も出来なかった。
 概念の、サイコ・フレームによる力で強引に捻じ伏せられた。
 何も考えられなかった。いや、考えたくなかったのかもしれない。リュウエの死を、認めたくなかった。
 それでも、時は進む。
 ハガルの目の前の空間が揺らいだ。
 現れたのは、ガンダム・ネクサスだった。
 光の灯っていない瞳。無人の機体だけが、転送されて来ていたのだ。
 アリスの目の前、甲板に膝を着く形でガンダム・ネクサスが着地した。
「どうせなら、もっと早く来てよ……」
 溜め息と共にアリスは目を閉じた。
 そして、寂しさと、哀しさの交じった視線を、ガンダム・ネクサスへ向ける。
 過ぎた時間は戻らない。
 だから、アリスは足を踏み出した。このまま、リュウエの死を意味のないものにしないように。