「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第31回更新分


「帰郷、かな」
ゼロの少年はその端整な顔に笑みを作った。その笑顔でリンを一瞥し、変わって冷ややかな表情でエータを見下す。
 それからさらに何か続けようとするところを、上空からの雑音が遮った。リン達のモビルスーツの降下を察知して、連盟が偵察のモビルスーツを寄越したのだ。現れたそのミラージュを、ゼロは軽く見上げた。
 その様子を見る全員、少年が、今にも不条理な理由と力でそれを撃ち落とすのではないかと思わずにいられなかった。ミラージュは不用意に接近してくることなく、距離をとってリン達のモビルスーツの様子を窺っているようだ。
「やれやれ、無粋だね。腰を落ち着けて話す気も失せる」
一同の予想に反して、少年は肩を竦めてみせるだけだった。ただ、モビルスーツの駆動音に阻害されることない、頭の中に響くような話し方に変わっていた。
耳朶を震わすことなく頭に響くその声は、聞く者に自らの心内を見透かされているのではないかという感覚を与える。クオンは腰の拳銃に手を掛けるのを、その声によって静止させられていた。
「そうだ。私の目的は最初から変わっていないよ。君や、愚かなビアンドゥと違ってね」
ゼロからエータへと、嘆きの感情が向けられる。エータは苦い表情でそれを受け止めて、ゼロを睨み返す。
「何故そんな顔をするかな。目的は違っていても、私も君も、結局することは同じではないか」
負けじとするようにゼロが睨むと、今度は逆にエータが嘆きの表情をする。
「……ゼロ、本当に愚かなのは」
「まあ、待って。これからちょっと所用があってね。君の説教には少し興味があるけど、また後で」
重苦しいエータの言葉を遮って、ゼロは踵を反した。
 リンは焦った。目の前の、この子供が敵のトップであることに未だ溜飲を下せないまでも、このまま何もせず逃がしてしまうわけにはいかない。少しでも事態を解決に向かわせるように動きたかった。
「ま、待て……!」
ゼロは振り返り、リンと視線を合わせる。その見上げる視線に気圧される。
(!……ダメだ、たじろいでどうする。こいつを何とかできればいいんだ)
「リン、ここまで来た以上君にも一役あるが……まだ足りないな。今ならアリスの方が『まし』か」
「アリス……? アリスをどうしたんだ。無事なんだろうな!」
「……さぁね」
少年の余裕に対し、リンは自らの愛機の名をぶつけた。その原動力がゼロへの怒りだったのか、アリスに劣ると言われたことへの憤りだったのかは定かではない。
 一同の背に佇んでいたGグリッターが反応を示し、その巨大な手を少年の位置に振り下ろしたのだ。大質量の機体の急激な動きで風が巻き起こる。スキュルとオロールは軽く身を伏せる。クオンも片手を顔にかざして身構えた。
 ゼロの姿は消えていた。居たという痕跡は、ちょうど少年の身長分くらいで寸止められたGグリッターの腕のみである。
 エータが腰を上げる。それまで苦しがっていたのが嘘であったかのように、普段の素知らぬ表情に戻っている。しかし『Exe』のある左腕はまだ強く押さえていた。
「大丈夫なのか?」
「ああ。だが、奴はまだこの世界に留まっている」
 しばらくして、警戒していたミラージュがリン達の傍に降り立つ。やや熱気を含んだ風が一同を撫でた。事件の黒幕を目の前にして何もできなかった悔しさに腹を立てていたリンも思わず顔を上げる。
「よお、リン! リンじゃないか」
明るい声が、頭上から降って来る。声の主はコクピットハッチを開いて身を乗り出していた。
「あぁ、えーっと…………オーフェン! なんか久し振り」
「ははっ、また気になる間を。みんな心配してたんだからな」
オーフェンの名に、クオンは見上げた目を細める。コクピットから覗くその顔は逆光にぼやけてよく見えない。クオンは、凝視することなくすぐに顔を背けた。


 それからオーフェンが連盟本部へと連絡を入れ、リンとエータはそれぞれのモビルスーツで本部施設に飛んだ。残ったスキュル達は、入れ替わりに来た連盟の自衛部隊隊員によって一時的に監視され、リンが事情を報告した後に本部へと招かれた。クオンのことについては、有耶無耶に話すのも却って危ないと思い、名前だけを伏せて連盟の一兵士ということで事情を説明した。自分の説明が思っていたよりもすんなりと受け入れられたのは、連盟が実質的に責任者不在の状態であったためである。つまりリンの帰還によって、引き継ぎも何もなく自動的にリンが最高責任者となったのだ。
「艦長はルナツーに物資調達? あのおっさんも律義というかマメというか」
「いや、そのことですが……」
 今は幹部達から、リンとアリスがこの世界から居なくなってから現在の状況までの仔細を聞いていた。エータからの話と照らし合わせながら聞くと、大体のことは整理して頭に入れることができた。そして、つい一日前に本部内で起こったことを聞いた。
「中身がほかの人間に乗り移るって、そんなことがあるのか」
リンの反問に、幹部達はあくまで状況証拠であることを言い含めた。同席していたエータに回答を求める視線が集まる。
「…………う」
「う?」
「いや……あのNo.5については俺も分からないことが多いんだ。ある程度どういうものか考察はできるが」
エータは言葉尻を濁す。それきり黙って、これ以上はその話題について進展しなかった。
 互いの状況報告の後は、話はそのまま今後の対策と行動について発展し、二時間ほど会議が続いた。尚、これまでごく短い間だが連盟を仕切っていたフィリスについての話が出たとき、リンも例に漏れず意外に思ったのだが、『彼女の性格を考えると自分が帰ってきた以上はもうここへは戻ってくることは無いだろう』、と推測してそう述べた。
「こっちでナンバーズが指定した期日まであと一週間。その通り来るかな?」
「向こうも事情は随分変わったはずだ。甘くは見れない」
結局、総合された情報とリンの決断により、ナンバーズの提案に乗るという線は完全に否定されたものの、それ以外に真新しく決定したことは特に無かった。ただ敵が現れた際には、Gグリッターとウルが中心となって当たり、連盟の部隊は距離を充分に取ったうえでの砲撃と援護に徹することがエータから言及された。
 エータのことについては、最初のうちは主に自衛部隊管轄の官から不信の声が上がったが、『概念』のパイロット二人に脱走を謀られた前科もあって、それにリンが後押しするかたちで納得させた。
 そして、その日の会議は解散となった。
「人が多いのって苦手だったりする?」
「ああ。どうもそうらしいな」
エータにも特別に部屋が宛がわれている。二言三言会議の感想を言って、一旦は別れた。


 実際には一週間足らずの間ではあったが、リンは随分と懐かしく感じる自室に戻ってきた。いの一番に備付けのシャワールームへと飛び込み、体中に溜まった垢を削ぎ落とすように洗い流す。上がった後は、服を着るのも億劫にそのままの姿で、部屋中央のソファへ倒れ込んだ。
「うぁー…………もう、このままハッピーエンドにならないかな」
顎でしゃくるようにリモコンでテレビをつける。週末の洋画劇場のエンディングが流れていた。転移の時差ボケで、感覚としてはまだ日暮れ前であったために、妙な気分になる。
 ニュースチャンネルに切り替える。たれ流されるニュースは、政変あれ紛争あれ、概ね平和なものだ。連盟に関係することもナンバーズについてのことも、影も形も無い。連盟という組織がまず一般の世間から見れば半信半疑の秘密結社のようなものなのだから、当たり前である。そんな組織が、さらに小規模な数人と数機に襲われていようが、全体としての世界は感知しないのだ。
「あ、そうだ」
疲れに負けて目蓋を落とす前に、一緒に来た仲間達のことが気に掛かった。
 スキュル達を見舞いに行く廊下でリンはエータと鉢合わせた。時刻は日付が変わる少し手前である。それぞれ護衛が二人に監視が二人付いていたので妙な大所帯となって歩く。
「そういえばこっちに来た時、指揮している人がいないって言ったの。それもそのExeの機能?」
「そうだ。世界を跳躍したときにその世界の情報が収集される」
「へえ、まあ連盟の船にも似たようなシステム付いてたっけ」
窓にはすべて厳戒態勢時用の格子が下りている。その隙間から時々、月の白さがちらつく。全て見えてくれないのがもどかしいと、月の断片に今の境遇を重ねる。
 リンは考えていた。
 ナンバーズやあのゼロは、連盟を何のために手に入れようとしているのかという事。彼らはすでに、世界を曲げられるほどの力を持ち、無遠慮に行使しているのだ。エータも同じ事のために動いていると言った。『帰還』とはどういう意味なのか。
 考えるほどにまだ決定的な情報が足りないと思う。側らを歩くこの男から全てを聞き出せばいいのだが、それをすることでこの協力関係が崩れる――最悪、敵に回すことになる可能性さえある。
「明日からしばらく天気悪くなるってさ」
また空を眺めながら、というよりも、見通しの悪すぎる窓を流し見ながらリンが話しかける。だが、エータは何も答えない。未だに、スキュル以外には訊かれた事と必要な事しか話さないでいる。
 やはり不気味な男だ、とリンは改めて思う。ホームグラウンドに戻ってきた今ならば、これまでのように頼りきりでは危険を回避できないかもしれない。内と外に敵を抱える腹積もりでいなければと、密かに決心する。外は風が強くなってきていた。



――――――



 宵闇に白く仄めく山頂に、スライダーのモビルスーツ『ガル・ギューフ』がその体躯を浮かべていた。少年はその左肩に腰掛けて、はるか麓に小さく見える村を見つめていた。
「寒い、のかな……ここは」
突風が吹き機体が揺れる。しかし少年の体は揺れに煽られることなく、吐く息も白くはない。
 雲が流れ始め、月を覆い、星の明かりを全て隠すと、遠くで雷雲が唸り出す。最初の稲光があった後、ゼロはガル・ギューフの肩の上で立ち上がって、それとともに現れた客人の方へと向き直った。
『久しく見ませんでしたね。フィット君』
「プロートス……」
ナンバー1のソウェイルは夜空に黒々と輝いている。完全に浮遊しているガル・ギューフと違い、バックパック・バーニアから薄い光を撒き散らして飛行している。
「また、僕をそう呼んでくれるのですか?」
『それはそうでしょう。フィット君でしかない貴方をほかに何と呼ぶのです』
ゼロが使うものと同じ、サイコミュの発振によって強化された言葉だが、この男の声は拡声器を通したように雑な響き方をする。
『ゼロ、とでも、呼ぶと、思いましたか』
会心の笑みが容易に想像できるような、ビアンドゥの声調。ゼロはただ俯いている。見様によっては悲しみの表情にも見える。
 目を伏せる。その一瞬で――


 ――世界を最も深く、広く、隔てなく捉えることのできた少年がゼロとなった。しかし少年が、回帰を望む七人のために行動をした瞬間に、もう少年とゼロとは切り離されていたのだ。
 最初の間違いがそこにあった。少年はずっと自らがゼロであると思い続け、七人も長い間それを疑わなかった。
『探究者』は必要な情報を集め、豊富な知識を提供する。
『策謀者』は計画を練ってまとめるし、裏方での汚れ役も進んでこなす。
『生産者』は徴員と、戦力を整える仕事をする。役に立つ小道具を作るのも上手い。
『管理者』は他のメンバーを補佐し、気遣う。また、行過ぎたところに歯止めをかける。
『殲滅者』は……彼女は、とにかくよく動く。戦力の要である。
『調停者』は交渉が上手い。時にはメンバーよりも先手を取って、荒事になる場面を極力回避する。
そして最後の一人は……彼はいつも非協力的で、何もしない。名前でも、コードネームでも呼ばれることを拒む。
 これが、最初のナンバーズだった。
 そして最初の計画。実はこの計画が最も成功に近づいたものだった。ゼロと六人は、七つの『概念』を手に入れ、遺跡の起動にまで後一歩のところまで迫った。
 遺産の守り手との激戦。その末に、守り手は自ら遺産を破壊しようとしたのだ。ゼロは、己の力を使って世界をリセットするしかなかった。全てが元通りにリセットされるわけではないことを覚悟して。ゼロの力を残した自分を、その世界に残してしまうとは知らずに――


――そんな白昼夢を見る。昔の思い出なのかも知れない。無根拠なデ・ジャビュかもしれない。
「……新しい世界は順調ですか?」
数拍を置いて、ゼロが弱気な声で問う。
『ええ、ええ。もう完成していると言っても良いほどに』
「では後は」
『貴方と連盟を無効化できれば良いだけです、が』
ビアンドゥは言葉を切る。それは、ゼロの返答を待つための間だった。
 両者はまたしばらく沈黙し、雷鳴の燻る音だけが冗長に流れる。時折、雷光がちらつく。深い紺色のガル・ギューフは輪郭だけ浮かび上がり、ソウェイルはその黄金色とともに雷の青い光を映す。二機の間にはちりちりと焼け付きそうな空気が漂う。
「……断絶者。任す」
『残念です』
ぎりぎりまで溜められていた矢の手が放される。スライダーの機体が動く。少年の小さな身体は振り落とされ、雪山の白い斜面に吸い込まれてゆく。
『貴様が噂の7番目っ!!』
不躾に浴びせてくるマシンキャノンの砲火を躱しながら苦るビアンドゥ。迫ったガル・ギューフはソウェイルの正面やや下方から組み付いて、押し進んだ。それを止めようとバーニアが噴射されるが、スライダーはその勢いを読んで手綱を引くようにソウェイルを弄ぶ。
「分かっていなかったねビアンドゥ。あなたも僕もパイロットじゃあ無いんだ」
 ゼロは、そこにいつの間にか現れていた――雪の白に同化していたバシレウスの手に受け止められていた。山地から遠ざかっていく二機をバシレウスの中から眺めるゼロは、ほんの少しけたけたと笑って、手を頭の後ろで組んだ。
「……あと」
「私は今もゼロなのだけれどね。『元手駒』ふぜいが、そこのところを忘れられると困るよ」
氷混じりの鋭い雨が降り始めた。装甲を叩くわずかな音を、センサーが拾ってコクピット内に響かせる。


 ソウェイルを抱き上げたガル・ギューフは山岳地帯をひと息に越え、続く平地も一気に抜けた。
『Exeが成らん……小僧っ子め……』
 スライダーは速い。それを返しきれないビアンドゥの焦燥が、さらにソウェイルの動きを鈍いものにさせていた。
 強引に捻じ込むように腕部をガル・ギューフの腹に向け、収束したビームを惜しげもなく撃ち出す。しかし、過剰すぎるバリアによって守られた機体は、塗装のひとかけらも削られること無い。跳ね返ったビームがソウェイルの装甲に当たり、閃光を放った隙を突くことで辛うじてガル・ギューフの掴みからは脱出していた。
『どうしようというのか。概念でも無いそんなもの』
『喚くな。余計につまらん』
『ふんぬ!?』
高度およそ8000フィート。突拍子も無い踵落としが極まる。ソウェイルの頭頂部がわずかへこみ、ツノの一本が根元あたりから歪に曲がる。
 だが、ナンバー1も一手を返していた。収束ビームサーベルがガル・ギューフの左腕に向けて押し当てられている。刺突の一撃がスライダーに初めて受け身の行動をさせたのだ。
『良しや!!』
ビアンドゥの攻撃が勝って小手の斥力針が一本、はじけ飛ぶ。それからスライダーに倣うように肉弾戦闘の間合いに切り替えた。打ち出されてくる手足を小刻みに身を切って躱す。ソウェイルはブーストの熱を冷ますため緩やかに落下しながら、たまに打ち合って、互いの装甲をごく微少にへこませる。
『小賢しッ!!』『手前だろ!!』
 ナンバー7などと言ったが、自分たちとはあまりにも違うタイプの『概念』であると認識せざるを得なかった。ビアンドゥはこれを、無害でありながらも目障りなものであると結論した。
 右腕のマルチビームカノンのエネルギーを機体内で炸裂させ、崩壊装甲をわざと揺り起こす。直視すれば即失明するほどの閃光と溶断の熱量を持って、ガル・ギューフに殴りかかった。ソウェイルの通った軌道は波立ち、空気が燃える。
 薄暗かった空がその輝く右手によって晴天の明るさになっている。スライダーは未見の攻撃方法に対し警戒した。距離を取って右後方に流れる。ソウェイルはそれに喰い付いて行く素振りを見せて、左腕の拡散ビーム砲を放った。
 それはフェイントである。フェイントであるとスライダーも分かりきっていたが、視界の三分の一ほどを埋めてくる攻撃に対し全く無反応であるように機体を動かすことはできなかった。その隙がナンバー1に接近を許すが、迫る右手を寸でのところで避けた。至近距離を異常な熱量が掠めてセンサー系が警告を点す。やや焦りの色が出たものの、そのまま上昇、間合いを保ちつつ回り込んでソウェイルの後方を取ろうと試みる。
 そこからは、互いの動きが互いを捻り合うドッグファイトが続く。接近しては引き、二機はもつれ合うままに上空を漂って行った。
 崩壊装甲の光が収まっている。スライダーがそれを見て取った瞬間にソウェイルは、今度は左腕を発光させる。好機と判断したスライダーは一気に突進をかける。左脚部をフェイントに、右脚で蹴り付けて相手の姿勢を崩す。そしてソウェイルの右手を掴み取った。
 その時、ソウェイルのセンサー範囲外円に引っかかるものがあった。二機で組んで飛行していたそれは連盟の哨戒機である。
『まさか、そういう策か』
ガル・ギューフに組み付かれながらももがいて、ついでのようにビームを二射する。哨戒機二機は、あっけなく撃墜された。



――――――



 哨戒機撃墜の報が届き、連盟本部内は一気にスクランブル状態となった。
「『概念』なんだな!! 間違いないか!?」
『――未確認です。撃墜のほうは間違いなく……!!』
リンはGグリッターへと急いで向かいながら、無線器と怒鳴り合う。本部の人間の全員が駆け巡っているのではないかというほど慌ただしい只中である。
 床がわずかに震えて、くぐもった轟音が幾つか連続で聴こえた。
「!……馬鹿っ、迎撃のモビルスーツを出したのか!!」
司令室も軽い混乱状態である。恐らくは自衛部隊が独断で出撃したものか、とリンは思う。パイロットと作戦指揮を同時に行うことができない、自分の身が一つなのを苛立たしく実感した。
 MS格納庫に下りると、既にエータはウルのコクピットに滑り込もうとしているところだった。リンも自機のもとへと駆ける。
「…………ジーグ!!!」
あの時のように、自身の感情を鼓舞して叫んだ。
 しかしGグリッターは反応を返さない。リンは舌打ちして、リフトを操作しコクピットに飛びついた。
『奴らか?』
『ああ。急げ』
ウルが静かな唸りを上げて飛び立つ。Gグリッターの巨体もそれに続いた。
 連盟本部よりは都市部のほうに寄っている現場まで最速で飛行する。リンは敵がまだ見えないうちにと、本部へ指示を出しておく。先に出た一個小隊分のモビルスーツ以外は待機、本部施設の防衛を最優先させる。もしこちらが敵の陽動であったとしてもクオンのウルスラなら持ち堪えてくれるはずだ。


 単調に、切なく降る雨空の中に戦闘が見える。すでに数機が大破の煙を上げていた。下はやや起伏のある丘陵で、幸い都市部からは離れており人家も少ない。それでもランサー隊は善戦しているようである。事前の指示通り、充分に距離を置いて敵らしき金色のモビルスーツを撹乱している。
『あれは……恐らくナンバー1だ。ビームは効かん、気を付けろ』
金色のモビルスーツが明らかにリン達のほうを意識して動きを変える。圧倒的な威圧感を放つGグリッターに気付かないわけがない。
 Gグリッターがブレイカーを射撃体勢にスライドさせる。
『リン!? 何を』
『この距離なら……くらえっ!!』
ぎゅる、と背筋に訴える不快な音が一瞬響いて、空に野太い光の帯が生まれた。大艦艇クラスの大型メガ粒子砲すら軽く凌いでいるのではないかと思わせる攻撃は、回避行動がどうのという程度を通り越して金色の機体を飲み込んだ。
 完全に化け物と言っていい、リンのガンダムの力を目の当たりにして、エータは閉口する。だが、上空にある敵の気配に感づいて、顔を上げた。
『貴様は……貴様か!!』
全身から棘の突き出た初見のモビルスーツ。しかしエータはその機体を覚えていた。
『あの時の、慣れないナンバーズか』
『今度は間抜けせん!!』
ウルが何か装備を構えるより早く、スライダーのモビルスーツはその懐に飛び込んでいた。鉄の拳が装甲に叩きつけられる。咄嗟であったが腕部で防いでコクピットへと伝わる衝撃を軽減し、後方に跳んで間合いを立て直そうと試みる。それでもスライダーの機体は、その動きに一瞬の遅れもなくぴたりと張り付いてきて、そのまま脚部でウルを蹴り上げた。ガードもショックアブソーバも通り抜けた威力がエータを揺さ振る。
『無茶な奴……!』
しかしまたExeの圧迫を感じないのは何故だろう、とエータは軽く疑念する。そういえば『概念』の醸す独特のプレッシャーも消えている。
エータは息を吐き出し、機体を持ち直す。だが、またしても瞬く間に、敵機の拳が目前に迫っていた。
 リンは息を飲んだ。
自らが放った砲火の光がいつまで経っても捌けないわけではなかった。下の、緑豊かな中に一本通るスカイラインを走っている者があれば、今日は天気雨かと思うであろうほどに、ソウェイルは白熱していた。
『遺跡守りの機体が出てきた。彼の策に嵌まった甲斐があったとは』
ビアンドゥは悠然と腕を広げた。



――――――



「オーフェン、か」
クオンはこの連盟本部に来てからずっとウルスラのコクピットに収まっていた。リンは、出歩くのに覆面を貸してやると言ってきたが、それは丁重に断った。
「……分かってるさ。俺の世界ではもうみんな死んじまって…………俺も、もう死んだんだよな」
一応、ウルスラは連盟製ということになるので他の機体との互換性はわずかながらある。それらの部品を使ってウルスラは修理されていたが、ナンバーズの『概念』ほどの機体と戦闘になったときは五分と耐えられるか分からない。
 カメラをオートズームにして、格納庫の中を行き交う技官や整備員を眺める。知った顔ばかりだが、たまに覚えの無い顔も通る。そんな時は何故か無性に、自分に腹立たしくなってくるのだ。
『所属不明MSが多数接近、MS隊は全機出撃せよ。所属不明MSが多数接近』
突然、またしてもスクランブルコールが鳴り響く。
「ったく、貧乏クジなんてもんとは全く無縁だぜ」
愚痴をこぼしつつも、暖気は充分に成っている。クオンは早速のようにウルスラを繰って、武器を掴む。
 出撃しようとする間際、混雑している整備員達の間を縫うようにして、見慣れぬ無骨な大男が歩いていくのが見えた気がした。クオンは何か引っかかるところを感じたが、今は自分が先頭となって敵を引き付けなければならないと、発進を急いだ。



――――――