「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第32回更新分
エプシロンとリューネルトが転送された場所は、戦場だった。
「何だか、えらいことになってるな」
周囲を見回して、エプシロンは呟いた。
G・エボリューションとイブンブロウが戦っている。既に民間人は逃げた後らしく、人の気配はない。街の中も酷い有様だった。建物は流れ弾で倒壊し、火事や水道管の破裂もほったらかしだ。
「アリスは、上空か」
リューネルトが呟く。
「大したもんだよな、ネクサス無しで概念を一機倒してるわけだし」
感心したようにエプシロンは溜め息をついた。
空を見上げても暗雲に阻まれてネクサスは見えない。ただ、コピーExeを通して存在は感じる。アリスはまだ健在のようだ。
「けど、俺達はどうするんだ?」
エプシロンはリューネルトに問う。
今、二人は概念を持っていない。時が来たら戻って来るように設定したとリューネルトは語ったが、今がその時というわけではないらしい。概念が戻って来ていないのがその証拠だ。
だとしたら、この場は二人が単身で動かなければならない。
「機体を奪うしかないだろうな」
「めんどいなぁ、それ」
リューネルトの言葉に、エプシロンは苦笑した。
選択肢はそれしかない。
機体を現地調達しなければ戦場で戦っているアリスに接触することはできないだろうから。
「だが、事態を把握するために足は必要だ」
「まぁね」
エプシロンは肩を竦めた。
この世界に派遣されたナンバーズ、調停者の反応は既に無い。彼のExeは破壊されている。だが、この世界にはリンク・プロテクトがかかっていた。Exeが失われた世界であれば、コピーExeを持つエプシロン達は施設を必要とせずにこの世界に降り立つことができた。だが、プロテクトがかかっていたということは新たにExeを持つナンバーズが派遣されたということだ。
Exeもそう簡単に生産できるものではない。
調停者しかいなかったはずの世界に、新たなExeの反応がある。それはエプシロン達が知っているナンバーズなのか、それとも新たに選定されたナンバーズなのか、把握しなければならない。
この世界に来た瞬間に収集された情報は少なかった。プロテクトのためか、G・エボリューションとイブンブロウの戦闘に関しての情報はほとんどない。ただ、ネクサスが起動しているということだけは把握できた。
つまり、アリスはネクサスで戦っている。
「オリジナルExe、欲しいよなぁ」
エプシロンはぼやいた。
劣化製品よりもオリジナルが欲しい。制約なく行動できたらどんなに楽なことか。
エプシロンが溜め息をついた直後、地面が揺れた。
見れば、直ぐ近くのビルの隣にイブンブロウが着地していた。上空のG・エボリューションからの攻撃を回避している。
「……丁度良いな」
リューネルトが走り出す。
「あ、リュー姉!」
エプシロンもそれを追って走り出した。
イブンブロウの隣のビルを駆け上がる。イブンブロウがG・エボリューションの攻撃を回避するためにビルに背中を押し付ける。揺れるフロアを駆け抜けて、リューネルトはイブンブロウの肩に飛び乗った。
そのまま機体のコクピットまで滑り降り、外部からハッチを手動で強引にこじ開ける。中の兵士の腕を掴んで引き摺り出すと膝を下腹部に減り込ませて重心を変え、外に放り出した。
「うわ、早ぇ」
エプシロンはその様に引き攣った笑みを浮かべた。
リューネルトはイブンブロウのハッチを閉めると、跳躍した。上空にいたG・エボリューションの攻撃を腕部を三連装のサーベルをフルに活用して捌き、組み付く。G・エボリューションに蹴りを食らわせてバランスを崩し、地面へと叩き落す。仰向けになったG・エボリューションを押さえ付けたところで、イブンブロウは動きを止めた。
ビルから道路へと戻っていたエプシロンは押し倒されたG・エボリューションの装甲をよじ登り、外部からハッチを開けた。中の兵士の顔面をいきなり踏みつけて気絶させる。コクピットからパイロットを引っ張り出して道路へと放り出すと、エプシロンはG・エボリューションのコクピットに腰を下ろした。
リューネルトはそれを確認するとG・エボリューションを押さえ付けるのを止めた。エプシロンのG・エボリューションが立ち上がるのを待ってから、通信回線を開いた。
「大丈夫そうだな」
「まぁ、こいつには前に乗ったことがあるしね」
リューネルトの言葉にエプシロンは笑う。
「じゃあ、アリスんとこに行きますか」
エプシロンは言って、リューネルトと共に上空を見上げた。
*
頭では解っていた。
目の前にいるリュウエを殺しても何も戻っては来ない。ミュナにとってはまたリュウエが死ぬことになる。彼女は、まだ誰かの支えを必要とする歳だ。ハートリブ学園へ行き、リュウエと別れても、彼の存在はミュナの支えになっていたはずだ。
そのリュウエが、死んだ。
このままではミュナが一人ぼっちになってしまう。
ただ、ハガルに乗ったリュウエがミュナを支える存在ではないということだけは確信していた。
「皮肉なものだな……」
通信回線からラムダの声が聞こえた。
「ま、あんたのことは父親みたいには思ってたけどな」
リュウエの声が返っていく。
「感謝と同時に、恨んでもいるんだぜ」
「やはり、モビルスーツのパイロットになどするのではなかったな……」
リュウエとラムダの声を聞くうちに、アリスの視野は広がりつつあった。
コクピット狙いだけでは、相手に読まれてしまう。倒すのなら、武器を無力化するだけでもいい。厄介な性能を一つ一つ剥いでいけば最後にはパイロットだけが残る。
もっと全体を見て戦わなければならない。
視野を狭めてしまっては、見える隙も捉えられないのだから。
ただ、リュウエが許せない。
ハガルのビットがヴィング・Oを追い詰めていく。手加減をしているのは明らかだった。ヴィング・Oとラムダだけでは、性能差も力量差もあるハガルとリュウエには勝てない。
必死になっているラムダを馬鹿にするかのように、ハガルはヴィング・Oを翻弄する。
ネクサスはそこに割り込んだ。ビットの一機へとビームを放ち、破壊する。
ハガルのビットがネクサスを意識したものに変わった。
「まずは、無力化!」
疼く心を抑え付けるように、アリスは口に出して言った。
ネクサスの右肩の球体と右手にあたる球体を切り離し、飛ばす。アリスの想像した軌跡を描いて、球体は飛翔した。
「なにっ!」
エネルギーを纏った球体をビットに直撃させて破壊する。
動き回るビットに球体を追わせながら、アリスは左手のサーベルをハガルへと振るった。コクピット狙いではなく、命中精度を考えてサーベルを振るう。
横薙ぎに切り払ったサーベルを後退してかわしたハガルへ、ヴィング・Oがライフルで射撃を行った。ハガルは機動力を活かして射撃をかわし、サーベルを手にネクサスへと斬り込んだ。
アリスはネクサスの左腕を切り離し、距離を無視してハガルにサーベルを振るった。寸前でサーベルを受け止めるハガルに急接近し、ネクサスは蹴りを放った。かわしきれず、ハガルが吹き飛ぶ。ビットに回す意識が薄れたのか、ネクサスの右腕がビットの残りを破壊していた。
「ちっ……!」
リュウエの舌打ちが聞こえた。
ハガルの機体が薄翠色の光を帯びる。
「あれは!」
ネクサスの身体を繋ぎ直し、身構える。
ハガルのサーベルは大幅に出力を増し、機動力も倍近くまで上昇していた。両腕にサーベルを持ち、目の前で交差させて一つの巨大なサーベルを作り出す。ハガルは、それを振り回した。
「戦艦も破壊するつもりか!?」
ラムダが叫ぶ。
近くの戦艦にはミュナがいるというのに、リュウエはそれに構わずにサーベルを振り回している。
「俺にはもう何もない! 何もだ!」
リュウエが叫ぶ。
失うものは何もない。ミュナも、彼の妹ではない。この世界のリュウエの妹でしかないのだ。別の時空から来たリュウエの妹ではない。たとえ、存在は全く同じものだったとしても。
「だから、ミュナも巻き込んでいいの!?」
アリスは叫んだ。
いつの間にか、怒りは冷めていた。逆に、目の前のリュウエに哀れみさえ感じている。
「どうせ俺は死ぬんだ、なるようになればいい!」
ハガルがサーベルを振り下ろす。
ネクサスの背後には、戦艦があった。
「じゃあ、なんで生きてるの!?」
アリスはハガルのサーベルを受け止めた。
思いの限りを込めて、サーベルを受け止める。ネクサスはアリスの意思を受けてサーベルの出力を増加させ、ハガルのサーベルを受け止めて見せた。
「誰だって、いつかは皆死ぬんだよ!」
アリスが叫ぶ。
ヴィング・Oがハガルを攻撃していたが、ビームは薄翠色の光に阻まれて通らない。
「くっ……私では、駄目なのか……!」
ラムダの呻きが聞こえた。
サイコミュや、概念の技術を元にしていても、それだけではハガルと同等には戦えない。ヴィング・Oとハガルでは決定的な差があった。光を纏ったハガルに対して、ヴィング・Oは何もできない。
「あんたは、逃げてるんだ!」
「なんとでも言え。俺はもうどうなってもいい身だ」
「じゃあ、なんであんたはここに来たの!」
アリスの言葉に、リュウエは答えなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
リュウエは不安定に見えた。この世界のリュウエと接していたからか、アリスには、彼の中で何かが燻っているような気がしてならなかった。
*
ありえない。
ゼロ、いや、フィットは驚愕にただ目を見開いていた。
つい先ほどイマジナリー・ナンバーに与えたExeから送られてきた情報は、彼にとって予想外の結論をもたらした。否、予想外ではない。本来ならば存在する可能性はゼロの結論だ。
イマジナリー・ナンバーの存在もフィットにとっては予想外のものだった。だが、それ以上の驚愕がフィットの思考を半ば停止させていた。常に働かせている思考が途切れるなど、自分でも在り得ないと思っていたというのに。
送られてきた、いや、送るように指示した情報はミュナのものだ。
イマジナリー・ナンバーをイマジナリー・ナンバーとした人物。フィットが把握・認識していなかったリュウエを、ナンバーズ適格者へと変化させた人物。
即ち、ミュナ。
彼女については、情報が無かった。
どの歴史でも、ミュナという人物は死亡していたのだ。同時に、リュウエも命を落としていた。
リュウエは家族を失くした後、妹と自分の生活費を稼ぐために軍に志願した。当時のリュウエには、学校へ通う金も、働く技術も、身分証明書もなかった。だから、それらを得るためにリュウエは軍に志願し、身分と資金を手に入れた。そして、政府軍にいた上官の訓練を受けてリュウエは雑兵からパイロットにまで上り詰める。その後、リュウエは政府軍から離反し、ミュナを連れて反政府軍へと渡る。
全てを奪った戦いに身を投じて妹を養っていたリュウエは、ミュナを戦闘で失う。それも、半ば自分の手で。リュウエのいる基地に政府軍が奇襲を仕掛け、それに応じたことで付近の街が戦場となったのだ。その際、敵の攻撃でリュウエの機体が街中へと墜落する。皮肉にも、ミュナはリュウエの機体の下敷きとなって命を落とすのである。
リュウエは落ち込み、悲しみ、遂には狂気を纏う。
ひたすらに敵と戦い、殺すことのみに意識を没頭させていく。何もかも全てを失くしたリュウエには、守るものはなく、戦う理由もなくなっていた。だが、抑え切れない感情と思考を停止させ、逃避するために戦い続けたのだ。敵を倒すことだけに執着し、それ以外に一切の興味を失う。
今まで守って来た街でさえも、リュウエの眼中から消えていた。全てを利用し、ただ目の前に現れる敵だけを斃し続ける。それだけの存在となっていた。
やがては、その狂気故に味方の制止を振り切って大部隊に単身飛び込み、相当な打撃を与えながらも撃墜されてしまう。
だが、この流れがどこかで狂った。
コピーExeの反応が現れたことで、フィットはリュウエの存在を知ることとなった。
エータ。
彼がこの世界に目を着けた理由が、フィットにも判然としない。ぼんやりと理解できるような気がしてはいるが、リュウエの存在を認識していなかったという点が大きい。エータはリュウエの存在を把握していたのだろうか。だとしたら、何故、フィットに把握できなかったリュウエをエータが知りえたのだろうか。
エータの介入を察知し、それ以上の干渉を防ぐためと、彼の行った細工を調査させるために調停者ヒュメド・ポワソンを派遣した。フィットはこの時にようやくリュウエという存在の情報を得た。
そして、ヒュメドの調査の結果、ミュナという人物が浮かび上がる。
だが、ミュナの情報をヒュメドが得る前に彼の存在は消滅した。アリスの存在によって。
故に、フィットは別の時間軸に生きる本来のリュウエをイマジナリー・ナンバーとして引き入れた。何故か、ミュナという存在が気に掛かっていた。
自らアリスの下へ赴こうかと考えた時もあったが、他の案件に手を回す方が優先順位が高く、未だに実現していない。
連盟の残党が存在する未来へ飛ばされたリンと違い、アリスの飛ばされた世界には連盟の残党もナンバーズもいなかった。アリスが元の世界に戻り、ナンバーズの前に立ちはだかる可能性は極めて低かったのだ。ヒュメドが死んだことで、エータ達のような外部からの干渉がなければアリスは世界を移動できなくなっていた。
そこにイマジナリー・ナンバーを投入して道の手がかりを入れてしまうのもどうかと思ったが、ミュナという不確定な情報を得ることを優先した。
得られた情報は、予想通りフィットにとっては重大なものだった。
ミュナのDNAはアリスに酷似していた。
「いや、違う」
フィットは口に出して否定する。
ミュナは、アリスの子孫と考えて差し支えない。それほどまでに、ミュナとアリスの存在情報は近しいものだった。
だが、これは在り得ないはずの結論だ。
アリスが飛ばされた世界は、連盟が黒歴史とされた世界なのだ。連盟に関わった人間は全て途絶え、連盟という組織は消滅し、連盟として存在した全ての施設や機器、技術が失われた世界である。
そこに、アリスの子孫がいるはずがない。
だが、それでは実際に存在しているリュウエとミュナの説明が付かない。
外部からリュウエとミュナを連れて来たという記録はない。自然発生したものだと考えることができない訳ではない。しかし、可能性としては極めて低いだろう。
考えられるのは、アリスが飛ばされた世界に繋がる歴史の中に、アリスが生き残っていたという可能性だ。
もしくは、ナンバーズとの戦いの中でアリスがこの世界へ逃れ、身を隠していたという可能性である。身を隠したまま、この世界の住人として生きたと考えれば、後にミュナが存在しても説明は可能だ。
他にもいくつかの仮説は考えられるが、どれであろうと主軸は二つだ。即ち、アリスが生き残っていたか、外部から逃れて来たかだ。
だが、その経緯をいくら推測しても答えを出すには情報が足りない。フィットにとっては答えを出す必要性も薄いだろう。
必要なのはこれまでのプロセスではなく、これからの道筋なのだから。
「器としては申し分ない」
喉を鳴らして笑う。
今、重要なのはミュナの有用性だ。アリスと同等か、それ以上の力を持っていると考えて間違いはないだろう。
「いいや、最高かもしれない」
言い直す。
ミュナは計画を成功へと近付けてくれるだろう。彼女の存在が無かった時とは比べ物にならないほどに。
*
不思議だった。
マカリアにいたミュナの前に、リュウエが現れたことが。同時に、そのリュウエがいつもの兄とは違う空気を纏っていることが。
そして、今、目の前で起きていることが。
ミュナは戦艦のブリッジで、二人の兄の戦いを見た。後から現れた、いつもの兄が負け、違う空気を纏う兄が勝った。
ミュナの兄、リュウエはマカリアにはいないはずなのに。たった一人しかいないはずなのに。
違う空気を纏う兄は、突然ミュナの前に現れた。いきなり光に包まれて、気がついた時には戦艦の中にいたのだ。個室の中に立っていた。目の前には、リュウエがいた。
突然のことに目を丸くするミュナを見て、リュウエは微笑んだ。だが、何かがいつもの兄と違っていた。どこか、空虚な、満たされない心を押し殺したような笑みだった。何故か、ミュナは心の奥に微かな痛みを感じた。
どうして、兄が二人いるのか。
どうして、二人が戦っているのか。
何故、自分はこの場所にいるのだろうか。
考えても全く答えが出ない問いだけを、ミュナは繰り返していた。
ただ一つ解ったのは、自分の兄が死んだということだけだ。それも、違う兄に殺されて。
殺されてしまったいつものリュウエも、彼を殺した違う空気を纏うリュウエも、ミュナが感じる存在は全く同じものだった。ただ、雰囲気だけが違った。
ミュナには、それが理解できない。
何故、全く同じはずの存在だと感じているのに、違うと思ってしまうのか。
今の状況は何なのだろう。
突然現れた不思議なモビルスーツに乗って、アリスが戦っている。
リュウエは二人とも本物だった。アリスには判らないのだろうか。いや、判っていて戦っているのかもしれない。
涙が、溢れていた。
悲しいと感じているのかどうかすら、判らない。ただ、涙が頬を伝って流れ落ちていく。
いつもの兄が死んでしまったことが哀しいのだろうか。違う兄が討ったことが哀しいのか。アリスが戦っていることが哀しいのか。それとも、この場にいる自分が哀しいのか。
ミュナには解らない。
これから、どうすればいいのだろう。今まではリュウエがいて、ミュナがいた。だが、いつものリュウエはもういない。
表情を失くして、ミュナはただ涙を流していた。
それでも、目を逸らすことだけはできなかった。
「間違っていると、思うかい?」
声が響いた。ミュナには、酷く優しい声に聞こえた。
「間違いを正したいと、思うかい?」
声は、ミュナだけにしか聞こえていない。
どこかぼやけたように、直接ミュナにだけ響いてくる。ミュナの知らない声だった。
「君が、必要なんだ」
穏やかな声。どこか、全てを見透かしたような、透明な口調。
ミュナは、何も答えられなかった。考えることも放棄していたのかもしれない。
「歓迎するよ」
そうして、ミュナは光に包まれた。