「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第39回更新分
視界は何とも言えぬ輝きに包まれている。暗いのか、明るいのか、見えているのかいないのか、さっぱり判断がつかない。だが、それでも目に映る光景は輝いているように見えるのだ。
不思議な感覚だった。
「こんなに時間がかかるものなの?」
ネクサスのコクピットで、アリスは問う。
「いや、本来なら一分もかからないはずだ」
通信回線からリュウエの答えが返ってきた。
アリスがいた連盟世界へ向かうための転移空間に入ってから、十分以上が経っている。だが、未だに目的の世界には着いていない。何かがおかしい。
「ちゃんと、着くよね?」
不安げなアリスの言葉に、リュウエは黙り込んだ。
代わりに答えたのは、エプシロンだった。
「……ゼロに先を越されたんだ」
どこか、苦しさを感じる声だった。
「妨害が始まってるのか……」
リュウエが舌打ちする。
「どういうことなの?」
「空間転移のシステムが外部から干渉されてるんだ」
アリスの問いに、リュウエが答える。
Exeを用いた移動に対し、別のExeが干渉しているのだ。
「コピーExeだったら弾かれてるところだ」
リュウエが提供したオリジナルExeだからこそ、時間がかかるに留まっている。コピーであれば出力負けして目的地とは別の世界に弾かれているはずだ。
後はExeを身に着けたエプシロンの力量にかかっている。もし、エプシロンがミスをすれば別の世界に飛ばされる可能性は大きい。
「エプシロン、大丈夫なの?」
アリスの問いに、エプシロンは答えない。集中しているのだろうか。
「……ねぇ、ゼロって、何者なの?」
返答のなかった質問を無しにして、アリスは別の問いを口にした。
今まで、あまり深く考えていなかった。ナンバーズやアンチナンバーズの存在と深く関わり、リュウエやミュナを狙いながらも、アリス本人の前には現れたことがない。
これから戦うであろう敵のことを、アリスは何も知らないのだ。
「何がどうなってるの?」
この戦いに、どんな意味があるのだろう。何故、こんな戦いが起きているのだろう。ナンバーズ、アンチナンバーズとは一体何なのだろうか。
「どうする、エプシロン」
リューネルトの言葉が響く。
「いいさ、教えちまおう」
少し苦しげなエプシロンの声が返る。
「ゼロ自身については、俺たちも良く知らない。ただ、ナンバーズはゼロの資質を持っている。アンチナンバーズは、ゼロという資質を否定した者たちだ」
エプシロンが告げた。
ゼロはある時を境にその存在を欠片に分解されてしまった。分解されたゼロの存在は様々な世界に飛散してしまう。飛散したゼロの資質を持つ者が今のナンバーズであり、アンチナンバーズだ。
最も色濃くゼロの存在を抱えた者が、今のゼロである。
ゼロは資質を抱えた者たちを集め、組織を作った。
「多くの人間が集められ、色んなことをされた」
実験としか思えないような検査や投薬が行われ、集められた者たちは選定されていった。選ばれなかった者たちは、ナンバーズ適格者と比べて資質が大きく劣っていた、もしくは資質そのものを持っていなかったのだろう。
「俺やミュナには、ゼロの資質があるのか?」
リュウエが口を挟む。
イマジナリー・ナンバーとしてナンバーズに迎え入れられたリュウエ、そのリュウエの力を目覚めさせたミュナにもゼロの資質があるというのだろうか。
「いや、お前らはどっちかっつーと、アリスの資質だな」
エプシロンが言う。
「私の資質?」
アリスが首を傾げる。
「全部話す気か?」
リューネルトが口を挟んだ。どこかエプシロンを咎めるような口調だ。
「知ってることは全部話しとくべきだろ。もしかしたらいざという時に最悪の事態も防げるかもしれない」
エプシロンが応じた。やはり、どこか苦しそうだ。
「どうしたの? 何だか苦しそうだけど……」
「順を追って話す」
心配そうに声をかけるアリスに、エプシロンは話を続けた。
飛散した資質を掻き集めて組織を作り上げたゼロは連盟の世界に対してクーデターを仕掛ける。そのクーデターの後の世界が二度目の歴史となっている。二度目の歴史ではアリスとリンの両名が死亡したが、ゼロは目的を果たせなかった。
そして、再び歴史を遡り、ゼロの目指す目的のためにもう一度クーデターを起こす。
「この流れの中で、初めてナンバーズに反旗を翻した奴がいた」
エプシロンの説明の中で、この言葉は少し強調されているように感じた。
「そいつは、戦いで重傷を負ったアリスを、別の世界に運んだ」
エプシロンの言葉だけがその場に響く。
初めて、ナンバーズに反旗を翻した、アンチナンバーズ。彼は、アリスとリンの二人の死亡を回避し、新たな未来を作り出した。その未来で、アリスとリンはナンバーズと戦い、敗北する。しかし、重傷を負ったアリスとリンを最初のアンチナンバーズが助けていたのだ。
「アリスがどうなったかは、知らない。ここから先は俺の推測だ」
エプシロンの言葉に、アリスは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「恐らく、アリスが運ばれた世界が、連盟が黒歴史になった未来、つまりリュウエの世界だったんだ」
重傷を負ったアリスは、記憶喪失になっていたのかもしれない。もし、戦った記憶が残っていれば連盟に戻ろうとしたはずだ。記憶を失い、戦う術も失くしたアリスはその世界の住人となり、暮らしたに違いない。
そして、時が流れてリュウエとミュナに遺伝子が受け継がれたのだろう。
「さっきのリュウエの話でピンと来たんだ」
リュウエとミュナにアリスのDNAが似ているという言葉が、その推測の根本だった。
「リンは?」
「こっちは判明してる。アリスの推測ん時とそのままなんだ」
アリスの問いに、エプシロンが言った。
最初のアンチナンバーズがアリスとリンを助けたのだとして、アリスの方はエプシロンの推測で辻褄が合う。ならば、リンの方はどうなったのだろうか。
答えは、同じだった。
「そこにいる、リューネルトがリンの子孫だからな」
エプシロンがアリスとリュウエの関係を推測した根拠には、リューネルトという人物の経歴も含まれている。
事実として、リンは記憶を失って別の世界を生きたのだ。そこで、ゼロの資質を持った男と偶然結ばれ、その血がリューネルトへと続いていく。
だから、リューネルトはナンバーズとして選ばれていた。家系の中でゼロの資質を最も大きく持つ上に、リンの資質をも併せ持った人物として。彼女がアンチナンバーズへと身を翻したのはリンの資質があるからなのかもしれない。
「リンの子供なの!?」
「直接じゃないがな。家系を辿るとそうなるらしい」
驚くアリスに、リューネルトは小さく溜め息をついた。
「じゃあ、あなたはフェリオの子孫とか?」
アリスは、エプシロンに問う。
「いや、俺は、ゼロのクローンだ」
思いも寄らない返答に、アリスは言葉を失った。大きく目を見開いて、ディスプレイに写るエプシロンの姿を見つめている。
「正確には、ゼロの資質を持たされた、ただの人間だ」
エプシロンの存在は、人工的に作り出されたものだった。
集められたゼロの資質を持つ人間の、特に資質の低い者たちから抽出されたゼロの欠片を元に作り出された存在なのだ。多くの人間の遺伝子情報を掻き集め、ゼロの資質に該当する部分を重点的に組み合わせて生み出されたクローンがエプシロンだった。
「だから、俺には判るんだ」
エプシロンはそこで言葉を区切った。
「向かう先の世界に、ゼロの存在があると……!」
身体の中に、強制的に植え付けられたゼロの欠片が、最も強い資質を持つゼロから影響を受けている。
「俺は、ゼロじゃない……。俺なんだ」
エプシロンが、呻くように言葉を紡いだ。
ゼロとしての自分を否定し、全く別の、一人の人間として生きたい。それがエプシロンの願いであり、行動を支える信念なのだろう。
アリスには、そう思えた。
「……よし、妨害を突破した、連盟の世界に出るぞ!」
エプシロンの言葉に、アリスは意識を目の前へと向けた。
視界と意識が薄れていくような感覚に包まれ、それが急速に戻っていく。転移空間を抜け、一つの世界へとアリスたちは飛び出した。
ようやくに、アリスは、連盟の世界へと帰って来れたのだ。
*
連盟が陥落してから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
リンは平原に座りながらぼんやりとそんなことを考えていた。背後にはG・グリッターとウルが膝を着いている。
傍らには、エータが横たわっている。かなり疲弊しているらしく、まともに動けないようだ。
エータの手首は酷い火傷を負っていた。身に着けていたコピーExeは煙を吹いて壊れている。それが火傷の原因だった。
連盟がゼロに降伏した後、リンたちはナンバーズに武器を突きつけられて本館まで誘導させられていた。気を失ったエータのウルを抱え、G・グリッターは本館の格納庫に着地した。
その直後、意識が回復したエータがコピーExeを強制発動させ、ウルとG・グリッターを別の場所に転送させたのだ。
世界の移動まではできなかったようだが、連盟から距離を取ることはできた。
とりあえず、追撃はないようだった。戦力の分散を避けたのだろうか。連盟施設の制圧を優先したのかもしれない。
あのままナンバーズの近くにいた方が反撃や奇襲も容易だったかもしれない。
もちろん、逆かもしれない。
「……落ち着いたか?」
身を起こそうとするエータを見て、リンは尋ねた。
「とりあえず、な……」
リンの手を借りて、エータは身を起こした。
「一体、どうしたというんだ?」
リンが問う。
エータは肩で息をしている。まだ息が荒い。もしかしたら熱も出ているのかもしれない。
「……お前がゼロだというのは、どいうことだ?」
何も答えないエータに、リンはもう一度問いを投げた。
「俺は、かつてはゼロだった」
エータは荒い息を吐いて告げた。
ゼロという存在が事故で飛散した結果、様々な世界にゼロの欠片を持つ人間が生まれることになった。その中には、ゼロとしての記憶、ゼロとしての意識を持つ者が現れる。しかし、完全な記憶や意識を持つ者はいなかった。
ナンバーズとして資質を持つ者を集めたのは、その時に最も強くゼロとしての自我を持った人物だった。
エータも、その時に集められた人間の一人だ。
検査や投薬によってなされたナンバーズの選定で、エータはゼロとしての自我に目覚める。恐らく、ナンバーズの選定とはゼロの自我を持つ者を選び出すことだったのだろう。
そして、エータはナンバーズの頂点に立つゼロに上り詰める。
「最初は、何も疑問を抱かずに動いていた」
エータが呟く。
ゼロとしての自我に突き動かされ、欠片となった全てのゼロが望む目的のために動いていた。
「だが、いつからか、俺は自分の行動に疑問を持つようになったんだ」
エータが、今のエータとしての名前と意思を持ったのは、いつ頃だっただろうか。
「ああ、そうだ、俺が、一度連盟を潰してからだったな……」
思い出したように、エータはぽつりと漏らした。
リンは目を見開いた。
「ゼロは、目的を果たせなかった際に全てをリセットし、時間を遡る」
遺産の事故により飛散したことで得た、ゼロの力だろうか。もう一度、全てをやり直すためにゼロは時間を遡る。だが、その力は自らの欠片を遡る前の世界に残してしまう。
エータは、ゼロの目的が失敗したことで生じた、ゼロの名残ということになる。
連盟を自ら潰した世界で、エータはゼロとしての強い自我を失った。ゼロとしての自我の多くが時間を遡るために抜け落ちたことで、エータは今いるエータとしての自我に目覚めたのだ。
「俺は、瀕死のアリスとリンを別の世界へと飛ばした」
エータがゼロだった世界では、アリスとリンは最初の事故で命を落としてはいなかった。瀕死の重傷を負った二人を、エータはそれぞれ別々の世界へと飛ばし、助けた。
恐らく、それがゼロという存在を叩く鍵になると信じて。
「何故、そんなことを……」
リンの声は震えていた。
「俺は、フィットじゃなければ、ゼロでもない……」
エータは呟く。
ただ単に、ゼロやフィットという存在に復讐したいだけなのかもしれない。エータとしての自我の中には、ゼロやフィットとしての自我の欠片が残っている。自分が何を考え、何をしてきたのか、薄れて来てはいるが、まだ覚えている。
今の自分とは違う、自分自身を認識した時、エータは自己嫌悪に陥った。
自分の中にある、自分以外の存在全てを消し去りたい。
「そのためには、奴を消すしかない」
エータの瞳に、鋭い光が蘇る。
「そのために、俺は……」
一つの世界に、同じ人物が二人いる。ゼロの存在が薄れたエータでは、フィットの力に抗えない。
だから、対抗しうる力を求めたのだ。
一陣の風が吹いた。
エータは疲弊した顔に、笑みを浮かべていた。
リンが顔を上げる。
そこには、ネクサスが降り立っていた。背後にはいくつかの機体が着地している。
リンが立ち上がる。
同時に、ネクサスのコクピットが開き、中から少女が顔を出す。
特徴的な、ピンク色の髪の、見慣れた少女が。
『――!』
そして、二人は同時に、叫ぶように互いの名前を呼び合っていた。