「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第4回更新分

「はへ?」
 思わず間抜けな声が出た。
 目の前に現れたのは少女、それも、とにかく小さな女の子だった。
 まだ十歳にも満たないであろう、童顔の女の子がアリスの顔を覗き込んでいる。麦藁帽子を被った女の子は目を丸くするアリスを見て、首を傾げている。アリスの言葉を待っているのだと気付くのに、時間がかかった。
「あれ? ここどこ?」
 身を起こし、左右を見回す。
 人間の膝くらいまで伸びた草原だった。見回せば、遠くで誰かがせわしなく動き回っているのが見える。なんとなく、遠ざかって行くように見えた。
 まるで、ここから離れようとしているように。
「ここにいると危ないよ。ほら――」
「え?」
 女の子の言葉にアリスが首を傾げた直後の事だった。
 轟音。突風。
 二つが同時に二人を襲った。
「モビルスーツだー……」
 呟く。
 五機のモビルスーツが頭上を通過していったのを、アリスは確かに見た。
 薄い緑色のカラーリングの機体が四機と、薄い青のカラーの機体が一機。背部のスラスタから光の尾を伸ばし、飛んでいく。
「ここ、戦場だから」
 女の子が言う。
「あ、麦藁帽子……」
 その子の頭に載っていた帽子がなくなっていのに気付き、アリスは周囲を見回した。
「いいの」
「良くないって。勿体無いよ」
 宙に舞い上がった帽子を見つけて、アリスは勢い良く立ち上がると風に流されていく帽子を追って走り出す。
「あ、そっちは……」
 女の子が何かを呟いた。
 アリスの上空を一筋の閃光が突き抜けていく。一足遅く、突風が吹き荒れる。
 その閃光を皮切りに、幾筋もの光が赤い空を駆け巡る。
 そして、聞こえた、爆音。
 轟音が響き渡り、熱の乗った突風が周囲に吹き荒れる。
 風に遮られるようにアリスの足が止まり、熱風から守るように、両腕が顔の前に動いている。服の裾と髪がばたばたと音を立てて靡いた。
「そっちは危ないのー」
 女の子が走ってくるのが見えた。
 空を見上げて、アリスは視線を周囲に廻らせた。麦藁帽子が空になかったから。もしかしたら風で地上に落とされたのかもしれないと、周囲を見回していた。
「良く解んないんだけど、戦ってるの?」
 アリスの問いに、女の子は頷いた。
「早くここから遠くに逃げないと危ないの。直ぐ近くにね、なんか砦ができたから」
 女の子の言葉にふんふんと頷きながら、アリスは草を掻き分けて歩き回る。
「そういえば何でここにいたの? 危ないんだよね?」
 今気付いたようにアリスは問いかける。
「それはあなたのせいなのー」
「私の?」
「うん。さっき、そこで光が見えたから気になって見に来たの。そしたら――」
「あ、私がいたんだ?」
「うん」
「はー。何だか凄いね。まるで別世界に飛んじゃった人みたい」
 女の子の言葉に、アリスは笑いながら言う。まるで他人事のようにけらけらと笑うアリスに、女の子は呆気に取られているようだった。
「面白い体験したなぁ。リンにも教えてあげなくちゃ」
「リン?」
 アリスの呟いた名前に、女の子が首を傾げる。
「あれ? そういえばリンは?」
 きょろきょろと見回すアリスだったが、それも数秒の事。直ぐに探すのを諦めたようで、溜め息をついて草を掻き分けて進み始める。
「いないや。どこ行ったんだろ?」
 アリスの言葉の内容が解らないらしく、女の子はただついてくるだけになっていた。それに構いもせず、アリスは帽子を探している。リンを探さずに。
 不意に、また爆音が聞こえた。熱風が届く。今度は一度だけでなく、二度、三度と続いた。空を閃光が過ぎ去っていく。
 思わず塞いでいた目を開けたアリスの視界に、やや離れた木の枝に麦藁帽子がひっかかっているのが見えた。
「あった!」
 手放しで喜び、走り出すアリスに、女の子がどんどん引き離されていく。
「あれ、届かないや……」
 木を見上げ、手を伸ばし、アリスが他人事のように呟く。
「よーし……えい!」
 アリスは思い切り木の幹を蹴飛ばした。
 その振動が伝わったのか、微かに揺れた枝から麦藁帽子が落ちてくる。
「別に、探さなくても良かったのに……」
「もう見つけちゃったよ」
 歯を見せて笑うアリスに、女の子は照れたように俯いた。
「私、アリスって言うの。あなたは?」
「私は……ミュナ」
「……ねぇ、ミュナ」
 麦藁帽子を女の子、ミュナの頭に乗せて、アリスは口を開いた。
「なぁに?」
 ミュナが帽子の縁を両手で摘むようにして位置を整えながら顔を上げる。
「ところで、ここどこ?」
 笑顔で問うアリスに、ミュナが固まった。

 *

 状況は絶望的だと言えた。
「システムエラーだぁ!? ふざけんじゃねぇよ!!」
 モビルスーツのコクピットに座る青年が声を荒げる。
「さっきチェックし直したばっかりじゃねぇか! どうなってんだよ! ぶん殴られた程度でこれかよ!?」
 怒りの余りコンソールに右拳を叩き付け、青年が怒鳴る。
 青年の乗るモビルスーツは今、岩に寄りかかるようにして倒れている。目の前では戦闘が続いているが、青年がこの状態では勝ち目などない。
 彼が乗る機体は全身が青色で塗装されていた。頭部にはゴーグル状のカメラがあり、機体の大きさは約十七メートルほど。流線型、とでもいうのだろうか。曲線的な機体でありながら、シャープでスマートな印象を与えるモビルスーツだった。
「新型が役立たずでどうすんだよ!」
 たった五機の青年側に対し、砦を守備する部隊はゆうに三十は超える。
 青年が乗る新型らしい機体が戦闘不能に陥った事で、味方は四機に減り、その上で一体が撃破された。対して、青年側が撃破したのはたったの三機。
 三対三十では勝ち目がないのは明らかだ。
『早くしろリュウエ!! 持たん!!』
「エラーなんて直ぐどうにかできるもんじゃねぇよ!」
 通信回線からの叫び声に、青年、リュウエが叫び返す。
『どうにかしてもらわねぇと困るんだよ! こっちは一人やられてんだぞ!』
「解ってる!」
 別の声に怒鳴り返し、リュウエはコンソールパネルに指を滑らせる。
「メンタルサーキットでエラー!? どういう事だよ!?」
 突き止めたエラーの名前に絶句するリュウエ。
「適性はあるはずなんだぞ!? 何で今更エラーなんだよ!」
 やり場の無い怒りにリュウエが拳を振るわせる。
『そのヴィングだけが頼りなんだぞ!! どうにかならんのか!?』
「なったら戦えてる!」
 通信回線に怒鳴り返した直後、リュウエの視界に何か小さな影が映った。
 それが無性に気になりだしたリュウエは、カメラを操作してそれを拡大していく。そうして、見えたのは麦藁帽子が落下して行くところだった。 
「麦藁帽子……」
 見覚えがあった。リュウエにとって、それは大切なもの。
「ミュナ――!!」
 心臓が大きく跳ねた。汗が噴き出す。
 それはリュウエが妹に上げたものだ。たった一人の、家族に。その帽子が、舞っている。
 瞬間、機体が振動した。
「……メンタルリアクション!? 今更遅ぇんだよ!!」
 急に動き出した機体に吐き捨てると、リュウエは操縦桿を倒した。
 凄まじい速度で加速する機体に、鬼のような形相のリュウエは何も感じていないかのように機体を加速させていく。
 たった三機となった仲間が回避に徹している中、リュウエの青い機体が突撃する。モビルスーツ・ヴィングの右手が握るビームライフルが閃光を放ち、貫かれた敵機が爆発を起こした。
 腹の底から咆哮を上げ、リュウエは戦場を駆け抜ける。
 ビームサーベルの光が弧を描き、ライフルから閃光が放たれる。他のモビルスーツの追随を許さぬその機動力は、その機体がただの新型ではない事を物語っていた。まるで、人間そのもののような流れる動きで群がる敵を薙ぎ払っていく。
 リュウエの機体が戦闘に戻った事で、仲間も反撃を開始した。
「喰らいやがれぇっ!」
 リュウエのモビルスーツがビームサーベルを投擲する。その先にあるのは、砦の一室。最も重要な、統制を行う部屋だ。その部屋をビームが貫き、すかさずリュウエはビームライフルの引き金を引いた。放たれたビームはサーベルの柄に命中し、小規模ではあるが爆発を起こす。
 それでも、砦の機能を奪うだけの威力はあった。
 戦力のほとんどと砦の機能を失った敵が、降伏の信号を上げた。
「ミュナ……」
 息を切らし、全身から滝のような汗を流しながらも、リュウエが呟いたのは妹の名前だった。
「……?」
 不意に、何かが光を反射したように見えた。
 勘を頼りにカメラを拡大していったリュウエの目に映ったのは、麦藁帽子を被ったミュナの姿だった。
「生きてた、のか……良かった……」
 胸を撫で下ろしたのも束の間、リュウエは異変に気付く。
「待て……あいつ、誰だ……?」
 その目に映ったのは、ミュナの隣に立つピンク色の髪の少女だった。