「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第40回更新分


 アリスが降り立った。リンは跳びつく勢いで駆け寄っていたが、彼女の、記憶に新しいところとはどこか違う雰囲気を見て、一歩踏み止まる。二人は申し合わせたように伏し目から顔を上げ、互いを見合った。
 互いに、掛けようと思っていた言葉は山ほどあった。しかし、それを口に出すのが怖いことのように感じられて、ただただ黙ったまま、そうしていた。
「あ……ははははっ、その、照れるね」
沈黙はアリスが破って、軽く、リンの肩に凭れた。
「……うん」
リンも、アリスの肩に軽く手を乗せた。



 続いて、エプシロンとラムダがモビルスーツから降りて地に立った。リュウエとリューネルトは警戒のためにモビルスーツから出てこない。
「よう。雲行きはどうだい」
エプシロンは陽気である。だが、その顔色は悪い。ゼロによるExeの抵抗を突破したことで精神疲労が濃く出ているのだ。そしてそれを迎えるエータの顔色も優れない。力強い再会にはならなかった。
「最悪ではないが、良くはない。連盟本部が奪取されて、フェリオとストラテーゴスが捕えられた。あとは見ての通りだ」
「成る程なるほどね」
右腕の、自動情報収集が開始されず静かなままのExeの球体を小突いて、わざとらしく納得してみせる。
「オリジナルか。それで地上に出力できたか」
「おうよ。予想外にいろいろあってね」
エプシロンは早速その話を始めようとするが、その後ろから声が掛かる。
「その話については、私からさせてほしい」
二人の間を割って、ラムダが一歩前へ出た。エータはラムダに向き直る。その誰も見取れないほんの一瞬には、気の緩みが表れていた。
「こう言うのもおかしいかもしれないが、久し振りだね。見違えたよ。大きくなったね。……今は、何と呼ぼうか」
「エータですよ。あの時から今まで、俺はまだ居られることができています」
それを、少し遠巻きに見ていたリンだったが、その初老の男性に対するエータの態度からいつもの冷めた調子が感じられないのに気付き、驚いていた。
「その人もアンチナンバーズのひと?」
アリスと連れ立って、リンも話しに加わる。
「いや、そうではないが、重要な協力者だ」
 それからラムダとエータがおもになって、簡単にそれぞれの人員と経緯・状況について情報の交換が行われた。アリスにとっては既に大体が聞かされていた内容であったし、リンも、さすがに突拍子もない飛躍をした話にはもう慣れていて、大方のことは整理して頭に入れることができていた。また、申し合わせたわけではないが双方、その場において本筋に関係の薄い、ややこしい話は省いた。
「それで、あとひとつ確認しておきたいんだが」
話がひと段落ついた後、エータはやや決まりの悪い様子で尋ねた。
「ここは地上のどのあたりだ?」
「何だよ、お前にしちゃあ随分と情けないな」
エプシロンは最初、エータの腕にコピーExeが装着されていないのを、ゼロの重圧を回避するためと思っていたのだが、このとき漸く、彼のExeが完全に使用不能となっていることに気付いた。
「転送座標をお前じゃなくて、Gグリッターにセットしといた俺のニュータイプ的ファインプレイがなかったら、今頃は時空の迷子だぜ。……っと、ええと」
エプシロンは自らのオリジナルExeで調べようとするが、しかし未だに空間転移の負荷から回復しておらず、反応が著しく鈍い。
「ええと……………………リュー姉、リュー姉、ここどこだか分かる?」
『連盟の裏側だ、真裏。あとその呼び方やめろ』
「……だそうだ」
『のんびりしていてどうするんだ。さっさとその連盟とかに行くんだろ』
エプシロンの無線機に、苛々したリュウエの声が混じる。モビルスーツのシートに座りっぱなしだったリューネルトとリュウエも、無線を通じて話を聴いていた。見た目が派手になった寄せ集めヴィングが、今にも飛び立たんとするようにインテークから熱気を漏らしている。
 エータはひとり、不味い顔をした。最悪の状況になることを避けるためとはいえ、慌てて転移した結果が、このなんとも分かりやすく地上において最も連盟から離れた場所である。ゼロの干渉によって、再びExeで連盟まで戻ることは不可能だろう。
「俺のミスだ……。これでは後手に回り過ぎる」
「まあ、そう悲観しなさんな。結構なんとかなるもんだって。これくらい」
エプシロンは軽く笑って、乗ってきたモビルスーツに向かう。一度コクピットにもぐりこんで、それから再び顔を出す。その位置から、何かが放り投げられた。
 下にいたエータは反射的にそれを受け取る。エプシロンの所持していたコピーExeであった。
「何でかは訊かないけどさ、オリジナル使うのは嫌なんだろ?」
「……すまない」
受け取ったExeを、火傷のぎこちない手で装着しようとする。エータのもたついているのを見て、リンは黙ったままそれを手伝った。
「すまないな」
「謝りすぎだ。あんたがそんなに思うことなんてないよ。とりあえず、今はね」
 そして、皆それぞれ自分のモビルスーツへと乗り込み、移動を開始した。



 ネクサスからGグリッターへ、プライベートの通信回線が開く。
『それにしても、リンも隅に置けないってやつだねぇー』
『はあ?』
ほとんど言葉を交わさなかった先ほどから一転して、アリスは明るく調子の良い感じになっている。リンはその変容に鼻白む。
『エータさんだって。良さそうじゃない、いい雰囲気だったし』
『んな、何を言うのかと思えば』
その言わんとしているところに思い当たったリンは、コンソールモニターに小さく映ったアリスへとツッコミの手を入れながら、
『さっきの話聞いてなかったのか? 仕方ない共同戦線みたいなもんで、その、そういう感情に発展するわけないだろう』
落ち着いて、他愛ない日常的な会話として受け答える。
 そして、リンはそのいつもの二人の呼吸に戻ったのであろう感覚に安堵した。
 しかし、アリスは急に口を紡ぎ、モニターから目線を落とす。
『そっか……そうだよね』
『アリス?』
『……ごめん』
唐突に回線が切られる。そのどこか普通ではなかった様子に、リンはすぐに自分の側から通信を繋げようとコンソールに手を伸ばすが、その手は操作盤に届かなかった。
「……いろいろあったんだ。全部終わったら、ちゃんと話そうね」



 同じく、イブンブロウとG・エボリューションの通信。
『そういえばさ、リューネルトはご先祖サマに会ったってぇのに、リアクション無かったね』
『血の縁だって遠過ぎれば他人だよ。それに、だいたい世界だって違う。あのリンの子孫というわけではないからな』
『そっかー……そんなもんかね』
聴いておきながら、エプシロンはその返答が自分の期待していたところから外れていたことで、ぞんざいに相槌を打つ。血の繋がりだの、血の才能だのという話はつまらないのだ。
ならば、ほぼそう答えると分かっていたようなことを、わざわざ話題に挙げなくてもいいものだが、他愛なく思ったことはだいたい口に出してしまうのがエプシロンである。期待していたほうの答えがどんなだったかさえ、既に頭から消えていた。
『それより、オリジナルExeは大丈夫か?』
『ああ、まあね』
G・エボリューションもイブンブロウも、ナンバーズ側が造ったモビルスーツであったから時空転移にも耐えたが、性能も機構も『概念』よりはるかに劣るため、その不安定さをExeで常に補整していなければならない。
「せっかくオリジナルが手に入ったんだし、あとは何とかしてエオローが戻ってくりゃなぁ……」



 さらに同じく、ウルとヴィング・Oの通信(全機にオープン)。
『それで、どうするつもりだい』
ヴィングに相乗りしているラムダがエータに問う。
『ここから最も近い空港まで、2時間ほどで着けるはずだ。そこに高速輸送機があることに賭ける』
『悠長な奴だな。やはり俺だけでも先に行く! ヴィングなら……』
激昂して本気でスロットルを押し込もうとするリュウエを、ラムダが何とか止めて諫める。
「君が一人で行って事態が好転するかね。自分に何ができるのかを、よく考えるんだ」
「…………くそっ」
機体がいくら超抜機だろうと推進剤には限りがあり、パイロットにはスタミナの限界がある。考え様によっては、今は反撃の態勢を万全にするための良い休憩時間にもなり得るのだ。
皆が、そう思って逸る気を抑えている。
『その空港なら、確か軍が入っていたはず。ちょっと余計なリスクが多くなるけど、可能性は高いと思うよ』
リンが連盟の人間として一応頭に入っていた知識でフォローする。
『強奪か……。今更、我が身の体裁を気にするということもないが、自分の世界ではないと不思議と遠慮心が湧くものだね』
『…………』
変わらぬ紳士的な口調で、実はやや問題ありそうなことを言うラムダに一同は揃って閉口した。
平原を抜けて、山岳部が続く。



――――――



 雪が降り始めた。
連盟のあるこの平野部、この季節では異常の事である。
しかし、そのことを誰も気に留めない。また、感想を生じさせることはあっても、それを反芻している心の余裕が無いために、無関心であるという装いをして格好をつけているのである。
 フェリオは、自分がその降りしきる白を眺めているのか、それとも少年の、その確かに柔らかさと温かみが感じられる頭(こうべ)の白を見つめているのか、特に注意して考えていなかった。
 リンとアリスが毎日のように使っていたトレーニングルームがすぐ横手にある、休憩所を兼ねたロビーには、連盟で最も大きなガラス窓がある。まだ朝は早い。硬めのソファに腰掛けて、お互い手の届く距離で対峙するゼロとフェリオ。
 ゼロの姿形はアグゼによく似ている。そしてフェリオは、彼のフィットである雰囲気も感じている。
「あなたは、完全なフィットではない?」
フェリオは今、特に拘束もされていない。外野にナンバーズの見張りがいるわけでもない。モビルスーツという隔てるものがあったこれまでの対峙とは明らかに違う、最も望んでいたはずの面会である。もしもこのような形であったなら、きっとうまくいくはずと思っていたその状況である。
 空の明るさが増して、ゼロの表情が読み取れない。頷いたのか、俯いたのか判別できない。
「私を……恨んでいるんでしょう。そうでしょ!!」
「違うよ。それは違う、姉さん」
「なら、何故こんなことをするの」
あの妙な意識空間でゼロと出会ってからフェリオは、目の前の弟との幼き日を、今ではすべて鮮明に思い出していた。だがそれは、フェリオにとって鮮明に思えるというだけであって、事実であるかどうかを語るにはあまりに確実さが足りない。そこに少なからず妄信が含まれているのだ。
 リンもエータもいなくなってしまった。頼れるものの見当たらないなか、体内で増え続ける不安と絶望感を、必死にただの焦燥感に置き換えていた。
「……姉さんには、僕の味方でいてほしいんだ」
もう後悔するわけにはいかないという決意にあるフェリオは、その決意よりほかの内心を微塵も外に漏らしていない。そのフェリオにゼロは、この上なく穏やかに話しかける。
 沈黙が長い。
 ほぼ誰も居なくなった連盟内は静かである。他の一般隊員は軟禁されていたが、それほど厳しいものでもなく、逃げ出す者は逃げ出してしまっている。設備の一切が封鎖されているのだ。それだけで連盟という組織は完全に無力となってしまった。『一枚岩ではないですが、連盟は組織としては岩の枚数が少なすぎます』と、いつか連盟の誰かが言っていたことが、ふと頭の片隅に浮かぶ。しかし、今までは組織としての厚みなどは、そう重要なことではなかったのも事実である。
「あなたがそれを望むなら、分かっているはずよ。そんな力は捨ててしまって、昔みたいに……いいえ、これからはずっと一緒にいましょう?」
フェリオは紛れもない本心を吐露する。だが余分に頭で考えすぎて、やや理性的に寄った物言いになってしまう。
 ゼロは薄く笑む。
 連盟に人を裁く権限は無い。さらに、フィットという少年はこの世界ではもう長い間、行方不明者という扱いである。ゼロがもしもその立場を放棄し、無法に分岐してしまった世界との関係を絶てば、有耶無耶のままに事態を収束させることさえもできなくはないのだ。
「その少しの齟齬が残念だ」
ゼロは、ゼロの口調に戻る。
フィットの口から発せられるゼロの言葉は、フェリオにとって大変なストレスになっていた。フィットに悪霊のようなものが取り憑いているのだと、フェリオはそういう結論に落ち着こうとしていた。
「一度壊れてしまったものは、もう完全には元に戻らないんだよ。“一度壊れてしまった”というレッテルは、絶対に剥がすことはできないんだよ」
ゼロはゆったりと腰を上げて、出入り口へと向かう。
「大丈夫だよ。早ければ今夜にでも、すべてが終わる」
「連盟を潰させはしないわ」
「それでこそ姉さんだ」
ドアが開かれると、湿った風が舞い込んでくる。フェリオはその風の先を睨む。



 昼近くになって雪は止み、薄曇りの空が段々と晴れてきていた。
 外には、ナンバーズの『概念』3機とガル・ギューフ、そしてバシレウスが並び立っている。ソウェイルの姿が見当たらない。それに乗っているはずのビアンドゥも居ない。
ガル・ギューフの足元にはスライダーが佇んでいる。そこに、トゥイレッティ・ダンセが近づく。
「あなたの様な何でもない方がここに居られること、理解し難いですわ」
大分と高い位置にあるスライダーの顔をひどく睨めつける。
「あのナンバー1の男といい、ゼロの側らに居るのはわたくしだけでいいというのに……」
スライダーに対して話しているというよりは、一人で愚痴をこぼしているようである。スライダーもまた、相手にしている様子はない。
「何よりも……」
ダンセの声のトーンが、腹の底で鳴るような重低音に落ちた。その時だけスライダーは視線を動かす。だが、ダンセの言葉が続くことはなかった。その見た目にも毒々しさを放つ感情は、言葉となって発散されなかった。
 すぐ傍で甲高く耳障りな起動音が起こると、エオローが飛び立って、片鱗の武器フイェレンを四方八方に蒔いた。スライダーはそれを見上げて、何となくでその意味するところを察し、立ち位置を微妙に変えた。ダンセは、ふんと鼻を鳴らすと、次にはどこかへ消えていた。
 “フィットに似た少年”であるアグゼは、バシレウスの中で安らかな寝息を立てて眠っていた。
 ゼロは連盟の司令室で、その様子をフェリオに見せた。フェリオにはその意図を量ることができない。それどころか、モニターの向こうにいるアグゼに対してどのような感情を催せばいいのかすら、分かっていない。
 あっという間に、エオローのフイェレンが陣形し、バシレウスに対して構えた。
「ちなみに今、バシレウスは起動してはいるが、あれには自動防衛プログラムの類は一切無い」
「え?」
ゼロの言葉が終わるとほぼ同時に、光が現れた。すべてのフイェレンから一点に高エネルギーが放たれ、巨大な破壊力のかたまりが光と化してバシレウスに降り注いだのだ。その一瞬にゼロのほうに気を取られてしまったため、フェリオはその光景を把握するのに遅れてしまった。



 光が解かれると、バシレウスは全く無傷で健在していた。強靭なフィールドの作用でエオローの攻撃は散って、機体の周囲には無数の焼け跡が残っていた。司令室のモニターに対して背を向けていたバシレウスが、その全体を振り向かせる。カメラアイの視線が、ゼロとフェリオの視線と交錯したようである。
「覚醒したか。ならば君はアックスだな。……眠りに就いたと言ったほうが正しいか」
「僕はキセア・システムの同期調整補体、その予備意識体です。フィットであるあなたの活動が確認された今、僕が活動状態を維持している理由は何か?」
「強制的に付加された人格だからって陳ねないでくれよ。久し振りに会ったというのに」
「……君と僕は本来なら会うことなど不可能なはずだ。どうやら相当異常な事態のようだね」
「その通り。とても好ましい事態さ」
「“アックスの力”を勝手に使っていたのは君か」
ゼロが、アックスと呼んだアグゼとの会話を続ける。姿も声も似すぎている二人が、今度は話し方も雰囲気までも、その内容が理解し難いところまで似てしまっている。悪霊が増えた。フェリオはいよいよ耐え切れなくなって、その場に塞ぎ込んでしまった。



――――――



 目的の空港には、意外な人物が待ち構えていた。その男は申し訳ないような、会心のような曖昧な様子でもってアリスたちを迎えた。
 ウィンストンである。
「おっさん、何してんのこんなとこで」
「いや、少し前までルナツーで立ち往生食ってたんだがな……」
今に至るまでこの連盟世界では、ナンバーズの動きは全く表面化していなかった。それが、市街地近くでの戦闘――おもにGグリッターのFMブレイカーの閃光だが――や、ルナツーの爆発騒動、そしてまだほんの数時間前の、バシレウスによる地形を変える攻撃などが立て続けに起こったことで、各国各軍が感知ないし静観態勢を崩し始めたのだ。
 ウィンストンも、この事態に際して切迫性を感じ、大きな貸しを作ることを覚悟で軍との交渉に臨んだとのことである。もちろん、ウィンストンは連盟内においてそう重要な位置にいる人間ではなかったため、初めのうちは話すらままならなかったのだが、自身の失態の続いていることに憤るウィンストンの執拗さと、彼のルナツーでの友人の介助があってなんとか協力にこぎつけられたのである。
 このウィンストンの友人とはニムートとという初老の男であるが、実はウィンストンも、この男が一概に何者であると言えるほど正体を知っていない。ニムートは、ルナツーを拠点にして何か企業を営んでいるとのことだが、その以前には連盟に在籍している人間だった。それがどうしてか連盟を去ったのだが、古い話であるためにその詳しい事情を知っている者はいない。とにかく、その彼がこの連盟の危機に対して協力的に働きかけたのである。
 そしてすぐさま、軍の目と情報力とによって地上の状況を把握し、この空港へと向かうアリスたちの一団を発見し、現在のこの面会に至ったのだ。
 ウィンストンは、掻い摘んでそのように説明した。
 その間に、ここまで乗ってきたモビルスーツは軍の中型翼艦(宇宙世紀で言うところのガウ、ガルダ級などに似た艦艇)に全機収容された。滑走路の片隅にて雑然と休憩しながらその光景を、一同とともに眺めていたリンは、これほどの借りがどれだけ高くつくものか、なるべくなら知りたくない性質の見積もりは、そのニムートとかいう得体の知れない男次第なのだろうと、現実的に算用していた。



 離陸準備が整うと、ウィンストンを面子に加えて、早速出航する。
この中型翼艦は、名前をバラックスという。全長140メートル、翼幅333メートル、軍においては型の古いほうに入るものではあるが、飛行するだけなら数人の人手で済み、連盟までは8時間もあれば着けるなかなか性能の良い艦である。備品は貸せるものの、人員の提供は勘弁こうむるという軍の意向でもあるのだろう。
 また、修理設備は封印されていたが、武器弾薬を除く補給設備は使用できる状態になっていた。もっとも、そんな軍の細かい駆け引きに付き合う理由の全く無いエプシロンたちアンチナンバーズの面々は、当然のように封印を手軽く解除して、修理設備をもふんだんに使用していた。
 ウィンストンを艦長兼操舵手とし、ラムダがその補佐に付く。他の人員は、万一の襲撃に備えてモビルスーツでの待機を休憩として、ブリッジクルーとの交代制をとる。しかし実質的には、皆、ブリッジにいる時間のほうが休まるようであった。



 変異が起きた。最初のそれに気づくことが出来たのは、Gグリッターの中で待機していたリンただ一人だけである。
 リンは、訳も分からずに突然の喪失感に襲われた。
途方もなく大きな喪失感である。前後不覚に陥り、体のすみずみまで血流の方向を失う感覚であった。また、体中の生気が気化して抜けてゆく感覚であった。そしてその感覚が、自らの内側と、Gグリッター全体から集中して体の芯のところを目掛けて当てられていることに気づいたとき、リンはその正体を知ったのだ。
「リン……ねぇ、どうしたの? リン!! ……大丈夫なの?!」
待機の交代を告げに来たアリスが、そのリンの異変を察してコクピットハッチを叩く。眠ってしまっているのだろうなどと思わないのは、何度かの待機で、それがとても眠る気になどなれないものだということを分かっているからである。
「リングが……」
装甲を伝ってリンの声がわずかに漏れる。
「リングが消えた……WEBRINGが、消滅してしまった……」
Gグリッターの背に浮いていた巨大な輪が、落ちる。
 アリスは、もともと灯ってはいなかったはずのGグリッターの目から、光が消えるのを目撃した。



――――――



 エータはひとり、己の中にあって絶対に剥がれることのないゼロの部分と向き合っていた。

「お前の理想は、世界を弾き飛ばす」
「その通りだ」

自分の中のゼロは、自分と同じ姿をして、同じ声で、同じ欲望を持っている。

「私はシステムを使って世界を最小単位の要素、項目、存在に細分化し、拡散させる。……するとどうなるか?」
「存在にわずかに残された意思、残された意識によって世界は徐々に再生していくんだ。完全な形に、再生していくんだ」

ゼロの感情が裾野を広げてゆく。エータは、もう何度もそれに飲まれている。
溺れる恐怖に足が竦んでしまっている。

『この世界が不完全だっていうの!?』

『世界なんて不完全なものだろ!!』

『世界とか不完全とか、そんなのどうでもいいじゃない……』

突然、遠くから女性の声が聴こえる。三つのその声は、すべて知っているものだった。
どれも言っていることは勝手で、ばらばらだったが、何故か勇気が出た。

「私はね、この世界から偶然にも弾き出されてしまったこの少年を、この世界に帰してあげようというんだよ」

ゼロの言葉はもう心を揺らさなくなっていた。

「お前は狂気だ」

そう吐き捨てると、ゼロは居なくなった。
そこで目が覚める。
悲痛な叫びを聴いた気がして、エータはウルのコクピットから出た。