「OGFオリガンリレー小説〜ケ・セラ・セラ〜」 第6回更新分

中古の輸送船を改造しただけの、連盟軍MS母艦の操舵室で、クオン、レーン、そして艦長のウィンストンが並んで、窓外の天高く昇り立つ雲と、その先端で煌めく閃光を見上げていた。

「行っちゃいましたね」
普段の軽さを失った、溜息まじりのクオンに、レーンが「クオンの『淋しい病』がまた始まったわ」と茶化す。
彼女にはこのしんみりとした空気が不快だったからだ。

 フェリオとアグゼを乗せ、越境ドライヴを腹に抱えた宇宙船は、打ち上げ用補助ロケットの吹き出す大袈裟な雲を従えて、空高く消えていった。


 レーンが操舵室を見渡し、肩をすくめて言った。
「それにしても、なんでウチ(連盟)の船は、こんなに中古ばっかなの?」

 今飛び立ったフェリオの越境ドライヴ搭載艦にしろ、彼女らのいる、このMS母艦にしろ、連盟軍所属の艦艇は全て、どこかの<オリガン世界>から拝借したお下がりの中古品ばかりであった。
MS母艦にしているこの船も、四角いマッチ箱のような、コロンブス級と呼ばれる船で、元は、どこかの<オリガン世界>で活躍していたものに違いない。

 「それは……」
と、寡黙にこの打ち上げを見守っていた艦長ウィンストンの、手入れの行き届いた、やや白いものの混じるヒゲの隙間から、唸るようなバリトンがもれる。

 クオンとレーンは、彼らの頭上で、細い目をさらに細めてフェリオの船を見送る、艦長の顔を振り仰いだ。

 その視線に気付いたウィンストンは右手を挙げ、気まずそうに、剃りあげた頭を軽く撫でながら「オレが言った、と触れて回ったりするなよ」と、訴えるように表情を曇らせてつぶやいた。

「リンが、連盟の予算を使い込んでるって話だ」と。

「え、艦長……それ、真に受けてんでスか?」
 先程まで、感傷に浸り涙ぐんでまでいたクオンが、ここぞとばかり、艦長をからかうおどけたいつものクオンに戻っていた。
レーンはそれにホッとした様子で、
「嫌ですわ艦長。あれはみんなブラフだって事ぐらい、誰でも知っていますわよ」
と、クオンの調子にあわせてみせた。
 ウィンストンは、孫ほど年の離れた二人を、まさに、それをあしらうように優しく見おろし、蓄えたヒゲごと口端をぐいっとあげ、苦笑するだけだった。
 決して、
「皆は、本当のことを知らないから、そうやって笑っていられるのだ」
などとは、おくびにも出さずに。


 *

 打ち上げの最中、フェリオは懸命に祈りを捧げていた。
しかしそれは、打ち上げの成功を期してのものではない。

「私たちが戻るまで、ここをしっかりと守っていてね」
彼女は腹の前でしっかりと手を組み、目を閉じて。

「それと、私たちが戻るまで、誰も、絶対に死なないでね」

彼女の頬に、一筋、涙が流れた。





 無事、衛星軌道に辿り着くと、フェリオは先ず、アグゼに、無重力状態での生活について、懇々とレクチャーを始めた。
口はきけないが、現状ではハイかイイエの意思表示さえできれば、何も問題はなく、彼自身の飲み込みも早く、手こずらずに済んだ。ある二点を除けば……



 越境ドライヴ搭載型ストラテーゴス専用巡洋艦<Cヴィック>の操舵室は、隣接する居住空間との壁を全て取り払ってあるため、ちょっとした会議室ほどの広さがあった。
更に、窓を増設してあり、開放感も充足している。

その部屋には、薄いピンク色の壁紙が貼られ、天井と床には毛脚の長いふかふかのカーペットが敷かれ、通信販売でそろえたような数々の調度品はみな白に統一されている。
 そのぬっぺりとした白のなか、所々に取っ手などの赤いアクセントがあしらわれ、一見失われていた立体感を取り戻している。

 無重力対応の為、生活感を微塵に感じさせないショールームのように整然としたこの部屋にあって、唯一、壁に飾られた額が、この部屋に人の温もりを感じさせた。

 額に入っているのは、幼い姉弟が、見る者に惜しげもなく無垢な笑顔を振りまいている写真。

 そこには、抜け落ちた羽根を綺麗に並べたような美しい字体で姉弟の名が記されていた。

赤い瞳の姉(とはいえ幼児)には、フェリオ。
 そして、彼女が抱く、金色と銀色の瞳(ヘテロクロミア)の赤ん坊、フィット。

 勿論、アグゼにはそれらの文字は読めなかったが、この幼女がフェリオであることは、簡単に察しがついた。

 彼は上気した体にバスタオルを腰に巻いただけの格好で、それを眺めていた。
心温まる笑顔が、混沌とした現在のアグゼの心境を癒やしてくれるようで、じっと眺めていた。
すると突然、

「もう! そんな格好でうろうろするなんて行儀が悪いぞォ」

とフェリオが、彼女なりに母親ぶった口調でフワリと部屋に入ってきた。
しかし、そういう、彼女もバスタオル一枚を体に巻いただけの姿である。

 アグゼは慌てて仰け反り、頬を更に朱くして彼女から逃げ出そうとしたが、慣れない無重力環境なうえ、腰に巻いたタオルが、彼の意に叛してひるがえるので、両手の自由も奪われ、為す術もなく彼女に抱き寄せられた。

「つ・か・ま・え・た、おませさん」

 艶っぽい意地悪な声で彼女は、わざと、アグゼのイヤホンをしていない方の耳に囁いた。
くすぐったくてアグゼが思わず首をすくめるのを、彼女は面白がって、何度もそれを繰り返した。


 こうしてようやく、無重力環境での簡単なレクチャーを、(アグゼにとって耐え難いほど恥ずかしかったトイレと風呂に関するものも含む)全て終え、フェリオは着替えを済ませると、食事の支度にとりかかった。



 操舵室の床にはめられた小窓からは、<Cヴィック>の舳先が見下ろせた。
そこには、フェリオ専用MSストラテーゴスが、大航海時代の帆船の舳先に掲げられた女神像よろしく、格納と言うよりも、船と一体化するように、腹から下を<Cヴィック>と合体させていた。


物珍しそうに、その小窓に屈み込み、張り付いている小さな体は、フリルやレースをふんだんに使用した、黒いビロードのドレスをまとっていた。

「着てた服も、もってきた服も全部、今、洗濯してるし」

と、アグゼが着せられたのは、フェリオが昔に着ていたものだという。

 彼は、ブラウスとドロワーズと呼ばれるダブダブのパンツだけで充分だと感じたが、このことに関しては別段、恥ずかしいことをされる訳でも、嫌な思いをする訳でもなかったので、彼女にされるがまま、ドレスも、靴下も、靴も、ヘッドドレスと呼ばれるものも、おとなしく身につけていることにした。
「カワイイ♪」とフェリオが喜んでくれるので、彼自身、その服装にどんな意味があるのかは知らなかったが、満更でもなかった。

 臙脂のタイトなスーツに、白いニーソックスと白ウサギのスリッパを履いたフェリオが、食事の支度を終え部屋に戻ると、アグゼは、床の小窓に頬を押しつけ、柔らかな光沢を放つスカートをシーツに丸まり、小さな寝息をたてていた。

 突然の、驚きの、数々の出来事に見舞われたアグゼのことを慮(おもんぱか)り、フェリオは眉を垂らせ、微笑んで、そおっと、優しく、小さな彼を抱いて、寝室へと無重力を泳いだ。



 翌朝、とはいえアグゼ達を基準とした時計の上での朝。窓外は真暗広大な夜の世界。
 アグゼが操舵室にいくと、右舷の窓には、半身を煌々と輝かせた月があった、地上で見上げるのとは比べものにならない大きさで。

 操作卓で作業していたフェリオが、彼に気付き、手を止めて振り返った。

「起さないように、って。やっぱりシワクチャになっちゃったね」

 頬にレースの型がまだ赤く残るアグゼは首を傾げる。

「ドレス。それ、一番のお気に入りだったんだけどね、ま、いいか」

と彼女は微笑んだ。

 アグゼは慌てて自分の格好を確かめてみる。
昨夜、彼女の人形にでもなったかのように着せられたドレスに、不格好な折り目や皺が、いくつも這っていた。
 彼は、眉尻を下げ、上目遣いにフェリオを窺った。

「気にしなくてもいいよ。それハイテク生地だから、放っておけばすぐに卸たてみたいに綺麗になるし」

 フェリオの笑みは、写真の中の幼い彼女と同じ、アグゼには彼の心を癒やす母のような後光を放ってみえていた。

 フェリオに促され、二人はすぐに食事を摂ることにした。
アグゼにとって初めての、見慣れない、食べ慣れない食事も、きのうは緊張と興奮で昼食は喉を通らず、夕食も待たずに疲労で眠りこけ、空腹だったせいか、ペロリとたいらげた。

 ドレスの皺も消え、腹も膨らんで、人心地つくと次は、月への興味が湧きあがり、アグゼの心を躍らせた。
村を出る車の中でみせた「指さす仕草」で、彼は窓外の月を突いてみては、何かを訴えるようにフェリオの顔を覗き込み、彼女の袖を引いた。

「もしかして、月に行きたいの?」

 大きく、何度も頷く無邪気な彼の笑顔をみて、フェリオが少し表情を曇らせると、アグゼのそれもすぐに呼応して暗く沈みだした。

「あ、でもね。一段落したら、絶対! ぜ〜ったいに連れて行ってあげるから」
とフェリオが慌ててフォローしてみたものの、彼は愛想笑顔で応えるだけだった。

「でも、あ、えっと……」
 アグゼの堪え忍ぶような表情に、フェリオの母性が「月を目指せ」と悲鳴をあげた。
また、「差し迫っている任務を優先せよ」と理性が警鐘を鳴らすのだが、彼女自身が未だ若く、子供であった為、この相反する感情をどう取り繕えば良いのか判らず、ただ只、無闇に心を掻き乱されるのであった。

「ま、やってみなきゃ分かんないか。ホラ、もしかするとキセア達が月にいるかもしれないし」
と勢いよく立ち上がり、顔を輝かせ、アグゼの手を取り奮い立たせようとしたが、あまり勢いよく立ち上がったせいで、フェリオの体は宙にフワリと頼りなげに浮き上がっていた。
これにはアグゼもキャっとはしゃいだ。
「おと、おっと」


 越境ドライヴの準備は、フェリオが今朝早くから進めていて、ほぼ完了していた。あとは、行き先を入力するだけである。
 操作卓でフェリオがなにやら指を走らせると、操舵室の床の中央が一部、円く割れ、その空いた穴から、いかにも急遽仕立てなシートが迫り上がってきた。歯科医の診察台のようなそのシートからは、コードの類が剥き出しで、無造作に、だらしなく、何本も何本も、床に空いた穴の中へ垂れ下がっていた。

 フェリオは、アグゼをそのシートに寝かせると、その左側に備付けられた、更に粗末な補助席のようなイスに腰掛けた。

「大丈夫、心配しないで。リラックスして、この娘の事を考えてみて。そう見ているだけでいいのよ」
そういって、フェリオはアグゼの顔の前に一枚の写真をかざしていた。

 翡翠の髪の少女がその中で微笑んでいた。

 と、

 何かが起こった、アグゼの中で。


 彼は急に頭が真っ白になり、目を見開いたまま気を失った。

 そこに残ったのは体だけだった。

 内なる宇宙が輝き溢れ、彼の中からほとばしる。

 口腔からはスポットライトのような光の柱が立ち、

 骨を、血を、肉を、皮膚を、透かして、

 黒と白の豪奢なドレスを、春風がいたずらするようにはためかせ、

 碧かった二つの瞳は、ひとつが金に、ひとつが銀に、

 ギラギラと、グルグルと、煌めいた。





 

 ***


 キセアは、気を失った(シャットダウンした)まま、明るい部屋の、診察台に寝かされていた。
 眩しくはない。診察台から延びる配線は、無造作にのたうち、床を埋め尽くす。
幾つもの機材が、姫の亡骸にすがる小人たちのように彼女を取り囲み、その間を縫うように、白衣の人々が忙しく立ち回っている。
今のところ、誰も言葉を発していない。帽子、ゴーグル、マスク、手袋、と完全密封された人々の体格の違いはわかれど、年齢、性別は見分けられず、それは小人にちょっかいをかける幽霊(ゴースト)にもみえた。

 と突然、なんの兆しもなく、一台の機材(コビト)がビープ音を発すると、びくりと、白いゴースト達が一斉に視線を集中させた。
 一拍の後、他の小人たちも、怒号を、悲鳴を、雄叫びを、嬌声を、銘々に鳴らし、あげ、発した。

 おろおろとゴースト達は慌てた。

その中で、

 診察台から一本、腕が挙がる、ゆっくりと。
ゆっくりと、ぴんと人差指を立て、真っ直ぐ、天井を指し、止まる。

 白衣の人々も、それまでに全員がキセアの挙動に気付き、ある者は近寄り、ある者は息を呑み、立ちすくみ、彼女を見守った。

ゆっくりと、キセアは上体を浮かせる、人でいう、腹筋だけで。

 両の瞳は見開かれていたが、そこに生気は無かった。

金と銀の冷たい光を宿していたが、

そこに生気は無かった。
 再起動した訳ではなかったのだ。

その彼女から、薄く尖り気味の唇から、声がもれた。

「つ、月……」

ボーイソプラノで。







 ***



 「フィット! フィット! 大丈夫!?」

 目覚めれば、そこは<Cヴィック>の操舵室だった。
明るさに目を瞬かせ、ゆっくりと、肘をつき、上体を持ち上げようとするのを、フェリオは横でしっかりと支えてくれていた。

「アグゼくん! 大丈夫!?」
うっすらと涙を浮かべたフェリオが、心配そうに、アグゼの瞳を真っ直ぐ覗き込みながら訊いた。

 アグゼは、思わず「大丈夫だよ」と声を出してみようとしたが、今見た夢のようには、声を出せなかった。

 慌てて、彼は微笑んでみせると、安心して気が緩んだのか、フェリオの潤んだ瞳から頬に涙が零れた。

「よかった」
と、彼女は彼の頭を抱きしめ、額や頬に何度もキスをした。

 アグゼはされるがままになりながら、夢の中で出した自分の声のことを考えていた。
 これまで、例え夢の中だとしても、声を出せたことはなかった。彼にはそれが当たり前だったからだ。



 <Cヴィック>が辿り着いた場所は、星のない宇宙だった。
視界に入る物といえば、青く輝く、二十七個の輪(リング)だけだった。

「そうよね、キセアの気配を辿ろうとすれば、こうなるよね」


 越境ドライブはそう易々と連続起動させられない。

「ほんと、長い旅になりそうだね」


肩を落とすフェリオを、心配そうにアグゼが繋いだ手を優しく握った。

「ううん、大丈夫。大丈夫だよ」
フェリオも軽く握りかえし、苦笑いしてみせるとアグゼも同じように口を歪めてみせたので、彼女は思わず吹き出した。

 そう、此処は「キセアアンテナ」