固く足を締めつける革靴を脱ぐと、ジェシーは素早く周囲を見渡し、靴下もそっと巻き下ろして裸足になった。
時は六月。 ミシガン湖にほど近いこの辺りでは、草原は一面の緑だった。 午前六時なので、まだ朝露が残っていて、草を踏みしめて歩くと、ひんやりと指の間が湿った。
百ヤードほど離れたところで、アンディが枝を振り回しているのが見える。 おそらく銃剣でドイツ兵に突きかかっているつもりなのだろう。 やがてその大きな枝を肩にかつぎ、狙いを定めて撃つまねをし始めた。
ひとりなのが可哀そうだわ――裾が濡れないようにスカートを軽く持ち上げながら、ジェシーは小さく溜め息を漏らした。 カナダのモントリオールから実家に戻ってきて半月だが、このあたりは大きな農家ばかりなので隣りまで距離があり、おまけにたまたま小さい子供が近所にはいなかった。 農業高校に通っている女の子が一人いるにはいるが、コークとボーイフレンドに夢中で、五歳のチビなんかに興味を持つはずもなかった。
ジェシーがそれとなく見ていると、アンディは銃に見たてた枝を肩から降ろし、草原の端に一本だけぽつんと立っている大木の後ろに回った。 かくれんぼうでもしているつもりなのだろう。 ジェシーはちょっと微笑み、腰をかがめてシロツメクサを摘みはじめた。 やがて少年の嬉しそうな笑い声が、風に乗って伝わってきた。
半時間ほど経つと、朝露はすっかり乾き、草は高くなった太陽の光を受けて、浅黄色に輝き出した。 切り株に座って花冠を編んでいたジェシーは、つい5分ほど前にゆるい斜面を駆け下りたり登ったりしていたアンディの姿が見えないのに気づき、立ち上がって大声で呼んだ。
「アンディ!」
思ったより近くの窪みから、むくっと少年が起きあがった。
「なあに?」
ほっとして、ジェシーは笑顔になった。
「朝ご飯の時間よ。 そろそろうちに帰りましょう」
「えー」
気が進まない様子で、アンディはだだをこねた。
「もうちょっと。 あと十分」
「充分遊んだわ。 さあ」
ジェシーは編んだ花を頭に載せ、さっさと歩き出した。 アンディは窪地を名残惜しそうに見つめていたが、しかたなく母の後に従った。
やがて短い脚を風車のように動かして追いついてきたアンディは、はあはあ言いながら母の横顔を見上げた。
「あのね、追いかけっこしたんだ」
「そう」
「一緒に寝たんだよ。 あの窪んだとこで。 毛がさ、鼻に入って、くしゅんってなっちゃった。 でもあったかかかったよ」
「ふうん、誰と?」
「ジャック」
「犬?」
「うん! ほら、あそこにいる」
ジェシーが振り返ると、朝日がまぶしく眼を射た。 ジェシーは思わず顔をそむけ、何度かまばたきしてからまた視線を戻した。
草原は静かだった。 そよ風になびく草むらには、生き物の気配はない。 小鳥の声さえ聞こえなかった。
「どこ? 見えないよ」
伸び上がって草原を見渡したアンディは、残念そうに首を振った。
「ほんとだ。 帰っちゃったみたい」
さっきから犬なんかいなかったことを、ジェシーは知っていた。
子供の空想は果てしなく広がるらしい。 ほほえましくて、ジェシーはアンディの焦茶色の巻き毛をぎゅっと撫で、そよ風に散らした。
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