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ここでは、メルマガ『ロシアなひととき』の中で、現地ロシア人スタッフによって紹介された、役立つ情報から生活術や習慣まで、様々なジャンルの情報を皆さまにお届けします。 |
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(ロシア人スタッフ:L) 先日、東京では雪が降ったそうですが、私たちの住む街では10月中旬から既に雪が降っていて、今週の月曜日は−12度、一番寒かった日は−20度まで気温が下がりました。今日は−1度なのでそれほど寒くありません。 私の国にはたくさんの種類の防寒着がありますが、その中でも毛皮のものは有名だと思います。例えば、Шуба
(シューバ:裾長の毛皮のコート)、Дублёнка
(ドゥブリョーンカ:なめし皮の裾が短いコート)、Куртка
(クールトカ:厚手のジャケット)。これらの値段はデパートで買うとかなり高いですが、ルィノク(市場)で買うと安く手に入ります。また、Шуба
などの毛皮製品は毛皮の種類や使われている部位・品質によってかなリ値段が変わってくるので、もしここで
Шуба
などを購入するときはご注意ください。 日本人スタッフによると、ロシアの毛皮の帽子がとても有名だそうですが、毛皮のコートや帽子を着けているのは男女とも年配の人が多く、若い人はあまり身につけません。若い人は
Пальто с мехом
(パリトー ス ミェーハム:襟や袖口に毛皮のついた女性用コート)や
Дублёнка
などをよく着ています。 また、防寒対策として、窓が二重構造になっていて、外気が伝わりにくいように工夫がされていますし、私の家ではそのすき間にポリウレタンを詰めて紙テープを貼って目張りをします。私たちの住んでいるところは空気がとても乾燥しているので、水分をよく取ります。寒い日には暖かい家の中で熱い紅茶にたっぷりとお砂糖を入れて飲むのが一番です。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ◇
2002.12.19.「ねこの鳴き声はロシア語で?(擬声語について)」◇ (ロシア人スタッフ:V) 今まで皆さんに紹介した童話の中にもいくつかありましたが、今回は動物の鳴き声(擬声語)を少し紹介したいと思います。 ◇ い ぬ …
гав - гав〔ガフ−ガフ〕 などなどです。日本語での鳴き声と比べていかがですか? 日本人スタッフからそれぞれの動物の鳴き声を聞いたのですが、かなり違いました。同じ動物の鳴き声を聞いても、言語が異なるとこうも違って聞こえるのには興味深かったです。 皆さんは普段あまり使う機会はないかもしれませんが、覚えておくと何かの時に役に立つかもしれません。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ: 今まで皆さんにご紹介した童話の中にもいくつか出てきましたが、今回は日常会話の中でよく使われるちょっとした表現を取り上げてみたいと思います。
◇ а … ねえ、ああ、 などなどです。このような表現は、会話をする上で絶対に必要というわけではありませんが、とっさの感情表現や自然な会話表現をする上で大変役に立つものです。
ロシア語を習い始めたばかりの方は、慣れるまで自分では使いにくいかもしれませんし、あまり多用するのもいけませんが、機会があれば使ってみるのもいいかもしれません。ただし、上記の意味は実際使われている意味のごく一部ですので、会話の流れや状況によっては必ずしもこれらの意味の通りではないこともあります。ご注意ください。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ◇
2003.01.16.「寒い日にはあったかいスープ♪」◇ (ロシア人スタッフ: 日本で報道されているかどうか分かりませんが、最近、ロシアはとても寒いです。私たちの住んでいるところでは、12月から1月が一番寒いのです。寒い日には美味しくてあったかいスープが食べたくなります。 今日は皆さんに、ロシア料理の代表でもある「ボルシチ(борщ)」をご紹介しますね。 これでボルシチが完成!ъ( ゜ー^)イェー♪ 私が思うに、ロシアでは普段ボルシチを食べる家庭はそれほど多くなく、むしろボルシチよりお手軽な「サリャンカ(солянка)」という野菜スープが好まれています。 ボルシチに使われる「スヴョークラ(свёкла:ビート)」を、日本人スタッフはロシアに来て初めて見たと言っていましたが、これは赤くて甘い野菜で、これによってボルシチは赤い色になるのです。私たちは、スヴョークラをサラダにしてよく食べたりもしています。 今回ご紹介したのも前回同様、私のお母さんがいつも作ってくれているものです。私は、出来上がったボルシチに「スメタナ(сметана:サワークリーム)を混ぜて食べています。また、ボルシチを作るときは、大抵多めに作り置きしておき、翌日にお米などを入れて食べたりします。 皆さんもお好みで色々アレンジして、試してみてくださいね! ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ: 最近日本ではロシア関連、特にロシアの国際・経済戦略に関する番組が多いと聞いてます。また、仕事上、私のところにも日本人からの有価証券購入のオファーが時々来ます。 そこで、今回はロシアの公債・株券などについて少し説明します。外国人がロシアの公債・株券などを購入する際、以下のような条件や義務があります。 1.外国人はロシアの公債・私企業の株券を購入することができます。 以上のような条件でも納得できるのでしたら、みなさんもロシアの公債・株券の購入を検討してみてはいかがでしょうか? …………………………………≪編集者注≫…………………………………… |
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(ロシア人スタッフ:M) 先日フィンランドのタンペレへ行って、プールで泳いできたのですが、そのプールが屋外直結で屋外の気温が−10度だったせいもあり、帰って来て風邪をこじらせてしまいました。 ロシア人の多くは民間療法で風邪を治します。例えば、コショウ入りのウォッカやハチミツ入りの紅茶、溶かしたバターとハチミツが入った温かい牛乳を飲んだり、多種多様の蒸気吸入法などを行います。 ただし私は、それでもやはり、医者を呼んで抗生物質を飲んだり、上記の民間療法を用いたりと色々な治療法を取り入れることにしています。ツルコケモモやコケモモ、キイチゴの入った紅茶や、薬草を使った吸入法を現在用いて治療しています。 日本ではインフルエンザが流行っているとのことですが、もし風邪をひいてしまったら、早めの対策が必要です。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:I) 今日は皆さんに、私が今一番好きなロシアの歌手についてご紹介します。 最初、『Тату』の曲を聴いてみて彼女たちに興味が湧いたのですが、日本人スタッフに聞いてみると、彼女たちの衣装は日本の女子高生の制服に似てるとか。こんなところに日本のサブカルチャーの影響があるとは知りませんでした。 彼女たちは色んな意味で世間を騒がせていますし、とても個性が強いので、人々の評価がはっきりと分かれるアーティストですが、自分自身をしっかりと持ち、それを外に向かって物怖じせずに主張していく姿勢は、とても共感が持てます。 音楽という限られた形ですが、今のロシアの若い子たちの文化や姿勢が世界に受け入れられるということは、私にとってはとても嬉しいことです。 ◇『Тату』のオフィシャルページ: ※現在、このグループは世界進出のため、キリル文字を使う『Тату』 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:V) 今、ロシアはとても暖かくなり、春が来たといった感じです。ロシアでは3月8日は「国際婦人デー(Международный Женский день)」で、「С днём 8го Марта!」と言ってお祝いをします。この日は女性のためのお祝いの日で、町では様々な色の花があちこちで売られていて、まるで花の海に囲まれているようです。 この日、男性は女性を祝い、花を贈る習慣がありますが、この日の花の値段はとても高いです。夕方、地下鉄に乗ったのですが、どの女性を見ても、みんな花を一輪は持っていました。 以前は、この日に贈る花は赤い花に限られており、特に赤いバラの花を贈ることが多かったのですが、現在はあまり気にされないようです。(花の色には色々な意味があり、例えば黄色い花は裏切りを表わします。) この日、男性は女性に花を贈るだけではなく、家事などの女性の仕事をすることにもなっています。もちろん、私も妻に赤いバラを贈り、家事もやりました。慣れないことをするのはとても疲れます。 色んな意味で妻の存在に感謝した一日でした。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:V) 今年、ロシアではサンクトペテルブルク建都300周年を祝う行事がたくさん行われる予定ですが、同時に『日本年(編集者注:日本での正式名称は「ロシアにおける日本文化フェスティバル2003」)』でもあるそうで、これは私にとって大変興味深いことです。そのため、春の初めから日本文化を広める様々な行事が行われています。 具体的な行事の内容に関して個人的な意見を言うと、あまり面白くはなさそうです。ただ一つだけ私が良いと思ったのは、サンクトペテルブルクで日本の桜の木が植えられていることです!ご存知の通り、この町はとても寒い時期が長く続くので、その気候に合った特別な品種が北海道から運ばれたそうです。 日本人の専門家の意見によると、この桜の木はここの気候でもうまく定着するだろうとのことで、私は美しい桜をロシアで見られることをとても楽しみにしています。 冒頭で記載した、サンクトペテルブルク建都300周年の祝賀行事予定については、後日みなさんにご紹介したいと思います。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:L) 私たちの住む町はだんだん暖かくなってきましたが、もう少し暖かくなると、多くの人々が郊外にあるダーチャという小屋(別荘)で週末や休日を過ごすようになります。ダーチャには大抵畑があり、人々はそこで野菜を育てたりしてのんびり時間を過ごします。時には友達同士や親戚で集まって、近くの森で肉を焼いたりして食事をすることもあります。 その時によく作るのが、今日ご紹介する“シャシルィク(Шашлык)”です。“シャシルィク”とは、簡単に言うと肉(私たちがよく使うのは Баранина:マトン)の串焼きです。 ……………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………………………… これでシャシルィクが完成!ъ( ゜ー^)イェー♪ 私たちは普段でもこのシャシルィクを食べることがあるので、少し前に持ち運び可能なシャシルィク焼き器を買いました。出来上がるまでにちょっと時間はかかりますが、とても便利です。 下ごしらえが面倒かもしれませんが、皆さんもキャンプに行く時など、このシャシルィクを是非試してみてくださいね。 |
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(ロシア人スタッフ:M) 先日の聖枝祭、おめでとうございます。当日、私たちは家で和やかな雰囲気の中、柳の枝を持ち、教会に行ってそれを照らして成聖しました。そして、パスハの日は両親のところへ行き、кулич(クリーチ:円筒形のケーキ)と綺麗に色を塗ったпасхальное яйцо(パスハーリナィェ ヤイツォー:パスハの卵)をプレゼントしました。 この時期、日本ではゴールデンウィークがあると聞きましたが、私達のところにも5月は祝日が何日かあり(майские праздники)、今年は5月1日から4日まで休みなので行楽に行く予定を立てています。 私達のペテルブルクは大変綺麗になりました。ここではとても豊富な市の祝賀プログラムが催される予定です。ただし、その祝日の日は幾つかの道路で自動車の通行止が実施されるので注意してください。 この期間にペテルブルクにいらっしゃる方は、交通規制や安全面の強化政策のため、市内ではかなりの不便さをお感じになるかもしれませんが、美しい私たちの町や祝賀プログラムを楽しんでもらえることを願ってます。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:M) 先日、私の主人の誕生日がありました。その時に両親や兄弟、親しい友人を招いて誕生日パーティ(вечеринка)を開いたのですが、今日はその誕生日パーティについてお話します。 私たちの誕生日パーティでは、誕生日を迎える人がパーティの準備をし、招待したお客をもてなします。 皆の挨拶が全て終わってから料理に移るのですが、最初はサラダやオードブルのような冷たいもの、次にスープ、メインという流れになり、お客を招待した側は、皆の食事の進み具合や雰囲気を見ながら料理を出していきます。その間も何かのきっかけで誰かがまた一言述べて、乾杯するということが延々と行われます。 これで終わりではなく、更にデザートが待っています。お茶やコーヒーを飲みながらケーキを食べ、その後パーティはお開きになります。 このようにパーティは進むのですが、夕方始まったパーティが深夜まで続き、日付が変わってからお開きということもあります。また、パーティの内容や料理は家庭によって多少違うかもしれません。 私たちは外で誕生日パーティを開くより自宅にお客を招いて開くことの方が多く、そのため招く側は準備が大変ですが、その分、皆にゆっくりとくつろいでパーティを楽しんでもらえるので良いことだと思います。 ……………………………………………………………………………………… ※「вечеринка」は誕生日パーティだけを指す言葉ではなく、その他の家庭で開くパーティや仲間で集まって行う飲み会なども指します。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ( 前回、私たちがサンクトペテルブルクを訪れたのは昨年の10月でしたが、その時と比較すると、空港(国際線)や市内の様子は一変していました。
空港出入り口のホールは吹き抜けで天井はガラス張り、内部も待合室、土産物屋、トイレ、飲食店に至るまで全て真新しく、とても綺麗になっていました。市内も至るところに「サンクトペテルブルク300年」の横断幕やロシア国旗、ペテルブルク市旗が取り付けられ、表面上は中心部の駅や売店、建物など何から何まで整備され、新しい店ができ、特に道路は歩道も舗装されて歩き易くなっていました。まだまだ工事中の場所が多いとはいえ、半年の間によくここまで整備されたと感心したほどです。
「表面上は」というのは、建物の大通りに面した部分だけ塗装されていたり、観光客がよく訪れるところだけ改修されており、裏通りや人目につかないところは全く手が入っていなかったということです。ロシアではよくあることですが、スモーリヌィ修道院などは、どうやら各国要人が集まるまでに全ての修復を終えることができなかったようです。 それに伴ってというわけではないと思いますが、物価もたった半年の間にまた上がっており、公共交通機関も一部値上がりしていました。景気が良くなるのは良いのですが、同時に給料もすぐに上がるわけではないので、これだけ急激に物価が上がってしまうと現地で生活している人にとっては大変なようです。
私たちが訪れていた間は、気温は20℃前後で晴天が続いていて、大変過ごしやすい気候でした。日本でも一部報道されていたとのことですが、300年記念のメインイベントが行われるということで、雲を散らすために政府が飛行機から薬品を撒いていたようです。 日本でも以前、旱魃対策として同様の実験が行われたそうですが、効果がはっきり出なかったことと環境問題に配慮して実用には至らなかったそうです。事実、薬品を散布した効果が早く出過ぎてしまったのか、祝賀メインイベントが行われた週は良かったのですが、各国首脳が集まった特別サミットが行われた頃には、気温は6℃前後(先週)で雨模様が続いていたことから、効果てき面とは行かなかったのかもしれません。
安全面では、物乞いやゴミをあさっているホームレスの姿はしばしば見かけましたが、以前ほど危険とは感じませんでした。というのも、ロシア人スタッフ曰く、この300年記念行事に向けて、ロシア各地から警官を集結させて警備にあたったのと、ジプシーやホームレスなど治安を悪化させる恐れのある人々をバス数台に詰め込み市外へ追いやったからとのこと。
また、市内の各要所には私服警官だけでなくスナイパーも配置されているので、少しでも怪しい動作は行わないようにとも言われました。実際に要人のそばで背広の内ポケットに手を入れたロシア人がスナイパーに撃たれたというニュースもありました。
このように市内は一見かなりの厳戒態勢でしたが、一歩裏通りに入るとホームレス同士が喧嘩をしていたり、市内のあちこちに設置されたゴミ箱等の不審箇所の点検はあまり行われていないようで、広い市内の隅々まで警備を徹底させるまでには至っていなかったようです。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ( タイトルにある建都300年とはあまり関係ありませんが、建都のお祝いが行われた季節になると、多くのロシア人は週末を郊外にあるダーチャ(別荘・菜園付き小屋)で過ごすようになります。祝賀記念イベント等の為に市内は交通規制や人出が多かったということもあって、私たちも喧騒を避けて、ロシア人スタッフとその友人のそれぞれの家族と共に郊外へ出掛けました。シャシルィクをする予定だったので、金串やマンガール(バーベキューグリル)、サッカーボールなどを車に積み込んで出発しました。 ◆ショッピングセンター 途中、大きなショッピングセンター(サイトのフォトギャラリーに写真を追加しています)に寄ったのですが、そこは通常の食品や日用品、雑貨だけでなく、シャシルィクやキャンプ用の食材・道具を多く扱っており、様々な種類の肉は串に刺して焼くだけで良いように既に加工してありました。その他、練炭、野菜、果物、酒類、お菓子ジュースなどを大量に買い込みました。 ◆ロケーション 到着した場所はペテルブルク市街地から約30キロほど離れた郊外で、森の中の大きな湖の湖畔はシャシルィクやキャンプ等ができる専用地になっていました。日本と違い使用料を払う必要はありません。大変人気のある場所の様で、多くの家族連れが休暇を過ごすためにペットと一緒にやって来ていました。 ◆まとまりのないロシア人 適当な場所を見つけて敷物を広げ、食材を並べたり皆で落ちている枯れ枝を集めた後、早速シャシルィクを始めるのかと思いきや、皆てんでバラバラにお菓子を食べたり、サッカーやお喋りしたり、一向に肉を焼き始める様子がありません。1、2時間ほどして男性陣がやっと肉を金串に刺し準備を始めると、女性陣は野菜を切ったりし始めました。その様子を見ていると、袴田茂樹教授の論文にある「砂社会」のロシア人のメンタリティというのも納得できました。 ◆シャシルィク(今回は豚肉でした) 出来上がったシャシルィクを実際に見てびっくり。50センチほどの大きな太い金串に肉の塊がめいっぱい刺さっていて、それが人数分あるのです。揃ったところで乾杯をし、ワインやビールを飲みながら、皆あっという間に肉を平らげてしまいました。それからまた串に肉を刺し、焼けるまでの間、サッカーをしたり、子供達と松ぼっくりを拾って遊んだりしました。一度にあんなにたくさんの肉を食べたのは生まれて初めてでしたが、やわらかくてとても美味しく、飽きのこない味だったので、私も全部食べることができました。 ◆お酒も入って皆で陽気に… 2本目のシャシルィクを食べ終わりお腹一杯になると、持参したギターを弾きながらロシア人スタッフが歌を歌ってくれ、皆が知っている歌は全員で大きな声で陽気に歌ったりしました。 遊び疲れてシャシルィクをした場所に戻ってみると、焼きイモならぬ焼きジャガイモが出来上がっており、おやつ代わりにそれを食べて、また遊んで…といった感じに食べる・遊ぶを飽きるまで繰り返しました。 ◆やたらと大きな蚊 とても楽しい時間を過ごせたのですが、一番困ったのは大きな蚊です。日本の蚊に比べてかなり大きく、動きはのろいのですが、刺されると大きく腫れあがって痒いのなんの。それが常に大量に襲ってくるのですから堪りません。蚊の話は聞いていたので、念のため虫よけスプレーを日本から持って行ったのですが、あまり効果はなく、結局あちこち刺されてしまいました。 ◆大自然の中で… もちろんトイレはありません。用が足したくなったら、皆、黙って誰からも見えない遠くの方に歩いて行き、何事もなかったかのように戻ってくるのです(笑)。私たちの他にもたくさんの家族連れや犬がいたので、適当な場所を探すのも一苦労でした。 白夜のお蔭で時間が経つのもすっかり忘れ、お昼前から始まったシャシルィクは夜の8時頃まで続きました。ロシア人のゆったりとした休日の過ごし方を体験するのと同時に、ロシアの自然を満喫することができました。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (日本人スタッフ:K) 私たちが滞在した期間中の5月24日から6月1日までは、27日のサンクトペテルブルク市が誕生した日を含むということもあって、様々な祝賀記念行事が行われる特別な週でした。それらのの中でも主なものをご紹介します。 ◆花火と夜空のレーザーショウ 27日の「(ペテルブルク)市の日」の夜には、ペトロパーブロフスク要塞近くで花火や噴水、そして日本人アーティスト、ヒロ・ヤマガタのプロデュースによる夜空のレーザーショウ等が行われましたが、そのイベント周辺は一目でも見ようとする観客でものすごい混雑でした。それに加え、この日は道路規制も不完全で車がどんどん進入してきたため、人も車も全く身動きができませんでした。夜を徹して運行すると言われていた地下鉄も、実際には通常の時刻で終電を迎え混雑に拍車がかかっていたようです。 肝心のイベントはというと、花火はほんの少ししか打ち上げられず(日本の打ち上げ花火と違い、豪華なものではありません)、レーザーショウも煙が立ち上ってるところにレーザーを当て様々な図柄が浮かび上がるという予定だったようですが、少なくとも私たちが見ていた間は、その煙が風に流されてしまい、レーザーだけが遠くまで光っているという何とも残念なものでした。 ◆エルミタージュ美術館が入館無料に! また、同日の夜、エルミタージュ美術館の入館が無料になるということで、かなりの人が入館したようですが、お祭り騒ぎで街中へ繰り出して疲れた人々が大勢なだれ込み、館内で靴を脱いで座り込んだりと、まるで簡易宿泊施設の様相を呈し、おおよそ芸術鑑賞とは程遠いものとなったようです。更に一部の心ない人たちによって貴重な絵画や椅子等が傷つけられたりもしました。 ◆その他 25日は市内のあらゆる道路や広場、庭園でパレードやオーケストラの演奏等が行われていました。宮殿広場では、有名な指揮者(ワレリー・ゲルギエフ)によるオーケストラとバレエの公演が行われました。 ◆建都300年を迎えた市民の感想は? 実際、サンクトペテルブルク市民はこのようなイベントについてどう感じているか感想を聞いてみると、多くの人が「私たちの市が300年を迎え、市内は綺麗になるし嬉しいことだが、仕事は中断されるし、出歩くのも規制されるので窮屈だ」と答えました。市長のラジオ演説では、「これらのイベントは外国からのお客様のためであり、皆さんのためのものではありませんので、皆さんは出歩かないように」と放送されたそうです。 現地に住む一般市民は、この記念すべき年や祝賀行事を素直に手放しでは喜べない複雑な事情があるようでした。 |
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(ロシア人スタッフ:V) 最近、国際郵便小包の取り扱いについてある出来事がありましたので、今回は、郵便事情についてご紹介しようと思います。 先月の半ば頃、スタッフが日本から航空便で私たち宛てに小包を郵送したとの連絡がありました。通常、普通の航空便でも、遅くとも2、3週間で私達の手元に届くはずなのですが、1ヵ月経っても届きませんでした。 今回はロシアの関税がかかるようなものや、ロシア税関に没収されるようなものは送ってもらっていないので、念のため当のスタッフに連絡したところ、以前、こちらに住んでいた頃、同じような経験をしたそうです。その時は、待てど暮らせど小包が届かないので、自分から郵便局に出向いて行って確認したところ、案の定、郵便局内で他の小包に紛れ込んでいたとのこと。担当した局員は謝りもせず、「小包は見つかったし、ちゃんと届いたのだから問題ないでしょう」といった横柄な態度で応対され、気分を害したとか。 また、飛行機を利用する際の荷物のチェックイン時もそうですが、ロストバゲージだけでなく空港職員や税関職員が荷物や小包をこっそりを持ち帰ってしまうということが少なくありません。残念なことですが、どちらもロシアではよくあることです。 そのようなわけで、私も自分から郵便局に出向き、小包のことを確認すると、局内にはないとのことだったので、私も税関など各ルートをあたってみるので届いたら連絡をくれるよう伝えて帰宅しました。 しかし、家に着いて30分もしないうちに、先ほどの職員が私の家を訪ねてきて、実は小包が既に届いていたことを私に告げると、何度も何度も私に謝ったのです!
これにはちょっと驚きました。理由は何であれ、謝るという行為自体、ソ連が崩壊し、欧米の“サービス”という概念が私達の国にも浸透してきたということの表れでしょう。これで盗難によって荷物が紛失したり、自分で確認しなくてもちゃんと届くようになれば言うことなしです。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:V) 先週末、今年で1,100周年を迎えるプスコフという町に行ってきました。 プスコフはとても古い町で5世紀には既にスラヴ人が住んでいたことから、町が出来てから既に2,000年が経っている可能性も指摘されています。プスコフはノヴゴロドの町のそばに位置しており、昔、この町は国境都市として栄えましたでしたが、現在では小さな町となっています。 1242年、プスコフからそう遠くない場所にあるチュート湖で、ノヴゴロド公アレクサンドル・ネフスキーが「氷上の戦い」と呼ばれる戦闘でドイツ騎士団を破りました。 「氷上の戦い」では、ドイツ兵が重い甲冑を身に付けていたのに対し、ロシア兵は軽装でいたことが勝敗を分けたといわれています。春の氷はとても脆く、重武装のドイツ兵を支えきれなかったため、彼らは割れた氷の中に落ちていってしまったのです。この戦いによりノヴゴロド以西の国境は安定し、ロシア史において重要な位置づけをされるようになったのです。 ちなみにロシア西部ではプスコフとノヴゴロドだけがモンゴル軍の侵入によるタタールの軛(くびき:1236年〜1480年)から免れ、これにより古代ロシア(ノヴゴロド)の文化と芸術がそのまま残り、発展することが出来ました。 …………………………………………………………………………………… ☆この「氷上の戦い」については、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の「アレクサンドル・ネフスキー」という映画で描かれていますので、興味のある方は一度ご覧ください。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ◇
2003.08.28.「私たちの歴史認識」◇ (ロシア人スタッフ:V)
ここ数年、私たちはソ連崩壊とその影響による政治体制・生活環境の劇的な変化の中で生活していますが、今日は私たちの歴史認識についてご紹介します。
私がまだ小学校の生徒だった頃はソ連時代で、政府が頻繁に歴史を変えていたので、私はあまり勉強しませんでした。特に、西側の歴史についての記述は意図的で信用できないものだと皆分かっていたので、真面目に勉強している人は多くありませんでした。
ソ連崩壊後、全ての情報が公になってから、概して私たちの学んできた全ての知識がひっくり返ったと言っても良いくらいです。例えば、「ルーシ(古代ロシアの名称)はモンゴル軍に侵略されたことがなく、現在のモンゴル民族と何の共通点も無い」と以前は記述されていましたが、実際には一時期侵略されていました。 「西側の歴史は全て17世紀に記述されたもので、それ以前の史料はない」とされていましたし、また、ソ連崩壊後にロマノフ王朝正当化の為の改変や書き換えがされていました。
これから歴史を学ぶ子供たちは良いですが、今まで習ったものと全く違う或いは反対の歴史を途中で覚え直さなければならない私たちは大変です。年配の人々の中には、恐らく今でもソ連時代に教えられた通りに認識している人々もいるでしょう。
ソ連時代のように、政府にとって不都合な情報が隠ぺい、改変されるようなことが少なくなり、私たちの国内や西側の情報を知ることができるのは良いことです。しかし、世代によってはこの劇的な変化についていけない人々もいるというのが実情です。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:M) 今年、日本では冷夏で農作物が不作だったそうですが、現在はまた夏の盛りのように暑い気候が続いているそうですね。私たちのところにも同じような気候があります。今日はそのことについてご紹介したいと思います。 今、私たちの住んでいる街の天気は晴れて暖かく、気温が18度にもなります。このように、今頃の時期に晴れた日が続いて、夏が戻ってきたかのように暖かい気候のことを「бабье лето(バービエ リェータ)」と呼んでいます。 この「бабье лето」という呼び方は古くからありました。この時期、農村では農作物の収獲が終わり、女性(ロシア語でбабы:バーブィ)が束の間の休息をしたり、嫁に行ったりすることからこのような呼び名が付けられたと言われています。 私たちが住んでいるところは農村部ではないので、前述のような習慣はもうありませんが、その呼び名だけが残っています。この時期は暖かくとても過ごしやすいので、私たちは休日に家族で森へ行き、きのこや野いちご狩りをしています。森の木々の葉は色づき始めてとても美しく、もうすぐ「золотая осень(ザラタヤ オーシニ:黄金の秋)」が始まります。 「золотая осень」は、長く寒い冬がやって来る前のほんのわずかな間だけですが、私たちはその美しい秋を冬に向けての準備をしながら思いっきり楽しみたいと思っています。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (ロシア人スタッフ:V) 最近、私は仕事がとても忙しく、時には休日返上で働いていることもあるほどですが、普段の週末や休みが取れた時は、できるだけ仕事とは関係のないことをして、気分転換を図るようにしています。 土曜日の夕方、私たちはミュージックホールで広東サーカスを観て来ました。そこではアクロバットや曲芸、手品等が披露され、とても面白いものでした。サーカスを観た後、友人達と待ち合わせして中華レストランへ行きました。その中華レストランの店長は友人の知り合いということもあり、色々と便宜を図ってくれて、久しぶりに楽しいひと時を過ごすことができました。 翌日の日曜日には少し遠出をして乗馬に行ってきました。私は初めて乗馬をしたのですが、私にとって思っていたほど難しいものではありませんでした。馬に乗って森の中を歩いたり、走らせたりして風を感じるのは、自動車などの乗り物に乗るのとはまた違って、とても気持ちの良いものでした。私の遠い祖先は馬に乗って移動する生活をしていたと聞いたことがあるので、もしかしたらその血が流れているおかげで、すぐに上手く乗りこなすことができたのかもしれません。 いつもこのように出歩くわけではありませんが、忙しくてもできるだけ機会を作って気分転換をすると、嫌なことも忘れて気力も回復し、また仕事を頑張ることができますね。 |
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