ロシアなひととき > ロシアこぼれ話 > 今日は何の日? 〜 ロシアのカレンダー 〜

その日の主役 〜 名前カレンダー 〜

2002年6月のメルマガ創刊から現在まで、毎号ご紹介してきたロシアのカレンダー「今日は何の日?」を月別にまとめました。その日にロシアで起こった出来事や祝日、記念日をご紹介します。

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1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月
7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月

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1月

6日

◆「プーチン夫人の誕生日」です。プーチナ・リュドミーラ・アレクサンドロヴナ。プーチン大統領夫人。1958年、カリーニングラード生まれ。国内線フライトアテンダントとして働いていた時にプーチン氏と知り合い、1983年7月28日に結婚。長女、次女に恵まれる。ドイツ語、フランス語、スペイン語が堪能、スポーツもテニスやアルペンスキーをたしなむ。

7日

◆2004年1月6日(主の洗礼祭)から7日は、「ロシア正教(ユリウス暦)のクリスマス」でした。ちなみにこの日、プーチン大統領はスズダリでクリスマスを迎えたそうです。

9日

◆「ロシアで初めて紙幣が発行された日」です。1769年(旧暦1768年12月29日)、女帝エカテリーナ2世が紙幣及び紙幣発行銀行設立令を出しました。これは当時戦費がかさんでいた為、その解決策であったと言われています。発行当初は貨幣と自由に交換できた為、当時使われていた重い銅貨よりも好まれました。しかし、本位貨幣との交換基金がほとんど無かったので、末期には貨幣価値が低下し、全ての物価が上昇しました。

11日

◆「自然保護区の日」です。ロシアでは自然保護センター、全世界自然基金、環境センター「自然保護区」の発議で、1997年から認められた記念日です。1916年、新しい形式での自然保護区である国立バルグジン自然保護区がはじめて設立された日にちなんで、この日に制定されました。

◆「ロシア太平洋艦隊と改称された日」です。1731年に漁船保護と警備のために設立された艦隊は幾度かの改編を経て、1935年のこの日、ソ連人民防衛委員の指令により極東海軍から太平洋艦隊と改称された。この艦隊はウラジオストクに本部があり、かつては演習で小笠原諸島海域まで進出し、アメリカ太平洋艦隊を脅かすほど強大であった。

13日

◆「出版物の日」です。ロシア最高会議幹部会により、1991年12月に発表されました。ちなみに、この日は1703年にモスクワで最初のロシアの新聞が発行された日です。

22日

◆「『ピョートル』『フィリップ』の日」です。ロシア正教において、自分の洗礼名にあやかった聖人の祭日にあたる個人的祝日です。この「名の日」を参考に子供の名前を付ける人もいます。(「名の日」については別途で皆様にご紹介します。)

◆「血の日曜日事件が起こった日」です。サンクトペテルブルクで民衆のデモに対して軍隊が発砲し、多数の死傷者を出した事件。1905年のこの日、ガポン神父に扇動された労働者をはじめとする民衆が冬宮(現在のエルミタージュ美術館本館)に請願を求めてデモを行っていたところ、警備部隊が発砲。数千人の死者を出したこの事件を契機に、ロシア革命へと繋がっていった。

23日

◆「アンナ・パヴロワの命日」です。パヴロワ・アンナ・パヴロヴナ。1881年2月12日サンクト・ペテルブルク生まれ。バレリーナ。25歳でマリインスキー劇場のプリマとなり、世界中で公演を行いました。特に、サン=サーンス作曲、ミハイル・フォーキン振付の『白鳥(瀕死の白鳥)』は現在も彼女の右に出るものはいないと言われるほどの名演技でした。1931年オランダ、ハーグで肋膜炎により亡くなりましたが、死の直前に「白鳥の衣装を持ってきて。」と言ったと伝えられているほど思い入れが強かったようです。

25日

◆「聖タチヤーナ記念日」です。伝統的に学生の祝日とも呼ばれ、1755年1月25日、タチヤーナ大殉教者の日に女帝エリザヴェータがモスクワ大学設立の政令に署名した日にちなんで、この記念日が作られました。

27日

◆1944年1月27日、ドイツ軍によるレニングラード(現サンクトペテルブルク)包囲が約900日ぶりに解かれました。この包囲により、エカテリーナ宮殿やピョートル宮殿は廃墟となり、一般市民を含む多くの人たちが犠牲になりました。ペテルブルグ郊外のピスカリョフ墓地には、このレニングラード包囲で亡くなった人たちが眠っています。

31日

◆「ロシア初のマクドナルドが開店した日」です。1990年、モスクワのプーシキン広場にオープンしました。2004年2月現在、ロシア国内30都市、107店舗にまで成長し、国内全店舗合わせて1日に平均32万人以上の来客があります。

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2月

1日

◆「ボリス・エリツィンの誕生日」です。エリツィン・ボリス・ニコラエヴィチ。ロシア前大統領。1931年スヴェルドロフスク州タリツァ地区ブトカ村生まれ。61年にソ連共産党に入党。その後、左遷に遭うも、91年にロシア共和国(当時)の大統領に就任。同年8月にクーデター未遂事件を経て権力を掌握し、12月25日にソ連解体、ロシア連邦初代大統領となる。99年末、大統領の座を現在のプーチン大統領に譲った。

◆「スターリングラード攻防戦勝利の日」です。ロシア南西部ヴォルガ川沿岸都市であるスターリングラード(現ヴォルゴグラード)をめぐり、1942年夏から翌1943年のこの日まで行われた独ソ戦有数の激戦。この攻防戦で市内は破壊しつくされ、生き残った住民はわずかでした。現在、市内には攻防戦記念館の他に、旧製粉工場の残骸、ママエフの丘に高くそびえる「母なる祖国像」など、後世に平和を訴えるモニュメントがあります。

4日

◆「ヴィアチェスラフ・エキモフの誕生日」です。エキモフ・ヴィアチェスラフ・ヴラジーミラヴィチ。元自転車プロロードレース選手。1966年ヴィーボルク生まれ。12歳から本格的に自転車トレーニングを始め、多くの栄冠を手にする。主に、ソウルオリンピック団体追い抜き及びシドニーオリンピック個人タイムトライアルにおいて金メダル、そして、アテネオリンピック個人タイムトライアルで銀メダルなどがある。40歳まで現役を続け、2006年に引退。2008年2月現在、プロサイクリングチーム『チームアスタナ』の監督。

8日

◆「学問の日」です。ロシア大統領令により、1999年6月7日にロシア科学アカデミー設立275周年を記念して制定されました。

9日

◆「ドストエフスキーの命日」です。ドストエフスキー・フォードル・ミハイロビッチ。1821年11月11日(旧暦10月30日)生まれ。プーシキン、トルストイとともにロシア文学を代表する作家。代表作に『貧しき人々』『罪と罰』『白痴』などがあります。1881年、『カラマーゾフの兄弟』を脱稿させた数カ月後(旧暦1月28日)に死去しました。

10日

◆「外務職員の日」です。ロシア外務省創設200周年を記念し、2002年10月31日、ロシア大統領令よって制定された記念日です。1549年のこの日、ロシア最初の外交関係官庁である外務院が創設されたことに由来します。

15日

◆「グリンカの命日」です。グリンカ・ミハイル・イヴァナヴィチ。作曲家。1804年6月1日にノヴォスパスコエ村生まれ。裕福だった彼は、幼少期から楽器や作曲を習い、外国に留学した後、ロシア的民族性を意識したオペラを作曲するようになった。その後、ロシア人として初めて国外でも認められ、近代ロシア音楽の父と呼ばれるようになり、このロシアンクラシックはムソルグスキーやコルサコフの「ロシア五人組」に引き継がれていくことになる。主な作品には『ルスランとリュドミラ』『皇帝に捧げた命』がある。

16日

◆2004年は2月16日から22日まで「マースレニッツァ(大斉)」のお祝いがあり、この宗教行事は日本でいう立春に相当するものです。

18日

◆「交通警察の日」です。1919年のこの日、「鉄道警備隊に関する各省庁連絡委員会の開催について」の法令が調印されました。この法令が鉄道警備隊設立の第一歩となりました。

23日

◆「祖国防衛軍の日」です。1918年2月23日、赤軍がドイツ皇帝軍に勝利したことにちなんで、1995年に連邦法にて休日として制定されました。

◆「アレクシー2世の誕生日」です。アレクセイ・ミハイロヴィチ・リディゲル。ロシア及びモスクワ正教会総主教。1929年、タリン(エストニア)生まれ。1961年3月に修道士になり、その年にエストニア及びタリン主教、1964年に大主教、1968年に府主教へ昇任。1986年にはレニングラード及びノヴゴロド府主教、そして、1990年6月7日、ロシア及びモスクワ正教会総主教に選出されました。今年の誕生日にもプーチン大統領からの祝福がありました。

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3月

2日

◆「ミハイル・ゴルバチョフの誕生日」です。ゴルバチョフ・ミハイル・セルゲービッチ。ソビエト連邦最後の指導者。1931年スタヴロポリ州クラスナグヴァルジェイスキー地区プリヴォーリナエ村生れ。52年にソ連共産党に入党、翌年同じ大学にいたライサ夫人と結婚し、55年モスクワ大学法学部卒業。卒業後は地方に戻り、順調に出世街道を歩む。85年にソ連共産党書記長に就任。翌年から「ペレストロイカ(再建)」を提唱し、行き詰った体制を打開しようとしたが、逆に91年のクーデター未遂事件を経て共産主義体制が破綻。同年末、ソ連崩壊と同時に当時大統領であった職を辞任した。現在は、ゴルバチョフ財団の会長を勤めている。

4日

◆「『白鳥の湖』がロシアで初演された日」です。チャイコフスキー作曲のバレエ『白鳥の湖』は、1877年3月4日にモスクワのボリショイ劇場で初演されました。しかし、この時の公演は上手くいかず、チャイコフスキーの死後手直しされ、1895年サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で大成功をおさめ、現在はバレエの代名詞になっています。

5日

◆「プロコフィエフの命日」です。プロコフィエフ・セルゲイ・セルゲエヴィチ。作曲家、ピアニスト。1891年4月23日、ウクライナのソンツォフカ生まれ。サンクトペテルブルクの音楽院で学び、ロシア革命後、日本を経てアメリカに渡る。その後、パリなどで20年近く外国生活を送り、当時のソ連に戻る。多様な音楽作品を創り出し、当時のソ連を代表する作曲家ではあったが、スターリンに乗じたジダーノフ批判に遭ってしまう。1953年、脳溢血により62歳で死去。主な作品に『ロミオとジュリエット』『ピアノソナタ第7番』などがある。

6日

◆「ヴァレンチナ・テレシコヴァの誕生日」です。テレシコヴァ・ヴァレンチナ・ヴラジーミロヴナ。女性初の宇宙飛行士。1937年ヤロスラヴリ州生まれ。1963年6月16日、彼女の搭乗したボストーク6号が打ち上げられ、地球周回軌道に乗ると「私はカモメ」と地上と交信したのは有名です。ちなみに、今年の誕生日にはプーチン大統領から祝福を受けました。

8日

◆「国際婦人デー」です。ロシアでは休日と定められており、男性が女性に花を奇数本、できればその他にも何かプレゼントをする習慣になっています。ロシアの「国際婦人デー」について興味のある方は、こちらをご覧ください。

13日

◆「アレクサンドル2世の命日」です。ロマノフ・アレクサンドル2世・ニコラエビッチ。ロマノフ王朝第12代ロシア皇帝。在位1855−81年。1818年4月29日、ニコライ1世の長男として生まれました。父ニコライ1世の死去により皇位を継承し、当時続いていたクリミア戦争での敗戦を機に農奴解放政策や徴兵制など国内改革に乗り出し、露土戦争(1877−78年)で大勝利を収めました。しかし、専制政治打倒を掲げたナロードニキによる爆弾テロ事件によって、現在のサンクトペテルブルクにあるキリスト復活聖堂(スパス・ナ・クローヴィ:血の教会)の場所で暗殺されました。

18日

◆「税務警察の日」です。2000年3月16日にプーチン大統領の命令によって、ロシア経済の安全保障における連邦税務警察機関の重要性を確認する日として制定されました。

◆1958年3月18日、チャイコフスキー国際コンクールがモスクワで初めて開催されました。以来4年に1度、ピアノ、声楽、ヴァイオリン、チェロの4部門で開催され、世界トップレベルの腕前を競う大会となっています。

◆「人類初の宇宙遊泳が行われた日」です。1965年3月18日、ロシア(旧ソ連)のアレクセイ・レオーノフ宇宙飛行士が宇宙船ヴォスホート2号から人類初の宇宙遊泳を行いました。

◆「イヴァン雷帝の命日」です。イヴァン4世・ヴァシーリエヴィチ。モスクワ大公。在位1533〜84年。1530年8月25日、ヴァシーリー3世の長男として生まれる。父の死によって幼少で大公を継承し、実権を握ってからは領土の拡大と中央集権化を進めた。短気で凶暴な性格で、オプリーチニナ(親衛隊)を組織し、粛清を行ったためГрозный(グローズヌィ:恐るべき大公)とも呼ばれる。1584年、チェスの最中に死去。

27日

◆「ガガーリンの命日」です。ガガーリン・ユーリ・アレクセーヴィチ。人類初の宇宙飛行士。1934年3月9日にグジャーツク市(現在ガガーリン市)に生まれる。オレンブルク空軍士官学校を卒業後、空軍パイロットとなり、その後選抜訓練を経て宇宙飛行士となる。1961年4月12日、彼を乗せた人類初の有人宇宙飛行船「ボストーク1号」が1時間50分弱の宇宙飛行を行いました。彼のコメント「地球は青かった」は有名。1968年飛行機の訓練中の事故により34歳で死去。

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4月

1日

◆「ゴーゴリの誕生日」です。ニコライ・V・ゴーゴリ(1809−1852:ロシア暦では3月20日生まれ)。作家。代表作には、『鼻』『外套』『死せる魂』などがあります。

◆ロシアでも「エイプリルフール」です。当時、モスクワに住んでいた外国人の習慣を、珍しい物好きなピョートル大帝が若かりし頃に採り入れたと言われています。現在は、День Смеха(ユーモアの日)やДень Дурака(馬鹿の日)、День Шутки(冗談の日)とも言われており、実際のニュース番組や新聞でも冗談を報道することがあります。

◆「ラフマニノフの誕生日」です。ラフマニノフ・セルゲイ・ヴァシリエヴィチ。作曲家、ピアニスト、指揮者。1873年、帝政ロシア時代のノヴゴロド県(現在のノヴゴロド州)セミョノヴォ生まれ。没落貴族の出身ではあったが、幼少よりピアノを習い、サンクトペテルブルク音楽院、モスクワ音楽院で学び、首席で卒業、作曲活動に入る。主な作品として、『ピアノ協奏曲第
2番』や『交響曲第2番』『パガニーニの主題による狂詩曲』などがある。1918年、ロシア革命を逃れて海外に移住。1943年3月28日、アメリカのビバリーヒルズにて癌のため死去。

4日

◆「タルコフスキーの誕生日」です。アンドレイ・A・タルコフスキー:映画監督。1932年イワノヴォ州ザヴラージェ村で生まれ、全ロシア国立映画大学監督学部でミハイル・ロンムに師事する。1984年イタリアで亡命、1986年12月29日パリで病死する。
《 代表作 》
『僕の村は戦場だった』(原題:
ИВАНОВО ДЕТСТВО/1962年、主な賞ではベネチア映画祭作品賞)
『アンドレイ・ルブリョフ』(原題:
АНДРЕЙ РУБЛЁВ/1967年、カンヌ映画祭国際批評家賞)
『惑星ソラリス』(原題:
СОЛЯРИС/1972年、カンヌ映画祭審査員特別賞)
『ノスタルジア』(原題:
NOSTALGHIA/1983年イタリア、カンヌ映画祭創造大賞・監督賞)

6日

◆「ストラヴィンスキーの命日」です。ストラヴィンスキー・イーゴリ・フョードロヴィチ。作曲家。1882年6月17日、オラニエンバウム市(現在のロモノーソフ市)に生まれる。9歳からピアノを習い、その後、ペテルブルク大学法学部に籍を置く傍ら作曲を学んだ。彼が作曲したバレエ『火の鳥』『ペトリューシカ』『春の祭典』はいずれも高い評価を得ている。第1次世界大戦時にロシアを離れ、海外各地を転々とし、1971年に88歳で死去。ちなみに、1959年に日本を訪問したこともある。

◆「ひげ税が廃止になった日」です。1698年8月、最初の欧州視察旅行から戻ってきたピョートル1世(大帝)は近代化に着手。風習も近代化すべく、当時のロシアでは当たり前だったひげを切る事を思いつき、まず何人かの貴族のひげを自ら切ってしまいました。そして、旧暦1705年1月16日、それに従わないものに対し、最高毎年100ルーブルの「ひげ税」を払うよう制定しました。この税制は、旧暦1722年のこの日まで続きました。

14日

◆「マヤコフスキーの命日」です。ウラジーミル・ウラジーミラヴィッチ・マヤコフスキー(1893年7月19日生まれ)。未来派詩人と呼ばれ、代表作は、『ズボンをはいた雲』『ミステリヤ・ブッフ』などです。1930年4月14日に拳銃自殺を遂げました。

15日

◆「ロモノーソフの命日」です。ロモノーソフ・ミハイル・ヴァシリエヴィチ。自然科学、人文科学と多岐の分野にわたる学者にして、モスクワ大学創設者。1711年11月19日、アルハンゲルスク県の農家に生まれる。モスクワ、ペテルブルク、ドイツのマールブルク大学で学び、帰国後に科学アカデミーの会員となる。自然科学分野ではフランスのラヴォアジエより先に質量保存の法則を定式化、人文科学分野では頌詩や新しいロシア文章語の研究でロシア語・文学の発展に貢献した。1765年没。ちなみに、陶窯ブランド『ロモノーソフ』は、彼の功績にちなんで名付けられたが、現在はИмператорский Фарфоровый Завод(ИФЗ)となっている。

17日

◆「フルシチョフの誕生日」です。フルシチョフ・ニキータ・セルゲーヴィチ。政治家。ソ連共産党中央委員会第一書記、ソ連閣僚会議議長。1894年、炭鉱夫の父に生まれ、若いころから牧童や工場、炭鉱などで働く。1918年にボリシェビキ党(共産党)に入り、スターリンの死後、1953年9月に党中央委員会第一書記に就任する。アメリカとの「雪解け」平和共存政策や1956年の第20回ソ連共産党大会でスターリン批判を行う一方、ハンガリー動乱で軍事介入をするなど体制の締め付けを怠らなかった。しかし、農業政策の失敗やキューバ危機などで共産党保守派の反感を買い、1964年に失脚。1971年9月11日に死去したが、歴代の指導者が埋葬されている赤の広場ではなく、モスクワにあるノヴォデヴィチ修道院に埋葬された。

18日

◆「氷上の戦いに勝利した日」です。1242年、氷結したチュド湖上でアレクサンドル・ネフスキー率いるノヴゴロド軍がドイツ騎士団に勝利したことから、このように呼ばれています。この時、ノヴゴロド公であったネフスキーはのちにウラジーミル大公となり、スウェーデンやドイツの侵略から守った中世ロシアの英雄として称えられています。

22日

◆「レーニンの誕生日」です。ウラジーミル・イリイッチ・レーニン(本名:ウリヤーノフ)。1870年シンビルスク(現ウリヤノフスク)生まれ。ロシア革命を行ったボリシェビキ(ソ連共産党)の指導者。1924年1月21日、モスクワ郊外のゴールキにて永眠。

26日

◆「チェルノブイリ原発事故の日」です。1986年、ウクライナ(旧ソ連)北部で起こった史上最悪の原発事故。放射能汚染は全世界に広がり、18年を経た今も尚、被曝した多くの人々がその後遺症に苦しんでいます。

27日

◆2003年4月27日、ロシアでは「パスハ(復活祭)」です。2003年は、4月20日がВербное Воскресенье(聖枝祭)、6月5日がВознесение Господне(昇天祭)、6月15日がПяти-десятница(五旬祭)だそうです。

◆「スクリャービンの命日」です。スクリャービン・アレクサンドル・ニコラエヴィチ。作曲家・ピアニスト。1872年1月6日、モスクワの軍人貴族の家に生まれる。幼児期からピアノをはじめ、モスクワ音楽院で学ぶ。ちなみに、同級生にラフマニロフがいる。主な作品として『左手のための前奏Op.9-1』『交響曲第4番「法悦の詩 」』『 ピアノ・ソナタ 第5番Op.53』などがある。1915年、敗血症により、モスクワで死去。

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5月

1日

◆5月1日、2日は、「春と労働の祝日」です。1886年5月1日、アメリカの労働者達が8時間労働を求めてストを起こしたのが始まりだとされています。また、1991年までは「勤労者の国際連帯デー(メーデー)」と呼ばれてました。

7日

◆「ラジオの日」です。1895年5月7日、ロシア人物理学者・電気技術者のアレクサンドル・ポポフ氏がラジオ受信機を世界に発表し、50年後の1945年5月7日、放送関係者の祝日と制定されました。ロシアの最初のラジオ放送局は19世紀終わりに設立されましたが、当時は通信手段として使用され、情報発信としての使用は1920年代に入ってからでした。ちなみに、1897年にイタリア人技師のグリエルモ・マルコーニ氏がラジオ受信機の特許を取得したので、ラジオ通信を発明したのはマルコーニ氏となっています。

◆「バルチック艦隊の日」です。1703年のこの日、現在のサンクトペテルブルクのネヴァ川河口にてスウェーデン軍を撃破したことにちなんで制定されました。ちなみに、バルチック艦隊は北方戦争(1700〜1721)時にピョートル大帝によって創設されました。また、日露戦争における日本海海戦にも参加したことがあります。

9日

◆「戦勝記念日」です。1941年から1945年まで行われた大祖国戦争(第2次世界大戦)のナチスドイツに対する勝利を記念して制定されました。主要都市では、この日にパレードが行われます。

13日

◆「黒海艦隊の日」です。1783年、アフティアル湾(現在のセヴァストーポリ)にアゾフ艦隊が寄港したのが黒海艦隊のはじまりです。現在の黒海艦隊はウクライナとロシアに分割され、セヴァストーポリ自体はウクライナの都市ですが、海軍基地はロシアに所属しているという複雑な状況にあります。

15日

◆「モスクワの地下鉄が開通した日」です。1935年のこの日、サコーリニキ駅から文化公園駅までの最初の路線が開通しました。現在は12路線、総延長約300km、駅総数176、昨年の1日の平均利用客数は約690万人と東京の地下鉄を凌ぐ規模となっています。ちなみに、最も深い場所にある駅は勝利公園駅の地下84mです。

19日

◆「ピオネールが創設された日」です。共産党の要請に従い、1922年のこの日、第2回全ロシアコムソモール(共産青年同盟:16歳から23歳)大会にてピオネール(共産少年団:10歳から15歳)隊の創設を決定しました。ちなみに、ソ連崩壊後はNGOとして司法省に登録して活動しています。

22日

◆「トレチャコフ美術館の創立記念日」です。パーヴェルとセルゲイのトレチャコフ兄弟が10世紀以降の芸術作品を収集した、モスクワ中心部にある美術館(画廊)。1856年のこの日にパーヴェルがNikolai Shiliderの「誘惑」とVasili Khudyakovの「フィンランド密輸業者との衝突」を購入したのがこの美術館のはじまりとされています。1892年にそれまでの収集品をモスクワに寄贈し、現在は約7万点の作品が収められています。

27日

◆2003年5月27日は、「サンクトペテルブルク建都300年の日」でした。1703年、ピョートル大帝がスウェーデン防衛の為、うさぎ島(現在のペトロパヴロフスク要塞がある島)に要塞の建設を始めたのが建都の起源とされています。

31日

◆「シベリア鉄道の日」です。1891年のこの日にウラジオストクでシベリア鉄道の起工式が行われました。1901年11月3日、当時の計画ルート上のレールが連結され、その後、1916年に現在のルートが完成しました。しかし、全線電化されたのは2002年末で、この工事にはかなりの時間がかかりました。モスクワからウラジオストクまで9297km。主な列車として、「ロシア号」「アケアン号」があります。

◆「琥珀の間が再公開された日」です。サンクトペテルブルグ郊外のツァールスコエセロー(現プーシキン市)にあるエカテリーナ宮殿には、周囲全て琥珀で内装された部屋「琥珀の間」がありましたが、第2次世界大戦時にドイツ軍に略奪され、長い間返還および復元作業が行われていました。そして、2003年のこの日、サンクトペテルブルク300周年に合わせて再公開されました。

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6月

6日

◆「プーシキンの誕生日」です。アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン(1799−1836)。19世紀ロシア文学発展の礎となった詩人、作家。代表作に『ルスランとリュドミラ』『エヴゲーニイ・オネーギン』『ボリス・ゴドゥノフ』『バフチサライの泉』などがある。1836年2月10日、決闘で受けた傷により死去。6月6日の彼の誕生日は、大統領令により「プーシキンの日」と制定されています。

10日

◆「フレンニコフの誕生日」です。フレンニコフ・ティホン・ニコラエヴィチ。作曲家・旧ソ連作曲家同盟書記長。1913年、現在のリペツク州エレツで生まれる。9歳よりピアノを習いはじめ、13歳で初めて作曲を手がける。グネーシン音楽大学、モスクワ音楽院で学ぶ。1948年、ソ連作曲家同盟の書記長に就任すると、ソ連崩壊までその職を務め、プロコフィエフやショスタコーヴィチらに対して前衛芸術批判を行った為、体制側の人間と評される。主な作品として、バレエ『大尉の娘』『ナポレオン・ボナパルト』『ヴァイオリン協奏曲第1番』などがある。2007年8月14日、心筋梗塞の為モスクワで死去。94歳。

12日

◆「ロシア独立記念日」です。この日は「ロシアの日」とも言われ、新しくできた国民の祝日のひとつです。1990年6月12日、ロシア連邦は国家主権宣言を採択し、これがソ連邦崩壊と新しいロシア国家形成の契機となりました。そして、1994年にこの日が国家の祝日と制定され、現在に至ります。

 

◆2005年6月17〜26日は「モスクワ国際映画祭」でした。2005年が第27回目にあたるこの映画祭は、カンヌ、ベネツィア、ベルリンとあわせて4大映画祭と並び称されており、250以上の作品が10の映画館と1つのコンサートホールで上映されました。多くの日本人がこの映画祭で受賞しており、新藤兼人監督や黒澤明監督が金賞に輝いています。ちなみに、2005年はダンカン監督、脚本、出演の『7人の弔(とむらい)』が出品されました。

18日

◆「ゴーリキーの命日」です。マキシム・ゴーリキー(本名:ピェシコフ・アレクセイ・マキシモヴィチ)。1868年3月28日ニジニ・ノヴゴロド生まれ。作家。1902年に戯曲『どん底』を発表、1907年に発表した長編『母』が最初の社会主義リアリズム文学とされる。その後、ソビエト作家同盟を設立、その初代議長となった。1936年没。彼の功績にちなみ、ニジニ・ノヴゴロド市は1990年までゴーリキー市と呼ばれていました。

◆「アナスタシア皇女の誕生日」です。ロマノヴァ・アナスタシア・ニコラエヴナ。1901年、ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世の四女として生まれる。しかし、革命の波に飲み込まれ、1918年7月、エカテリンブルクのイパチェフ館で家族と共に処刑されました。後に、自分はアナスタシアだと主張する女性が現れましたが、DNA鑑定の結果、偽者だと判明しました。

21日

◆「リムスキー・コルサコフの命日」です。リムスキー・コルサコフ(1844−1908:作曲家)。ロシアの国民楽派の作曲家でムソルグスキー、ボローディンらと共に『五人組』の一人です。代表作は『シェエラザード』。

◆「ヴィクトル・ツォイの誕生日」です。ヴィクトル・ツォイは、80時代に活躍した伝説的ロックバンド『Кино(キノー)』のボーカルです。1962年、旧レニングラード(現サンクトペテルブルク)で生まれ、芸術専門学校を退学後、1981年に前身の『Гарин и Гиперболоиды』を結成。82年に『Кино(キノー)』となり、若者の間で絶大な人気を誇りましたが、1990年8月15日に交通事故で他界。解散した現在も尚、ロシアの若者に高い支持を得ています。

22日

◆「追憶と悲嘆の日」です。1941年、ナチスドイツがロシアに侵入を開始したこの日からロシアの大祖国戦争(第2次世界大戦)が始まりました。この日は大統領令により、96年6月8日に制定されました。

◆6月第3日曜日は「医療従事者の日」です。この「医療従事者の日」は、1980年、ソビエト最高会議において制定されました。

26日

◆「チェレプニンの命日」です。チェレプニン・ニコライ・ニコラエヴィチ。ピアニスト・作曲家・指揮者・教授。1873年5月3日、現在のサンクトペテルブルクで生まれる。ペテルブルク音楽院にて、リムスキー=コルサコフに師事、1905年に教授に就任し、翌年マリインスキー劇場の指揮長も務める。ロシア革命を逃れてパリへ亡命。主な作品には、バレエ『アルミードの館』、『魔法にかけられた王国』などがある。1945年没。72歳。

27日

◆「ロシアの若者の日」です。1993年6月24日、当時のロシア大統領の命により制定されました。

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7月

1日

◆「初めて夏時間が採用された日」です。1917年、当時のソビエト人民委員会議により、初めて夏時間が採用されました。その後、数回の変更を経て、現在の3月最終日曜日から10月最終日曜日までが夏時間となったのは、1996年と意外に最近のことです。ちなみに、現在のロシアでは最西端のカリーニングラードから最東端のチュコト半島まで10時間の時差があります。

6日

◆「ニコライ1世の誕生日」です。ロマノフ・ニコライ・パーヴロヴィチ。ロマノフ王朝第11代ロシア皇帝兼ポーランド立憲王国第2代国王。在位1825−55年。1796年、パーヴェル1世の3男として生まれる。兄アレクサンドル1世の死後、ニコライ1世の即位に反対する将校たちによってデカブリストの乱を起こされる。1855年3月2日、クリミア戦争の最中に死去。

7日

◆「全ロシア聖人の日」です。1654年、ロシア正教ニーコン総主教によって制定されました。

◆2004年7月7日は「クパーラ祭の日」でした。Иван Купала、別名聖ヨハネ祭とも言います。この祭日はキリスト教が普及する以前からロシアに存在し、夏至の日に水浴で身を清めていたのが、のちにロシア正教と混ざり合って祭の形も変化し、現在に至ります。

◆7月7日は「シャガールの誕生日」です。マルク・シャガール(1887−1985:画家)。ベラルーシのヴィチェフスク生まれ。当時のロシアの首都ペテルブルクの美術学校で学んだ後にパリへ渡り、アメリカ亡命を経てフランスで永住し、独自の絵画の世界を築きました。1985年3月28日没。「愛と幻想の画家」「色の魔術師」と称される彼の代表作には、『私と村』『街の上で』『ユダヤ劇場への誘い』などがあります。(『街の上で』『ユダヤ劇場への誘い』はモスクワのトレチャコフ美術館が所蔵しています。)

9日

◆「エカテリーナ2世がクーデターを行った日」です。1729年、現在のポーランドで貴族の娘として生まれた彼女は、1745年にピョートル皇太子と結婚。しかし、夫婦の関係は、結婚当初から冷めていました。1762年、皇太子が「ピョートル3世」として皇帝に即位しましたが、彼の悪政と、エカテリーナを退けようとしたため、彼女はクーデターを敢行したのでした。

10日

◆「ポルタヴァ会戦勝利の日」です。1709年、ピョートル大帝率いるロシア軍がウクライナのポルタヴァでスウェーデン軍を破りました。

14日

◆「郵便の日」です。1994年5月16日、ロシア大統領の命令により制定されました。

15日

◆「チェーホフの命日」です。アントン・パーブロビッチ・チェーホフ(1860−1904)。四大戯曲『伯父ヴァーニャ』『かもめ』『桜の園』『三人姉妹』の作者。

20日

◆「国際チェスの日」です。1966年、世界チェス連盟により制定されました。ロシア人のチェス好きは有名で、スポーツと考えられている程です。

22日

◆「アファナーシェフの誕生日」です。アファナーシェフ・アレクサンドル・ニコラエヴィチ(1826−1871)。フォークロア研究の神話学派代表。ロシアのグリムと呼ばれ、最初のロシア民話集を発表しました。

27日

◆「レールモントフの命日」です。レールモントフ・ミハイル・ユーリエヴィチ(1814年10月15日−1841年7月27日〔旧暦〕)。プーシキンのリアリズムを受け継いだロシアの詩人・作家で、プーシキンの死を悼み、『詩人の死』を発表して一躍有名になりました。その後、幾度かの追放を経て決闘で落命しました。代表作に『悪魔』『現代の英雄』『商人カラシニコフの歌』などがあります。

28日

◆「海軍艦隊の日」です。1980年、ソビエト最高会議にて制定されました。

29日

◆「アルファ部隊が創設された日」です。旧ソ連KGB、現ロシア連邦保安庁の対テロ特殊部隊。1974年、当時KGB議長であったアンドロポフ等の指揮により創設された。正式にはアルファ部隊ではなく、「FSB特殊任務センターA局」と呼ばれ、最近では2004年のべスラン学校占拠事件の人質解放作戦に投入された。

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8月

1日

◆「ВДНХ(ヴェーデンハー)の日」です。1939年、モスクワで「全ソビエト農業博覧会(ВСХВ)」が開設され、その後「ソ連国民経済達成博覧会(ВДНХ)」と変わりました。現在は「全ロシア展覧会センター(ВВЦ)」と言う名称になっており、遊園地や80近くあったソ連時代のパビリオンを使った電器店、花屋等お店があり、モスクワのレジャースポットのひとつとなっています。

◇全ロシア展覧会センター(ВВЦ)オフィシャルサイト(ロシア語)
  http://www.vvcenter.ru/

3日

◆「モスクワ国際映画祭が再開された日」です。1935年に初めて開催されましたが中断し、その24年後、1959年のこの日の開催が実質的に最初のモスクワ国際映画祭となりました。1999年までは隔年開催でしたが、2000年より毎年開催しています。ちなみに、1959年のグランプリ受賞作品はセルゲイ・ボンダルチュク監督・主演の「人間の運命」です。

6日

◆「鉄道部隊の日」です。1996年、大統領の命令により制定されました。

7日

◆「ソフィーヤ・ロタールの誕生日」です。ロタール・ソフィーヤ・ミハイロヴナ歌手。ウクライナ共和国人民芸術家(1976)、モルダビア共和国人民芸術家(1983)、ソ連人民芸術家(1988)。1947年、ウクライナ西部マルシンツィ生まれ。ソ連時代から歌謡界の大御所アーラ・プガチョーヴァと二分する人気歌手として活躍。代表作に『チェルヴォーナ・ルータ』『ヴァダグライ』『ピースニャ・ブーデ・ポミージュ・ナース』がある。

9日

◆「ガングート海戦の日」です。1714年、バルト海において、ピョートル大帝率いるロシア艦隊がスウェーデン軍に対して大勝利を収めた海戦。このガングート岬での勝利によってロシアはバルト海の制海権を握り、北方戦争(1700〜1721)での勝利に大きく寄与しました。

◆ショスタコーヴィチの命日」です。ショスタコーヴィチ・ドミートリー・ドミートリエヴィチ。作曲家。1906年9月25日、サンクトペテルブルク生まれ。幼少時代より母からピアノを習い、13歳でペテルブルク音楽院に入学。若くして、その才能を認められる。ソビエトの芸術政策に翻弄され続けたにもかかわらず、名曲を次々と残し、20世紀最大の作曲家として名を残した。1975年、モスクワにて死去。主な作品には、『交響曲第5番』『交響曲第7番』などがある。

11日

◆「体育の日」です。スポーツや運動に関わっている人たちのための祝日で、1962年から祝われています。

15日

◆「ペテルゴフがオープンした日」です。ペテルゴフは1723年8月15日にピョートル大帝がサンクトペテルブルク郊外のフィンランド湾に面して建設した庭園です。各皇帝が過ごした「夏の宮殿」やユニークな噴水がある公園など、現在は世界有数の観光名所となっています。

17日

◆「ロシアで金融危機が起こった日」です。98年に起こったルーブル通貨切り下げやデフォルト(債務不履行)などによる経済危機のこと。ソ連解体後の経済混乱から一段落つきつつあったが、97年に発生したアジアでの経済危機の影響を受け、この後、ロシア経済は再び大きく落ち込んだ。現在は、資源高騰の波に乗って、急速に発達している。

19日

◆「クーデターが起こった日」です。1991年のこの日、保守派がゴルバチョフ大統領を監禁、権力を掌握しようとしましたが、エリツィン・ロシア共和国大統領ら民主派の抵抗により3日で失敗。これを機にソ連は崩壊への道のりを辿ることになりました。

21日

◆「トロツキーが暗殺された日」です。トロツキー・レフ・ダヴィドヴィチ。政治家。1879年11月7日、ウクライナ南部ヤノーフカでユダヤ人富農の子として生まれる。学生時代にマルクス主義に共鳴し、共産主義活動を始める。その後、亡命先のロンドンでレーニンと出会い、一度は袂を分かつが、ロシア革命で合流、指揮した。レーニンの死後、スターリンとの政争に敗れ失脚。国外追放され亡命先を転々とし、1940年メキシコで暗殺された。

22日

◆「ロシア国旗の日」です。1994年8月20日に大統領令により制定された祝日で、ロシア国旗に関して、「それはロシア連邦のシンボルである」と憲法にも明記されています。ちなみに、現在クレムリンに掲げられているロシア国旗の大きさは縦3メートル、横4メートルです。

23日

◆「クルスク会戦の日」です。1943年、第2次世界大戦のヨーロッパ戦域で起きた激闘の1つ。ドイツ、ロシア双方の何百万という軍勢の50日間に及ぶ凄まじい攻防戦で、ドイツ軍は壊滅的打撃を受けました。この戦いの凄まじさは他のヨーロッパ戦域でのゲティスバーグ、ヴェルダン、ノルマンディー、バルジの戦いを合わせても及ばないと言われています。

27日

◆「映画の日」です。1980年に制定された比較的新しい記念日。ロシアで初めての映画が封切られたのは、1908年10月15日、『川下の自由の民』という映画で7分間のみの上映でした。

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9月

1日

◆「血の教会の日」です。1907年、サンクトペテルブルクでキリスト復活聖堂(スパス・ナ・クローヴィ:血の教会)の清めの儀式が行われました。聖堂の建てられた場所は、1881年、アレクサンドル2世がテロにより瀕死の傷を負った場所です。

◆「知識の日」です。1984年から始まったこの記念日に始業式が行われます。この日は皆、正装や制服を着て集まり、生徒が先生に花束を渡して感謝の気持ちを伝えます。そして、新11年生が新入生を肩に座らせ、集まった人々の中を歩きながら、新入生がハンドベルを鳴らして、新学年がスタートします。
※メルマガ第11号(2002/09/12発行)の『風の便り』に関連記事を掲載しています。

5日

◆「モスクワでピョートル大帝像が除幕された日」です。1997年のこの日、ロシア艦隊300周年を記念して、モスクワ850周年祭の日に除幕されました。モスクワ川にあるよく目立つこの像は高さが94メートルもあり、その建設に2年も費やされました。

◆「市名がサンクト・ペテルブルグに戻った日」です。ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国最高会議幹部会によって制定され、1991年より名称がレニングラードからサンクト・ペテルブルグに戻されました。
 ご存知の通り、この市名は時代と共に何度か名称が変わっており、
    1703年−1914年 : サンクト・ペテルブルグ
    1914年−1924年 : ペトログラード
    1924年−1991年 : レニングラード
と変遷しています。

8日

◆「ロシア軍栄光の日」です。1812年、モスクワ西部ボロディノでクトゥーゾフ率いるロシア軍とナポレオン率いるフランス軍との戦いがありました。

12日

◆「戦車兵の日」です。1980年に制定された比較的新しい記念日。この日はモスクワ郊外にある戦車博物館(正式名称は機甲装備・機器軍事史博物館)が無料開放されました。

15日

◆「林業従事者の日」です。1980年、ソビエト最高会議において制定されました。

16日

◆「アレクサンドル・ルツコイの誕生日」です。ルツコイ・アレクサンドル・ウラージミロヴィッチ。ロシア元副大統領。1947年クルスク州生まれ。軍事畑出身で、70年ソ連共産党に入党したが、路線対立により後に離党。91年8月、エリツィン氏とともに保守派クーデターに抵抗、クーデターを未遂に終わらせた。ソ連崩壊後、エリツィン氏と対立。93年、最高会議ビルに立てこもったものの、あえなく失敗。投獄されたが、翌年恩赦で釈放。96年、クルスク州知事となり、4年間その職を勤めた。

18日

◆「自動車教習所の日」です。1910年、モスクワに初めて技能教習のできる自動車教習所が開校しました。

19日

◆「アレクサンドル・カレリンの誕生日」です。カレリン・アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ。1967年ノボシビルスク生まれ。元グレコローマンレスリング・ロシア代表としてオリンピック金メダル3個と銀メダル1個をはじめ、輝かしい戦歴を持つ。また国会議員も勤めた。1999年には来日し、当時リングスの選手であった前田日明の引退試合の相手を務めたこともある。

20日

◆「ゴルバチョフ夫人の命日」です。ゴルヴァチョヴァ・ライサ・マクシモヴナ。1932年1月5日ルプツォフスク生まれ。1950年にモスクワ大学哲学部に入学。そこで夫となる当時は法学部学生であったゴルバチョフ・ミハイル・セルゲービッチ氏と出会い、1953年に結婚。その後、1985年にゴルバチョフ氏がソ連共産党書記長になると、ファーストレディとして活躍した。1999年、急性白血病により死去。享年67歳。

21日

◆「クリコーヴォの戦いの日」です。ロシア戦史における栄誉ある日のひとつ。ドミトリー・ドンスコイ、モスクワ大公率いるロシア軍が1380年にママイ汗軍を撃破した。

26日

◆「パブロフの誕生日」です。パブロフ・イヴァン・ペトロヴィッチ。1849年リャザン生まれ。生理学者。1902年、唾液腺を犬で研究中、飼育員の足音で犬が唾液を分泌しているのを発見し、条件反射の研究に着手。これが『パブロフの犬』と呼ばれるようになる。1904年にノーベル生理学・医学賞を受賞。1936年2月27日レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)にて肺炎で死去。享年86歳。

29日

◆「機械工の日」です。1980年、ソビエト最高会議において制定されました。

30日

◆「インターネットの日」です。1998年9月30日にロシアで初めて祝われました。日本では11月21日がインターネットの日とされているそうです。

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10月

3日

◆「モスクワ騒乱事件があった日」です。1993年、当時ロシア大統領だったエリツィンとルツコイ・ロシア副大統領、ハズブラートフ最高会議議長との対立が先鋭化。9月にお互いが解任・解散の命令を出し、この日に反エリツィン派はモスクワ川沿岸にある当時の最高会議ビルに立てこもった。しかし戦車部隊の砲撃によりビルは炎上し、反エリツィン派は翌4日に投降した。現在そのビルはロシア政府庁舎として使用されている。

4日

◆「ロシア宇宙軍の日」です。1995年、ロシア大統領の命令において制定されました。また、1957年のこの日にスプートニクが打ち上げられました。

◆「リヒャルト・ゾルゲの誕生日」です。リヒャルト・ゾルゲ(1895年10月4日−1944年11月7日):1895年10月4日、アゼルバイジャン(当時はロシア)のバクー生まれ。第2次世界大戦時にドイツの新聞記者として日本に潜入、ソ連側のスパイ活動を行った咎で処刑されました。この一連の事件を「ゾルゲ事件」と呼びます。

5日

◆「教師の日」です。1994年、大統領令により制定されました。この日に関連して、2003年10月4日に行われたロシアの最優秀教師を決めるコンテストでその年の栄冠に輝いたのは、サンクトペテルブルク出身の歴史教師でした。

7日

◆「ウラジーミル・プーチン」の誕生日です。プーチン・ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ。ロシア現大統領。1952年、レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード大学法学部卒業後、KGBに勤務。ソ連崩壊後、サンクトペテルブルク市政府、ロシア大統領府、ロシア連邦保安庁(FSB)長官と職を変え、エリツィン前大統領に見いだされて首相となる。99年末、前大統領の突然の辞任にともなって大統領代行となり、翌年選挙を経て正式に大統領となる。柔道、サンボ格闘技のスポーツマスター。妻と2女あり。

12日

◆「農業及び加工産業従事者の日」です。1999年、大統領令により制定され、2003年もプーチン大統領がこの日に関連して祝辞を述べました。また、2003年度の農企業の利益は前年に比べ10倍に達したとのことです。

17日

◆「ペトロパブロフスク・カムチャツキーの日」です。ペトロパブロフスク・カムチャツキー: カムチャツカ半島南東部に位置するカムチャッカ州の州都。1740年10月17日、デンマーク出身の探検家ベーリング率いる探検隊がアバチャ湾を発見し、その時に乗っていた2隻の船名「聖ピョートル号」と「聖パーベル号」にちなんでこの市名がつけられました。

20日

◆「アレクサンドル3世の命日」です。アレクサンドル・アレクサンドロビッチ・ロマノフ(1845−1894)。父アレクサンドル2世が暗殺された後、ロシア皇帝に即位。前代の反動政治を行って体制強化に努めた結果、社会不安を増大させました。また、東アジアへの進出を目的としてシベリア鉄道を起工しました。ちなみに、この命日は新暦の11月1日にあたります。

22日

◆「市名がニージニー・ノヴゴロドに戻った日」です。1932年10月7日から続いていたゴーリキーという市名が、1990年のこの日、ニージニー・ノヴゴロド(Нижний Новгород)に戻されました。ロシア北西部のノヴゴロド(ヴィリーキー・ノヴゴロド:Великий Новгород)と区別するためにニージニー・ノヴゴロドと呼ばれています。

23日

◆「モスクワ劇場占拠事件が起こった日」です。2002年のこの日、チェチェン独立派武装勢力がモスクワのドゥブロフカ劇場で起こしたテロ事件。観劇していた大勢の人質を盾に、武装勢力がロシア軍のチェチェン撤退を要求。しかし、ロシア側はこれを拒否、26日に特殊部隊が化学ガスを使って強行突入し解決に至った。この事件により、武装勢力側は全員死亡したが、同時に多くの人質の命も失われた。

27日

◆「イヴァン3世の命日」です。イヴァン・3世・ヴァシーリエヴィチ。洗礼名ティモフェイ。1440年1月22日、モスクワ生まれ。モスクワ大公。若くから盲目の父、ヴァシーリー2世を補佐し、1462年、父の死後、大公に即位。周辺国を次々と併合し、モンゴル勢力を一掃した。1479年、モスクワにウスペンスキー大聖堂を建設、また、1485年にはクレムリン宮殿を建設した。1505年、65歳で死去。

30日

◆「政治的弾圧の犠牲者を追悼する日」です。1991年10月18日、当時のロシア・ソビエト社会主義共和国最高会議により制定されました。2003年もこの日と前後してロシア各地で追悼行事が行われました。

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11月

1日

◆「スターリンがレーニン廟から移された日」です。スターリン・ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ(本名はジュガシヴィリ・ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ)。1879年12月21日グルジア生まれ。ソ連共産党書記長になると犠牲者が数千万人という大粛清を行い、ソ連を停滞させました。1953年3月5日に脳内出血で死去、遺体は1961年10月31日までレーニン廟で保存されましたが、現在は移動されてレーニン廟の裏手に眠っています。

2日

◆「クレムリンの塔にルビーの星が灯った日」です。1937年、モスクワのクレムリンの5つの塔(БоровицкаяНикольскаяСпасскаяТроицкаяВодовзводная)にルビーの赤い星が取り付けられました。

3日

◆「プリュシェンコの誕生日」です。プリュシェンコ・エヴゲーニー・ヴィクタローヴィチ。1982年ハバロフスク地方生まれ。フィギュアスケート選手。トリノオリンピック男子シングル金メダルをはじめ、世界選手権、ヨーロッパ選手権優勝など数々のタイトルを持つ。髪型と鼻が特徴的で、妻と今年生まれた長男がいる。

5日

◆「軍部諜報機関の日」です。1918年より軍部諜報機関内で自らの教養を祝う日とされています。ちなみに、ロシア最初の諜報機関は1812年に誕生しました。

◆「オスタンキノ・テレビ塔が営業開始した日」です。1967年のこの日、ソ連通信省が営業開始に関する法令に署名しましたが、建設自体は翌68年末まで続きました。モスクワ近郊にそびえるこの塔の高さは540mとヨーロッパで最も高く、一時は世界一の高さでもありました。

7日

◆「合意と和解の日」です。1996年11月7日からのロシア連邦大統領令、「合意と和解の日について」により制定されました。それまでは「革命記念日」とされていました。

10日

◆「警察の日」です。1980年10月1日、当時のソビエト最高会議幹部会により制定されました。ちなみに、1917年のこの日、人民委員部の内務に関する決議により警察が創設されました。

◆「カラシニコフの誕生日」です。カラシニコフ・ミハイル・ティマフェエヴィチ。1919年、アルタイ地方クリヤ村生まれ。銃器設計者、技術中将。第二次世界大戦で、戦車兵の時に負傷し、移送中に目撃した敵軍の銃火器に魅了されて、銃器設計者を目指す。銃器設計者に転身後、1947年に自身の設計した自動小銃がコンクールで最高評価を受け、1949年、AK−47として軍に採用される。現在、広く世界に普及しているが、これは本人の想定外だったようである。

15日

◆「サンクトペテルブルク地下鉄の日」です。モスクワ地下鉄に遅れること20年、1955年にサンクトペテルブルクで最初の地下鉄が開業しました。当初は「アフトボ」駅から「蜂起広場」駅までの区間のみでしたが、現在は約60の駅があります。

19日

◆「ミサイル部隊と砲兵隊の日」です。この祝日は、1942年のスターリングラード(現ヴォルゴグラード)における反撃開始の日を記念して、1964年に制定されました。ちなみにこの反攻砲撃がスターリングラードの攻防を逆転させるきっかけとなりました。

20日

◆「マイヤ・プリセツカヤの誕生日」です。プリセツカヤ・マイヤ・ミハイロヴナ。1925年モスクワ生まれ。バレリーナ。ソ連人民芸術家の称号を持つ。少女時代に両親がスターリン粛清に遭い、おばのもとで育つ。ボリショイ・バレエ入団後、すぐにその頭角を現し、「瀕死の白鳥」など数々の名演技を披露した。

◆「トルストイが亡くなった日」です。トルストイ・レフ・ニコラエヴィチ。小説家。1828年9月9日、ヤースナヤ・パリャーナにて名門貴族一家に生まれる。カザン大学東洋言語学部を中退し、数年後、兄弟のいるカフカスに移って軍隊に入隊。クリミア戦争に出兵した経験などをもとに小説を書いていった。主な作品に『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』などがある。1910年、アスターポヴォ駅にて肺炎により死去。

21日

◆「税務機関職員の日」です。1991年、大統領令により制定されました。ちなみに、現在は独立部門ですが以前は財務省管轄部門でした。

◆11月の最終日曜日は「母の日」です。1998年、大統領令により制定されました。2002年11月24日は「母の日」でした。ロシア労働省の調べによると、2002年現在、ロシアに母親は5,000万人おり、そのうち170万人は3人以上の子を持つ母親とのことです。

◆2003年11月30日は「母の日」でした。2003年現在、ロシアでは27%、100万以上の家庭が片親であり、20%の子供がシングルマザーによって育てられています。シングルマザーは年々増加傾向にあり、現在嫡出子として生まれる子供は3分の1しかいません。この日、各地方では子供芸術展覧会やチャリティーオークション、コンテストやコンサートが開催されました。(itar-tass 2003/11/30)

27日

◆「ロシア海兵隊の日」です。1705年ピョートル大帝が海兵連隊編成に関する法令を発布したのを記念し、1995年11月19日にロシア海軍大将総司令官の命令により制定されました。ちなみに、彼らの初陣は北方戦争(1700−1721)でした。

30日

◆「ロシアの国章が制定された日」です。1993年のこの日、当時ロシア大統領だったエリツィン氏が「ロシア連邦国章に関する政令」に署名しました。ロシアの国章となったのは「双頭の鷲」で、これはビザンツ帝国から引き継がれたものです。

◆「シノープの海戦があった日」です。クリミア戦争開始直後の1853年、ロシア艦隊が黒海南岸のシノープに停泊中のトルコ艦隊を奇襲し、トルコ艦隊や港湾施設を大破した海戦。この海戦が英仏をトルコ側の同盟軍として参戦させる契機となりました。

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12月

3日

◆「無名戦士の墓が建てられた日」です。1966年、モスクワ、クレムリン横のアレクサンドル庭園にナチスドイツとのモスクワ攻防戦25周年を記念して無名戦士の骨が埋葬され、その記念碑は翌年5月8日に除幕されました。また、1997年の大統領令により、無名戦士の墓にある永遠の炎の脇に衛兵が立つよう改めて定められました。

5日

◆「モスクワ会戦の日」です。1941年、モスクワ郊外でファシストのドイツ軍に対するソ連軍の反撃が始まった日です。

11日

◆「ソルジェニーツィンの誕生日」です。ソルジェニーツィン・アレクサンドル・イサエヴィチ:1918年12月11日スタヴロポリ地方キスロヴォーツクに生まれる。ノーベル文学賞作家。『イワン・デニーソヴィチの一日』で作家デビューし、ベストセラーとなりました。代表作の『収容所群島(Архипелаг Гулаг)』はあまりにも有名です。

12日

◆「憲法の日」です。1994年、ロシア大統領の命令により制定され、現在、この日はロシアの休日となっています。

◆「現憲法が承認された日」です。1994年、国民投票によって承認されました。しかし、最近の調査によると、調査対象者の60%が憲法が承認された日を思い出すことができず、24%は間違えた日を述べ、正確な日を答えられたのは16%に過ぎませんでした。また、調査対象者のうち、憲法全文を読んだことがある人は2%で、77%の人はある程度読んだ事があると答え、残り21%は全くないとの結果が出ました。(interfax 2003/12/09)

17日

◆「初めて国勢調査が行われた日」です。1926年12月17日、ソ連全土で初めて国勢調査が行われました。

19日

◆「レオニード・ブレジネフ」の誕生日です。ブレジネフ・レオニード・イリイッチ。1906年ウクライナ・カーメンスコエ(現ドニェプロジェルジンスク市)生まれ。政治家。旧ソ連第5代最高指導者。31年共産党に入党。64年フルシチョフの失脚後、党第一書記となった。ブレジネフ・ドクトリンを掲げ68年チェコスロバキアの「プラハの春」に介入。79年にはアフガニスタン紛争に介入し、アメリカとのデタント(雪解け)を逆戻りさせ、軍拡競争を再度招いた。82年11月10日、心臓発作により死去。彼の遺体は赤の広場のレーニン廟の裏にある元勲墓に埋葬された。
今年は生誕100周年ということで、レーニン生誕100周年(1970年)で彼が訪問したことのあるウリヤノフスクにて展覧会が催されています。

23日

◆「アレクサンドル1世の誕生日」です。ロマノフ・アレクサンドル・パーヴロヴィチ。ロマノフ王朝第10代ロシア皇帝、ポーランド立憲王国初代国王兼フィンランド大公国初代大公。在位1801−25年。1777年、パーヴェル1世の長男として生まれる。父パーヴェル1世がクーデターで暗殺されたため皇位を継承。自由主義を目指すが頓挫し、ナポレオン戦争後、西側の影響を恐れて反動政治に転じた。1825年11月19日死去。

25日

◆「ゴルバチョフ大統領が辞任表明した日」です。1991年12月25日、ゴルバチョフ、ソ連大統領が正式に辞任を表明。これをもってソ連は正式に消滅しました。

27日

◆ロシアでは救助隊員の日です。1995年、大統領令により制定されました。ちなみに、救助隊員とは、非常事態省職員、救助隊員、消防隊員、民間防衛軍人のことを指します。1990年にはロシア救助団が創設されました。

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