───ソビエト共産党中央委員会(当時) ワジム・トカチェンコ

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( `_っ´)y━~~.___|     .   |  ソビエト共産党中央委員会(当時)
( ⊃  ノ  |_|_.| 从.从从  |   ワジム・トカチェンコ(74歳)談
i⌒i_イ⌒ii⌒i|___| 从人人从  |.
|   (__)| ||_|_|///ヽヾ\....|    「朝鮮人とかかわるな」
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北朝鮮は(瀬戸際政策で)私達(味方で宗主国のソ連)を試しさえしました。
彼らは(瀬戸際政策で)カミソリの刃の上を渡っていたのです。
(1968年1月に北朝鮮が宗主国ソ連に何の許可もなく韓国大統領暗殺未遂をし、
 2日後に米国情報船フエブロ号を勝手に拿捕し、米国人乗員82人を人質にしました。
 北朝鮮は米国、資本主義陣営を挑発しました。米国ジョンソン大統領は
 人質救出のために空母3隻、戦闘機200機以上を朝鮮半島に派遣しました。
 ソ連は空母に驚愕し政府の中央機関は誰も帰宅できず部屋から出られませんでした。
 ソ連は北朝鮮の訳の分からない行動に巻き込まれ、政府の中央機関は夜も眠れず)
一歩間違えれば本当に(米ソ)戦争になっていました。
(日用品不足の)北朝鮮は(米ソ戦争を起こすと脅し)我々(ソ連)から
得られるものすべてを(援助物資という形で)搾り取ろうとしたのです。
戦争の危険を顧みずに。
北朝鮮はソヴィエトにとって常に『頭痛の種』でした。
彼らは主体思想を教え込まれ目的達成のためなら
どんな(汚い)手段を用いても構わないと考えているのです。
自分の国のためなら(同盟国、援助国、宗主国、味方に)何をしても許されるのです。
私は時折思います。
『このような <丶`∀´> 人々と、全く関わりをもたない方がいい!』 と。
不用意に関わると、こちらが病気になり、傷つくことになるのです。

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軽い動画

鮮明な動画

ドキュメント北朝鮮 第1集「個人崇拝への道」2006年4月2日
http://www.nhk.or.jp/special/onair/060402.html
これに触れたブログ
http://nishimura-voice.seesaa.net/article/16064344.html
http://www.enpitu.ne.jp/usr4/bin/day?id=45126&pg=20060403



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