| 笠間・悠友窯2001・8月本焼 |
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去る8月24日夜半から27日にかけて、笠間市内のりろり舎敷地内悠友窯に於いて行われました本焼きは、皆様の多大なご協力により無事終了致しました。ご協力頂きました皆様には重ねて感謝いたします。ありがとうございました。
さて、今回は今までの窯焚きより焼成時間を短くし、かつ自然釉を十分掛ける狙いがあり、様々な工夫と実験を予定しました。窯詰めは24日(金)の夜10時過ぎから行い、すべてが終わったのが朝の6時過ぎ、火入れは6時半とこれまでより時間がかかりました。
下画像は左から一番奥の棚組み3段と両脇が終わったところ。真中画像は一番上の詰めを完成させる鈴木氏(左)と飯浜氏(右)。右画像は火前の作品が並んだところ。
これまでの窯詰と違い作品数は少ないのですが、最奥と火前の2列に大物小物を詰めてみました。火前といっても焚き口からは随分離れていますので、脇くべして燠を補います。
薪が燃やされる燃焼部は薪止めを設置し、奥への薪の進入を防ぎます。薪止めの裏側にも数点の作品を入れました。燃焼部の左右には灰被りをねらう作品を並べ、転がしも何点かおきました。今回は燠の量を多めに溜める予定ですので灰被りは直置ではなくレンガで底上げしてみました。
下画像左から燃焼部左側に並べられた作品。真中画像は全体像。中央下に設置したのが薪止めとして使った支柱他。右画像は燃焼部右に並べた作品。
又今回も前回に続き捨間にも作品を入れました。わき焚きと共に「捨間焚」が有効かどうかも実験します。
捨間には前回同様、棚組みをして皿などの平物を詰めました。前回までで分かったことですが、捨間の温度はあがりきれず温度ムラも有り、又、雰囲気は酸化という制約があり、緋襷を中心に緋色の発色が出せないかと考えています。
又、各狭間穴の作品には火表にのみ自然釉が強くかかることがわかっていますので、捨間焚きで温度と灰を補えないかという狙いがあり実験的に行うこととしました。
下画像左は焼成室から捨間への狭間穴におかれた作品。右画像は捨間から煙道に続く狭間穴に入れた作品。(捨間棚組み映像は撮り忘れてしまいました)
さて、全て窯詰が終わり、焚口を作り終えたのが朝の6時を過ぎていました。早速灯油バーナーに点火して焙りの開始です。気が付くとまわりはすっかり明るくなっており、疲れと痒み(蚊に食われて)の上、お腹も空いて来ましたので、一段落ついたところで休みがてら軽食と飲み物をとりました。
下画像左は灯油バーナーに点火したところ。真中は一段落ついて、何か食べるものはと考えている景山氏。右画像は焙り中の窯内部。温度は200度前後。
当初焙りは300℃前後までバーナーで行い、以降薪へ変えていく予定でしたが、古いバーナーということもあり温度が思うようにあがらず、5時間後の250度前後になったところで早めに薪に切替ました。今回ここから1000度位までは雑木の薪を使用します。毎回の焚きでは思った以上に薪の消費が激しく、今回は無駄な投入は極力避け、効率重視で薪をくべていきました。
夕方には約500度、夜中には約800度と順調に一日目(土)が終わり、2日目(日)の朝方には1000度を超えました。丁度この頃平泉氏が到着し、一休みしてから窯焚き当番開始。
下画像左は、窯焚き当番の平泉氏。奥の車の荷台で寝ているのは景山氏。
1000度を超えたあたりで、急に温度が上がらなくなり、ここで少し時間を使ってしまい予定の温度上昇が得られませんでした。火蓋したり投入量と位置などを変えなどして、雰囲気を変化させ、ようやく1200度を越えたのが夜になってからと随分てこずってしまいましたが、炎も上がり(右画像)はじめ一安心です。ここではたと気づいたのは脇くべの事でした。1200度では高過ぎてしまい燠を溜めるのが難しく、下手にくべ過ぎると炭化症状がでかねないことと、時間も限られた中ですので今回の脇くべは中止としました。
その後1220度前後で又停滞し始めましたが、焚口の調整等をして1260度まで上げ、ねらしながら、捨間焚に取り掛かりました。しかし、焚いてみて気づいたのですが、焼成室の温度に影響が大きく、長時間は無理だということ。捨間焚は時間の関係で短縮して、結局1100度を超えたところで終了しました。
この後、最後としてバーナー併用で灰を巻上げての焚きを10分くらい行い終了。焚口を塞ぎ終了(右画像)。お疲れ様でした!