| 2006・5月 笠間・悠友窯 窯焚報告 |
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去る5月2日〜5月7日にかけて、第15回目の本窯窯焚を行いました。5月2日の未明に現地到着後、準備開始。3日前8時から午後4時半まで窯詰めを実施し、午後4時40分にバーナーに点火、5月7日午前6時までの合計85時間の窯焚きとなりました。
今回の焚きは薪が無いので薪割が最大のお仕事となりました。しかしながら今回は期間中沢山のお手伝いの方が薪割をしてくださり、おかげさまで最期まで焚ききる事ができました。皆様のご協力に感謝いたします。ありがとうございました。
さて、3日の朝から窯詰めを開始したのですが、今回の作品には大物や皿物が多いことから窯詰めには8時間(前回は12時間)しかかかりませんでした。しかしながら狭間穴や捨て間にもしっかりと詰めを行いました。下画像は今回焼く予定の作品の一部(ピンぼけですみません)。
今回作品数はそれほど多くは無いが中物・大物が多く、又皿物も多かったので棚組みに工夫が必要だった。奥の棚組みは横2枚3段とし、小物を詰め込んだ。手前の棚組みは横2枚6段組として、皿物中心になるべく無駄の無い詰めを行った。今回の棚組みはこの2列のみで、棚の手前の真ん中には、平泉氏の大物花器(63×63×18)を置き、各棚組みの左右の隙間には比較的r背の高いものを詰めた。
灰被りの火前には景山氏のタワー2本が立ち、燃焼部左右の灰被りの空間にも皿や小物を配置した。今回も薪止めと押さえの煉瓦は必須事項。
狭間穴と捨て間(ここは温度が上がらないので素焼きでも良い作品を入れる)にも棚組みを行った。狭間穴とその続きに数点(ここは結構期待できる場所)。棚組みに小物と皿物を詰めて完了とした。
最後に焚き口をつくりバーナーに点火したのが3日の午後4時40分。落ち着いたら当分はゆっくりできるので温度上昇を時々確認しながら当分の間はゆっくりと出来る。と言っても薪割は続行して十分な薪を確保しなければならない。
当日はサポート鈴木、シカゴからの応援2名とシェルパ尾上、平泉氏の5名が薪を担当してくれていたのであっという間にそこそこの薪が割られていった。
皆さんご苦労様でした。ありがとう!
二日目は朝から薪割をしながらの焚き。朝方5時前から頃合を見て薪の併用を始めた。1時間程度バーナーを併用し薪の燠の具合を見てバーナーは消火。後は薪焚きのみで温度を上げていく。夕方には1000度に達した(煙突から炎も出ている)ので後は燠の量と雰囲気を見ながら温度コントロールを延々としていく。夜8時、飯浜氏は仕事で、尾上氏とシカゴ応援団は所用で撤退。鈴木氏も翌朝に撤退。
三日目日中は筆者が仕事でいなかったので詳細は不明。夕方7時前に現地へ帰ってくるとお客様(景山氏の職場の乙女たち)がお手伝いがてら来訪中であった。この後、平泉氏が夜9時過ぎに仕事の為撤退。この後、朝方まで飯浜氏が一人で窯焚き。温度は1200度を越えているも、1220度を中々越えずに小康状態。
四日目は乙女たちを交え4人で交代しながら窯焚き・薪割・炊事をこなす(結構大変)。乙女たちも夕方前には所用にて撤退。
夜平泉氏の到着を待って飯浜氏が撤退。以後は最期まで景山氏と平泉氏の2名で焚きをする。
最終日(5日目)は朝6時で薪もなったため終了とする。焚き口や色見穴を塞いで終了処理をする。薪があればあと半日焚きたかったが致し方無い。片付けをして撤収。