| 小 鹿 田 焼 (おんたやき) |
「小鹿田焼」超簡単入門
小鹿田焼は日田市の北、福岡県との県境に近い山中の、小さな集落で焼かれている。この集落を皿山と呼ぶ。山口県の民窯や九州一帯では窯場のある地域を指して「皿山」と呼んだ。小鹿田が皿山になったのは江戸時代の宝永二年(1705)で大鶴村(現在の日田市)の柳瀬十兵衛が小石原皿山から陶工の柳瀬三右衛門をこの地に招き技術が伝えられたのが起こりといわれている。
小鹿田皿山で焼き物を作っている窯元は、世襲制のため昔も現在も変わることなく10軒である。この10軒は久しいこと半農半陶の生活であったが昭和40年代の減反政策の時に農家を捨て陶業専門になった。
かつては焼いた日常雑器を皿山に近い村々に直接売り歩いたというが、一方、日田の問屋を通して売ったので小鹿田焼を「日田もの」と呼んでいた。
静かだった陶郷が一躍世に知られるようになったのは、柳宗悦(やなぎむねよし−民芸運動の主唱者 1889〜1961)が「日田の皿山」と題した一文を「工藝」に発表し、英国人陶芸家のバーナード・リーチ氏がこの地を訪れたことによる。又濱田庄司・河井寛次郎等もこの地に滞在し、大きな影響を与えた。
小鹿田焼は小石原から技術が伝えられて以来、ほとんど同じ技法で日常の雑器を焼いてきた。甕、擂鉢、徳利、鉢、土瓶、茶碗、皿等であり「雲助(うんすけ)」という肩に注ぎ口ついた焼酎容器もたくさん焼かれた。又、青緑釉一色の土瓶、茶褐色や黒色の肌の上に、白や青白色の釉薬が流し掛けられているものなど小鹿田焼き独特のものもある。尚、技術的には「飛鉋(とびかんな)」と「刷毛目(はけめ)」「櫛目(くしめ)」に特徴がある(参考サイト)。
昭和32年3月、県の重要無形文化財となり、昭和45年3月には国の記録保存文化財の指定を受け、そして平成7年に国の重要無形文化財保持団体の指定を受けた。また、平成8年7月に「残したい日本の音風景100選」に認定され、今も集落の谷川でのんびりと陶土をつき続ける唐臼のように、永い歴史を伝統を守りながら10軒の窯元がじっくりと手仕事に取り組んでいる。
景山&山本・小鹿田皿山を行く

小鹿田の皿山は日田市内とはいえ北部の山中にあり、市街地からは16キロあまりの小野川最上流の渓間にある。この里を訪れると数十年もタイムスリップしたかのような感覚におちいる。ここだけ時間がゆっくりと進んでいるかのように、昔ながらの悠久な自然に囲まれた皿山には、谷間を流れる大浦川と五色川の合流地点に肩を寄せ合うように14軒の家があり、その内10軒は昔からの窯元となっている。そしてどの窯元も「唐臼(からうす)」を持っていて、陶土をついて砕く風景は牧歌的とも思える。この唐臼は水力により動く巨大なシシオドシ(添水=そうず)状になっており、谷間には「ギー…ザー…ゴトン」という唐臼の音が繰り返し響き、過去からの伝統を紡ぎ続けている。 (左画像は杵側でその後ろには川が流れる。右画像は川側、懸樋(かけひ)で引き込まれた水が溜まると、その重みで下がり溜まった水が流れおちると又上がり水を溜める。)

窯元は昔から10軒で増えも減りもしない一子相伝となっており、信じられないほど頑なで温かい陶郷をつくり上げている。どの窯元の家屋も昔は半農半陶であつたということを偲ばせる造りが残っており、天気の日に庭先に並ぶ天火干しの器や作品の陳列が無ければ普通の農家と勘違いするかもしれない。作陶はろくろが主であるが大物では紐作り(輪積み)も行われる。小鹿田独特の黄色い土についてだが、皿山は集落全体の地質が厚い陶土層で形成されていて、表土を少し掘り下げれば陶土を掘り出せる。小鹿焼の原土(陶土)は、ほかの地域の原土(もとつち)を混ぜない単一の原土で、すべて集落周辺の山からの自給。採土作業は年2〜3回共同で行われ、掘り山した原士は各窯元で均等に分け、土小屋で乾燥される。原土の質は、鉄分や不純物の多い赤い軟岩で小石原焼と比べると耐火温度において劣る。焼きあがると黒ずむ土だが、使っていると色あいが増してくる味のある土だ。
原土が乾燥したあと、各々が唐臼で2週間程度かけて搗(つ)きあげる。これを水簸(すいひ)して水分を除いてから使用するので、粘土が出来るまでには一ヶ月以上はかかるそうだ。この一連の作業は昔から女性の仕事だったらしくかなりの重労働である。土つくりという面からも伝統がうかがえる。(左画像は庭からの全景、右は作品陳列場)
(下画像左から天火干しの作品群と山本氏、同景山氏、菊練作業、大物作陶中)
焼成では10軒の窯元の内、5軒が共同窯、残りの5軒が個人窯を使用している。共同窯は下部にある火口窯(燃焼室)と八つの焼成室からなる窯で、昭和の初めごろまでは窯元全戸が共同窯を使用していた。
窯詰めは、戦前は「天秤(てんびん)積み」といって、奥に大物類、手前に小物類を詰めていたが、現在は窯の中に棚を作る「棚積み」となっており上段に大物類、下段に小物類を詰めている。
窯詰めが終わると、窯上部につまみ塩を置き御神酒を供えて祈願し、火口窯に火が入れられる。共同窯の窯焚き作業は合同で行われ、火口窯を焚いた後、「あんこ」と呼ばれる一番下の焼成室から順番に焚いていく。
火は徹夜で焚き続けられ、総焼成時間は約60時間、薪は、以前は付近の山から伐採した松や小枝を使っていたが、現在は製材所の廃材を利用しているとのこと。
八つの焼成室にはそれぞれ癖があり、焚き方は窯元の経験と勘だけが頼り。窯の温度が上がると窯変がおこり偶然に傑作を生むこともあるが、温度が1250度を越すと釉薬が流れたり作品にひびが入ることもあり窯元が一番神経をすり減らすのがこのときだ。
焚き上げた後、3日程自然冷却して窯出しされる。(右画像上は共同窯。下は個人窯の一つ)
現在小鹿田焼は日本各地で展示会などが催され最近は人気も上がりつつある。素朴な土味と白化粧による様々な装飾は、一見地味な中に伝統と技巧の粋が濃縮され飽きのこないしっかりした仕事を思わせる。実用雑器としても工芸品としても一級品といえるのではないだろうか。
(下画像左、現在の小鹿田焼の作品例、右市内の食堂で定食を頼んだら器はやはり小鹿田焼だったので感激。)
注:以上の画像は景山・山本両氏の撮影したものをおりまぜてご紹介しました。
小鹿田焼同業組合員名簿
| 代表者名 | 電話 |
| 小袋定雄 | (0973)29-2400 |
| 坂本一雄 | (0973)29-2467 |
| 坂本茂木 | (0973)29-2404 |
| 柳瀬朝夫 | (0973)29-2440 |
| 柳瀬晴夫 | (0973)29-2469 |
| 黒木富雄 | (0973)29-2403 |
| 黒木 力 | (0973)29-2402 |
| 黒木才人 | (0973)29-2429 |
| 坂本正美 | (0973)29-2405 |
| 坂本義孝 | (0973)29-2449 |
日田玖珠地域産業振興センター 電話 0973−22−3115
小鹿田焼同業組合 電話 0973−29−2467