窯場の基礎知識・窯場巡り
珠 洲 焼
(すずやき)

只今製作中です! 

今回、景山・山本コンビがお送りいたしますのは、北陸地方の古窯で知られる珠洲焼の訪問記です。

「珠洲焼」超簡単入門

 珠洲焼は、平安末期の12世紀半ばから桃山時代にかけて栄えた古窯。中世の古窯といえば、常滑、瀬戸、信楽、丹波、備前、越前の六古窯が有名だが、それと同時代である。平安末期から室町に至る約400年間、能登半島の先端珠洲(すず)の地(現在の石川県珠洲市)で生産され東北から関西まで広い地域で、水瓶、壷、鉢などの庶民の日常器として使われていた陶器があった。桃山時代まで盛んに作られ、北陸は勿論、北前船で北海道南部まで運ばれたが、越前焼に押される様になり、その後廃窯に至ったらしく幻の古窯といわれていた。戦国期に忽然と姿を消したことで、考古学会でも謎の古陶とされていたが、昭和に入ってからの研究により「珠洲焼」と命名され、注目を浴びるようになった。珠洲焼は、他の六古窯と同じく、須恵器の流れをくむ素朴なやきものである。釉薬を使わず、1200度の高温による「燻(くす)べ焼き」という焼成法(還元焔焼成)で焼上げ、土に含まれる鉄分が炭素と結合して灰黒色の独特な地肌を実現している。又、薪の灰が作品に微妙な景色をもたらし、使い込むほどにその味わいを増す焼き物である
 昭和36年、珠洲焼の古窯跡が発掘され、多くの古陶、陶片が見つかり、現在は珠洲焼資料館に展示されている。そして、昭和52年、約400年の眠りを経て珠洲焼復興窯に火が入れられた。現在の珠洲焼は珠洲焼陶芸実習センター(現陶芸センター)で復元されたものであり、その後も復興された伝統をつむぐべく陶芸家や窯元たちにより研究が進められている。
(詳しくは珠洲焼資料館をご覧ください)



珠洲の里を訪ねて

 景山・山本コンビはまず珠洲焼資料館を訪れた。下画像左から資料館入り口、第一展示室、第二展示室、第三展示室

第一展示室第二展示室第三展示室

 次に訪れたのは近くにあるという共同窯(陶芸センター内)。ここには数基の窯が有る。もちろん薪窯があり薪が無造作に積まれており、裏手には失敗作の破片が打ち捨てられており、参考に陶片を何個か頂いてきた。下画像左から共同窯の煙突、窯のひとつ、窯内部の様子、裏手に捨てられた陶片を拾う景山氏。

陶芸センターは若き陶芸家の卵の研修の場として様々な施設がある。又、一般には陶芸体験(有料)が設けられている。下画像左から陶芸センター全景、若き陶芸家の卵達が研修しています。陶芸体験では陶芸の基礎から簡単な作品作り(施釉作品)まで楽しめます。


珠洲焼館。ここには展示・販売コーナーがある。

珠洲焼館


法住寺窯跡群

 珠洲焼を焼いた窯で三基以上で構成されている。西側より一号・二号・三号窯跡と呼称され、昭和47年に三号窯跡の発掘調査が行われた。その結果全長9m以上最大幅3.6m床面の傾斜角度は23〜26度の規模で分焔柱はなく半地下式の構造から地上式穴窯に改造されていることが判明した。出土遺物は多く、珠洲焼の特徴である壺、甕、鉢、の三点セットの他、陶錘、分銅型陶製品、鍔釜、椀、小皿、水注、浄瓶など様々な器種がある。操業は鎌倉時代から室町時代初期にかけてと推定されている。





窯元・陶芸家紹介

伏見窯紀の川窯里松窯・篠原敬(遊戯窯・珠洲市正院町平床TEL 0768.82.2092)



周辺の観光スポット

  奥能登塩田村



 見附島(軍艦島)

見附島(軍艦島)

本文予定(制作中)