| 丹波(立杭)焼 |
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「丹波焼」超簡単入門

丹波焼は兵庫県篠山市今田町立杭を中心とする60あまりの窯元が集まる焼き物の里で、日本六古窯の一つに数えられている。素地をそのままで焼く焼締陶が有名であり、備前・信楽同様に自然釉や窯変などの景色が見られる。
丹波立杭焼の発祥は平安時代末期から鎌倉時代の中期。桃山時代までは「穴窯」が使われていたが、江戸時代始めに「登り窯」が導入され、同時に使われ始めた蹴りロクロ(日本では珍しい立杭独特の左回転ロクロ)とともに、伝統技術を今日に受け継いでる。当初は壺やかめ、すり鉢などを主に作ってたが、徳川家の茶頭も務めた小堀遠州らの指導により、茶入、水指、茶椀など茶器類の多くに名器を生み、やがては篠山藩の保護育成もあって名工が輩出し発展した。「丹波の七化け」とはこういった時代とともに移り変って常に新しい焼き物を生み出してきたことをさす言葉で、多彩に変化してきた丹波焼の歴史を物語っている。
丹波焼きの特徴である焼締は、素朴な味わいと実用性を身上とした自由奔放なたくましさであり、体裁より実を取る暮らしの中の温かさのあらわれといえる。登り窯による焼成は約60時問続き、最高温度は1300度に達するが、その結果燃料である松薪の灰が器の上に降りかかり融けて窯変し、「灰被り」と呼ばれる魅力的な色や模様が一つずつ異なって表れる。このため実用だけでなく観賞用としても愛陶家に広く知れ渡り、又、作品の焼肌に慣れ親しむほどにさらに色合いや模様が変化し趣をかえるのが真骨頂といえる。
このような味わい深さが育まれたのは丹波に産出する粗めの陶土に主な要因がある。現在丹波の粘土は門外不出であり丹波の組合員のみしか手に入れられない。この土を使い現在では多種多様な陶器が作られている。焼締窯変もさることながら白化粧、刷毛目、イッチン他様々な施釉作品など実用食器も豊富で幅広い。又従来からの灰釉や鉄釉などによる素朴で飾り気のない野趣味たっぷりな丹波焼の魅力も愛好家の人気を集めている。
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丹波立杭を行く

春は桜、夏は祭り、秋は山の幸、そして冬はボタン鍋と丹波の四季は楽しみがたくさんあり、松茸、栗、黒豆など豊富な味覚にも恵まれている。六古窯の一つである丹波は今も静かな山間にたたずむ陶郷であり、古くからの伝統を守りながら今尚当時の姿を偲ばせている。
立杭の里には丹波伝統工芸公園として「陶(すえ)の里」が丘の上にあり、丹波焼きの歴史が紹介されている他、古陶展示、陶芸教室、即売場があり多くの人を集めている。陶の里の対岸には明治時代初期に五軒の共有で築窯された登り窯がある。九つの燃焼室を持ち長さ約50mというもので蛇(へび)窯(割竹式登窯)と呼ばれ県の重要文化財指定がされている。現在は二軒で維持されているが焼くものは量産品が多いとか。又この他にも何軒かの窯元には蛇窯があり、年に何度か火入れされているようだ。画像左は対岸からの陶の里の一望。右は県指定文化財の蛇窯。
今回、立杭の窯元の中でも古くからの窯元である大熊窯さんにお邪魔して、現在も使用している登り窯、別名「蛇窯」を見学させていただいた。大熊窯さんは現在活躍している陶芸家や作家を多数排出している本家のような存在で、その工房は飾り気のない昔ながらの造りであり、歴史と風格を感じさせられる。(前回訪問時の平泉&飯浜、今回訪問の景山&山本、両方の画像を元に構成し直しました)
左画像:大熊窯さんの広い敷地内には作業家屋数棟や蛇窯の他、小規模の登り窯(右画像)もある。

左画像:立杭を通るメインストリートの県道脇に、突き出すように登り窯があり一際目を引く。(右)トンネルのような焼成室が八つ連なる窯の全長は約50メートルあるが、造りは比較的単純に思えた。それぞれの焼成室の左側前部には作品の出し入れのための口がある。
下画像左は蛇窯の先端の煙突部。右は噴出し口のアップ。最端の壁にチェッカーのように穴をあけただけの簡単な構造で垂直に伸びる煙突は無い。焚きのときはここから煙や炎が噴出す。


この登り窯の特徴は、長さ6メートル位のかまぼこの様なトンネル窯を複数連結してあり、一般の登り窯と違って細長く連なっている点。熊本窯さんのこの窯では長さは50メートルに達し小さい焚き口が左右に並び、さながらヤツメウナギの様にも思える。_
左画像は煙突方向から見下ろした蛇窯。右画像は焚き口方向から見上げた蛇窯。すぐ隣には薪小屋がある。

左画像:最前部の焚口から吹き出し口(煙突)までは50mある。
右画像:焼成室のそれぞれの側面には8個程度の小さい焚き口が50cm位の間隔で並んでいる。


左画像:焼成室の一つ。内部はトンネル状になっており狭間穴で上部の焼成室とつながっている。右画像:狭間穴付近は階段状にになっている。奥に棚組も見られる。
ご主人の話では、現在は年一度程度しか火を入れていないとのこと。それも8室全部は使わず5室程度を使用して3室は煙道として閉じてあるそうで、なるほど上部3室は塞いである。最盛期は一月に数回の窯焚きをしていた事もあったそうで、この後しばしの間、古き良き日の話で花が咲いた。又、現在は窯焚きの焙りの段階ではバーナーを使用しているそうで、時代の変遷を感じるとともに、伝統の陶芸を続けていくことの難しさを考えさせられたひと時だった。
左画像:大熊窯窯元のご主人(右)とつつみ陶友会会長の平泉氏、窯脇にて。昔ながらの職人を感じさせる素朴で飾り気のない方で、突然の訪問にも快く応じてくださった。
陶の里・篠山城下
本文予定(制作中)