つつみ陶友会お勧め情報

日韓友情年2005 国交正常化40年記念事業

わらび座公演のお知らせ

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豊臣秀吉の朝鮮出兵の時代、朝鮮の陶工達が日本の地に降り立った。
陶工たちは、有田の地で窯を築き日本の土でやきものを焼きはじめた。
そして、日本ではじめての磁器を作ることに成功し、陶工たちのやきものは認められることとなる。


 近代日本のやきもの礎を築いた朝鮮陶工の業績は計り知れないものがある。そして、かつて命がけでやきものを焼き続けた数多くの朝鮮人無名陶工には陶芸に携わる一個人として感謝してもしきれない程の恩を感じるのである。

 さて前置きはこれぐらいにして、当時の朝鮮陶工の村での出来事を百婆(長老女性の事をこういうらしい)を中心に描いた作品「百婆」を日韓友情念2005・日韓国交正常化40周年記念事業の一旦として、わらび座がミュージカルとして公演することとなった。陶芸に携わる者としては嬉しい限りであり、又当時の文化の差に翻弄される陶工たちの姿には、感慨深い物があり、是非皆様にもご覧いただきたくここでご紹介することになった。


わらび座ミュージカル・一幕100分(休憩なし)
脚本/演出 吉本哲夫・音楽 ボブ佐久間
原作 村田喜代子「龍秘御天歌」より

ひゃくば

有田焼400年の歴史に唯一名を残した女性「百婆仙」

 1610年代、深海宗伝の妻である”百婆仙”は夫と共に一族900人を率いて韓半島から現在の佐賀県に移り住み、陶祖・李参平が拓いた有田で多くの渡来陶工から尊敬され慕われました。1656年に96歳で亡くなり、その墓は今も報恩寺境内の「曼了妙泰道婆之塔」に祀られています。この舞台の原作である「龍秘御天歌」は、”百婆仙”をモデルとした創作です

  ‥‥も の が た り‥‥

  亭主が死んだ。
 故郷を離れ、散々苦労して日本ではじめての登り窯「龍窯」を築いて、藩主が将軍家に献上できるような立派な磁器が焼き上がるまでにした亭主…  藩主から名字帯刀を許された亭主「辛島十兵衛」が死んだ。
  息子、親戚、一族郎党が集まり『殿様のご使者、ご家来衆においで願っても恥かしくない「辛島十兵衛」にふさわしい葬式を出さずばなるまい!』 衆議一致したその時、…異様なる声がする…皆が驚いて声のする方を見て腰を抜かした。十兵衛の女房「百婆」が白髪頭を振り乱し、屋根にまたがり、北の方角に向かってすっくと立ち、左手に亭主十兵衛の白衣を高く掲げ叫んでいた。
 「学生、鎮川、張氏、復一」(ハクセン、チンチョン、チャシン、かえれーッ)
 そして、百婆は苦楽を共に生きてきた亭主「辛島十兵衛」を故郷のやり方で葬ることを宣言した。息子たちは大慌て。
 百婆の知略が勝つか!日本人として生きていかねばならない息子たちの思いがしのぐか! 村中大騒ぎに…。


2005 「百 婆」埼玉県内公演のご案内 

2005年9月2日(金)  埼玉県 三郷市 三郷市文化会館 大ホール  (有難う御座いました。好評にて無事終了しました。)

2005年9月9日(金)  埼玉県 富士見市 キラリ☆ふじみ 大ホール

2005年9月10日(土) 埼玉県 さいたま市 さいたま市文化センター 大ホール(予定)

2005年9月25日(日)  埼玉県 越谷市 サンシティ越谷 大ホール(予定)

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わらび座 関東事務所 担当:井田  048-286-8730

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