帰りたい。
突然で悪いが、進行方向を180度反転させて眠りの世界へ舞い戻りたい。
しかし、チキンの俺には入学式からサボリなんて真似ができない。
だって明日が怖いもん。
あぁ、だるい。だるいったらありゃしないね。
というか、よりにもよってどうして俺が遅刻しないといけないんだろう。
欲しいおもちゃの前で大声で泣きわめく割に、親が去るそぶりを見せると
途端に行かないでとついていく子供のような思考パターンを自覚しつつも、
俺は教師から襲い掛かる説教という名の迫害をどのようにして掻い潜るかを考え込んでいた。
そもそも、中学校と高校では先生の態度に違いがあったりするんだろうか。
大学だと遅刻するどころか欠席したって何も言われない場合があるのは知っている。
だけど高校ってアレじゃん。
なんとなく中学と大学の間じゃん。
つーことは、中途半端に厳しいかもしれないじゃん。
だよな、遅刻くらいどうってことないよな?
「休みボケか?明日からちゃんと時間までに来るんだぞ」
くらいのちょっとした注意で済むよな?
済むわけないだろアホ俺。
馬鹿げた希望的観測終了。
大人しく、肩を落としてとぼとぼ歩いていくことにする。
すると、
「きゃあああ遅刻遅刻〜!!!」
曲がり角の方から、やたらと元気の良い叫び声が聞こえてきた。
遅刻遅刻?
フラグじゃん。
すっげー良くあるフラグじゃん。
曲がり角から出た途端にパンを咥えた女の子とぶつかって、
「ちょっとぉ、ちゃんと前見て歩きなさいよ!……ってこんな事してる場合じゃないわ。急がないと!!」
とか言いつつチラリと水玉模様の下着が見えて、ほんの少しラッキーな気分になったりして(以下略)
ひとしきり妄想を繰り広げた後、走り寄る音が近くなってきている事に気がついた。
「おっと、こうしちゃいられない。早速ぶつかりに行ってやろうじゃないか」
気配を悟られないよう、慎重に曲がり角に近づく。
「もう、どうしてめざまし時計30分ずれてるのよ〜!!」
よしっ、今だ!
「おーっと、ごめーん!」
飛び出す。
「……って、あれ?」
そこには道路の向かい側を走る女子高生の姿。
……思ったより距離は遠かった。
が、まだ遅くはない。
ここまできたからには意地でもぶつかってやる!
猪突猛進とはまさにこのことと言わんばかりに、目標物へ向かって突進する。
と、なんとなく何かの気配を感じて右を見る。
辺り一面に広がる銀世界ならぬ、大型トラック。
あれ、この風景どこかで見た。
どこだろう。
昨日のテレビかな?
あ、そうか。さっきの夢だ。
正夢になっちゃったよ。なんて正夢見るんだよ俺。
これじゃあ下手したら、いや下手しなくても死ぬじゃん。
どうせなら、これなんてエロゲ?な正夢になってほしかった。
例えばいきなり女装させられて女子校に無理矢理編入されたrげふんげふん。
日頃の行いが悪かったんだろうか。
トラックがスローモーションに見える。
さっきから無駄な想像ばかりしてるのにまだ当たらないなんて、走馬灯パワー恐るべしだな。
はは、運転手すげえ顔でビックリしてるよ。ブレーキ踏んでるみたいだけど、こりゃあ間に合わないや。
左からはさっきの子が走ってくるし。
え?
ちょっと待て、来るなよ。
あんたまで轢かれちゃうじゃん。
危ないって。
止めないと。
「来るなーーーーっ!」
…………あぁ、よかった。止まったみたいだ。
さすがにあんたまで巻き込む訳にはいかないだろ。
……そろそろぶつかるなぁ。そろそ
ドンッ
キキーッ!!
……バタンッ、ダッダッダッ……
「お、お嬢ちゃん大丈夫かい!?どこか怪我はあるか!」
「…………あ、ひえ……」
「どうした?痛い所でもあったか!?」
「あ、あの人……」
「あの人?…………うおああああ!!救急車だ!救急車を呼べ!」
「は、はい…………」
……あれ、俺生きてる?
ッ!…………右手が痛い。その上動かない。
足もみたいだ。左手も……って全身動かないじゃないか。
こりゃあ本当に別人の体だわ。
「大丈夫か!?おい、今救急車呼ぶからな!!」
そうだ、救急車……。
何番だったかな。110だっけ、119だっけ。
って、動けないんだからどうしようもないか。どうしよう。
口の中で血の味がする。
なんだよこれ。こんなことなら遅刻しなけりゃよかった。
もう嫌だ。この空間は嫌だ。逃げよう。
……あ。
今度は夢じゃないから逃げられないんだ。
どうしよ……う……。
…………
「ほら浩二、そんな所で何やってるの?早くしないと置いていくわよ〜!」
……あれ、母さん。
なんで居るの?死んだんじゃないっけ?
「なーに言ってるのよ。私は幽霊かっての。寝ぼけてるんじゃないの?」
あぁ、そうかもなぁ。俺寝ぼけてるかも。
今日は何時間寝たっけなぁ…。
上の空。
「あっ、浩二あぶないっ!!」
え?
ドンッ
背中を強く押される。
その力で、俺はすぐ横の歩道に転がり込んだ。
「あいたたた……母さんいきなり押さな……」
目の前に広がる、凄惨な光景。
見えるのは、大型トラックに、その運転手らしき人に、母さん…らしき人。
…………
再び、神経が覚醒していく感覚。
脂汗を大量に顔に浮かべて、跳ね起きる。
同時に、その行為を後悔した。
「いってえええええええええ!!!!!!!!」
全身に刺すような痛みが走る。
何かと思って見ると、左手には包帯、右手・両足にはギプスという、
ミイラさながらの格好をしていた。
「またトラックがいない……」
周囲に見える物は、真っ白な壁に、緩やかな風に揺さぶられるカーテン、石目調のクッションフロア。
清楚な雰囲気の漂う、いかにも病院といった佇まいだった。
……それにしても、
「またあの夢見てたのか……」
最近は全く見ていなかったのに……。
思い出すだけでも憂鬱な気分になってくる。
「あ、この子はさっきの……」
ふと横を見ると、さっきの遅刻遅刻と叫んでいた女子高生が座って眠っていた。
急いでいたので気付かなかったけど、どうやら制服を見る限り同じ学校に入っているようだ。
更に横を見ると、早紀さん、幼馴染の美咲と、3人揃ってベットに突っ伏している。
早紀さんは椅子にもたれ掛かって寝ているし、
日頃の行いから簡単に想像が付くが、美咲はよだれを垂らして何か寝言を発している。
「……あー……それは下ごしらえ用の鉄パイプ……すー……すー……」
上品と下品の交わるカオスな部屋と化していた。
うーむ、変な眺めだ……。
お前らだんご三兄弟か。
いや、姉妹か。後で冷やかしてやる。
長女次女三女は誰に割り当てようかと考えていると、幼馴染の美咲が起き始めた。
俺もこのまま起きていても良かったが、隠れて話をうかがいたかったので、
狸寝入りを決め込むことにする。
「ふぁ……あれ、私ったらいつの間に寝て……、あ、浩二くんまだ寝てる」
「……もしもーし、浩二くーん起きてよー」
起きてよと言われ、素直に「はーい」と元気いっぱいに起きあがってしまう
無垢で純粋な子供心は、残念ながらとうの昔に捨て去ってしまったのさ。
狸寝入り続行。
「はぁ……どうしちゃったんだろ……」
「浩二くんこのまま起きなくなっちゃったら……私……うぅ……」
起きなくなっちゃったら……なに?
「ふ……ふぇぇぇぇぇん……、なんで起きないのよ浩二くんのばかぁ……」
「お、おい泣くなよ美咲!」
「ふぇ……?」
あ。
反応してしまった。
「い、いつから起きてたの……?」
「み、美咲が起きる前から……」
やばい、殺される。
この間みたいに、豆腐の角で殴られてベトベトにされてしまう。
第一種戦闘配置!
「もう……心配したんだから……ふぇぇぇぇん……」
「だ、だから泣くなよ!もうピンピンしてるから!」
……あれ?思ったより怒られない。
美咲のくせに珍しいな。
てっきりそこらへんにあるパイプ椅子で殴打してくることかと
ガンッ
「ぎゃああぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!」
「ふざけないでよバカあぁぁ!!今度は花瓶で殴るわよ!!」
「腕があぁぁぁ、腕がぁぁぁぁ!!!」
叫び声に気付いたのか、他の二人も起きだす。
「……ん?どうしました…?」
早紀さんのまだ眠たそうな声。
「いてぇ…いてぇ…」
「浩二くんが意地悪するんですよぉ……ふぇぇ……」
「あら、そうなの……。浩二様、女の子に意地悪するのは良くありませんよ」
俺がもがき苦しみ、美咲がパイプ椅子を振りかぶっているこの状況を
どのようにして見れば俺が意地悪しているように見えるのか分からないが、
色々父さんから聞かされているらしいので、早紀さんには逆らえない。
「ご、ごめんなさい……」
父さんも余計な事してくれたもんだ……。
と、そこにさっきの道を走っていた子が話しかけてくる。
「あ、あの……どこかお怪我ありませんか?」
「怪我?怪我というと、この手とか足とか?」
「あああ見れば分かりますね。変なこと言ってごめんなさい……」
「あ、いやこっちも迷惑掛けてごめん」
反省という態度をそのまま人間に具現化すればこうなるであろう女子高生を見つつ、
あたふたと慌てている彼女の次の言葉を待った。
「ごめんなさい……助けられなくて……」
「ああ、さっきの事?いいんだよ。ボーっとしてた俺が悪かったんだ」
「さっき……?」
「さっきでしょ?ほら、事故に遭ったの朝じゃん」
時計を見ると、丁度12時。
あれから3時間強は経ったことになる。
「あ、さっきって5日前の……?」
5日前?
何を言ってるんだこの子は。
頭の計算機がオーバーフローしちゃいましたか。
それともあなた竜宮城にでも行ってたんですか。
再び思考の渦に入りそうになった所で、横から美咲が口を挟んでくる。
「そうだよ浩二くん、5日間も寝たきりだったんだよ」
「え、まじで?」
「まじだよお……」
舌の根が乾かぬうちに、思考が困惑で埋め尽くされていく。
何か。じゃあ俺は生死の境を5日間も彷徨っていたとでも言うのか。
「いつ起きるかと思ってずっとそばに居たんだから……う…ふえぇぇぇ…」
「あ〜〜、わかった起きてるから泣くなってば〜〜」
殴られるよりマシだがな。
むむ、俺そんなに寝たきりだったんだ……。学校とか全然行ってねぇや。
あ、学校で思い出したけど、勉強どうなってるんだろ。
いきなり出遅れてるじゃん。
「学校はどうなったの?授業とか全然受けてないんだけど……」
「あ、私がノート取っておいたよ!」
「ノート取っておきました!」
声が重なる。
「む……」
「う……」
二人して同じノートを見せるつもりだったようで。
ほんとに似たもの同士だな。おでんとロールキャベツのようだ。
あ、ちなみに煮たもの同士と掛けてみたけど上手い?
妄想癖がまた発動してしまった。
気付くとニヤニヤしているから、なんとか直したいもんだが。
「じゃあここは私が見せるってことでいい?」
美咲が我先にと提案する。
「え、あ、はい……いいです……」
遠慮したのかは知らないが、案外簡単にその子は引き下がった。
結局美咲が勝ったようだが、それではノートを取ってくれていたもう一人の子があまりに不憫だ。
…というのは俺の思い上がりかな?
「ねぇ君、名前なんて言うの?」
「あ、神崎です。神崎綾乃です。ちなみに同じクラスになりました」
「ちょっと浩二くんはそんなこと聞いてな
「美咲うるさい」
「……でさ、神崎さんのノートも見せてもらっていいかな?」
「え、でも美咲さんのノートは……?」
「ああ、両方見せてもらうから安心して。その方が分かりやすいから」
神崎さんの顔がぱぁっと明るくなる。
「じゃあこれ汚いノートですがどうぞ!」
やや美咲が不満げだが、一応納得はしてくれたようだ。
後で色々言われたり殴られたりするだろうが、ここではあえて忘却。
「ふふふ、これじゃあ先が思いやられますね」
早紀さんが微笑みながら立ち上がる。
「では私は家の掃除をしていますので、先に帰ってますね」
相変わらず律儀な人だ。
「はいわかりましたー」と返すと、ばいばいと小さく手を振って早紀さんは部屋を出て行った。
次の瞬間。
「ちょ、ちょっと浩二くん、あの人誰?家の掃除なんて言ってたけど……」
美咲が物凄い勢いで早紀さんの事を突っ込んできた。
「誰って……鎌田早紀さんっていう人だよ。聞いてないの?」
「そうじゃなくて、あの人一緒に住んでるの?」
「そりゃあ、メイドさんだからね」
「えええええええええええええ!!!?」
美咲から発せられた某引越しおばさんの如き騒音が鳴り響く。
部屋中のガラス窓が今にも破砕しかねない勢いでガタガタと振動しだした。
「ちょ、ちょっと美咲うるさい……」
「あ、ごめん……」
多分、いや絶対反省してない。
「でも、何でお手伝いさんなんか雇ったの!」
「知らねぇよ!父さんが勝手に雇っただけだ!」
「私に言ってくれればいつでも手伝いに行くのに……」
「お前も一応高校生なんだし、忙しいだろ?」
「そんなことないよ!忙しくない!年中暇だから!」
今時の高校生が年中暇で良いのか……。
と、そこへ会話からはぐれていた神崎さんが、
鞄の中から可愛らしい袋に包まれた箱を取り出す。
「あ、あの…お弁当作ってきたのでよろしければ食べませんか?」
俺が返事をする間もなく、
「お弁当なら私も作ってきたよ!」
という美咲からの騒音が再び鳴り響く。
「この出汁巻き卵は結構自信あるんだよ〜!」
「え、私の作ってきた弁当とほとんど同じ……」
「な、なんで一緒の弁当作ってくるのよ!まさか盗み見したんじゃ……」
「あなたの方が見たに決まってるじゃない!言い掛かりはやめてよ!」
「このウィンナーなんて、切り方全く一緒じゃない!」
「なによ!どうせその弁当なんて母さんに作ってもらったんでしょ!」
今、美咲と神崎さんとの間で、水かけ論が繰り広げられている。
この暴走機関車のような2人を轢死覚悟で止める勇気など、俺にはありません。
あぁ、次は味を確かめようとお互いに食べ合い始めた。
見る見るうちに、双方の弁当からおかずが消えていく。
「って、なんであんたが食べてるのよ!」
「あんたこそ気付きなさいよ!」
この発言が出てきた頃には、もはや梅干しが1個だけ載せられた白米だけしか姿を残していなかった。
こんな状態になりながらも、上目遣いで「食べてくれる…?」なんて言うものだからタチが悪い。
もしかして意識的にしているのだろうか。
意識的ならば、「ご主人様、はい、あ〜ん♪」
くらいの事をして欲しいものではあるが。
俺が返答に困っていると、今度はどっちのごはんの炊き方が上手かを議論しだした。
どうやら、口にできる物が跡形もなく消え去るまでこの展開を続けるつもりらしい。
そのうち弁当箱まで食べ出さないかと、心配になってきた。
やれやれ、これじゃあ本当に先が思いやられるよ……。
第二話 終