「あ、ここは主語がHeだから、haveじゃなくてhasになるの」
「そっか。英語はどうも苦手だ……」
「あら、これでも全然簡単な方よ?」
「そうは言ってもなかなか……」
今日は、神崎さんが学校の勉強を教えに来てくれている。
裏で何があったのかは分からないが、神崎さんと美咲で交互に来るように決めたようだ。
その決めごとを完全無視した美咲が「あれ、今日神崎さんの番だっけ〜?」
などとのたまいながら、神崎さんに追い出されるまで居座っていたんだがな。
「うん、じゃあこれで今日の授業の分は終わり!」
「うへー、すげえ疲れたよ……」
「何言ってるのよ、退院したら自分で受けないといけないのよ?」
「あぁ、そういえばそうだ。学校面倒だなぁ……」
ノート取るのも面倒だし、つまんない話をだらだら聞くのも面倒だ。
退院しても教えてくれたらなぁ…。
そんな甘ったれた事をほんの少し期待して、ボソボソと。
「……退院しても、授業とか教えてくれない?」
「うーん…まぁ復習にもなるしいいかも。時間があったらだけどね。あ、丸写しとかはダメよ?」
おお、想像以上の反応。断られるだろうと思っていたので、
夏休み最終日に溜め込んだ宿題を全て終わらせた時のような安心感に満たされていく。
少なくとも、神崎さんは勉強を教える事に関して嫌ではないらしい。
「うふふ、じゃあまた今度会おうね」
「うん、じゃあね」
神崎さんが荷物を整理して、部屋から出て行った。
白い壁が、太陽光によって鮮やかな赤へと色変わりする時間になり、
その煌びやかな風景に見惚れて気を抜いた瞬間、溜め込んでいた一日の疲れがどっと押し寄せてくる。
これでようやく落ち着けると思いきや、すれ違いざまに同級生の男二人組が入ってきた。
「おいおい浩二どうしたんだよ!怪我なんかして」
「心配したよ……」
あぁ、こいつらの顔も久々に見るな…。
幼稚園の頃からの友人で、小中高と同じ学校に入学してきた数少ない存在。
元気そうにしている奴が拓也で、心配そうにしているのが夏樹。
まぁ俗に言う腐れ縁ってやつだ。
「今出て行った奴って神崎?」
「あぁ、そうだよ」
「おいおい、お前いつの間にあんな猛獣手懐けたんだ?」
「猛獣って……普通にいい奴じゃん。神崎は」
「お前おかしいって。俺が話しかけても、「うるさいわねぇ……」の一言で終わったぞ」
「いや、それは拓也の方がどうかしてる。どうせ初対面でスカートめくりでもしたんだろ?」
「酷い言われようだなオイ…」
多分拓也はドッペルゲンガーでも見たに違いない。
学会に発表したら面白いことになるぞ。
朝から晩までマスコミからの電話爆撃喰らいまくりだろうよ。
「いや、拓也の言ってることは本当だよ。いつ喧嘩が起きないかハラハラしてるよ」
「……夏樹が言うんなら本当だな」
「うん、昨日も色々あったからね」
ふむ……学校でそんな態度を取っているなんて初耳だ。
顔立ち、行動共に端正だとしか思えないので、学校では結構な人気者キャラだと思っていたんだが。
俺にああして接してるのは、やっぱり事故のことを気にしてなんだろうな……。
「おいおい、俺まるっきり信用されてないな」
横から拓也がため息混じりに口を突っ込んでくる。
「当たり前だ。コーヒーに塩入れてくる奴を信用出来る筈がないだろう」
「お前根に持ちすぎだよ!小学校の頃の話じゃねえか」
あの化学兵器を思い出しただけでも吐き気がするので、詳細は割愛。
「……それは置いといて、どうして神崎さんがここに来てるんだ?」
「ほら、俺休んでるからさ、学校の勉強を教えてもらってるんだよ」
「じゃなくて、どうしてお前と神崎さんの仲がそんなに進展してるのかってことだ」
「進展って……別に何もしてないけどさ……」
「嘘つけ!あんなツンツンした奴が勉強教えるはずがない!」
実際に言われても、ツンツンした神崎さんを想像できない。
ちょっとあのキャラが、そうも簡単に豹変するとは信じにくいな…。
「なぁ拓也、もしかして俺を騙そうとしてないか?」
「……見下すような言い方に聞こえてしょうがないんだが」
「うあ、すまんすまん。そんなつもりは無かったんだ」
実は少しあったりするが内緒。
態度から察するに、どうやら嘘ではないらしい。
「謝罪はいい。まずは理由を言え」
「うーん……何だっけ……」
考えられるとしたらあの事故だろうな……。
それ以外に無いし……。
「んーと、この間の事故でちょっといざこざがあったんだ」
「だーかーらー!そのいざこざを教えろー!!」
「分かったから拓也、そう叫ぶな!病院だぞ!」
廊下側の看護士さんから睨まれる。
「はぁ……あのな、事故に遭った時、助けられなかったから負い目を感じてるみたいだ」
「……それだけ?」
「それ以外に何も無いよ」
「むむむ……それだけか……」
「ツンデレってやつかな?」
ずっと黙り込んでいた夏樹が、唐突に突拍子もないことを言い出した。
「い、いきなり何だよ。お前がそんな事言うなんて珍しいな」
「いや、浩二がいつも嬉しそうに説明するからさ……」
「うーむ……確かに、てか俺の場合、今まさにデレの部分だな」
「ふーん……」
「おいおい、黙って聞いてりゃ羨ましい事言ってくれるじゃねえか」
「お前さ、15秒も黙ってないだろ」
「んなことどうでも良いんだ。あんな美人捕まえてそんな態度取ってりゃ黙ってられねえよ」
「たしかに美人だけどさ、拓也ならモテるし、他に良い女なんて星の数程いるだろ?」
「そう思うか?ならこの写真見てみろよ」
そう言って、一枚の大きな写真を渡される。
「何この写真?」
「この間の入学式に取ったクラス集合写真だ。俺ら三人同じクラスになったぞ」
「あぁ、本当だ。拓也と夏樹がいるな」
「お前だけは右上に欠席扱いされてるぞ」
「うわ、これ思ったより恥ずかしいわ。浮いてる感120%だよ」
デパートの上空に浮いているアドバルーンに自我があったらこんな心境になるだろうな。
「神崎さんも同じクラスだぞ」
「なんだ、知り合い多いじゃん。……美咲もいるし」
「そうだな、そこまではいいんだが……」
しばらく眺めていると、ある事に気付く。
「な、なぁ……拓也。これ俺のクラスか?」
「あぁ……信じられるか?」
俺と拓也と夏樹以外の生徒が全員女子だったりするギャルゲー的展開なら、
アブナイ新興宗教に入らされたって毎日元気に生きて行ける。
神様でも仏様でも、何だって信じていい。
が、これは無理だ。多分1ヶ月経っても信じられないだろう。
直接的な表現は控えるが、同じクラスの女子生徒が、
脂肪のアピールが強いお方、男性ホルモンが過剰分泌されていそうなお方、
いささか福笑いに失敗したお方、その他個性を十二分に発揮された方々しか居ないのだ。
これなんて罰ゲーム?
「美咲と、神崎さん位しかまともな人居ないぞ……」
「だから俺はこんなに怒ってるんだーーーー!!!!!!」
「うるさーーーーい!!!!!」
再び、看護士さんから睨まれる。先程よりキツイ目で。
「はぁ……はぁ……つまり、お前はその二人を独占して、両手に花状態な訳なんだよ」
「そうだったのか……何だか悪いことしたな」
「悪いに決まってるだろおおおがああああああああ!!!!」
「やっかましいわーーーー!!!!!!!」
本日三度目の絶叫。
そろそろ喉が痛くなってくるかもしれない。
今度は看護士さんに睨まれるだけではなく、数分程説教を喰らう。
つられて説教を喰らってしまう夏樹が哀れに思えた。
「まったく……俺が学校でせっせと勉強している間に、お前はそんなオイシイ思いをしてたのか……」
「まぁ俺も望んでなった訳じゃあないんだけどな」
「何でお前は次々と俺を暴走させかねない発言をするんだよ……」
カツン…カツン…
拓也がうな垂れると同時に、この部屋に誰かの足音が近づいているのが分かった。
あ。
まずい。
美咲も神崎さんも来ない今、来るのはあの人しか居ない。
拓也に言い訳がつけられな
ガチャ
拓也、凍結。
「浩二様、体調はどうですか?」
早紀さんの情け容赦ない、ザラキな一言が響き渡る。
「あら、お友達の方が居るようですね。邪魔してはいけないですし、また来ます。それでは……」
……バタン
拓也、急速解凍。
「お、お前という奴は……」
「この野郎ーーー!!!一人くらい分けやがれぇぇぇぇ!!!!!」
「さっさと帰れアホーーーー!!!!」
……その後、面会時間をフルに使い、病室に看護士さんの説教が延々と流された。
全くもって、静養とならない一日となった。
第三話 終