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第六話

現在時刻午前9時。
学校ではもうじき1時間目の授業が始まるという時間だ。
その時間ここに居てはいけないはずの人が、何故かここ、病室にいる。

神崎さんだ。
さっきからずっと、泣いている。
声もあげず、はらはらと泣き濡れている。

いきなり病室に飛び込んできたかと思えば、
「こっ…浩二くん……っく……ふぐっ……」
なんて泣き出されてしまった以上、
学校に行けと追い出すわけにも到底いかないだろう。

理由を聞かなくても、学校に噂になっていた事なんて簡単に想像できる。
言いふらした同級生への怒りが無いわけじゃない。
高校生としては当然の行為だけど、許せないものは許せない。
けれど、それ以上に俺が事の発端を作り出してしまったのが許せない。

ダッダッダッ……

誰かの走る足音。

ダッダッ……

どうせ、同じように噂を聞きつけたんだろう。

ガチャ

少し遅れて美咲が部屋に駆けつけてきた。

「…………」

バタンッ

美咲は何も言わず、俺と神崎さんを交互に見比べている。
5秒ほど視線が部屋中を動き回ったあと、それは何か遠くを見るような眼差しに変化した。

「本当なの?」

主語がない。
けれど、意図は十二分に伝わってくる。

「返事して……浩二くん」

真実を伝えた方が良いのか悪いのかなんて、もうわからない。
こうなったら思うままに行動すればいいさ。

「あぁ、全部本当」
「…………」

これほどキッパリと言い切られるとは思っていなかったのか、
美咲はムッとした表情で、先ほどよりも強く問い質し続ける。

「神崎さんは、抵抗しなかったの?」
「…………」
「…………」

沈黙が、その答えを代弁する。

「どうして?」

ようやく、神崎さんが口を開いた。

「助けられなかったから…」
「嘘つき」

だというのに、神崎さんへ弁論の余地を与えず、
美咲は何の躊躇いもなくその返事を切り捨てる。

「そんなの、言い訳よ」

「…………」
「…………」

「なに、そんなに浩二くんのそばに居たいんだ、へぇー」

「そ、そんなんじゃないよ…。」

「違うの?抵抗しなかったくせに」

「…………」
「…………」

元々噂になった時点で、勝負はついていた。
これはもう、神崎さんと俺の負けだ。

「知ってる?私ね、ずーっとずーっと前から、浩二くんが好きだったんだよ?」

(…そりゃあ、毎日あんな態度で話されてたら嫌でも気付くけどさ)

「それなのに、いきなり横から入ってきて、浩二くんを取っていっちゃうんだ?」

「ち、違うよぉ…」
「うるさい」

美咲の口調が、更に冷酷なものへと変わっていく。

「もういいよ、なんかどうでもよくなっちゃった」

「…………」
「…………」

困った。
どう切り抜けたらいいんだ。
正直言って今の美咲が怖い。
目線すら、合わせられない。

「…………」
「…………」

時間が解決してくれるのを待つか……?

「……神崎さんなんて、嫌い」
「……え……きゃあっ!!」

ゴガッ!

顔を伏せていると、美咲や神崎さんのいる方向から、妙に生々しい音がした。

ドサッ…

視界の隅に、神崎さんが倒れこむ。


……は?
神崎さんが、倒れた。
頭から、血がどくどく出てる。

おい、大丈夫なのか、これ。

「は、ははははははははははははははははははははははは!!」

美咲が、変な声を出して笑い始めた。
手に血の付いたパイプ椅子を持って、泣き出しそうな顔で、笑い始めた。

なんとかしてくれ誰か。
冗談抜きで、なんとかしてくれ。

「ねぇ、浩二くん……?」

怖くて、声が出せない。

「浩二くん、好きだよ」

知ってる。

「神崎さんにして、私にはしてくれないの?」

……え?

美咲が近づいてきた。

「あっ、別にしなくてもいいよ、私がするから」

美咲が持っていたパイプ椅子が手からすり落ちる。

「ねぇ……」

返事に答える余裕はなかった。

「んむっ……」

美咲に、キスされた。

「ふぅっ……ふふ、浩二くんとキスしちゃった」

呆然と見ていることしかできなかった。

「うふふふふ、ふふふふふ……」

だめだ、もうだめだ。
どうしたんだよ。
狂ってるよ。

俺は、無意識に落ちていたパイプ椅子を手に取り……。

ガンッ!

神崎さんと同じように、美咲は簡単に倒れた。
電源を切られた機械のごとく、一瞬にして動きが停止した。

「美咲?」
「…………」

「神崎さん?」
「…………」


そこから、意識がぷっつりと途絶えた。

暴れまわっていたようにも思えるが、今となってはもう分からない。
『暴れまわった跡』だけが、部屋に残されていたのだから。


 * * * * *


空には雲一つ無いようで、数多の星が窓越しに煌き、上弦の月がひときわ異彩を放っている。
それはまるで現実味ゼロなゲームの中ようで……。

なんて、風流に見惚れている場合じゃないんだ。
それよりもずっとずーっと、東京ドーム5,635個分くらい大事なことがある。

あの、すいません神様。
お聞きしてもよろしいですか?

えーと……ありがちな質問で申し訳ないのですが……。

ここはどこ?わたしはだれ?

さらに言えば、目の前で血まみれになって倒れている、二人の美少女は誰?

一人は、肩甲骨のあたりまで真っ直ぐに掛かる黒のロングヘアーをした、物静かそうな女の子。
何故か、頭から血を流して倒れている。

そしてもう一人は対照的に活発そうなショートヘアーをした女の子。
同じく、頭から血を流して倒れている。

……で、俺は誰なんだ。
なんで病院に居るんだろう。
もしかして、二人と一緒にお見舞いに来たのかな。

いや、違う。
手足にギプスが付いている。
恐らく俺は、ここの患者で確定のようだ。

同じ制服を着てるし二人は知り合いなんだろう。
俺のお見舞いに来たっていう予想が近いのかもしれない。
こんな時間になってるけど、帰らなくて大丈夫なのかな。

あぁ、俺はバカか。
その前に血まみれの女の子を放っておいて大丈夫なわけないよな。

「えーと……ナースコールは……」

動きが不自由な状態だが、何とか身体を捻り、後ろ側を向く。

「……いってえぇぇぇぇぇええええ!!!??」

途端、捻った所を中心にして、全身に電気ショックを喰らった。
本当に、全身。
両手両足その他ありとあらゆる骨が軋みを上げた。

骨折れたかも……。

「あぁー……いってぇ……泣きそう……」

痛い、痛い、どうしようもなく痛い。
急激に視界がぼやけ、目の前のナースコールのボタンすら見えなくなる。

「なんか……前もこんなのあった……ような……」

考えるの……めんどくさい…………。


 * * * * *


「おっと、こうしちゃいられない。早速ぶつかりに行ってやろうじゃないか」

気配を悟られないよう、慎重に曲がり角に近づく。

「もう、どうしてめざまし時計30分ずれてるのよ〜!!」
よしっ、今だ!

「おーっと、ごめーん!」

飛び出す。

「……って、あれ?」

そこには道路の向かい側を走る女子高生の姿。
……思ったより距離は遠かった。

が、まだ遅くはない。ここからでもぶつかってやろうじゃないか!
猪突猛進とはまさにこのこと。目標物へ向かって突進する。

なんとなく何かの気配を感じて右を見る。

辺り一面に広がる銀世界ならぬ、大型トラック。


 * * * * *


目が覚めてからの最初の風景は、燦然と輝く朝日だった。

誰かが運んでくれたのか、ベッドの上に寝かせられている。
そういえば、血まみれの子は、どうしたかなぁ。

はっきりしない意識の中、何かの夢を見ていたことをぼんやりと思い出す。

確か入学式で寝坊して……家を飛び出して……、
あれ、入学式だっけ?始業式だったかも。
始業式に行って……、先生に怒られて……。あれ?

「……なんだっけな」

まぁ、いいや。
どうせ、忘れるように出来てるんだから。

「何が?」
「うわっ」

……びっくりした。
隣に、さっきの女の子2人がいた。
頭に包帯を巻いて。

「なんだっけなって、何かあったの?」
「いや、夢を見てたんだけど忘れちゃって、何だったかなーってこと」

「あぁー、よくある話だよね。私もたまにあるよ」
「ほんと?俺はほとんど毎日だったりするんだけど。……えーと」

「ん?」

「ねぇ君たち、名前何て言うの?」

そのショートヘアーの子は、不思議そうに質問を返してきた。

「あれ、私の名前知らないの?」

……あ。
俺、記憶喪失だったんだよな。
何て言えばいい?記憶喪失になったなんて、今時誰も信じないぞ。

「えー……実は、記憶喪失になったみたいなんだ……あはは……」

信じないとは分かっているものの、他に良い切り替えしが思い浮かばなかった。
てか下手に嘘ついたら後で大変そうな気もするし、素直にお叱りを受けよう。

「あ、そうなんだー……ふふ……」

「…………」
「…………」

驚かないところを見ると、嘘だと思われたか……。
一応、隣の子にも話しておこう。

「……ねぇ」
「わからない」

……え?

「……あの、ねぇしか言ってないけど、分かった?」
「名前でしょ?」

うん、確かに名前のことを聞いたつもりなんだけど……。

「わからない」

……わからないって何?

「私、記憶喪失みたいだから」
「あ、そうそう私も記憶喪失みたいなのー」

「え、じゃあ3人とも記憶喪失なの?」


「そ、そうなんだー」
「はは、そうみたいだねー」
「みたいね」


眩暈がした。

第六話 終


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