「はーい、じゃあ隣の人とペア作ってくださーい!」
またか。
英語の先生というものは、なぜ隣同士でペアを組ませたがるのだろうか。
中学生時代からずっとこの傾向が続いている気がしている。
そしてまた、1組だけがペアにならない事態も続いている。
いや、1人と3人組ができる場合もあった。
つまり、ペアにならない組は、1つと2つの二通りがあった。
だからなんだ。
どっちだろうと僕には全く関係ないんだから、考えても無駄だったじゃないか。
自分の中で結論付いた所で、黙々と教科書を読む作業に戻った。
先生の発言は気にせずに。
当然、先生も気にしなかった。
3人組ができても、何の違和感もなく授業は進行していく。
平凡な日常が、今日も繰り広げられていた。
僕は、その平凡な日常に満足していた訳ではないが、それほど嫌でもなかった。
成り行きはともかくとして、結果的に僕に構わないでいてくれるのだ。
周囲に注意を払うこともなく授業を受けることができるだけマシだと思う。
この些細な安堵感すら、いつか打ち砕かれる日が来るのかもしれないが。
ガタンッ。
誰かが、椅子から立ち上がる。
それに伴い、少なからず僕の心拍数は上昇した。
立ち上がった音が、そのまま足音に変わって僕のほうに向かってきていたからだった。
別に、僕のいる方角に歩き出しただけで、僕に用事があるわけでもないはずなのに。
あやうく、歩いてきた女子の方を見てしまうところだった。
少し前のことだったと思う。僕はこれと似たような状況を体験した。
英語の時間に、一人の女子が僕のほうに歩き出してきた。
ここまでは今日と同じだった。
ただ、それからの僕の対応が違った。
その女子が何をしに歩いてきたのかが気になって、
反射的に、その子のいる方に目を向けてしまった。
それだけで、泣きだした。
僕を咎める者は誰も居なかったが、教室の雰囲気は確かに変化した。
そして僕は、その変化した雰囲気が意味するものを理解してしまった。
人を見るという行為が、悪いことだと気付かされた出来事だった。
だから、僕は教科書以外を見ないようにしている。
悪いことをしてしまわないように。
と言っても、全く視界に入らないわけではない。
視界の片隅に、僕に向かって歩いてくる女子の姿がかろうじて見えていた。
それが誰なのかは分からないまでも、状況を理解するのには十分だった。
そして理解した瞬間、先程にも増して、僕は更に動揺した。
その子は近くの生徒に用事があるという素振りも見せず、
落とした筆記用具を拾うというような素振りも見せず、
僕の目の前に立ったのだった。
刹那、教室内の騒音が、鳴りを潜める。
なんだろう。
この子はなんだろう。
疑問と興味を持ちつつ、僕はその子が何かの行動を起こすのを待った。
「あの……」
話しかけてきた。
本当にわからない。
僕に話しかけて、何をするつもりなんだろう。
わからない。
「……こっち向いてください」
えっ。
取るべき行動を瞬時にして忘れ、
誰なのかを、確かめた。
分からなかった。
目の前に、何か異質なものが宙を舞い、こちらに向かっていた。
「ごめんなさい……」
声が耳に届くと同時に、僕が何かの攻撃を受けていることだけは、わかった。
ビシャアッ
3秒前後、教室の時間が止まった。
それだけの猶予があれば、思考能力も取り戻せる。
どうやら、僕は水を掛けられたらしい。
彼女が持っている物から考えて、花瓶の水。
先生が、動揺するでもなく、憤怒するでもなく、冷静に。
そう、冷静に。主観で見れば、まるで何も起きていなかったかのように、
いち早くそれに対応した。
「川上さん、席に戻りなさい」
遅れて、その子は先生と同じような態度で返事をした。
「はい、すいません」
教室内は、数分と経たない内にありふれた授業風景へと移り変わっていった。
ただ、あえて違う点を挙げるとすれば、僕の心境くらいだった。
第二話 終